第19話『役者の悲劇』
知らされたのはつい先日。
この身体は守るために存在し、その存在は導くために有り、その有り方は唯一。
シキガミは最悪を抱える。
シキガミは災厄を抱える。
シキガミは最高を抱える。
シキガミは最愛を抱える。
踊れ躍れ神の子最愛の
最高の力を疾らせ
災厄を裂き
最悪を招け
俺と武人。
出会いは単純。
ただ単に同じクラスになっただけ。
きっかけも単純。
ただ一緒に走っただけ。
武人は朗らかで最初からクラスの人気者だった。
俺はというと喜月と一緒にまぁ普通の奴として生きていた。
親友となりえたのは、たまたまだった。
体育の授業が体力測定だった日。
たまたま俺は武人と一緒に短距離を走ることになった。
言葉を交わすことなく隣に並ぶ。
「位置について……よーい」
クラウチングスタートのポーズで武人は構えた。
俺は普通。横向きに合図に備える。
「スタートっ!」
ダッ!
二人同時に駆け出す。
武人はおおらかなスタートになる分走り出しが遅い。
俺は体一つ分前に出た状態でスピードを上げる。
隣に居る奴がぴったりと付いてくる。
それに押し出されるようにその距離を保ち続ける。
追いかけられるのは好きじゃない。
でも俺は必死で逃げる。
――少しだけ足音が遠ざかる。
それでもその力強い足音は俺を追い越そうと唸りを上げる。
ゴールラインを割ったことに、数秒気付けなかった。
「――は、速いな……壱神? だっけか」
「はぁ、そうだけど……はぁっふぅ。たまたまだよ」
「いや、マジで速いぜ? 陸上部はいらねぇ?」
「はは、ホントたまたまだよ。クラブには入らないんだ……家庭事情があってね〜」
「ははは。残念だな。まぁ陸上部入れよ」
「俺の話聞いてた?」
「あぁ聞いてた。入るだけでも……」
「だから入ってもクラブに出れないんだって」
「なんでさ〜じゃぁ大会だけでてよ。
ウチ人数は多いけど壱神みたいなスプリンターいねぇんだよ」
「ダメだよ。俺みたいな奴は、真面目な奴の邪魔だしね」
「ほほぅ……まぁ今日は許してやろう。だがオレはしつこいぜ? 覚悟しとけ」
「……やーなこった」
それだけ。
結局そんなもの。
結局そんなとこ。
いつの間にか呼び捨てになっていたし、いつの間にか親友。
当たり前で、他愛の無い、友達――。
ギィィンッッ!!!
剣閃が交差する。
対を成さない二振りに対する一振りの剣。
剣の中で尤も弱いとされる武器を奮い立てて、一刀が二刀に襲い掛かる。
タケヒトは上段からの袈裟斬りから円を描くように長い剣を横に振る。
その二振りを体を捻ってしゃがんだ状態でかわすと、足払いを放つ。
読んでいたかのようにタケヒトは飛び上がると俺のいる場所めがけて剣を突き立てる。
俺は片手の剣で何とか軌道をずらし、足を軽く切られるが逆の足を軸に回転し、
タケヒトの懐に入り炎月輪の片割れを薙ぐ。
が、反射神経だけで放ったであろう空中での蹴りが腕を押し上げ、
胸の辺りを薄く斬るに留まった。
「加勢しますっ!」
ジャラッ!
鎖の音がすると、大きな十字架剣がタケヒトに向かう。
「ち――仲間っていいなコウキ!!!」
「ありがとう! でもやめろアキ!!!」
その剣を弾く――コウキ。
ザクッ――その一瞬に少し深く剣が背中を切る。
「こ、コウキさんっ!?」
「づっ!! やめてくれっ……友達なんだっ!!」
言いながらも自らの剣が友人に向かう。
「収束:8000! ライン:右の詠唱展開固定、術式:
逆側から素早くヴァンが術を紡ぐ。
「ば――っ!!」
流石にコウキでも防げず、弾かれるようにそこから離れる。
「――っらあああっ! 一式! 逆風の太刀ッ!!!」
その躍るように迫ってきた炎の渦に向かって剣を振るタケヒト。
炎はタケヒトの目の前で――斬れた。
真っ二つになってタケヒトを避けるように炎は流れていった。
「――!?」
驚愕するのはもちろんヴァンツェ。
手に収束できる最大のマナで放った一撃が、相手に傷を与えることなく弾かれたのだ。
外部の介入を許すことなく、二人は剣を振るう。
コウキ――!
