第16話『真実の涙』

「ファーナ〜?」
 ファーナを追って出て目撃情報を辿り犯人へとたどり着いた。
「……っこ、コウキ」
 彼女はテラスへ出ていてそこから見える景色を眺めていたようだ。
「王妃様冗談だから帰って来いって言ってたよ。
 おーーすげーー!」
 そこからは市場ではなく、街が一望できた。
 俺はファーナのそばに走りよりその景色を身を乗り出して見る。
「コウキは高い所お好きなんですか?」
「あぁ! バカだからな!!」
「……自分で言わなくても」
「自虐ネタはアウトですか。
 あれって街だろグラネダの市場はここから見えないけど。
 あっちも結構栄えてるように見えるけど?」

「えぇ。50万人の人たちが暮らす城下町です。
 お父様とお母様が築き上げた――……私の誇りです」

 その赤い瞳が遠くを見て留まる。
「そっかでっかいな」
 俺もその視線に合わせてそう呟いた。
 城壁が弧を描いて街を覆い囲み平和を保つ。

「こ、こらっ押すなっ」
「国王様、声がでかいです」
「良くない? あの雰囲気良くない? 若いっていーわぁ」
 恍惚とした様子で二人を見守る王妃様。
 アキは困ったようなカラ笑いの顔で立っている。

 何となーく誰か居るなーという気配に振り向く。
 途端、気配を消えてそこには誰も見えない。
 逆に怪しい……。
 うーん。でっかい人なんだけどな……なんていうか親バカ?
 なんて景色を見ながら苦笑した。
「……? コウキ?」
「いや。なんでも無ーい」
「何でもないということはないでしょう」
 少しだけ俺との距離を詰めるファーナ。
「いや、別にそんな、ねぇ?」

「ファァァァァアアネリアアアアアアアア!!!」

 血の涙を流しながら振るわれた国王様の拳が俺を弾き飛ばす。
「ごふぅ!!!」
 ま、まさに鉄拳……! コレがオヤジパワーか……!!
 綺麗な弧を描いて俺は宙を舞う。
 っていうか






「また落ちるかあああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………!!!」




















 正直3度目の落下。慣れたかというと
 無茶言うな。
 落下は突然に、拒絶できず、身動きも出来ず……
 あれだ。
 出来た余裕といえば空中水泳程度だ。
「意外と無意味だ」
 それをやることもまた無意味。
「そんじゃセクシーポーズで今か」
 ドォォオオオオンッ……!!!
 言葉の途中で、俺は地面へと衝突した。





















「あっはっはっは!! 相変わらず面白い奴だ!!」
 吹っ飛ばした本人は酷く嬉しそうに下を見下ろす。
「術式があるのだな。上手いこと着地しよった」
 王様にあるまじき悪戯な笑顔を見せて髭を擦りながら笑う。
「…………お父様。コウキに手荒な真似はよしてください」
 娘から父親にヒヤッとした視線が送られる。
「なにっ!? わ、私はただお前の為にだな……」
「結構です」
「…………アリー。最近ファーネリアが冷たいんだ」
 王妃に泣きつく情けない王様。
 それはただの親バカ男の姿だ。
「お年頃ですのよ〜」
 よしよしと撫でられる悲しい男。













 ――城の中央広場に降りたセクシーポーズな俺。
 ちなみに俺はあまり目立ちたがり屋じゃないんだ。信じて。
 そんなギャラクシーを土煙の中で解除してカッコいいポーズを取った。
 第一印象って重要だよね。
 上を向くとみんなが見下ろしてきていたので大丈夫の意思表示に手を振った。
 何処から戻ればいいのかなーと周りを見回す。
 はぁ……派手なギャグが出来る体になったなぁと一番近くのドアへと歩いた。

 ――元来城とは複雑に作りこまれているものだと習ったことがある。
 まぁそうだよね。
 城がバリアフリー単純構造でも怖いもんね。
 一度歩いた道だ。間違うわけも無いけど意図的に知らない道へと歩いているうちにだ。

 「迷ったねこりゃ」


 はい、迷子〜!
 さっきから迷路に入り込みすぎた罰に本当に来た道が分からなくなった。
 はっはっは。どうしよ〜?

