第15話『襲来!』
髪の先に大きなウェーブがかかった赤茶の綺麗な髪が風に流れる。
髪を括っていたときよりもずっと彼女は大人に見えた。
コルセットのせいだろうか、彼女の体格線がくっきりと出てスタイルの良さが分かる。
アキを見て固まっているコウキとヴァンをファーナがハタいた。
「あうっ」
「……」
ジトーと主にコウキを睨むファーナ。
「は、はははは……」
「?」
当の本人はそんなやり取りに首を傾げるだけだったが。
「そういえばアキってどんな武器使うの? ねぇねぇ! ね!」
「お、教えますってっ。
そ、そんなに期待に満ちた目をしないでくださいっ
私はただの重剣士です」
女の子が重剣士って言う時点で只者じゃない気がするんだけど。
ここは突っ込んだら負けなのか?
「でも剣は?」
そう、剣士と言うくせに剣が無い。
アキは俺に手を差し出してクルッと手首を見せる。
「……はい。これです」
チャラっと音を立てて光るのは彼女のブレスレット。
銀色に鈍い光を放っていて、十字架のアクセントがついている。
「うーん……?」
「まぁ実際に見ればわかるかと……」
「んじゃぁモンスターつれてくるかっ」
名案と手を打って山へと走り去る。
「え!? あ……」
「行ってしまいましたね……」
「アキ、準備しといた方がいいですよ」
やれやれとヴァンとファーナが溜息をつく。
「そんな、いくらコウキさんでもすぐには……」
「ヤバイヤバイヤバイ!!!」
『ほら来た』
ファーナとヴァンの声が重なる。
「え? えぇ!?」
「こいつでかくない!? つーか食われるって!! うおぁ!?」
「ハングリーベアですね。コウキの3倍は大きい……大物ですよ」
「あんなの何処から連れて来たのでしょう……?」
「――コウキさんっ!」
キィン!!!
アキの手元が光る。
――大剣が出現したと同時にモンスターに向かって一直線に飛ぶ。
ジャラララッッ!
鎖が腕輪からその剣へと繋がっている。
モンスターはその剣を避けようと横へと飛ぶ――が、
「逃がしませんっ!!!」
ザシュウッッ!!!
鎖を巧みに操ってそのハングリーベアを貫く。
獣の咆哮が響いた。
鎖を引いて剣を手元に戻す。
大きさはアキの足元から腰の上ぐらいまでの大剣だ。
さらに見れば――アキの髪が変色していく。
ぞわぞわと"赤"を侵食する"青"――その髪の色が完全にブルーになったとき、彼女は疾った。
大剣をものともしない速さでハングリーベアを斬る。
怒り狂ったハングリーベアが彼女を攻撃するも彼女にそれはあたらず、
攻撃の際の腕に乗って彼女は高く飛んだ。
「『
ィィィィイインッ
ズドォォォン!!!
竜神加護魔法4位、超加速、超重力の一撃を剣に乗せて放つ大技。
ブルーの光を帯びた大剣が音速を超えてハングリーベアを突き抜け大地に突き刺さる。
それは――十字架のようにも見えた。
大剣によって串刺しになったハングリーベア――
その上に降り立つ群青の髪の竜人――アキ。
薄く――……笑顔を見た気がした。
コウキはこの時……彼女には逆らわない方が良いと悟った。
あぁそうか。
昨日はアレだ。
掴まってスマキにされてこのお城の中に連れ込まれたんだ。
連れ込まれたってかぶち込まれたんだけど……。
市場からは山の影になって見えない――だが。
グラネダの市場の大通りを真っ直ぐ進むと……その先に、大きな城が聳え立っていた。
日の光を浴びて荘厳に白く光る。
特徴的に赤い布が線をなして集まっている。
「でっっっっっか……!!」
「あ……コウキは初めて見るのですね。ようこそ我が城グラネダへ」
目の前でファーナが礼儀正しくお辞儀をした。
その壮大さに負けることなく彼女はそこに存在する。
門番兵の所まで4人で歩く。
ここまではなんら問題は無かったのだが――。
「リージェ様がお帰りになられたぞーーーーーーーーー!!!」
門番はファーナを見るや否やそう叫んだ。
バッ!!!
