第11話『ゼロの試練』

「血より燃え上がりて真紅、月より舞い降りて聖円」

ファーナが言霊を紡ぐ。
それと同時に俺の体がチリチリとしてくる。
――熱い。
「魔を絶つ銀の刃」

また腕に光が集まる。
聞こえる言葉が体に刻み込まれていく感覚。

「――炎月輪」

ファーナ歌が体を奔る。
それは俺の意識を通ってカタチを成す。
必死にカタチを成そうとするそれを握った――。

「おぉ!」

ファーナ曰くこれがシキガミの能力。
武器が薄っすらと纏った炎。
草に触れると溶けるように燃えた。

「炎月輪……」
その名前を呟く。
「はい。それはメービィから授かった歌の一つです。
 私が歌うだけでは意味を成しませんがあなたがいると刃になる。

 コウキ、私が貴方の武器になります」
俺の手を取って極上の笑顔と決意の瞳でファーナはそう言った。




悶えた。

どーしてそーゆーのを歯に衣着せずに真面目に言うかな〜っ。
こちとらシャイと出っ歯とカメラと七三で有名な日本人だぞっ!
言葉の破壊力をもう少し抑えて欲しい。
そんな俺を見てファーナが笑う。
あぁもう。駄目押しだっ。

「その……っな、なんて言えばいいかわかんないけど、頑張る」
「はい。お願いしますっ」
恥ずかしさのあまりに頬を掻く。
夕日に向かってアンドレと叫びたい。
「……っっ行きましょう!」

一人山道を走り出した。




「行ってしまいましたね」
「あまりコウキを苛めると嫌われますよ?」
「何を言っているのですか。私は真面目です」
そうも言いつつクスクスと少女が笑う。
それはヴァンツェが今まで見たことも無い顔だった。
あの少年は本当に面白い。
全てを変えていく少年。
誰よりも異常な存在が――誰よりも精一杯生きている。




「うおおおおおおおお!?」

高速でリターン。
「なんか出たなんか出たなんか出たぁぁっ!!!」
その背にはモンスターの軍勢。
拳大の巨大な蜂と三つ目の狼ざっと5・6匹。
「コウキ!」

「くそー!
 ゲームじゃコマンド入れるまで攻撃してこないだろ!
 今常にエスケープだけどね!!
 うぉっ! ちょっ!
 お前に刺されたら心持ちしぬっ!」

転がりながらキングビーの攻撃をかわす。
騒がしいことこの上ない。

『黄昏の時を満たす聖杯
 混沌を凪ぐ風
 その手に余る憂鬱を掴み目指すは光の都』

ファーナが歌う。
それと同時に、コウキの両手に武器が宿る。

「――っりゃぁああ!!」

振り向きざまに一匹の蜂を切って、もう片方の炎月輪を狼に投げる。
狼に避けられて空を切りコウキの元へと戻る。
歌っている間はコウキの武器はコウキの元に返る。
それに合わせて左右からグールウルフがコウキに襲い掛かる。

「収束:100! ライン:左の詠唱展開固定」

「術式:疾走する風狼(ルプスウォーロ)!!」

ヴァンツェの左手が光って風が爆走する。
一瞬で空にいた3匹のキングビーが砕ける。
コウキは左腕の炎月輪を大きく振りぬく。
2匹のグールウルフはそれを飛んでかわした。

『陽炎の灼熱
 断章との狭間に廻る廻る廻る――』

――途端、コウキの身体から奔る炎。

「ぁぁぁぁぁああああ!!!」

ヒュィンッッ!

広がる。
コウキが炎月輪を振りぬいたときにそれは弾けた。
2体が燃えて霧散する。
熱風がヴァンツェやファーナの所を吹き抜けた。

『踊る月下の焔の唄――……』


大地を燃やす揺らめく焔の中心に君臨するシキガミ。
ヴァンツェとファーナは魅せられていた。
鬼神のように紅を纏うコウキは例えようも無く――綺麗に見えた。
そのシキガミは二人に視線を合わせると人懐っこい笑顔を浮かべた。
――それが、コウキ(シキガミ)だった。




