第13話『旅路の休息』

目を覚ました。
暗闇の中でたっていた。

気分は妙にすっきりしていて、迷いは無い。

声が聞こえた。
「コウキ! 早く戻ってきてください! コウキっ!」
最近仲良くなった人で、とても俺を心配してくれているようだった。
さぁ、生きないと――言いながら笑って、走り出した。

熱い両手をかざして叫んだ。



「はぁぁぁい!! 呼ばれました〜〜〜っ!!」



身体をめぐる焔が奔る。
黒を紅で染め返して高く舞う。

「シキガミ・コウキ、只今帰りました〜っ」

裂けた闇の間からファーナを見る。
そう、決めたんだ。
ファーナのシキガミになること、彼女たちを助けること。
「コウキっ!」
闇が散る。
これが何だったのか良く分からないが――感謝した。


「いやーなかなかすげぇアトラクションだった」
「……よかった、コウキ、なんとも無いのですか?」
「うん」
「本当に、心配しました……戻ってきてくれてよかったです」
そう言って手を握ってくるファーナが少し涙目で言った。
「そ、そんな心配掛けた?」
「リージェ様は貴方が戻ってこられないのではないかと気が気でないようでしたよ」
「そ、そんなっその、わたくしはコウキの判断に委ねますけれどっ、こんな所で試練に負けてしまっては困ると……!」
ははは、とヴァンが笑ってこちらを向いておや、と首を傾げた。
「顔が引っかき傷でいっぱいですが」
「はははは。猫と戯れててね〜」
「あ、痣もいっぱいですっ何があったのですかっ!?」
「はははは。猫と戯れててね〜」
「そんな訳無いでしょうっ」

悪戯に笑うコウキ。
ふとその笑いをやめるとファーナの前に片膝をついて見せた。

「な、なんですかコウキ?」
「いや――これからもヨロシクっ」
それは決して格好に見える主従関係の言葉ではなかった。
――もっともそんな意味でその格好をしたのではなかった。
ただ、この格好をした方がそれらしいと思ったから。
決意を込めた優しい笑顔でコウキは真紅の瞳を仰ぎ見る。
「――? はい、よろしく、お願いします」
彼女もたどたどしくその言葉を飲み込む。
その様子をヴァンは優しく見守っていた。




コンッ!

「ひぁっ!?」
「ファーナっ!?」
「リージェ様!?」
結構いい音が響いて何かがファーナの頭を直撃した。
「うぅ〜……?」
涙目で頭を直撃したものを見る。
「こ、小箱ですか……?」
ヴァンがそれを拾い上げる。
とりあえず俺はファーナを撫でてやる。
「ほら、大丈夫? ここ? 痛いの痛いのとんでけ〜」
「や、やめてください〜」

「ふむ。これは……術式がかかれてますね」
じゃれ合う二人を放置して小箱をグルグルと見ている。
手のひらに収まるほどの小さな箱で、シンプルながら綺麗な赤の装飾が印象的だ。
「リージェ様。これがカードが言っていた神性のようです」
「……メービィは私に何かうらみでもあるのでしょうか……」
そう愚痴りながら箱を受け取る。
「あー。普通は俺に巡ってくる役なのに」
そういう不意打ちもたまには面白いからいいかと軽くまとめる。
「これはどうやって開けるのでしょう?」
「鍵穴もないし、引っ張ったら開きそうじゃない?」
「う……うぅぅぅうぅぅっっん……」
うなりながらプルプルと力を込める。





画面端でコウキが悶えた。


「か、貸してみて俺がやってみる」
「はい……すみませんお願いします」
受け取るとまずは普通に開けようと試みる。
「ふんっふんっ……

 どぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!

 はひゅーん……

 ふんっっっっ!!」
…………開かないみたいだった。
「それでは私が試みましょう」
汗だくのコウキに手を出す。
「むぅ。今度は気合じゃどうにもならないみたい……」
「ははは。無駄にマナを放出してますしね」
ヴァンは小箱を受け取ると目の前に構える。

「すぅ――……」

途端、空気が変わる。
両手で包み込むように箱を持つ。
コウキとファーナがそれを息を呑んで見守る――。
「いきます――っ」
ヴァンゆっくりと手を横にずらす。

カシャッ

「開きました」
『スライド式ーーーーーーーーーーーーーー!!!』




盲点だった。












開いた小箱から光が漏れる。
同じくしてコウキのポケットからカードが飛び出した。
「うわぁぁっ!?」
宙に浮いたのを確認した瞬間、小箱の光がカードを貫く。

青い模様とその中心に浮かび上がる『0』が『1』に変わった。

「おお……!」
その様子に感嘆の声をあげるコウキ。
そのカードはもう一度その模様を吸い込むと青い光を纏ってファーナの前に下りた。
ファーナがそれを手に取ると、青い光は砕けたように消える。

