第07話「その運命」
*コウキ
「いいえっ人違いですぅーーーーー!!!」
言って、走ってその場を去った。
ある意味、芸術的な逃走だったと思う。今考えるとアホくさい。
凄く嫌な予感がしたので適当に言って逃げたのだ。
あの手のイベントはやばいと、脳が訴えた。
だって跪(ヒザマズ)いてるんだぜ!?
もう、そのまま貴方は勇者です! 私と共に行きましょう!
な雰囲気バンバンじゃないですか!
知るかって言ってるじゃん!
こっちの世界とか、俺しらねぇし!
勝手に冒険して、勝手に帰るからほっといてくれって!
世界の救世主なんかになれるわけないっしょーーー!!
とかいいつつ、ここは噂の神殿。
なんでやねん。
スパァァンともう一人の自分が俺を叩いた。
しゃーないじゃん。掴まっちゃったんだもん。
街中の1対∞(ムゲン)の鬼ごっこになんて勝てるわけが無いだろ。
しかも∞の鬼だしな。どんなテクニックでかわすんだよ。
食い逃げと間違えられてボコられながら、こんな所へと連れ込まれたのだ。
かわいそうな俺。
一体何をしたって言うんだ……。
いや、強そうなライオンちょっとシバいただけだ。
そんだけだ。
もしかして訴えられたのか?
動物保護協会はこの世界にも存在するのかっそりゃしまたぁ……。
じゃなくてだな。
「あの、チョット聞きたいんですけど……」
俺は極めて丁寧に、格子の外に見える兵士さんに話しかけた。
「何だ」
「ここ、牢屋ですよねぇ?」
「あぁ。そうだが?」
あぁ。そうですか。
……なんだか可愛そうな目で見られた。聞きかたが悪かったか……。
「え、何でっすかね?」
当然の疑問だ。
「食い逃げしたんだろ?」
確かに逃げた。
雰囲気的に。
断じて食い逃げなんぞはしない。
むしろ俺が追いかけてシバき倒す。
「してないっすよ」
「罪人は、皆そう言う」
こっちに顔も向けずに淡々と兵士は語る。
こいつぜってぇ出世できないね。
いや、もう誰かの食い逃げ分ぐらいのお金払うんで出して欲しいですよ。
ホント。
「……俺、どうなるんですかね?」
「……まぁ、食い逃げぐらいならすぐ釈放される。
ただし、バンクリーブ大臣にきつい灸を据えられるがな」
あぁもう…ここから出れるんなら叱りでも灸でもなんでもされるからさっさと出してくれ……!
そう、叫ぼうとしたときだった。
「……! リージェ様……!? 何故このような……っ!」
「通してください。幸輝はどこです?」
「コウキ……? 先ほどの少年でしょうか?」
「そうです。彼は私のお客様です。すぐ解放なさい」
「は――! 直ちにっ!」
言って看守の兵士は小走りで俺のところへとやってきて格子の鍵を開ける。
「失礼いたしましたっ! どうぞコウキ様!」
「あぁ……はぁ……」
言いながら俺は素直に釈放される。
やった。
ここ臭いんだよね……。
なんていうか、血反吐臭い。
そんな不愉快な場所から開放されると思うだけで万々歳。
俺は兵士の前を通ってその俺を客だと言った女の人のところへと歩く。
――その人は。
顔から紅い装束が消えているが、その印象からすぐに分かった。
あのときの女の人だと。
整った綺麗な顔。
その赤に映えるような金色の髪に更に深い真紅の瞳。
見惚れた。
その人はこの何も無いそっけない空間を飾って立っているだけで美しいと思える。
「はじめまして――。正式に挨拶はしていませんでしたね。
私、ファーネリア・R(リージェ)・マグナスと申します」
わお。ミドルネームがあるよ。
と、最初に思った。
少しだけ柔らかく笑みを見せて礼をする。
「あ、どどどうも。壱神幸輝です。こっちだとコウキ・イチガミってなるのかな」
俺もあわてて頭を下げた。
言葉を言い切って頭を下げるのが染み付いているため少々遅れたが。
名乗られたら名乗り返すのが紳士の嗜(タシナ)み。
つか、もう俺の場合はそういう反射神経というところまで上り詰めている。
「――やはり、コウキ様でしたね」
その声に顔を上げると目の前の女性は素敵な笑顔を浮かべてらっしゃる。
「あ……」
――しまっっっっったぁぁぁぁあぁぁああ!!!