山はそれほど高くは無い。着実に頂上は近くなっていた。
コウキもだいぶ戦闘に慣れてきた。

「何これっ? おぉ?」

戦利品を持って不思議そうに問う。
それは本日の一番の大物、巨大肉食植物アブレットを倒した時に出現した双剣。

「おや。今のアブレットは具象体だったようですね」
「具象体? この剣?」
ヴァンツェの眼鏡が光る。
「はい。もともとモンスターはマナで構成されています。
 まぁ大概何も無くただ集合したマナがモンスターを成すのですが……。
 マナは物に宿りやすい性質を持っています。アルマがいい例ですね。
 もちろん武器やコインにも宿ることはあります。
 それが長い間放置されることによってマナを集め具象化し、モンスターになります」
「へええええなるほどっファーナっ付ける?」
ちなみにそれは武器を持っていないファーナに対しての配慮だ。

「いえ……私はその大きさの双剣は扱えません」
「そっか。ヴァンは?」
「私もです。コウキが着けると良いですよ」
「よっしゃっ俺も使えないけどなっ!!」
嬉しそうに双剣を腰に装着する。
引き抜いて構える。
ん? といってもう一度鞘に戻す。

ヒュッヒュッヒュッ!

剣閃が舞う。それはさっきのコウキに似ていた。
唄に合わせて踊るその姿に。
トンッと足をそろえてもう一度構える。

ヒュッッィィンィン!!!

キンッッ!!
ヴァンとファーナには最後の収める瞬間しか剣を見ることはできなかった。
「コウキ、今の――」
「すっげ! みたっ!? さっきのファーナの唄と同じ動きで戦えるっ!!」
まるでカブトムシを捕まえた少年のように笑う。
「す、すごいのはコウキですよ……。あんな動きすぐに覚えれるものですか」
「そう? ファーナの唄が教えてくれたんだけどなっ」
「唄が……?」
「そうそう。なんて言うか……そのファーナが歌ってる間、
 そのときの戦いに合わせた動き方みたいなのがこう……伝わってくるって言うか。
 戦い方を教えてくれるんだ」
唄がそういうものだというのは知っていた。
だが――それを飲み込んでしまうコウキはいったい――?
コウキを見やってもハテナ? と笑うだけだ。


「モンスターを成すアイテムの多くは遺留品だったり、
 持ちきれないアイテムを置いていったものだったりします」
その言葉を聴いてびくっとコウキがはねる。
「あ……もしかしてコレ……?」
「かも知れませんね」
ニッコリとそう言い切るヴァンの笑顔に恐怖を覚えた。
「まぁそのおかげでモンスターを倒す仕事で生計が立てることも可能なのです。
 中には神からの賜り物の場合もありますし。
 より良いアイテムはより強いモンスターになります。
 それを目指せばより高いレベルが必要ですし、リスクも跳ね上がる。
 そこでパーティーを組んだり、ギルドを立てたり――
 これが冒険者と呼ばれる人たちですね。
 そもそも冒険者というのは――」
「あぁ……始まってしまいましたね……」
小さくため息をつくファーナ。
こうなっては誰も止められないということを知るこの場で唯一の人だった。



気づけば頂上だった。

コウキが長い長いウンチクの果てに気づいたことが一つ。

「……神様が落としたアイテムがモンスターになるとこうなるのかなぁ……」
「………………」

誰も答えない。まさに絶句。
目の前に広がるのは異常なまでに大きい――黒い塊。
それが何なのかはよくわからない。
「……とりあえずなんかアクション起こしてみる?」
抜き足差し足で固まりに近づくコウキ。
「こ、コウキっ危ないですよっ」
塊がコウキの射程距離に入る。
腰の双剣の一つを引き抜いてそれを切りつけた。