ファーナは歌いながら悩む。
コウキがやめろと言う……が、相手が歌いやめない限り、あの力はコウキを殺す……っ。
私が歌いやめるわけにはいかない……っ!
戦場に響く歌。
心が望まずとも体が動く戦いの歌――。
ギィィンッ!! ガッッッ!!!
互いの技術が均衡して鍔迫り合いになる。
ギチギチと押されていくのは俺――。
毎日運動の為に鍛えていた武人には、純粋な力で勝てる気がしない。
『
『
ギィンッ!!!
二人は弾かれて間合いを取ると神子の声にあわせてその手に自らの武器を取る。
対になった半円の二刀――。
赤の装飾が禍々しくも見える炎月輪。
――以前は羽のような形をしていた4枚の刃が円形に纏まった、
おおよそ剣とは言いがたい刃物だった。
だが今は、その4枚が2分し、コウキの手に剣として存在する。
対するは一振りの刀――。
タケヒトが正眼に構える青い残像を残す刀が炎月輪と対照に映る。
日本刀……よりは外国的な観念の入った両刃の剣。
大太刀のような大きさで一層凶悪だ。
それをありえない速さで振り回すタケヒトの能力も底知れない。
二人は見ほれるほど無駄の無い動きで立ち回り、火花を散らす。
「タケっ! とまれぇぇっ!!」
「出来るならとっくにっっっやってらぁっ!」
ヒュッ!!!
神速とも言える一撃が大きく薙いできた。
――怖い。
今まで戦ってきたどんな敵よりも強いと感じる。
歌に逆らうことが出来ない。
戦う意思を持っているときには違和感も無くどんどん体に馴染んでいった。
だが――それが良くなかったのだろうか。
体は歌に反応して剣を振るう。
体が――自分のものではないかのように、友人を切り裂く。
圧倒的なリーチ差で、いかに二刀と言えど不利に見える。
――が、俺にはその剣は全て裁き切れている。
二刀と言うのは幅に優れるし、剣が重くない限り両手の剣速に劣ることも無い。
つまり……あとは差を詰めるだけ。
しかし相手はそれを許さない。
『炎を束ね宙を舞い、月の元に舞い降りぬ』
「――ファーナ……!! やめてくれぇぇ――っ!!!」
『二対の輪の咆哮極炎の舞踏……
『風を斬り雹を纏い、蒼雷の如く奔る』
「やめろシェイル……っ……!!!」
『貴き一、覇閃の雷光・波陣!!』
ジリッ……
互いの剣が唸る。
大きく踏み込み、光る青雨刀を振り抜く武人。
同時に剣を大きく交差させて、武人を斬りにかかる幸輝。
強制の中の最大の力を以って、お互いを絶命に導く――!
ズガアアアアンッッ!!!
