第14話『旅立ち』


「こ、この肉めっちゃ柔らかい! あ、アキっコレは何肉!?」

 むぅ! と俺は舌鼓を隠せないこの味に思わず聞いてしまった。
 効果的に見せるなら口から光を出したり空を飛んで表現すべきなんだろうが無理だ。
「え、あっ……とそれはパングのバラ肉ですね。
 茶色い一角の動物なんですけど、この辺りでは名産なんです。
 今日分けて貰ったばかりなので脂がのってて美味しいと思いますよ〜」
「そうなのですかっ。お城ではあまり出ないのですが凄くおいしいです」
「あははっあまり高価なお肉ではありませんから。
 でも丁度今が脂ののる時期なので市場にも沢山出荷されていますよ」
 ほう、旬か。俺の脳内リストの旬の情報にパングの情報が追加される。
 やはり食べ物は旬が一番美味しい。
 春夏秋冬に合わせてきっちり美味しい料理を作れるようになれば毎日の食卓が楽しい。

 一通りの知識欲を満足させると微妙な顔で俺を見るヴァンに気付いた。

 えっと……さっきなんか言ってたような……

 ……
 ……
 ……

 ぱちぃっとファーナと視線が合う。
 教えてぇ! とアイコンタクトしてみた。

「竜人様ですよコウキ」

 通じた! ちょっと驚いた。
 そしてなれない言葉を吟味してみる。

「竜……人……?」
「い、いや、あの……」
 しどろもどろにファーナが言うソレを大したことじゃぁ、と小さく言っていた。
 当の俺はというとこの世界の専門用語を聞かされるたびにとりあえず想像してみるところから始めるのだが――。


 ギャォー。ボォー。ドシーン。
 想像力豊かな俺はそれだけで沢山のものが想像できたぞ。と言うわけで一つずつ本人に確認してみる。

「し、しっぽとかあるの? 鱗?」
「ありませんっ」
「火とか噴くのっ? ビーム?」
「噴きませんっ」
「必殺! ドラゴン化!?」
「しませんからっ!」

 全部否定されてしまった。

「ファーナ全然ドラゴンじゃないよ!?」
「ドラゴンじゃ無いですよ……竜人です」
「な、なんかごめんなさい……」
 呆れるファーナと申し訳無さそうなアキ。無知は罪だと誰かが言っていた気がするので名誉挽回の為にその空白を埋めるべく対角に居る知識人を振り返る。
「ヴァン〜!」
「はい。竜人について、ですね。
 竜人は神性位第4位相当の人全てに相当します。
 人種ではありません、神性階級です。ですがその特性から特別人種と呼ぶ人も多い位でもあります。
 あと、強いです」
「そうかっ強いんだ!」
 ポンッと手を叩く。
「コウキ、最後しか拾えてないですよ?」
 はぁ、とあきれたようにファーナが俺を見る。
 それをあわててアキが言葉で遮った。

「強くないんですっわ、わたしなんか……全然……。
 わたしは……父にここに置いて行かれる程、足手まといなんです。『竜人は凄い』と、良く言われるんです。
 ……わたしは何も成していないのに」

 彼女は顔を下げて唇を噛んだ。

「優勝は、たまたまなんです……騎士様のご厚意や、父の助けがあったからなんです……。
 ……八百長の意味ではないんですが……ただ……わたしの背景に父が居て、きっとみんなその姿しか見えてなかったんです……。わたしの強さのお陰じゃないんです。
 わたしは、結局何も出来てないんです……!
 凄くなんか、無いんです……!
 強くなんか無いんです……!」

 泣きそうになっている。
 必死に何かを隠そうとしている。
 きっと俺達みたいな新参者が容易くつついていいものじゃない。

「そーれぐーりぐーり」
 いきなり頭をぐりぐりと押さえつけられるように撫でた。その手の動きと共にアキの頭はぐるりと顔を一周円に動かした。それから逃れるように横に逃げて困惑した目でこちらを振り返る。
「わぁっぅあっな、何するんですかっ」
「えっ? いや……なんか泣きそうな顔してるからさ、変な事しようと思って」
 見てられないのは性分で、どうにも手が出てしまう。
 それを聞いた彼女が申し訳無さそうに俯いた。
「……その、……すみません、変な事言っちゃって」
「あっはっは。ううん。誰でもあるよね触れられたくない事ってさ」
「……ごめんなさい……」
「なんだろ。あんまり無理して自分を責めても全然進まないじゃん。色々あったんだろーけど、勝ったって結果はすげーよっ」
「……はい」
「終わった事であんまり凹まないようにしようよ。
 俺だって今日の失踪はあんまり気にして無いし」
「それは気にしましょうコウキ」
 目の前のファーナにピシっと言われてしまう。
「あはは! なっ、折角友達になったんだしさっ何でも力になるしっ」
 ねぇ? とファーナを振り返るとチョットだけ驚いていたけどすぐに頷いてくれた。
「……友達……」