『ヨうコそゼロノシレんへ』





歪な声が響いた。
後ろからファーナの叫び声が聞こえた。
――がそれも遅い。
心臓が高鳴ると同時に――俺は。

よく知った町の中心に立っていた・・・・・・・・・・・・・・・



















オイオイ。
まてまて。何の冗談だ。
ここは――そう。
俺の住んでいた町に違いない。
いいのかよ。

そういう終わり方で。

ポリポリと頭を掻く。
ため息をついて振り返った。
――真後ろに人。
ぶつかる――
「うぉあっ!?」
フワッ

ぶつからなかった。
正確には……すり抜けた。
俺の体が、だ。
振り返る。
そのサラリーマン風のひとは俺に気づくことも無く歩き去っていく。

あぁ、俺幽霊なのか。
納得。
「死んだのにタダでこっちに戻ってこれるわけが無い……か」
呟く。
まぁ、十分か。
俺は苦笑いで歩き始めた。




「……」
「…………」
「なんか喋れよお前ら」
無言で歩く喜月と武人についていく。
この場合俺が憑いていっている。妙な表現だが。
二人は喋らない。
無言で帰り道を辿っている。
「あれ? 喜月メガネ変えた? かっこいー」
「……変えてない」
「あ? なんか言ったか喜月?」
「……何も言ってないぞタケ」
「……さいでっか」
「あはははははは!!! 聞こえてるの!!? 霊感強いね喜月っっ!!!」
「…………黙れ……」
「どうしたんだよ喜月?」
堪えかねて振り向く喜月。
手を振って俺の居る辺りを確認するがすり抜けている。
「この辺に幸輝みたいなのがいやがる」
「…………的確だな。殴ってみるか」
フンッと本人は冗談のつもりで手を振ったんだろう。

ガゴッ!!

『あ』
「へぶぅっっ!! こ、こらぁ! 冗談にしちゃいてぇぞ!」
「今なんかに当たった」
「あぁ。情けない声出してたぞ。そこにいるんだな? ……幸輝」
誰も居ない帰り道。
怪奇に遭遇した二人。
それは、懐かしい親友との再会。

「いるよ」

久しい声だった。
「……そうか。なんか未練でもあんのか幽霊」
「幽霊言うな」
「おい喜月。俺からすれば独り言見たいで危ないぞお前」
「聞こえるんだからしょうがないだろう。お前だって殴ったろ」
「あ、そうだ。お返しだクソタケ!」
「あ、くるぞタケ」
「へ? ごぉぅ!?」
コブシが武人の鳩尾を貫く。
うん。いい感触だ。
「あーあ。いわんこっちゃ無い。んで幽霊さんは俺らに何用ですかね」
「だから幽霊さん言うなっ俺は俺のニューライフを送ってるんだっツーの」
「幽霊ライフ? トイレで人を脅かすバイトか?」
「ナマハゲの方じゃね?」
「悪い子はいねぇが〜〜〜ってちゃうわっ!」
フラリと起き上がる武人。
「ちっ……幽霊かよ幸輝……羨ましい……覗きやり放題じゃね?」


とりあえずボコった。


「すげぇ怪奇現象みたいだ」
喜月は感心したように一人で暴れる武人を見る。
「み、みてないで助けろっ」
「ははははっ」
笑った。
久しぶりに3人で笑う。

「ほんと、勝手だよなぁお前」
「……ごめん」
「いいよ別に……死にたくて死んだんじゃないんだろ」
罰が悪そうに言う。
「まぁね。なんでここに居れるのかわかんないけどとりあえずお別れ、かな」
「なんだ。とり憑いてたわけじゃないんだな。武人に」
「俺に!? あえてまったく他人の俺に!?」
「あぁ。生き返ったってとり憑かんっ」
「…………すごく失礼なことを言った雰囲気だけ分かったぞ」
「はははっ」
「……まぁ、俺が居なくなっても、みんな元気みたいだしっちょっと安心ってとこ。
 あ。借りた金はタケに返してもらってな」
「タケ。幸輝に借りてた金は俺に返せとさ」
「げっ! 時効になんねぇの?」
「死後50年は有効だ」
キランッとメガネが光る。
あれは取立屋の目だ。
「ぐっ!? か、堪忍してくだせぇ! あと1週間お待ちを……!」
「ははははっ」

笑った。
悲しさを含んだ懐かしさ。
これ以上は居られないか。
「逝くのか」
「不穏な言葉を使うなよっまぁ、次は姉ちゃんのとこにでも」
「そうか……」
「なんだ。もう逝っちまうのか」
「…………おまえにゃロータッチで十分だ」
「ふぉっっ!? 今下に来た!?」
決まりがある。
下に来たら――次は。

パァァァン!

甲高い音。
最後の、ハイタッチ。
「じゃーなっ」
「おう」
喜月が答える。
俺は家を目指して走った。


「なんだ。いつも通りだな」
武人は強く叩かれた手を見ながら苦笑する。
生きてようが死んでようがやりたい放題だ。
「まぁあれがあいつだ。……ははっっ俺らも帰るかっ」
二人も帰途を歩み始める。
――旧友との思い出を語りながら。

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