 ………………
 …………
 ……。

 あ……そういえばヴァンに聞いたなぁ。
 このお城ヴァンが法術をかけていて色んな幻覚とか惑わしとかをするって。
 んでそれを無効にする術式の御札をみんな持ってると。
 俺は皆と一緒にあそこまで上がったから大丈夫だったんだろうなぁ……。

 て、ことは。











「誰か助けてぇぇーーー!」







 叫びながら歩いた。













 シキガミコウキ城の中で餓死!
 シキガミの弱点は迷路
 シ キ ガ ミ 失 格 !
 新聞の一面を想像しながらなんとなくタイトルをつける。
 お勧めは2番だね。
 なんかすごく情けない。


 そんな一面いやーーっ

 というわけで城の中を走り回ってみている!
 状況は……絶賛好評悪化中!!

 はぁ……は……はは……疲れた……。
 ので窓のある壁伝いに歩く。
 長い長い通路の途中に一つだけぽつんと扉を見つけた。
 ――なんとなく見覚えがある気がして俺はその扉を開けた。
「あ――……大聖堂か……」
 大聖堂は荘厳さを持ってそこにある。
 光が窓から入り石畳で柔らかく反射する。
 俺は奥の扉を目指す。
 確か……祭壇への扉があった場所だ。
 祭壇の後ろの扉を開くと――あった。
 俺は迷わずその扉を開く。
 その奥は見えることは無い。
 ――そして、扉の向こうへと歩みを進めた。







『――ようこそ神々の祭壇へ。私加護神メービィがもてなさせていただきます』
「いよ。久しぶりっ! 顔色良いじゃん! 元気そうだね」
『見えないでしょうっ。そもそも私たちに健康の上下はありません。
 コウキも元気そうで何よりです』
「ん。もちろんっさっきも地上数十メートルを落下してきたばっかりだよ。
 迷子ついでに会いに来ちゃった。はは」
『フフフッ本当に元気ですね』
「ははは。なぁメービィ」
『はい?』

「……いっぱい聞きたいことがある」

『そう……ですね。一つ目の試練をこなしたら来るとは分かっていましたが……次の日とは。
 あまりマナを暴走させると痛い目を見ますよ? 仲間の方に習ったほうがいいですよ』
 メービィは先生が生徒に教えるような優しい口ぶりだった。
 それにコウキは苦笑するとちゃんと受け止めたように答える。
「忠告ありがとう。そうする」
 そして、その顔から笑顔が消えた。
 いつも薄く笑顔を湛えた表情をする彼がこういう表情をするのは稀だ。
 もちろんそれは――真剣を表している。

「聞きたいことまず一つ目……俺って人間じゃないんだな?」

『それはハイでもイイエでもありません』
「なんで? ……変なんだ。
 俺は普通の奴より早く動ける。
 使ったことの無い剣を昔から自分のものだったかのように振れる。
 この眼は矢が見えた。
 しかも――それと同じ速度で考えることが出来た……!


 何なんだよこの体……!!?」


 笑顔の下に内包していた思いを吐き出す。
 笑って、バカして――そんな彼にも不安はあった。
 それに母親のような優しさを帯びた声でメービィが答えた。
『コウキ……貴方がその身体で、そのように動くことが出来るのは貴方の神性のお陰です。
 コウキ、神性クラスはご存知ですか?』



 神性クラスとは身体ではなく霊格に相当する階級で、階級が高いほど肉体は満たされた条件を持っていく。
 人間はおおよそ100位に相当し、その順位を上げることは可能だ。
 クラスを上げる条件は己を磨き、鍛錬し、信仰する。
 ――それだけではない。
 加護神に恩恵を受ける者や、神の眷属として生まれること。
 または尽きない手段で上り詰めることの出来るもの。

 竜人はこの世で一番神性の高いまま生まれる"人間"だ。
 クラスが及ぼすその影響力とはなんなのか――それは。
 より強い戦女神の加護を受け、戦いに優れる。
 故にレベルは与えられる力なのだ。
 より賢い司書神の加護を受け、知識に恵まれる。
 故に知識は恩恵なのだ。
 より美しい女神の加護を受け、皆美しく生まれ美しく育つのだ。
 その贔屓のようにも思える熱烈な加護、その果てに生まれる嫉妬。
  ――故に美しさは罪なのだ。