 じぃっとこっちを見られてしまう。そう、ほら、クサイ事言った後にそういうことされると気恥ずかしいくてこう、むずかゆい。

「あ、あはは。やー俺ってよく変なこと言うからまぁあんまり気にしなくていいよ」
「いえ……その、ありがとうございます」
 ぱぁっと。華のように笑う。そう折角可愛いのに笑わないと損だよね。
 言われると俺も嬉しいのでどういたしましてを食事のほうに視線をやってから言った。
「こほん。……仲がよろしいのですねっ?」
「何言ってんのっ俺に触れたやつミンナトモダチダヨォ!」
 うほーいとか言いながら何かをアピールする。前にタケとキツキに同じような事を言って笑われたことが有る。
「語尾のほうにかけて怪しいですがまぁいいでしょう。アキさん、わたくし達にも出来ることがあればお力になりますから。なんでも相談してください」
「はい……ありがとう御座います。とっても嬉しいです」

 もぐもぐと咀嚼しながらその微笑ましい光景を見届けてヴァンと目が合った。
 何となくだけどちょっとだけさっきから違和感を感じていた。
「ヴァンは、アキを知ってたの?」
 俺が尋ねるとヴァンは此方に視線をやって一度首を縦に振った。
「ええ。私は彼女の父であるトラヴクラハと友人でしたから」
「そうなんだ……」
「そ、それは……竜士団に居たって事ですか?」
 少しだけ遠慮がちにアキが聞く。すると残念ですがと言って小さくヴァンは首を振った。
「私は確かに宮仕えは再興時からですが……竜士団と名乗れるほど神性の高い者ではないのです。再建真っ只中に貴方を連れてこの国を頼ってくれ、その時の軍事協力でトラヴクラハが将で私は軍師でした」
 背中合わせに戦うヴァンと凄い猛将の像を思い浮かべた。考えただけで爽快である。
「わぁ……す、凄いです。わたしはお父さんに並んで戦える人ってホント凄いと思います」
「いえ。私は末席に名を置かせて貰っていたに過ぎませんよ」

 軍師かぁ……確かに凄く頭の回転はいいと思う。多分一流の術士だし、なによりいきなりカードで飛ばされるとかアレだけの事が起きたのにとても落ち着いていた。どんな肝の据わり方をしてるんだろう……。
 そんな事を思っているとヴァンと眼が合ってフッと微笑まれた。俺が女の子だったらやばかった。

「つい最近は大きな戦いが無くなりました。
 ……といってもこの付近では、と言う話ですが。それでもヴァンツェが国を空ける事は少なくなりましたね」
 ファーナがヴァンを見る。それに笑顔で答えるとヴァンは静かに食卓に視線を落とした。
「そうですね。しかしそろそろ椅子に座り続けるお役目も解放されそうでよかったです」
「そういえば元々は旅する人なんだっけ」
「ええ。国を支えるのも大変です。やりがいもありますが……やはり、新しく動き始めたこの世界に興味があります。
 リージェ様が旅にというのならば私が付く事になっていますから」

 全国行脚の旅とか全国巡礼ツアーみたいなのが思い浮かんだ。それはなんかスケールが壮大だなぁなんて。
 ファーナは旅をする事には前向きなように見える。というかやらなくてはいけないからと俺をシキガミという用心棒的なものとして誘ったんだと思う。
 それに強いのならここに大人しくて料理もできる良物件がいるのですが如何なものだろうかと思ってみたりした。
 その良物件さんは談笑の続くヴァンとファーナを食い入るように見ていた。
 和やかに進む食事の中で、少しだけぼーっとした表情をしていたアキにぷすっと指を頬に差してみる。

