第08話『神の願い』


*コウキ

その声に優しく女神は笑った。
『はい。貴方は逞しい。それだけできっと生きていけます。
 戦う力は私たちが与えます。
 だから――彼女を守ってあげてください』
「彼女……? ファーネリアのこと?」
『はい――それでは、彼女について話しますね』




「えぇっっ!!! マジで!!!?」



『……まだ何も言ってませんけど』
呆れたような溜息が聞こえる。
心持祭壇の上の光が弱くなった。
「いや、先に驚いといたらもう怖くないかなと」
『……意外と楽しんでますね?』
軽く怒ってるな…メービィ。
「あはははっ意外とね。怒んないでよ。いや――この世界は随分と面白いよ
 魔法はあるわアルマはあるわ。
 エルフが居るわ妖精が居るわモンスターわいてくるわ――
 向こうには無いものばっかりだ。」
『――そう、みたいですね。貴方が居た世界とはモノが違いすぎる……。
 でも貴方には心配無用みたいですね』
クスクスと笑う声が聞こえる。
『貴方だけですよ。神様と呼ばれる私に冗談を言うのは』
「え。マジで!?」
『マジです』
いや……マジですとか言ってる時点で、
俺の中から神様って言う神性が1ずつ削られていってる感じなんだけど……
「いやこんなにもノリの良い神様なのにー勿体無い。
 絶対美人だよね〜どうやったら見えるか……」
『私ですか? コウキはもう私に会ってますよ』
「え゛!!」
ヤバイ……会ってるって今言った……!?
該当する人影が1mmたりとも思い浮かばない……!!
そんな俺を察してか、またクスクスと笑う声。

『そんなに考えても分からないでしょう。
 これがさっきのファーネリアの話に戻るのですが――

 彼女は、私の転生です』

「……は?」
思っていたことがそのまま口をついた。
ファーネリアがメービィの転生……?
『私は、ファーネリアの神性に当たります』
「え……? じゃ、じゃぁメービィってファーネリアなの?」
『……はい。性格や神性はやや違うのですが姿や魂は同型です』
「そのやや違う性格とかが気になるね」
『……コウキ、貴方はなぜそういうことを……』
すっごく冷たい目で見られてる気がした。
「ごめん……でもそういえば良く似てる……
 ってか見た目がファーネリアならめっちゃ美人じゃんか!」
『え、あ……そうですか? ありがとうございます……』
……
……
……
「そんな照れないでくださいよ」
なんだかこの神様読めてきた。



『こほんっ……それじゃ、気を取り直して』
「はい。いかがいたしましょう」
『貴方はとりあえず話を聞いてください』
「あ、はい……」
もう一度咳払いをすると祭壇の存在は話を始めた。

『貴方は、彼女を守るためにシキガミとして呼ばれました。
 具体的に、シキガミがなんなのか……コウキはアルマが何か分かりますか?』
「便利な道具」




『……まぁ、コウキにはそんな感じなんでしょうね……』

「それ、違う人にも言われたよ!」

表情まできっちり想像出来る。
そんな俺に向かってメービィは優しくふふふっと笑う。
『アルマはシンに込められた意味を実現します。

 貴方は、"シキガミ"という名の"アルマ"です』

「……俺がアルマ?」
『貴方は歌を聞いたはずです。ファーネリアの歌う言霊を込めた歌を』
う、た――?
右手を見た。
あのチリチリとした感触を思い出す。
円形の武器……なんだろう。
とっさに取った投げるという行動も俺は今まで一度もやったことの無い行動だ。
『ファーネリアの歌は貴方にとっての言霊。
 ――貴方にはファーネリアの武器になって彼女を守っていただきたいのです』
「……この世界ってそんなに物騒なの?」
『えぇ……そうですね。村人はモンスターに怯えていますし、
 モンスターも人に怯えています。
 人間と獣人が仲が良くなかったり、戦争だってあります。
 それに……神子には別の危険がありますから』
「別の?」
『……神子は1人ではありません。他の国にも数人いて……常に、命を狙いあう関係にあります』
「なんでさ!? 別にこれってほかの人に関係ないことじゃないの?」
『……そうでは無いのです。神子とシキガミは、膨大な力を駆使することが出来ます。
 一騎当千……とでもいいますか。表現ではなく物理的にもそれは可能です』

