第09話『突発事件!』


*コウキ


「ファーナ〜? あれ? 逃げた?」


「先ほど逃げましたね」
書類や書物だらけの空間で働くヴァン。
愛称を決めるために再びお邪魔させてもらった。
大して話し合うこともなく、ファーネリアの愛称はファーナに決まったが。
呼ぶたびに真っ赤になってヴァンと話をしているうちに逃げられてしまった。
「あんなに嫌がることも無いのにな〜」
「はははは。コウキ、リージェ様は照れ屋さんなんですよ」
「そうなの?」
まだまだベルリンの壁みたいな分厚い心の壁を感じますけど。
「それはもう。特にコウキには」
「余計なことは言わないでっ!」
「お戻りでしたか……」
何かを言いかけたヴァンにきつい仲裁が入る。
手にしているのはティーセットだろうか。
「……お話をするならお茶でも、と思いまして」
「そうですね。隣の部屋へ行きましょう」
「あ、ファーナっ俺が持つよ」
ヒョイッとファーナのティーセットを奪って外へ出る。
「あ、コウキっ」
「任せてよ〜これでもレストランでチーフやってたんだぜ?」
5年間、トレーから物を落としたことは1度も無い。
一番綺麗な姿勢でそのトレーを持つ。
あー……しっくり来る。
もう、アレだ。5年バイトやってると
バイト嫌 → バイト鬱 → バイト暇 → バイト鬱 → 快感
と成長するのだ。
「行きましょう」
「こ、コウキ……なんだか人が違いませんか?」
「いえ、そのようなことは御座いませんが」
トレーを持っている間は笑顔と敬語。コレ基本。
俗に、営業スマイルとも言うが。

隣はヴァンの休憩に使っている部屋らしい。
応接間でもあるらしく、落ち着いたつくりのソファーとテーブルがあり、
簡素な飾りがあるだけのシンプルな部屋だ。
お茶を淹れようとすると強く止められたので大人しく座って待つ。
程なくすると手馴れた手つきで淹れられたお茶が俺の前に置かれた。
「どうぞ。召し上がれ」
「ありがと。いただきまーす」
匂いとか味で葉が分かるほど飲んではいないが、茶の名前ぐらいは知っている。
レストランに結構な種類が置いてあったし。
入れ方は俺は叩き込まれた。
……ホント叩きながら教え込まれた……。
懐かしい思い出に浸りながら――もう、戻ることは無いんだなぁと紅茶を口にした。



「ん。美味しいよ。ファーナ」
「あ、ありがとう御座います」
照れているのか目を合わさない。
そんな彼女に言葉を続ける。
「いや、マジで。淹れ方上手いね」
「いえ、そんな」
「いやいや。こんな上手く淹れれる人はなかなか居ないよ」
「そ、そうですか?」
「そうそう。ほんと美味しいよ」
「でも、葉もいいものを使って……」
「ううん。葉の味をだすのは腕だから」
ファーナの目を見てにこ〜っと笑う。
「〜〜〜〜っ」
「あ、逃げた」
あからさまに褒めちぎると恥ずかしさのあまりか、また逃げ出してしまった。
その様子にヴァンが大爆笑をする。
「ははははははっ! いやいや! コウキ、君は面白いっ! ははははっ!」
「なんの。さっき神様も笑わしてきましたし」
つまり折り紙つきの変なヤツだ。
「メービィも! はははっ本当に面白いなコウキ」
「それにしても、ファーナ何処いったんだろ」
「すぐ戻ってきますよ。何か持ってね」






程なくしてファーナはお茶菓子を持って戻ってきた。
部屋の前をウロウロしていたところをそろそろだろうとヴァンが捕獲したみたいだ。


「それでは、私は席を外させていただきますねリージェ様。コウキ」
しばらくするとそう言ってヴァンは立ち上がった。
「あ、そうか。仕事中だったんだ。ヴァンごめん邪魔して……」
「いえいえ。楽しかったですよコウキ。また誘ってください。それではごゆっくり」
優しい笑顔を残して、彼は部屋から立ち去る。
それを見送ってファーナと向かい合った。
「あの」
「ねぇ」
「お先にどうぞ」
「いえ、コウキから……」
「イヤイヤ。レディーファーストを流儀にしておりまして」
「いえ。コウキのお話が先でいいですよ」
これぞ譲り合いの真骨頂――話が進まない。
えーと、と頭を掻いて向かい合う。

「ファーナは…………いいの?」
「いい……とは?」
「メービィに聞いたよ。俺の呼ばれた意味。それと――メービィの願い」
「……そうですか」
「……聞かせて欲しい。ファーナは、どう思ってるのか」
ファーナは俯く。
金色の髪が前に流れた。
「……私は……」
ゆっくりと顔を上げた。