「んむっ? な、なんですかっ」
「や、ぼーっとしてたから。何、何か居たの? もしかしてアイツ?」
 黒い……そう、奴だ。奴が出たに違いない。
 何処にだって現れる。目を逸らすと消えちまう。狩るしかないんだ。新聞紙を丸めろ。洗剤もってこい。奴は全人類の敵だ!
 まぁ当のアキはぽよん、とその髪がバネのように動くような首の傾げ方をした。
「アイツってだれですか……別に、その、少しだけ考え事をしてました。大したことじゃないです」
「そっか」
「……コウキさんは、旅、どう思いますか」
「旅よりバイトしたいよ俺」
「ええっ」
「いやぁだってさー。働いてないと俺不安でしょうがないんだよね。貧乏性だからさ」
「大丈夫です。旅費は支援されます」
「えっ誰に? 奨学金みたいなのがあるの?」
「しょうがくきん……?
 わたくしは一応国の神官です。だからわたくしの巡礼は国から補助されるのです」

 キラッっと淀みないスマイルがファーナから送られる。
 なるほど。確かに彼女が世界を歩こうと言うのなら補助もされるだろう。
「それはわたくしの同行者である貴方も同じです」
 それにそっかぁと同じ笑みを返して紅茶を口にして飲み干す。
 そしてカップを机に置いて――

「断固拒否する」

 同じ笑顔のままファーナに向かって言い切った。

「!?」
 流石にファーナも驚いた顔になった。
「俺別に養われたいわけじゃないし、ちゃんと自分で生活する分は自分で稼ぐよ」
「そ、それを言うなら、私が雇用するという形ですが」
「いや、そのさ、その旅ってなんか違うよね。
 国の予算とか寄付金を使うんなら国や教会の為であるべきだし、制度があるなら免除も支援も受けるけど、そうじゃなくてコレって厚意でしょ?」
「……確かにそうなりますが。割と辛い旅になりますよ?」
「そのぐらいじゃないと、
 “生きてる”んじゃなくて“生かされてる”んだと思わない?」

 義務教育とか労働基本法とか。俺はそういった中で生きてきたけれどやっぱり最初のうちは親やそういう世界に生かされていたんだと思う。それは自分で働くようになって良く分かった。
 ちょっと苦しい生活感。その中に潤いを求めるなら自分で働くべきだ。そうする事で色んな技術や知識も発展して、自分を磨ける。
 なんて言えば綺麗なんだけど、俺はただ働いてない自分は嫌いになりそう。頑張れなくなるのが怖い。そんだけの理由でこっちを選ぶ。
「た、逞しいですね……」
「何処でもちゃんと郷に入っては郷に従えだよ。
 自分で生きていく事を知ってないと自立じゃないんだし」

 パンにスープをつけて食べる。美味いなー。ともぐもぐやってるとみんなの視線が集まってる事に気づいた。なんだろう。頬っぺたになんか付いてるかな。

「ん。……なに? えっ俺なんかした?」
「いえ。貴方は見た目よりもずっと大人なのですね」
 ファーナが眩しいものを見るように目を細めながら笑って俺を褒めた。
「えっそうかな。普通じゃないの? 俺もう十七だよ? 来年卒業して就職しちゃうよ?」
「そうですね。立派に働く年です。仕官従僕にはそのぐらいの年齢の子が多いですし、市場に働きに出る者はもっと幼い頃からやっていると聞きます」
 この世界の文明レベルがどんなものかはあらかた想像が付くけど、多分俺ぐらいの歳だともう立派に働いていないとダメなんだろう。ダルフのおっちゃんは十を数える頃からずっと市場へ行って売り込む生活をしていると聞いたし。アキだっていわゆるカウボーイならぬカウガールだし。
「なるほど、意欲はとても良いと思いますが……出来ますか?」
 ヴァンが面白そうに俺に言う。
「出来るかどうかじゃなくて、やるんだよ。
 生きるってそういうもんだろ?
 ……や、あ、こんなの自分ルールだから気にしなくていいよ」
 生きてきた所が違うから、俺はそう言ってしまう。
 俺は甘いのだろうか。でもやらないで甘えきってしまうのは嫌だ。