「一攫千金みたいなもんか……すげぇな……」
『………………』
そろそろどうやってあの口を塞ごうかという呟きが聞こえた気がした。

「ごめんなさい」
素直に謝ることにした。


『……で、ですね。好戦的な神子は戦争にも参加するのです。
 ――その意味お分かりになりますか?』
……さすがに俺でもわかる。
その神子に勝てるのは神子しか居ない――そして。
『そうですね。それなら戦争が起きる前に倒すのが国としての道理でしょう。
 そう――貴方たちは、そういう存在です』
立ち尽くした。
そういう存在……?


『人からは恐れられて、遠ざけられて。
 同じ神子やシキガミとは殺しあう――そういう、運命です』
「は――」

 ふざけんなよ…………!!!


ふざけてる。
ふざけてるぞ、こんなの――!
俺は祭壇を睨みつける。
「ファーネリアは……! ただの女の子じゃんか!
 力も無いし、こけちゃってたし!」
怒ったりもしてたし、笑ってたりもしてた。
俺には――ただの女の子にしか見えなかった。

「なんで――そんな、悲しい生き方しか出来ないんだ!!」
生きているのに。
自分は生きてると実感できない。
たくさんのなかで――独り。

そんな、人の人生を分かっていてその境遇に置いたメービィ。

『……そう、なってしまったのです……。
 実質、彼女は独りでした。
 国に保護されて、神殿へ――幽閉されていたようなものです。
 そこに――貴方が現れました。
 たった一人の、味方。たった一人の理解者。その存在。
 彼女は喜んでいますよ、コウキ――』

ギリ――
歯が鳴った。
「わかってんのかよ……!! 独りになる辛さが!!」
許せない。神様でも。
俺は信じてこなかった存在。
いつでも自分が頼りで――最後まで、救いなんて無かった。

『――知っていますよ私は。幾千の時を独りで過ごしたのだから』

「……!」

いくつもの死を見て、いくつもの罪を赦し、いくつもの生を与え――。
涙した。
何故で自分を生んだのかと怨まれ、何故死んでしまうのかと問われ――。
『お願いです――……コウキ……』
止め処なく溢れる感情。
涙し続けた女神。
『……――私を、助けて……』


語られる。
神子は器。
神が人として生きるための器。
人として生きたいと願ったのだと言った。
悲しい世界の輪廻を見るのは、もう堪えられないのだと――

  神様が泣きながら言ったのだ。

「は、ははは……」
乾いた声で笑った。
――何でだよ。
神様が絶望するような世界に、人間に――何が残ってんだよ。
意味無いじゃないか、人になって絶望するだけなら……どっちも同じだ。

『それでも――私は人に憧れた。私の勝手な願いなのです。
 ごめんなさいコウキ――ファーネリア。私の子よ。
 っ貴方たちなら……きっと……ここにたどり着けると私は信じています』

ヂリ……
視界がぼやける。
涙があるわけじゃない。
祭壇が消えようとしてる。
そこにある存在が遠のくように感じる。
「メービィ……!」
俺は祭壇を見上げた。
何を言えばいいかはわからない。
あぁもう! なんでもいいや!



「っまた……会いにくるから!」



返事は返ってこなかった。
目の前の空間はぐるっと渦巻いて暗闇になる。
不思議な浮遊感。
急に光に包まれて、目を閉じる。
そして足場の感触が戻ってきた。
ゆっくりと目を開けると、目の前は扉。
それを押し開けると、ファーネリアが立っていた。
あぁ、そっか。さっき押し開けた扉に戻されたのか。
「ただいまファーネリア」
とりあえず笑顔を作って話しかける。
「……お帰りなさい。どうでしたか?」
「うん。絶妙」
「……そうですか」
苦笑いで頷くファーネリア。


「ファーネリア。一つ提案があるんだけど」
「はい?」
「うん。とりあえず、愛称考えよう」
仲良くなるには、とりあえずそこからだ。そう、思った。

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