塀の上に50〜60人ぐらいの音楽隊が立ち上がる。
「スタンバイしてたのか!? アレはスタンバイしてたのか!!?」
「間違いなくしてましたね」
ヴァンが溜息をつきながら目頭を押さえる。
そしてそのファンファーレが鳴り響くと同時に門が開かれた。
その光景が一気に目に飛び込んできた。
整列した騎士たちが一直線に並んでいる。
更に歩いてきたファーナに合わせて槍のトンネルを作った。
『お帰りなさいませリージェ様!!』
まてまてまて!
どこの何喫茶だそれ。
甲冑と槍でお出迎えとは斬新過ぎるだろ!?
その槍の中をくぐっていくと――その向こう側に、二人の人が立っていた。
その見た目で、誰だかは分かってしまったが。
「国王様……それに王妃様まで」
ヴァンが深々と膝をつく。
慌ててアキもしているのを見てやっと俺もしなくてはならないんだろうと気付いた。
「お帰りなさいファーネリア。長旅ご苦労様」
「いえ。お母様こそお忙しい中お出迎えありがとうございます」
はいでました。
(コウキ脳内会議):硬直中
国王様と王妃様だってさー
どうする〜?
っていうか間違いなくファーナお姫様だよ〜?
いいのファーナとか呼んじゃって?
っていうかまだ礼しないの?
つかさーめっちゃ国王様に見られてるんだよねー
「……君がシキガミのコウキ君か?」
「は……!!!? はいっ!? いや、すんません!!!」
ガバーっと俺は跪く。
失礼をしたら後ろの騎馬隊が俺に突っ込んでくるに違いない……!!
「……っはっはっはっは。何、そんなに慌てなくても良い。
皆すまんな。中に戻ろう」
「総員帰還!!」
「一番隊、二番隊始めぇ!!!」
「三番隊、四番隊、五番隊続けぇ!!!」
「六番隊、七番隊続けぇ!!!」
オイオイオイ。大行進だよ。
っていうか総員って言ったよ今。
国の兵力を総動員してお迎えしたんだよ今。そうに違いないよ……。
その大行進は俺たちを挟んで歩き続ける。
城の目の前をそれぞれ左右に分かれてそれぞれの兵舎に戻っていった。
最後の7番隊が左へと曲がる。
それと同時に俺たちは入り口へと到着した。
なんでこの距離を歩いたのかは謎だ。
まぁ母親と楽しそうに話しているファーナを見るとそういう時間も必要なんだと思ったが。
嫌な予感がした。
頭痛のようで痛い。
遠くで誰かに見られているような――嫌な気配。
なんで――この気配。
自分の死の直前のような――……!!!
振り返った。
何も考える暇は無かった。
キィンキン!!
2発その何かを手にした剣が弾く。
後でそれが矢だったことに気付く――が。
「コウキさんっ!?」
「――みんな逃げろ!!!」
「収束:1000! ライン:右の詠唱展開! 術式:
ヴァンが神業のような速さで術を展開する。
その間にも俺のところには無数の矢が飛んでくる――!
キンィンガッ!! カァンッキィン!!!
その軌跡だけを見て思うがままに剣を振るう。
緑の軌跡を俺の剣で上へ下へ右へ左へ弾き返す――!
それは全て――ここに立っている誰かの急所を狙ったものだ。
しかし他の矢は全てヴァンが止めているようだ。
「コウキ! 早くこちらへ……!!」
ヴァンの声が聞こえる。
「ファーナ危ないっ!!」
アキが叫ぶ。
「っ――」
光の壁に阻まれること無く、1本が突き抜けた。
それを大きな剣がファーナを覆い隠すことで弾く。
「ち――収束:5000! ライン:左の詠唱展開!
術式:
「ヴァンツェ……! それじゃコウキが……!」
俺を除く全員が壁の中だ。
その嫌な気配が一瞬俺に集まる。
身の毛がよだった。
避けれるか――?