「うぅ、それではわたくし達が甘えているようで悔しいではありませんかっ」
 むむむっとファーナが抗議してくる。
 でも多分俺はファーナよりはお金のかかる生き方はしない自信がある。
「さっきも言ったけど、使えるものは使えばいいと思うんだ。俺は昨日此処に着たけどみんなは違うでしょ? そういう世界に生きてるんだ。
 俺が自分ルールを敷いてて本当に辛いなら頼るかもしれないけど……でも自立ってどこの世界でも同じじゃないの?
 冒険者ってどんなのか本当の事はやってみないとわかんないけどさ。その枠で生きれるんだろ? 仕事と対価があってさ。
 やりたい事というかやる事? やるべき事? があってさ。俺はゼロ出発。気持ちがいいくらい頑張れると思うんだ。この世界に慣れて知る意味も含めてさ、ちゃんと苦労するよ俺」

 皆がぽかんと俺を見る。
 別に驚かれるようなことじゃないんだって笑って俺は言う。

「あと、働くとさ。ご飯がおいしいよ」

 身に沁みる体験の価値は偉大だと思う。やってみないとわからない事って実は多いのだ。
 パチパチ、とヴァンから拍手を貰ってその音のほうを見るととても楽しそうに笑っていた。

「ええ。おっしゃるとおりです。
 さすがコウキ、少し感動しました。私も自費で少し持とうかと思っていましたが、止めてみても面白いかと思えました。
 体験の価値は偉大なのです。最も人を成長させます」

 財務の人に褒められると言う事はちょっとは立派だったと思っていいのだろうか。褒め言葉としてはちゃんと受け取るけれど。

「……ちょっと自分が情けなくて泣けてきました……」

 何故かアキがまたちょっぴり悲観モードである。

「ん? アキも此処で色々自炊とかして生活してたんだろ? こんな広い家なのに一人で」

 4部屋はあったと思う。ここら辺で二階の有る家もここぐらい。
 一人で住んでてこの綺麗さ。毎週ちゃんと掃除してるらしい。

「アキは凄いよ」
「あゎっあ、有り難う御座います……っそのたいした事じゃないですっ全然っ」

 プルプルとそれを否定して顔を真っ赤にする彼女。
 どうやら褒められ慣れてないらしい。
 みんなでそれに笑うと、食事の続きを始めた。



「……竜人とは、神性位第4位の人間です。
 この第4位の人間というのはかなり特殊な人たちでして、“竜の眷属”とも呼ばれます」

 夜は深まるばかりの食後。皆が食べ終わり、片付けと寝床の整えが必要だとアキが忙しそうにしている。手伝おうと思ったが食後の片付けは彼女がやるからと言って頑として聞かなかった。またもやいう事を聞かず手伝いに行こうとしたらミゾオチをド突かれて、お客様の相手をしてくださいと言われた。
 仕方が無いのでテーブルに戻ってヴァンに竜人の話の続きを聞いてみることにした。

 竜の眷属。やっぱりドラゴンなのか。
 きらりとヴァンのめがねが光って、説明に熱が入り始めた。ヴァンは物知りだけど、物知りなだけ話したがりな感じだ。いや……それよりは何だろう……あれだ。教鞭に熱の入ってきた先生に似ている。ヴァンに教師というのは有る意味はまりすぎな気もした。
 ちょっと早口気味だがしっかりとした声で俺達に言う。

「明確にドラゴンというわけでは在りません。ですがそれを名乗る事が許される程特別な存在だと思ってください。
 竜士団とはその竜人たちの集まりで結成された、いわば戦場のエリートです。
 しかし決して驕る事無く戦場を吟味する姿から、戦場の“英雄”とも“死神”とも言われます。
 どちらに付くにせよ影響すれば多額の報酬を請求していたようですが。

 竜の地位は独立して竜位とも呼ばれて、竜神の元で第3位です。
 その上の第2位が聖霊位……まぁ、どちらもおおよそ人が踏み入る階域ではありません。
 そしてその祝福を受ける竜人が第4位にきます。
 まぁ、こう言われてもピンとこないでしょうから……普通の人間がどのぐらいだと思いますか?」

「ん? じゃぁなんとなく9ぐらい」
 適当に無難そうな数字を言ってみた。
 ハンパさがいい感じだと思わない?