「へぇぇー。次の段階に進めるようになったって感じだな」
「そのようですね」
ふーん。なるほど。
その神性ってやつが次への鍵みたいな感じか。
そんななか一つ疑問が浮かんだ。
「一つ聞いていい?」
「なんですか?」


「どうやって帰るの?」
「え、さ、さぁ……カードはマナを通すと次の試練へと運んでくれるんでしょうけど……」




帰りは、徒歩のようだ。









日の暮れそうな道を歩く。
「意外と遠いね……」
「まぁちょうど国境の山だったのはまだ幸運でしょう。
 次からは旅の準備をして出発するべきですね」
ヴァンがそう言って笑みを浮かべる。
「そういえば……ヴァンって」
ヴァンを見る。
そう、今頃になって気づいたのは髪からその耳が出てきたからだ。
「エルフなの!?」
「え、あぁ。はい。クォーターですが」
「1/4エルフ!?」
「え、あ。はい」
何に驚いたのだろうという顔でコウキを見る。

「耳さわらして〜」
目的はそれだった。
「やめてください」
すっと髪を束ね直して耳を隠す。
「ちぇ〜」

ふと思いついたようにファーナがコウキを覗き込む。
「そういえばあの中で何があったのですかコウキ」
「あぁ……」
苦笑いして、素直に答えた。
別世界から来たこと。その世界で死んだこと。
そして、友達や家族と別れを告げて――ここに戻ってきたこと。



シンとした空気が流れる。
「別にそんな暗くならなくてもいいのに」
「――……コウキはいいのですか?」
「何が?」
「……もしかしたら、戻れたかもしれないのですよ?」
「ははは〜またまた〜」
「私にはその……お姉様が、可愛そうに思えてしまいます……」

「お姉様て……はぁ……ファーナ。最初に言ったけど、俺は向こうでは死んだんだよ?
 それがなんか変なもんの力を借りて生き返ったとか。
 そりゃ無いって。ずるいよ」
「でも……! それではお姉様が悲しむではないですか!?
 たった二人の姉弟だったのでしょうっ」
泣きそうな顔でコウキを見上げるファーナ。
その顔を見て、コウキはなおも笑った。
「そう。たった二人の姉弟。でもな、だから分かるんだっ
 あのヒトはそんな弱く出来てないんだよっ
 喝入れて……もとい入れられて帰ってきたしっ!」
確信に満ちた無垢な瞳。
それに――と、コウキが続けた。

「俺はこっちで生きるって決めたっ!
 ファーナを助けるって決めたっ! それだけっ!」


「……どうやらリージェ様の負けのようですね」
クスクスと穏やかに銀のエルフが笑う。
「〜〜〜〜っ」
拗ねた様に膨れてファーナは先を歩き出した。
その口元には、隠しきれない笑顔を湛えて。



日が暮れたころに小さな村についた。
明かりのついている家は少ない。
「困りましたね……宿も取ることはできなさそうです」
キョロキョロとコウキは周りを見る。
……多少見覚えがあった。
「あ」
思い立ったように横の道を歩き出した。
「コウキ?」
「こっちこっち」
二人を招いて歩く。

しばらく歩くと目の前には一軒の家。
ここいらにしては大きめだろうか。
コンコンとそのドアを叩く。
暫くするとその扉が開かれた。

「どちら様でしょう……?」
赤髪の女性がひょっこりと顔を出す。
「いよっただいま〜でいいのかな?」
「コウキさん!? も〜どこに行ってたんです……っ!? りりりりリージェ様!!?」
コウキに少しだけ怒ったような表情をみせたあと、その後ろに立っていた存在に慄く。

「あなたは……アキさんでしたか。今朝は有難う御座いました」

「いえっいえっ滅相も無いですぅっ!」
すごい慌て様だ。
まぁ、姫様だし神子様だし。
たぶんすごいことになってるんだろう。

「んで、いろいろとあってセインの国境の山から歩いてきたんだけど、暗くなっちゃって。
 どうかっ!
 どーーーーーかこの可愛そうな旅人に一晩の寝床を与えてやってくださいませんかっっ!?」

両手を合わせて懇願する。
泣きまねも混ぜ合わせてお願いしてみる。
「そ、そんな言わなくても貸しますよぅ。すみません汚いところですがどうぞ〜」
アキはペコリとお辞儀をして中へと案内してくれた。

「いえ。有難う御座います。感謝します」
それに笑顔を見せてファーナがお邪魔する。
「すみません。お世話になります」
何となくだけどこういうことに慣れている感があるヴァン。
お城に居たときよりさらにフランクだ。
「再びっおっじゃましまーすっ。
 そんで、ただいまっ心配させてゴメンね?」
「……もぅ……えいっ!」
「あいたぁっ」
ペチッとデコにチョップが下る。
ただのチョップのはずだが異様に痛かったのは気のせいだろうか?
「いいですよ。本当に……無事でよかったです」
少しだけ膨れた顔を見せると安堵の表情を見せてドアを閉めた。
その顔に流石に申し訳ないことをしたなーと反省しつつゴメンともう一度言うと
チョップとべ〜っと舌を出されてしまった。