そんな声が聞こえたような気がした。
視線が門の上へと行く。
そこに一人豆粒のようにしか見えないが誰か立っている。
「――っっ!!」
俺はとっさに前に走る。
瞬間――俺の目の前に矢の嵐。
両手を交差させて構えて――俺は踊り始める。
キンッキキキギッカァンッキギギギギギィィンッ!!!
膝から頭上まで右手を降りぬいて1発、身体を捻って左手を凪ぐと3発、
同時に右手を左手のあった位置まで振り抜くと3発。
身体を逆回転させながら飛んで左手をもう一度薙いで3発、
もう一度右手が頭上から右半身後ろまでの4発を切って着地。
右へと大きく跳ぶと今居た場所にいくつもの矢が突き刺さった。
まだだ!
何発落とした!!?
緑の光線は俺の目の前で雨のように降り注ぐ――!!
それはもう矢の領域を超えている――だって、
7本同時に俺の眉間や心臓を狙った矢が3連続で――……!
しかも隙間無く飛んでくるのは、人間の技ではない――!!!
『身盾翳し全てを遮る彼の者に
その意思に応じて我剣を与えるものなり』
ファーナの歌が聞こえた。
俺は持っていた剣を放して燃える輪を取る。
戦いの踊りが俺の中に流れ込んでくる。
炎月輪を持って踊っているにも関わらず――2本、足に矢が刺さる。
「が――っ!!」
いた――い、でも、んなの気にして止まったら確実に急所に刺さる。
俺は炎月輪を投げる。空いた手は地に刺さっていた剣を手にとって矢を弾く。
炎月輪は矢を弾きながらその発信源へと飛ぶ。
それを弾くために何度か矢が飛ぶが、炎月輪の勢いが衰えることは無かった。
弧を描く炎月輪が頂点から最高速でその元凶に向かって進むが、
当たる事は無く俺の手を目指して戻ってくる。
元凶は跳んでいた。
その門から身投げするように。
そして降り立つ。
風が舞って爆ぜた。
俺はその姿を凝視する。
元凶はそのまま無造作にこちらへと歩いてきた。
銀の弓を手に、侵入者は俺達の前に立った。
漆黒の髪、ブラウンの目。
――俺と同じだ。
緑のマントが大袈裟に靡いて一見凛々しい笑いを堪えた顔で俺に話しかけてきた。
長躯細身の弓兵。
ウェーブのかかった眺めの髪を後ろで縛っているようだ。
眼には獣のような光を感じる。
コートのような服を身に纏い、手に籠手をつけた簡素に見える格好をしていた。
「はじめまして、焔のシキガミ殿。
どうやら全て弾かれたようで――驚いた。
まさかこんなにも優れた方とは」
「…………」
「そんなに警戒するな。
一つ質問に答えてくれれば拙者は去ろう」
「……何」
警戒は解けない。
何故なら――こいつが発している嫌な気が嫌でもそうさせるからだ。
「お聞かせ願いたい貴公の名前は?」
「コウキだ」
「できれば苗字の方も。貴公も日本人であろう?」
「……壱神幸輝だ」
「壱神幸輝殿。どうもはじめまして。拙者は
以後お見知りおきを――」
「何者ですか貴方――!」
ファーナが怒りを堪えた声で侵入者ハギノスケに話しかける。
面倒くさそうにウェーブのかかった髪を掻くと弓を持った腕を組んで溜息をついた。
「おや、神子リージェ殿。そこにおられましたか」
「あ、貴方――っ」
憤怒で赤くなるリージェの顔。
「いやいや申し訳ない。面倒は嫌う性質でな――あぁもう戻らねば主にどやされる。
それではコウキ。またいつか刃を交える日まで」
そう言って踵を返した。
門へ向かって彼は歩く。
その背中が見えなくなるまで――誰一人眼を離さなかった。
シン――とした空間が広がる。
「は――っ……づ……」
嫌な感じが消えて、俺は膝をつく。
頭が痛い。
視界が歪む。
なんか足に刺さってるし。
良く見ると周りに大量の矢が刺さっている。
「コウキっ!」
「コウキさんっ!」
「はぁぁぁ〜〜……びっくりした」
「びっくりしたですみませんよ!!? 大丈夫ですか!?