「大体が第100位ぐらいです」
「はぁ!?」
「そう……人の身では尊い存在の神に、竜人は我々と同じ姿をしながら一番近いのです。
 当然受ける加護が大きくなり力も強大です。
 それが竜士団です」

 ヴァンの話がそこまで終わると、アキが洗物を終えてダイニングに戻ってきた。皆の視線を集めたがそれに何を思ったのかにこーっと笑ってテーブルに戻ってくる。
「紅茶のおかわりありますよ?」
「あ、わたくしは大丈夫です。お食事もとても美味しかったのでお腹いっぱいです」
「あはっ有り難う御座いますっリージェ様にそう言ってもらえるならとても心強いですっ」
 確かにファーナは結構育ちが良さそうだし、いいものを食べてそうだ。

 自分の紅茶も淹れて話に混じることにしたらしいアキが皆を見て問う。
「何を話してらしたのですか?」
「ええ、コウキに竜人と竜士団のお話を」
「そ、そうでしたか……」
 ヴァンがそう言うと少しだけアキが表情を曇らせた。
 俺はその続きを知るためにヴァンに話の続きを促す。
「そんで、その竜士団の方はどうなの?」

 シン、と囲んでいた机が静かになった。
 また俺は地雷を踏んだのだろうかと背中につめたいものが流れる。
 このまま全員が喋らなければ俺がピンポンダッシュから始まる武勇伝で繋ぐしかない。そう覚悟を決めたときにヴァンが口を開いた。

「竜士団は戦争の一切を引き受けた一団です。
 その働きは主に戦争国の間に入り、和解や条件での解決をさせ、被害を少なくさせる事が多くです。
 ですが時には、聞く耳を持たない相手に向かうしかなかったり、戦争を力で鎮火する事も少なくありませんでした。
 たった数十人の集団でした。ですが彼らは何万という軍にも立ち向かえるほどの戦力を誇っていました。
 それが竜士団。現在名だたる功績を残しているのが彼の父親トラヴクラハ竜士団によるものです」

 それがどれだけ凄い事か。
 あまり想像は付かないけれど途方も無いことだというのは分かる。

「……そのトラヴクラハ竜士団が"天意審判<ジャッジ>"に飲まれたのです……」

 その言葉にアキが強張った。
「天意審判<ジャッジ>?」

「はい……これはコウキにも関係のある話です。

 天意審判とは――……神に挑むことです」

「神に……挑む?」
 唾を飲んだ。

「はい……ことの意味は簡単です。“神になる”という意味です。意図的で在ろうがなかろうが、竜人にはそういう機会が訪れる事が有ると聞きます。
 事象の詳細はわかりませんが第4位クラスから第3位クラスへの昇格には、 そういった試練のようなものがあるようです……。
 ……詳しい話はアキさん、何かご存知ですか……?」
 そう言ってヴァンは紅茶を一口飲んだ。
 そしてアキは決意したようにその言葉を継いだ。

「はい……わたしたちの士団で……そのとき内部闘争があったんです。その……明確には覚えてませんけど」

「内部闘争……? 仲間割れが起きたって事?」
「それとはちょっと違うみたいです。元々父と仲の良かった叔父がいたのですが、
 急に豹変したように竜との戦いを求め始めました……。
 それを止めるように皆が出向いて――……

 そこで、天意審判に飲まれました……っ

 わからない……っわからないんですっ
 わたし達は何もしていないんです……っぁっ……でも……

 目の前に――巨大なドラゴンが現れました……!」

 その恐怖は分からないが、彼女がガチガチと真冬の中に置き去りにされたように震えていた。
 大きな瞳からボタボタと涙が零れ始める。
 どうすればいいかと悩んだときにアキの前の席に座っていたファーナが立ち上がって彼女の後ろに立ち、肩を包み込むように触れた。
「……辛いのならば、無理に語っていただかなくてもいいですよ」
「すみません……でも、この話に皆さんが耳を傾けてくれるのは嬉しいですから……。
 聞いてくれる人は今までいませんでした……だから……ちゃんと話そうと思います……」

 アキはそう言って震えのやまないまま続ける。

「わたしは震えていました。
 戦士として名高い母も――皆、そこにいた全員がその存在に見惚れ、震えました。
 そして、誰かが逃げろって大声で叫んだんです。
 わたしには何なのか全然わからなくて泣きました。
 とても怖かった……っ!
 逃げ遅れたわたしは、助けてって叫んだんです……!
 あの人たちの前で言ってはいけなかったその言葉は、皆を振り向かせてしまいました……!
 竜に挑んでいく人たちは紙の様に簡単に燃やされて……!
 わたしを守る為に、何人も、何人も……!
 だからわたしは謝り続けました。