 第1位に加護神メービィや戦乙女などの神霊クラス――そう"神"の領域。
 第2位に精霊や神眷属の聖霊クラス――踏み入ることが出来たならそれだけで伝説となれるだろう。
 第3位に竜や精霊眷属のクラス。別称、竜位。
 天意裁判を乗り越えたものだけが踏み入ることを許される……凡そ踏み入ることは出来ない領域だ。
 第4位は竜人が属する、人として生まれる最大位。
 故に彼らは求めることは無い。すでに人として最大のクラスを持っているのだから。


 故に、"シキガミ"は聖霊階級――第2位クラスに相当する。
 世界を、時間を輪廻を超え、肉体を失った"ハズ"の彼には相応しい。


「第2位……?」
『はい。貴方は私のつくった精巧なヒトガタ――私の眷属になります』
 唖然とコウキは以前より強く見える光を見上げる。
『貴方が人より早く動くのは神性故。
 戦女神の加護がそのまま貴方の体に働いているのでしょう』

 "レベル"は強さを表すものではなく、与えられた強さだ。
 例えば『第10位でレベル10』の人間と『第9位でレベル10』の人間。
 与えられた"10"の能力を第9位が"5"引き出せるとき第10位は"4.5"を引き出すことが出来る。
 それを使う技量はそれまでの鍛錬によるが――
 単純な力では第10位では第9位には勝つことが出来ない。
 物理的に反映できる力の干渉能力それが神性クラスだ。
 戦女神の戦う者に平等な贔屓。
 己を強く信じるものにだけ――その力を宿すことが出来る。

 その神性クラスが天意裁判の後……第3位からは制限が無くなる。
 つまり与えられたレベル分――その能力を発揮することが出来る。

『だから貴方は他の人より速い。他の人より眼が良い。
 知覚に優れるのは貴方に貸された能力だからです。
 ――……ただ、剣を振るうセンスはあなたコウキ自身のものです』
「……与えられた……力……俺のセンス?」
 深呼吸をする様な間を置いて、メービィは話を続ける。
『貴方は優れた人間だったのですよコウキ。
 だから私は貴方を選んだ。貴方が良かった。

 コウキ、シキガミとは"導く者ドゥークント"です』
「っ……ドゥークント……?」
『はい。神子を私の元へと導く唯一の存在です』

 通常、式神と言えば人が使役する使い魔に過ぎない。
 単純な役割しか持たず、単純なことしか出来ない。
 しかしシキガミは――?
 性格がある。
 能力がある。
 話すことが出来る。
 物を食べる。
 呼吸をしている。
 生きている――神の造りし、精巧な人形ヒトガタだ。



「そんな大した奴じゃないのに俺……」
『そうですね』
「イジメいくない!」
 それを聞くとメービィはクスクスと笑う。
 そうその通りだ。
 このコウキほど神に遠いと思える存在は居ないだろう。
 そうだ。その方がいい。
 その方がパートナーとして相応しい。
 だから……コウキはこれでいい。
『驕れとは言いません。それでも自分は人を凌駕していることを理解してください。
 貴方はこれからいくつもの戦いを戦場を駆けるでしょう。
 そして、たくさん学び、失い……育っていく。
 その身体は永遠ではありませんコウキ。
 時が経てば老いて朽ち、刃が刺されば血が流れ暖かさを失い……いつか輪廻へ帰る』

 それは約束だった。

『勝手な話で申し訳ありません。
 命を失った貴方に、今一度生を与えます。

 あの子を、守ってください……っ
 私を助けてください……っ
 その使命が終われば貴方はもう一度人として生きることが出来ます』

「……あぁわかった……わかってるよ。メービィ」
 コウキは泣いているようにも聞こえるその声に優しくこたえる。
 はにかむように笑って見せて、言葉をつむぐ。

「別に言ったことを曲げようってわけじゃない。
 俺は何時だって俺のやりたいようにしかやらない。
 メービィは嫌って言い出してもそこから引き出すからな」

『――コウキ……』
「俺は自分をもっとハッキリ知りたい。
 ファーナやメービィもヴァンやアキの事も知りたい。
 この世界をたくさん知りたい。
 分からないことは不安なんだ。
 本当に分からないことは試してみるしかないけど、分かってることは教えて欲しい」
『……えぇ。私の知り得る限りは』