ここは何とか隠し通すところだったろ!?
いや、食い逃げ犯よりマシか!?
「さぁ、とりあえすこちらへ。ご案内いたします」
は、はははは……
どう、なるんだろ……。
真摯すぎる誘導尋問にまんまと引っかかって、人知れず心の中で叫び悶えながら彼女に続いた。
「こちらへどうぞ」
言って招かれたの誰かの書斎。
赤い絨毯が敷かれていて外から差し込む光が暖かい。
「あ。いらっしゃいリージェ様。――そちらの方は?」
「私の予言したシキガミ様です」
「――おお! ついに降臨なさったのですね」
「いや。墜落しただけっすよ」
降臨なんて大そうな言葉は似合わないだろあの落下は。
ひたすら叫んでたし。
「ははは。コウキ様は――おっと。失礼。
私、ヴァンツェ・クライオンと申します。この国の財務を担当させて頂いております」
「どうも。コウキ・イチガミです」
「よろしくお願いします。コウキ様」
――突っ込んでもらえなって寂しいなぁ……。
いいか? 俺は日本人だぜ?
間違っても名前を先に名乗る習慣なんて無い。
いや、名乗ることもあるけど。
「それでは早速ですが、お体を拝見しますね」
「はい?」
「お願いしますヴァンツェ」
書類の山から抜け出てきて、細身の男性がオレの前に立つ。
背が高く、優しい顔立ちをした眼鏡の男性だ。
彼は俺の肩に手を置くと目を閉じた。
「加護はメービィですね。炎の性質を備えています。
戦女神――ラジュエラ様ですね。
相性は双剣主……速度に優れていますね。思考も早いです。
やはりというか貴方は逸材ですね」
「……何ですかそれ……」
喜月の家でやったRPGを思い出した。
「あなたの今の能力というか……
あとは――メービィに会ってもらえば分かるでしょう」
「はははっものすごく感覚派ですねコウキ様。習うより慣れろのタイプです」
良くご存知で。
今までゲームの説明書は一度も読んだことが無い。
「まずレベルですが貴方の今の状態を言葉に表したものです。
レベルは戦女神の与える貴方の強さです。安心してください、貴方は決して弱くはない。」
ヴァンツェは言って笑顔を見せた。
「はははっコウキ様そんなおもしろい顔しないでください。すぐに分かるようになります」
意外と失礼だ。
俺は顔を引き締めるとヴァンツェさんに向き直った。
「そんな顔してましたか……。それより、一つ言いたいんですが」
「はい? なんでしょうコウキ様」
「様ってのやめてくれませんかね」
「あぁ! コレは失礼。何とお呼びすれば?」
「いや、フツーに呼び捨てかなんかで」
「よろしいのですか?」
「是非。出来れば俺も名前で呼ばせてください」
「えぇ。喜んで。私は親しいものにはヴァンと呼ばれています」
言って彼は手を差し出す。
俺はその手を強く握り返した。
おお。メチャメチャ気さくでいい人じゃん。
「……おや、妬いておられますかリージェ様」
リージェを振り返るとチョットジト目で睨まれていた、気がした。
「……別にそんなつもりは御座いませんが」
「え? ヴァン、俺なんかした?」
「いえいえ。羨ましいのでしょう」
柔らかい笑顔のままで俺にそんなことを言う。
「っヴァンツェっ! 何を」
「いえいえ。私からはなんとも?
どうやらコウキは心広いようです。何かあれば言ってみるといいですよ」
「……性悪ですねホントっ」
リージェの言葉を遮って発言するにこやかなヴァン。
様ってつけてる割には意外と仲がいいなこの二人。
「コウキ、私も呼び捨てしてくださって構いません」
言ってプイッとそっぽを向く。
なんでちょっと怒ってるんだ……?