 そして光に飲まれました――ジャッジの瞬間です。
 そして――それが終わった瞬間に立っていたのは……私と私を庇っていた父だけでした」

 いくらなんでも、それは――。
 呆然とアキを見る。
 小刻みにその弱々しい身体を震わせていた。
 ファーナが肩に手を載せてから、それは小さなモノになったけれど。

「何が起こったのかは父も話してくれませんでした……。
 わたし達は逃げ続け――ここにたどり着きました。
 父は冒険者に混じって生計を立てて、合間にわたしに戦い方を教えてくれました。
 わたしの武器は……母のものだったもの……。
 父はわたしが戦うことを好まなかったようです。
 わたしが父の仕事について行くのは頑なに拒否されました。
 だから父に内緒で武術大会にでて、優勝して……っ家に戻ったんです。
 結果を見せれば――父が納得するだろうと思って……。

 でもその日……父が消えました……」

 力なく彼女は俯いた。
 その目に……涙を宿して。

「――っ父の字で手紙が置いてありましたっ
 わたしの優勝を労う言葉と父のわたしに戦って欲しくない意思……
 それとこれから訪れる自分の最後を――っっ

 ……ぁぅっ……っ父はまた……っ天意裁判に飲まれるみたいです……っ」

 声を擦れさせて搾り出すように彼女はそう言って泣き出した。
 さすがに空気を読まずにぐりぐりする事はできなかったけど、きっと勇気を出して話したんだと思うから、お疲れと言ってぽんぽんと手をおくと暖かい紅茶を淹れることにした。
 コポコポと湯気を揺らして注がれた紅茶を飲んで彼女は落ち着いたからと、俺達にお礼を言うと、ベッドの支度の為にこの部屋をたった。
 そんな彼女を健気で根の強い人だとヴァンが褒めた。



*アキ


 ティータイムが終わりシャワーを浴びて寝ることになった。
 使える部屋が2つしかなく、男女別で分かれた。
 姫様を前にどうすればいいのだろうととりあえずベッドをお勧めした。

「ベッドの方どうぞ。あんまりいいベッドでは無いですが……」
「いえ。私のほうが客人ですからアキさんがどうぞ」
「いいえっリージェ様に粗相をしでかすわけにはっ……」

 譲り合いの席ではないが一向に固まらない。
 そんな言い合いを続けているとファーナが、妙案を思いついたと手を叩く。

「それなら一緒に寝ましょう」
「え……? え?」
「このまま譲り合っても決まりませんどうせなら一緒に寝てしまいましょう」
「でも……」
「何か不都合が?」
「そうでは無いですが……いいんですか?」
「いいです。ふふふっ二人でベッドを使うのは初めてですっ
 さぁっ行きましょうっ」
 ファーナは嬉しそうにベッドへと歩く。
 部屋を照らしていたランプを消すとアキも同じように半分空いたベッドへと潜り込んだ。
 月の光だけが入り込む部屋。
「……」
 無言だけが支配する寝るための空間。
 この星での月明かりは明るく、夜でも道ぐらい見える。
「……」
 その中でじぃ〜っていう効果音がふさわしいほど見られている。
「……」
「えと……何か顔についてます?」
 正直整った顔に見つめられ続けるのは怖い。
 彼女ならひとしお。
 何かやらかしたかなと冷や汗が背中をだらだらと流れる。
「いえ。……一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい?」
「……アキさんは――その、コウキとどういった関係なのかなと」
「へ……? あの……関係、といいますと?」
 さっき友達と言ってくれたけど……。
 たった一日にしてはかなり慣れてしまった。
「その……なんと言えばいいのでしょう…………アキさん、その……
 …………コウキをどう思っていますか…………?」
「どう……? そ、そうですね……面白い方ですよね。
 こう言っては失礼かもしれませんがその……あまりシキガミ様っぽくありませんし……。
 友達といえる友達なんていなかったのでコウキさんにそう言ってもらって嬉しかったです」
 素直に自分の思っていた言葉を口にして、ふと思った。
「リージェ様はどう思いますか?」
「わ、私ですか?」
 名前まで口にしたのに聞き返してしまうリージェ様。
 まさかそう来るとは思ってなかったのだろう。
「はい」
 こくりと頷くともぞもぞと姿勢を変えるような動きでリージェ様が居心地が悪そうに動く。
「え、えっと……そんな、思うようなことは無い……くは無い……のですが……
 コウキの行動にはいつも驚かされますし、初めてあったときは私から逃げましたし……
 もう少しシキガミとしての意識や風格を持って欲しいのですが、
 それを言う前に行動を起こしてしまいますし……
 困ったことに世話が焼けるようなのですがその実、何でもやってしまうのです……」
 そういい終わってムッとした顔になった。
「大体マナは暴走させてしまうし、ヴァンツェは巻き込んでしまうし何でも規格外すぎますっ。
 目を離すと脇道に入っていきますし、コイン一枚で子供みたいに喜ぶし……