 シキガミの戦いについては最終的にどうなるか分からない……と答えるメービィ。
 その際の記憶は消えてしまうというのは初めて聞いたと。
「神様って何でも知ってるイメージがあるんだけどな」
『そうでも無いですね。神性第3位からは無秩序の塊……そこにあってそこに存在できなくなります。
 無限の時を存在し、夢幻にその身を埋め、無間を浮遊し続ける。
 人間の身では磨耗し、幻滅し、すぐに終わってしまいます』

 だから天意裁判ジャッジが存在する。

 神へと続く階段を上る権利があるのかどうか審査され判決を下される。
 審査の内容はその時によって違うもの。
「神様同士って会ったりしないの?」
『会うことは出来ないですよ』
「なんで?」
『コウキ、私たちの世界は空間せかいではありません。
 私たちは無形実体……神性です』
「神々しさが足りないなぁ」
『…………放り出しますよ?』
「激しくすいません!」
『まったく……。
 私たち神と呼ばれる存在は基本的に現実に介入できません。
 輪廻転生を見送り、世界を広げ、生を与えます』
「世界を広げる? この世界って地球みたいな丸い世界じゃないの?」

『そうですね。プラングルは無限の檻プラングル
 貴方の世界とは根本が違います。
 この世界は今も広がっている・・・・・・・・

 神は創造する。
 神は破壊する。
 その権利を持つ。
 世界はループしている。まるで丸いかのように。
 それはその先がまだ存在しないから・・・・・・・
 日が昇り沈み、月が昇り沈むのは太陽神と月女神が走るから。
 人が戦を起こすのは戦女神ヴァルキリーが剣を抜くから。

 貴方が識る常識はこの世界では通用しません。
 しかし貴方はこの世界の誰よりもこの世界を識ることが出来ます』

「ねぇ……?」
コウキは不思議そうに祭壇を見上げる。

『なんでしょう?』
「なんでメービィは人間になりたいの?」
『……それは最初に話したつもりでしたが……
 ――そうですね人間に憧れたという所ですか……。

 神を語るようになって、沢山の人を見てきました。
 沢山の世界を作りました。
 人は愚かに見えました。
 信じられますか?
 彼らは何処でだって笑うのです。
 極貧の最中であろうと死の淵にあろうと、彼らは笑うのです。
 なんて愚か……それでも――……それでも。
 気付いたのです。
 永遠に等しい時の中で、私は『笑ったか?』と。
 感情など無意味でした。
 楽しいなど思わずとも私は存在し続ける。
 神という存在は憎悪され、裏切られ、悲しみ続ける存在。
 私は、ただの一度も楽しいと笑ったことはありませんでした。
 悲しむ人がいる中で、楽しいなど神に許されないのです。
 それに気付いた時、私は酷く悲しかった。

 ――そう私は悲しかった……涙した。

 高名な神ほど感情を拾いません。
 全てに平等であろう神であるために。
 私の名を知るのは世界の本の一握りに過ぎない。
 私と話すことの出来る人間はそのさらに一握り。
 私と"会う"ことの出来る人間は――ただ一人。

 人に焦がれた。その愚かさが私には輝いて見えた。
 誰かに注ぐ愛を美しいと思った――だから』


 終に――堕落を望んだ。






 許してください愚かな神を。
 人に頼る弱さを。
 ファーネリアの優しさに付け入るような私を。
 コウキの優しさを武器にしてしまう私を。
 私は涙する。
 終焉を迎えてしまえばこの涙もなくなるのだろうか。
 それは分からない。
 私は感情を持ってしまった。
 誰かとのふれあいを楽しいと感じてしまった。
 今も――ずっとコウキと話せたら――なんて……

  なんて弱い私――。



 この身は――神であるべきではないのかもしれないと思った日。
 私はこの戦いへ――……試練へ参加していた――。

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