「あ、ああ。えっとそれじゃそうする。リージェでいいのか?」
そういった瞬間キラッとヴァンのメガネが光った。
「コウキ。リージェというのは神子名です。
神言の公布は神子名で行われますので広くはリージェ様と呼ばれますが、
もともとの名前はファーストネームの方です」
「あぁ、そうなんだ。じゃぁえっと、ファーネリアで良かったかな?」
「――っヴァンツェっ貴方って人は――っ!」
「だ、ダメなら別にリー」
「ファーネリアで構いませんっ」
「あぁそう……?」
少し赤くなって膨れているファーネリア。一生懸命ヴァンを睨みつけている。
その顔も綺麗だがそれがある意味怖い。でも美人というか……可愛いかな?
その顔を面白そうに笑っている彼はいつもこうなんだろう。
……腹黒い。伊達に財務をこなしてないと見た。
「ははは。気にしないでください。いつものことですよコウキ」
ヴァンは訝しげに顔をゆがめていた俺にそんな言葉をかけて次の行動を促した。
「さぁ、次はメービィのところですね」
「えぇ。それではおいとまさせていただきます」
「はい。またいらしてくださいリージェ様。コウキもいつでもきてください」
「あ、どもっす」
「では」
不思議な人だった。
丁寧語ではあるもののあまり距離を感じない。多少腹黒いが。
それにあの人のお陰で大分ファーネリアと近くなれた気がした。
さっきよりチョットむくれ顔で歩いている彼女に話しかける。
「ファーネリア次はどこ?」
「……次は加護神メービィのところです。
メービィは神性です。姿は見えません……ですが会話はすることが出来ます」
「それは……一体どういう訳?」
「普通は、神様と会話などをするにはある程度の神性が必要です。
しかし神聖を持った場所であれば別でそのありえない会話が実現します。
それがこれから行く聖堂奥の祭壇になります」
足早にその聖堂という場所に案内される。
「ひろっ!」
「……ここではミサも開かれますし、国の広さを考えれば当たり前ですよ」
ほほーと簡単の息を漏らしながら
聖堂を突き進む彼女についていく。
大聖堂の奥に大き目の扉。
その扉を一生懸命押しているがあけられない目の前の女の子。
「ん……むぅ〜……んんっー……」
可愛くて悶えそうだった。
「手伝うよ」
「す、すみません……」
言って片手でとりあえず扉を押す。
ギィッと音を立てて、その扉は開いた。
「――わっっわっ!」
案外勢い良くあけてしまったため彼女は全力で前につんのめって――
ドシャァッ!
こけた。
「だ、大丈夫!?」
すごくいい音したぞ今!
俺はあわてて彼女に手を貸す。
「大丈夫です……。ありがとう御座います。
その、思ったより力があるのですね。いえ、良い意味で」
「いやいや。俺なんて。あれ? また扉がある」
「えぇ。コウキ、これから先は一人です」
「え、……ぇぇええええ!? 一人で何するの!?」
「神前には一人で行く事が習慣です。さぁ、祭壇へ」
「は、はぁ……わかった……」
まぁ……いいや。どうにでもなれチクショウ。
そんな面持ちで扉を押し開けた。
「あれ……?」
ドアを押し開けて足を踏み入れた瞬間、廊下が続いていたはずの道がいきなり祭壇になった。
「なぁ、ファー……」
言って振り返ったが後ろに扉はない。
それどころか道らしきものも見つからない。
「え、ええええ!? なんじゃこりゃーーーー!!」
『安心してください。貴方は祭壇に招かれました』
後ろから声が聞こえて振り向く。
そこには誰も居ない。
「だ、誰だっ!?」
目の前に広がる荘厳な祭壇。
見たことも無いような飾りが壁にズラズラと並べてある。
『始めまして。コウキ。導かれし旅人よ。ようこそ私は加護神メービィと申します』
その祭壇の上のほうから聞こえてくる声。
微かだがそこに光があるように見える。
『もしかして……私が看破できますか? ……見えますか?』
「え、いや、そこに居るんだろうなーって言う光ぐらいは見えるけど」
少し驚いた雰囲気があって、ホッと溜息が聞こえた。
『神性が高いんですね。――……呼ばれたのが貴方でよかった』
「いや、勝手につれてこられただけなんだけどマジで」
『そう邪険にしないでください。ファーネリアは貴方をずっと待っていたんですから』
む、とその言葉に少し照れる。
「……悪い気はしないけど、俺はそんな大したヤツじゃないよ……。
なぁ、神様? 俺どうやったら元の世界に帰れるんだ?」
その質問にメービィという加護神は息を呑んだ。
チョットだけ間をおいてごく残念そうに、一言口にした。
『……残念ながら、貴方は向こうの世界に帰ることができません』
「な――んで?」
『貴方は……覚えていないのですか? 向こうの世界では――死んでいるはずです』
ズキン――。
「いや――でも、ほら、俺生きてるじゃん」
手がある。
足がある。
体もつぶれてない。
あんなに真っ赤に染まっていた体はこんなに充実してるじゃないか――っ!