「私は……メービィになりたかった」

「……そっか」
そう――彼女が決めたなら……仕方ないのかもしれない。
そう生きるように、決まっていたのだから・・・・・・・・・・
でも、それは……
「それが……自分がいなくなることでも……?」
俺は問う。
「私は――怖いです」
目の前の女の子は言う。
自分が居なくなってしまうかもしれないと。



「それでも……私はメービィを救ってあげたいのです」

彼女は俺を見つめた。
真紅の瞳がそれは本気だといっている。
それを――可哀想だと思うのは失礼だろう。
それに……


「――だよねっ」
笑顔で同意する。
俺だってっそう思っていた。



さて、どうやって、この子を守りながら――あの神様を助けようか。
















この日、この時をもって――壱神幸輝はファーネリアのシキガミになった。

















「コウキ、私も聞きたいことがあります」
「何なりとどうぞ〜」
「……っと、コウキは……っ」
言いよどむ彼女に俺は首を傾げる。
顔がみるみる真っ赤にそまっていくファーナ。

「わ、私と、一緒にっ目指してくれますかっ」
「うん。もちろん。俺はファーナの”シキガミ”だから」

 途端、ボゥと火の灯るように顔を真っ赤にした。もう赤くなる所ないんじゃないかファーナ。
「わたしのっ!?」

 何を驚いているんだろうか……。
「大丈夫? 神子様〜。頼みますよご主人様〜?」
「ご……! その物言いはやめてくださいコウキっ!
 貴方は元々そんな従者らしくないでしょう!」
ビシィッっと指差される。
失礼な。
「礼儀正しくしろっていうならやりますよ?」
はははっと軽い口を叩く。

「いいですっ。……貴方は……その、そのままが一番です」

言って、目を逸らす。
――……コレは…さすがに俺も恥ずかしかった。
「あぁその、ありがとファーナ……これからもよろしくっ」
「は、はい。こちらこそっ」
握手を交わす。
その手はか弱い女の子のものだった――。





「ん。じゃぁファーナ。これから具体的に何をするの?」
「それはメービィから聞いていないのですね。
 ……これを見てください」
言ってファーナは1枚のカードを出す。
「ん。何コレ」
真っ白なカードが一枚。
表も裏も無い真っ白。
「これはこう見えて精巧な魔法です」
「魔法…………?」
「はい。今はただのカードですが、とあるマナの鍵を手に入れることによって扉に替わります」
「マナの鍵って?」
「メービィが言うにはマナを凝縮したコインです。
 それもこのカードと同じく密度の濃い魔法でしょう」
……コインかぁ……
俺はごそごそとポケットの中から袋を出す。
「お金ではないですよ?」
「あ、そいや、この国の通貨ってリージェっていうんだな」
「えぇ。それは昔からなんです。リージェというのは、この国の初代女王の名前ですよ」
「え………………てことは………………


もしかして王女様? ……とか?

はははんなわけ――」


「あ、はい」






「なんだってええええええええええええ!!!」
先に言ってよぅ!!
「失礼しましたっ!!!」
ソファーから飛び上がって空中で土下座のポーズになりながらファーナのほうを向いて着地する。
もちろん土下座ポーズのまま勢いで後ろにスライドしていく。
「こ、コウキ!? いきなりそんな態度を変えなくても……」
「あ、そう?」
パンパンと勢い分の埃を払って立ち上がった。
「…………」
「ふぅ……びっくりした」
スタスタとテーブルへと近づく。
「……私もコロコロ変わるコウキにびっくりですよ」
ピシッと小さく突っ込まれる。
「うははは。だってだって変えなくていいんでしょ?」
ファーナはそんな俺を見て満足げに頷いた。
「はい。もちろん――……あなたとは、対等でありたい。その方が楽しそうですしっ」
ほんのり上気した顔に極上の笑顔を浮かべた。
「おふっ……」
恥ずかしくて鼻血が出そう。
本人にはきっとそんな気は無いんだろうが。
照れ隠しにコインを引っ張り出してファーナに突きつける。

「んで見てよこれじゃない? コイン!」
コバルトブルーのコインを財布から引っ張り出した。
理由は不明だがポケットに入っていたコインだ。
「え……?」
「これどうすればいいの? 気合注入か? ふんっっっ!!!」









キィィィィィィィィィィン!!!



「やべーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」



コバルトブルーのコインを白いカードが飲み込み、
そこから光が散らばると部屋を包み込む壮大な魔法陣を描いた。
光の中に飲み込まれる。
「う……あ……っっ!!」
目がくらむ。
気持ち悪い……っ……!
「えっ!? コウキ!!!?」
「ファーナ……っ!」
それは俺の――恐怖体験しにぎわに似ていた。

走り寄って来たファーナを抱きしめて、目を瞑った――。

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