刺さってますね……すみませんチョット痛みますが引き抜きます」
「うぎゃあああ!!! イダダダっマジで!? 了承ナシで引き抜きましたね今!!!」
「すぐ治ります! ――……『癒し』を――」
コウキの傷口を優しい光が覆うとその傷はすぐに塞がった。
アキの首飾り……治療のアルマだ。
アキの言うとおりその傷は無かったかのようにすぐ直った。
ふふ……これが有無を言わさない竜士団流戦場の治療かぁ…………。
チョット泣きそうだった。
「しかしコレだけの矢をたった一人で……。
さすがですコウキ……緊急とは言え申し訳ないことをしました」
ヴァンが頭を下げる。
「いや? あれで正解だよ……多分、みんなが壁の中に居たらもっと嫌なのが飛んできてたよ」
常時楽しんでいるような嫌な気配。それを感じていた。
アレだけのことをできる奴が、壁ごときであきらめる筈が無いだろう。
腹が立つがあいつは遊んで帰っただけのようだ。
「しかし何だったのでしょうあの男……っ」
普段は伺えない忌々しそうな表情をしてファーナが怒っていた。
「怒るなよ。無視されたからって」
「お、怒ってなど無いですっ! ただ、ああいう礼儀知らずな男は初めて会いました」
「非常に不愉快なんだろ?」
「その通りですっ!」
拳を握って門の方を恨めしそうに見るファーナ。怖い怖い。
「怒ってるじゃん……えっとさっきの奴名前はなんだっけ?」
「え? 覚えてないのですか?」
「うん。緊張しまくってて忘れたあっはっは。まぁいいか。敵っぽいし」
俺は立ち上がると剣を収める。
そこで国王様が俺の前に立った。
「ありがとう……シキガミ殿。それに皆に感謝する」
落ち着いた態度で皆に礼を言う国王。
その手に……一本の矢が握られていた。
「ん? あぁこれか。最初に飛んできた3本のうちの一つだ」
ぽいっとそれを投げ捨てる。
3本……? 俺が最初に切ったのは2本。
俺の表情に気付いたのか苦々しく笑うとそれは中で説明しよう、と俺たちを城へ招いた。
「挨拶がまだだったか。国王をやっているウィンド・T・マグナスと申すものだ。
こっちが妻のアルフィリアだ。あぁ、立ったままでいいぞ」
玉座に座った王様がそう挨拶をする。
一段上になったその場所がその人の地位を思い出させる。
「はじめまして。シキガミをやらせてもらっているコウキ・イチガミです」
コウキを見て何故か嬉しそうに笑った。
「そうか。コウキ――か。はっはっはっは! 結構!」
しかも大爆笑だ。
「あの……」
「くくっ……いや失礼したな。昔君にそっくりなことをした奴がいてな。
懐かしくてつい笑ってしまった。お詫びしよう」
「そうですか……それでさっきのことですが……」
「矢のことですかな? 私にも武道の経験がありましてなこれでも腕に覚えがある方でな」
腕をパンパンと叩く国王様。
そのまま腕自慢の父親の笑顔だ。
「そうでしたか。すみません僕が未熟なばかりに……」
「いやいや。君の仲間もたいしたものだ。ヴァンを選んだのは正解だ――
それにそちらの方は竜人ですかな?」
嬉しそうに腕を組む。
「は、はいっ、アキ・リーテライヌと申します」
「リーテライヌ……トラヴクラハの子であっていたか?」
「は、はいっ」
「見れば見るほど似ているな。中身さすがトラヴクラハと言った所か」
「そうですね」
ニヤリと笑うヴァンと国王様。
……なんだか意外な関係が浮かび上がってきた。
「くくっコウキ殿。私は昔旅人――もといシキガミでな。
その時に一緒だったのが、そこにいるヴァンとアキ殿の母上だ」
『エェエエエェエエェエエエェエエエェエエェエエエェエエエエエエ!!?』
3人が絶叫する。
ファーナが取り乱している。
アキが目を丸くしている。
ヴァンが眼鏡をくいっと上げた。
コウキは開いた口が塞がらず変に身構えた格好で王様を見上げる。