『いえ……貴方はこちらの世界で転生したのです。――"シキガミ"という形で』
「う、そだろ……何なんだよシキガミって――!」
『シキガミというのは今の貴方の形です。
前世での経験能力を失わずに転生し、駆使することの出来る形――
本当に、貴方の魂をそのまま肉体として反映させた完全なる貴方です』
「は……!? なら俺なんて無意味だろ!?
ただ、アルバイトしながら暮らしてた苦学生だぞ!?」
『コウキ、呼ばれたのは恐らく貴方の神性の高さ故でしょう。
どんな戦いの知識を持っていてもこの世界では生きてはいけない。
どの道この世界に居ればたくさんのことを身につけることが出来る。
戦う力を与えるのは神子や私たちの役目です。
あなたは、それ以前のものを持ってここに呼ばれたのです』
「俺なんかに何があるってんだよ……」
『それは、貴方がこれから、身をもって知ることです』
「――っそれ、ズルイっすよ……答えじゃない……」
『……えぇ……そうですね……泣いても構いませんよコウキ。しばらく黙っていますから……』
「いや……それを聞いたら……泣くわけにいかないじゃんか……」
ギリッと歯が鳴る。
死んだのか。
やっぱ。
ありえないもんな……あの事故で死んでないって言うのは……
あぁ……いろいろやり残してるじゃん……でも……どうしようも無いのか……。
喜月……ごめん……借りた金返してないわ……。
武人……金返せ……。
あれ……もしかして二人が返しあえば精算つくんじゃねぇの……?
えっと体育祭で喜月に300円借りてそん時に武人に100円貸してて……
旅行のときに武人に1000円貸して今度俺が喜月に1000円借りて500円返して武人から200円回収して……アレ?
俺なんか損してるし……くっそ、返しといて武人……あとは供えといて……100円……
店長――バイト、俺が抜けると大変じゃん……ごめん……
あー新人研修まだ教えてないことがーうわー……ガンバレ店長……
……姉ちゃん……
一人にしちまった……
俺たちはずっと二人でやってきたのに――……。
姉ちゃんは――俺が守ろうって、誓ったのに。
はは……だから言ったんだ。彼氏作れって。
守ってくれる誰かを……
――新しい家族を、もって欲しかった。
それを見て安心したかった。
もう、一人になることを恐れなくていいと安心する姉ちゃんの顔が見たかった。
でも、もう届かない願い。
その想いは、最後に伝えたはず。
いつの間にか涙が頬を伝う。
泣くなと拭うがそれも虚しく涙は溢れる。
それでも声だけはかみ殺す。
両親の死んだあの日、事故から生き延びた俺に泣きながら抱きつく姉ちゃんを見て、
もう泣かせまいと誓ったのに。
たった一人の笑顔のために生きていた――あぁ、俺もすっげぇシスコンだわ。
生きてなんて、つらいことを言ったかもしれない……勝手だったかもしれない。
いま、俺の出来ること……
せめて……
せめて俺も――!
長い時間俯いて、決意をしてメービィを振り返った。
なんとなく、温かい目で見つめられていたのが分かった。
「教えてくれ、この世界では――どうやって生きていけばいい!?」
精一杯、この世界で生きるから――!
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