 ……ほんと……分からないです……」

 最後は困ったように――でもリージェ様は笑った。
 クスクスと楽しそうに笑ってわたしに言う。
「アキさん。コウキはああいう性格です。
 きっとあなたにも迷惑をかけてしまうでしょう――でもそれはきっと彼なりの親切です」
「そう、ですねっでも助かってますわたしは――……やっと、その、決心できました」
「決心?」
「はい。わたし、父を探しに行こうと思います。
 コウキさんを見て思ったんです。わたしもコウキさんみたいに行動しないとダメだなって。
 だからわたしも――……」
 もう。迷わない。
 悲しんでいるだけじゃ進めない。
 それをわたしはやっと『理解』した。
 だから、進もうと思う。
「そうですか――それでは、私も及ばずながらお手伝いさせて頂きますね」
「ええっ!? いやっそういうわけには――」
「いえ。コウキが手伝うなら私も。コウキが友達なら私も友達です」
 言って私の手を取るとにっこり笑った。
「で、でもっリージェ様は……」
「友達はリージェ様なんて言わないと思うのですが……」
「〜〜〜!?」
 おかしい。何がどう起こってわたしなんかが一国のお姫様とお友達なんだろう。
 それもコレもコウキさんを助けたせいなんだろうな〜……
 あぁっそんなコウキさんみたいな目でわたしを見ないで〜〜っ
 負けそうだ。
 心の中にある何かが折れまいと必死に堪えている。
 でもそれは一言で無かったかのように折れた。

「………………ダメですか………………?」

 上目遣いで心持涙目。
 わたしの手をギュッと握って残念そうに一言だけそう言ったのだ。

「………………いいです……」
 可愛かった。
 妹が居たらこんな感じなんだろうかと。
 なんかもうぎゅってしてあげたい。
 心の中ですごく悶えた。

 そして二人はキルトの中でクスクスと笑う。
「――……コウキのお陰ですねアキ」
「そうだねっファーナっ」



 目が覚めた。
 目の前で寝ているのは金色の髪のお姫様。
 昨日よほど疲れたのだろう、あのあとすぐに寝てしまった。
 そして今も穏やかに小さな寝息を立てている。
 わたしはその様子に微笑むとゆっくりとベッドをおり――。
 ぎゅっ   (腕掴まれた)
 ずるー…… (勢いあまって引きずった)
「な――」
 お、おかしい……! 今限界まで気配を殺してフェードアウトしたのに……っ。
「ん……? アキ……?」
 お、起こしてしまった。
 っていうか起きてしまった。
「す、すみません……。朝食を用意しますのでもう少し寝ててくださいね」
「んぅ……」
 納得したのかわたしの腕を放すともう一度目を瞑った。
 毅然とした態度を取っていた昨日とはとても違う。
 そんな彼女にもう一度微笑むと私は朝食の準備に向かった。



「あ、アキおはよー。あっちに水溜めてあるから顔洗っておいで〜」
 わたしを出迎えたのはすっかり主夫のコウキさん。
 ていうか。
「な、何やってるんですか?」
「家政夫。はいタオル」
「え!? は、はいありが――……あれ……?」
「昨日全部見たから。ほらーさっぱりしておいで〜」
 ほんとうにお母さんのようにわたしを後押しして洗面台へ向かう。
 何がなんだか分からない……。