「じゃ、じゃぁお母様は……!?」
「そう。神子だった」
「じゃ、じゃぁもしかしてお母様は元々……神だったと!?」
ファーナがそう口にする。
二人が生きているということはそういうことだろう。
しかし、二人は首を横に振る。
「いえ……そこの記憶は無いのです」
綺麗に歳を取ったファーナはこんな風になるであろう優しい顔をしているファーナの母親。
「私もだ。そもそもシキガミであった時期の記憶が明白に思い出せないのだ」
色黒いのが戦場に向かうものだった国王様の証拠だろうか。
そのガタイの良さと動きの一つ一つが無駄の無い洗練されたものだと言うのが戦士の証なんだろう。
「それを覚えているのが私の役割でもあります」
「ありがとうヴァン……」
「……いえ。記憶を無くしたお二人を引っ付けるのが楽しくて仕方が無かっ」
「言うな! それは言うな!!」
「御意。それではお二人のシキガミ時代の恋愛☆エピソード1〜熱愛〜からお話しましょう」
「やめろっ!!」
国王を慌てさせるヴァン。
何気に王妃も真っ赤だ。
「まぁ……そのなんだ。本当にそっくりだな――私たちに」
「えぇ。コウキも国王様に負けず劣らず面白いですよ」
「まぁ、貴方がそういうならそうなんでしょうね」
「もう20年になりますか――光陰矢のごとしとは良く言いますね」
20年前にもあったこのシキガミ合戦。
「ようやく私は椅子から開放されそうです」
「いいな……ヴァン、私と変わらんか?」
「ご冗談を。絶対に嫌です」
そんなに嫌なのかよ。
王様にタメ口聞いてるこいつは何者なんだ。
「うぅ……私は痔と戦う職業に身を埋めるのか……」
目の前の会話は本当にこの国トップに身を置く人たちの会話なんだろうか……。
「はははは。その件は救護班を頼って下さい。それに私は――」
「……はい?」
ヴァンがアキに目をやる。
「あぁ。本当にそっくりだな。シルヴィアに」
「母……ですか」
「そうそう。もうちょっときっつい性格だった。その顔してて笑顔で『死ね』っていう感じの」
「…………お母さん…………」
アキが天井を仰ぐ。
涙をこぼさない為だ。いろんな意味で。
「でもとても勇敢で強くて……優しかったですよ」
悲しいような優しい顔でアキに微笑みかけた。
それは――天意裁判の事を知っているからだろう。
王座を下りてアキに近寄る。
そしてゆっくりとアキを抱きしめた。
「あ――」
「ごめんなさいね。私はアキさんの母親では無いけれど……。彼女に代わって言わせてね?
お帰りなさいアキ」
「ぁ――……お……母さ、ん……?」
アキの目から一筋の涙が流れた。
あまり母の記憶が残っていない。
それでも、良く抱きしめてくれたその記憶だけは――良く残っている。
力加減が分かっていないのか思いっきり抱きしめる……そんな記憶だ。
「す、すみません……」
「いいえ。涙を謝る必要などありません。
私などでよければいつでも頼って下さいね。
……ファーネリアをよろしくお願いします」
「……はいっ!」
決意に満ちた表情でアキはそう答えた。
「そして――コウキさん」
その王妃様が俺に近づく。
「不束者ですがファーネリアをよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
アレ?
俺に対する挨拶間違ってね?
「お、おおおおお母様ーーーー!?」
珍しく大声を出すファーナ
「あら、何か失礼があったかしら?」
「失礼があったかしら? じゃないですっ!! そんな挨拶……っっ」
真っ赤な顔でコウキと母親を交互に見て瞳に涙を浮かべる。
「ぁ――……っ」
「あ、逃げた」
「王妃様も分かってらっしゃる」
フフフと不敵にヴァンが笑う。
なんなんだこの人ら……。
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