「お食事は今用意しますね」
3人を食卓に招くと、パタパタと支度を始める。
「あ、手伝う手伝う」
「シキガミ様は座っててください」
つーんと顔を背けられる。
意外と怒ってらっしゃるアキさん。

「嫌」

壱神幸輝、強引なドリブルで攻めます。
「全否定っ!?」
「いーじゃん。料理教えてくれるって言ったろ〜? あと、シキガミ様言わないっ」
きゅっとフリフリのついたエプロンをつける。
ヴァンが必死に笑いを堪えているのでちょっと成功かなと思う。
「でもっ……」
「まぁまぁ。二人ともちょっと待っててよー。アキシェフの渾身の料理が」
「こ、コウキさんっ」
「爆発するから」
『!?』

「しませんっ!」
コーンッとお玉がコウキを捕らえた。













「すみませんでしたっ」
「……何がですか?」

俺とアキはキッチンで調理を進める。
鮮度の高い取れたての野菜と肉がとても美味そうだ。
その代わり冷蔵庫が無い為保存がきかないようだ。

「勝手に出て行って心配かけたから」
「それはさっきいいって言いましたよ?」

とりあえず俺とアキとで別れて別々の品物を作ることになった。
材料は見覚えのある物を取ってきて使う。

「む……でも、怒ってる」
「怒ってないです」

とりあえず俺は伝説の郷土料理肉じゃがを作っている。
醤油らしきものは市場で発見して買ってしまった。
調味料無いと始まらないしねっ。

「……怒ってる〜」
「怒ってませんっ」

流石にこんにゃくには期待できなかったが。
ジャガイモとニンジンと玉ねぎに出会えた。
つまり後は家庭の諸事情により上下する肉と愛情のせめぎ合いにかかっている。

「……ホント?」
「……ホントです」

ジャガイモの皮をむいている手を止める。
そっと包丁を置いてアキに頭をさげた。

「すみませんごめんなさい俺が悪かったです!
 何処の馬の骨ともワカラナイ俺を拾って看病してくれたにもかかわらず
 礼の一言もいわずに消えるなんて酷すぎるっていうか
 心配かけさせるなんて最低でしたほんとすんません!」
「も、もう〜だから、怒ってないです。
 コウキさん頭を上げてください。
 ……その、さっきまではちょっとだけ拗ねてましたけど……
 と、とにかくっ大丈夫ですから〜っ」
「……ホント?」
「ホントですって」
「――よかったぁ。アキに嫌われたらどうしようかと」
全力で安堵した。
いや、こんな良い子に嫌われるようなろくでもない奴に育った覚えは無い。
自分が悪いと思ったら全力で謝罪する。コレが俺流。
「〜〜っ嫌ってなんかないですよ〜」
「ありがと〜っさすがアキっ!」
そう言って手を握ってブンブンと上下した。
「はぁ……わたしもごめんなさい」
「え? なんで謝るの?」
「いえ……コウキさんがすっごく素直で……なんだかわたしの方が悪い気がして」
「そ、そう?」
なんだか妙に恥ずかしい気がして視線を逸らす。
そんな俺を微笑ましいといった風に彼女は笑う。
「ふふっじゃぁお料理済ませちゃいましょう。
 あんまり待たせてしまっては失礼ですからね〜」
「アイサーっ」
無駄に恥ずかしい思いをした気がするっ。
俺はその行き場の無いキモチを料理で発散することに決めた――。





そんなこんなで騒がしく調理が進むキッチン。
「いろいろ声が聞こえていた割には手早く料理が並べられましたね」
とニコニコと笑うヴァンツェ。
「…………すごいですね」
素直に驚きの声を上げるファーナ。
「わたしもびっくりです。コウキさん料理がすっごく上手ですね?」
「ぬっはっは。まっかせなっさーい♪
 まぁお腹もすいたしさっさと食べようっ温かいうちが一番うまいぞっ」
アキが果実酒のグラスを並べる。
ワインかと思ったらチューハイぐらいのものだった。
非常に飲みやすい。

「そいじゃっ宿主さんに盛大な感謝を込めて」
「そ、そんなのいいですよ〜っ」
「んじゃ、君の瞳に」
「やめてくださいっ」
「んじゃ今日の旅の成功とやっぱり宿主さんに感謝を込めて乾杯っ」

『乾杯っ!』

カキンッ
グラスの音が響く。



「あぁ。思い出しました。アキ・リーテライヌさん!」
いきなり手を打ってヴァンがアキを見る。
「は、はぃっ!?」
アキがビクッとそれに反応する。

「去年でしたか。収穫祭の武術大会で女性の身ながら優勝されてましたね」







カラーン……

コウキのスプーンが甲高い音を立てた。

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