「おう。さっぱりしたね。今日も可愛いよ〜」
「――」
 固まってるわたしをそこに座って待ってて〜と促す。
 っていうか家主のわたしが仕事とられてどうするっ。
 そんな訳でわたしも手伝いに入る。
「あははーさすがに任しちゃくれないか」
「ダメですっお手伝いしますっ」
 それは当たり前の行動で――ずっとわたしがやってきたこと。
 目に見えてコウキさんはこのキッチンには不慣れだけれど、要領の良さがある。包丁で野菜を切る音は聞いていて安心するリズムだ。
「ありがとー」
 二人でやったお陰で思っていたよりずっと早く終わった。



「それではありがとう御座いました。道中お気をつけて――」
 わたしは見送る。
「はい……私のほうこそありがとう御座います」
 ファーナと握手を交わす。
 せっかく友達になれたのにもうお別れなのは悲しいけど、
 そういう旅なのだとわたしは知った。……わたしの目的は、そんなみんなの邪魔となるだろう。
「一緒に来てくれると心強かったのですが……」
「いえ……迷惑をかけるわけにはいきませんから」
「……そうですか……」
 ファーナは悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に変わってわたしの手を両手で握った。
「頑張って下さい。――それではお元気で」
「はい。ファーナも……頑張って」
 わたしから離れてコウキさんとヴァンツェさんの所へ向かう。

「じゃーー! まーたねーー!!」

 コウキさんが大きく手を振った。
 わたしもそれに返すと満足したように振り返って歩き出した。
 その背中を見送って――わたしも旅の準備を始めた。





 父が言っていたのは旅は最低限のものを持って出かけろということだ。
 わたしは元々そういう一団。
 旅の準備はいつだって完璧にしてある。
 だから家のことだけを気をつければすぐに準備は終わった。

 ほどいた髪が風に流れる。

 よく母に似ていると父は言っていた。もっとガサツなひとだったけど……。
 わたしは……母のようにまだ強くない。
 でも、そこにたどり着くために。
 父に追いつくために――わたしは行かなければいけない。

 チャリ……
 わたしは母の形見――そのブレスレットをつける。

 コレがわたしの武器……正真正銘の"アルマ"である。
 アルマは――もともとの意味は"武器"だというのを聞いたことがある。
 母の武器は特殊で使いなれるまでにかなりの時間を使った。
 それに……まだまだ使いきれていない。

 マントを羽織ってリュックを背負う。

 心細かった。
 一人で旅に出るには未熟すぎるだろうか……。
 でも、それでも行かなければ何も変えれない。
 ――そう、教えてくれた。

 さぁ……わたしも。
 不安を飲み込んで、家のドアを開いた――。


 爽快な青空。
 世界がこんなにも広く青々と見えたのは初めてだ。
 太陽の光が燦々と降りそそぎ――


「おう。遅かったねー」

 黒髪の人懐っこい笑顔が見える。
「コウキ。女性は時間がかかるものですよ」
 銀色の髪に眼鏡が光る。そのなかに優しい笑顔がある。
「それではアキ行きましょう」
 わたしに、満面の笑みを見せた金色の髪の――友達。

「あ――れ?」

 ファーナがわたしの為に手を差し出した。
 見送ってその背中は見えなくなったはずなのに。
「なーに? なんでいるのかって?」
「……それです。わたしの迷惑をみなさんにかけるわけには――」
「うっはっはっはっは!」
「このお二人は本当にあなたについてきて欲しいみたいでして」
「ファーナは良い人だからね〜?」
「コウキがお節介なだけです」
「もちろんだね。俺の人生お節介で出来てるから」

 涙が溢れる。
「だって――……わたしには……ファーナたちを助けるような力は無いですよ」
「それは無いでしょう。貴女は決して弱く無い」
 ヴァンツェさんがそう言い切ってコウキさんに視線をやった。
「それに、実力ならこれからつければいいじゃない?」
 コウキがそう言って笑う。
「迷惑ばかりかけてしまうかも……」
「私たちには貴女の力が必要です」
 真っ直ぐな視線とその手はわたしへと向けられている。

 わたしは……。
 いいのだろうか。
 この人たちを巻き込んで。
「ばっかっ! 迷惑じゃないよっ!」
 コウキさんがわたしに言う。

「必要なんだ! アキっ一緒にいこう!」
 その手が二つに増えた。

 わたしは――


 その手を取った。

「よろしくお願いしますねっアキっ」
 ファーナが太陽のように眩しい満面の笑みを見せた。
「あはははっよろしくお願いしますっ」
 だからわたしも素直に笑って――付いて歩いて行くことにした。

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