爆炎と衝撃が突き抜ける。
「――! コウキっ!」
「タケヒト――!!」
ファーナは片手で顔を覆いながらコウキを呼ぶ。
シェイルも同じように煙の中を凝視する。
町外れの平地で、大きな爆発が起きる。
街ではちょっとした騒動になって、野次馬根性の高い奴がその現場へと走っていっている。
「ん……? なんだ? キノコでも爆発したか?」
その様子を少し長めの茶色い髪をかき上げながら、術士服に身を包んだ男が興味なさげに呟いた。
そう珍しい光景でも無い筈だ。
――この、世界では。
そう括ってコーヒーを啜る。
「わっわっすごいっねっねっ行ってみよ? みよ〜? あははははっ!」
目の前で珍しく大人しかった彼女が、目を輝かせて走り出した。
ジッとしていれば可愛げのある女の子なのだが、どうも行動が子供だ。
「ダメだあぶな――ってもう行ってんじゃねぇかっ! こらっ待てっ!!」
律儀に勘定を済ませて色素の薄い青い髪の女の子を追いかける。
あの子が興味を持つなんて、ろくな事が無い。絶対。
心の中で溜息をつきながら……実際にも溜息をついて、走ってその子を追いかけた。
「無事ですか!? コウキ!!」
「タケヒト返事をしろ!!」
徐々に煙が晴れていき、二人の姿が見えてくる。
――満身創痍とは、この姿のことだろうか。
爆発のような力を間近で受けたせいか、衣服がところどころ裂け、切り傷が全身にある。
「――げほっ……」
「いっ……づ……うっ……」
お互い、声を張る言葉できず、俯いている。
その双剣の一つはタケヒトの足を貫いており、彼は辛うじて立っている。
コウキは――片手でタケヒトの剣を押さえてはいるが――
勢いを殺しきれず、肩から大きく太刀の刀身が突き抜けている。
「おい……大丈夫かよ……」
「は、はは……いてぇ……」
歯を食いしばるが、涙が出る。
あぁ、くそ……!
「何やってんだろうな……っくそっ……!」
――友達、なのに……!!
酒場で、お互いが神子とシキガミだと言うことに気付くや否や、シェイルは迷うことなく歌を歌った。
そして、その酒場から逃げ出し、それを追ったヴァンとファーナを追って追いついた場所がここだった。
そして、お互いを傷つけ合って倒れかけている。
何がいけないんだ……?
何がおかしい?
熱くなって感覚の無い肩からポタポタと血が流れ出す。
戦いは無意識だった。
お互いを刺していた刃が消える。
歌が聞こえないからだろう。
俺たちはそこに崩れ落ちた。
派手に流れる血が、意識を朦朧とさせていく。
痛い……、痛い……!
「は、は……マジ大丈夫かよ……?」
「んなわけないだろっッ……めちゃ痛いぞっ」
「わりぃ……」
「んなもん言わんでいいっ! タケも同じだろ!?」
「うはは。オレは武士の痩せ我慢が美学だからなっ」
本当に我慢しているだけのようで、痙攣している足を両手で押さえ込んでいる。
そんな二人をみて、神子が同時に駆け出す。
『大地より汲み上がりて純蒼、幾千の櫻の閃きの如き光』
歌が聞こえる。
それに答えて、タケヒトがゆらりと立ち上がった。
傷口から血が噴出す。
それを無視して剣を取る。
「コウキっっ!!!」
ファーナが叫ぶ。
俺はそのタケヒトの姿を朦朧と見上げていた。
「はは――いいぞタケヒト。そのまま――!!」
「いけないっ……『血より燃え上がりて真紅、月より舞い降りて聖円!!』」
俺の耳に歌が届く。
思ったよりもすんなり体が起き上がって傷口を押さえていた左手が炎月輪を取る。
さっきの二対を一つにまとめた、本来の炎月輪の形だ。
傷口から血が吹き出るが、歯を食いしばって堪えるしかない。
涙を流す。
やめてくれ……。
ファーナ……タケヒト……
『聖を辿る魂の刃』
『魔を絶つ銀の刃』
「う、があああああああああああっ!!!」
「くそっ!!! 動くなっっオレの体ぁぁっっ!!」
二人が同時にその強制を抑える。
背中から血が勢い良く出ているのが分かる。
ギリギリと体が軋む音が俺にまで聞こえるほど全力でタケヒトは強制を拒む。
「血迷うなタケヒト!! そいつはお前の倒すべき敵だ!!!」
ゆっくりと上段に構えられる剣。
対して、低く炎月輪を後ろ手に構える。
お互い夥しい量の血を流して、視界がぼやけ始めた。
それでもなおその行動を拒む。
くそっ……っ!
助けて――誰か、この、糞、芝居を――!!!
『
『
「うわああああああああああああああっ!!」
「くそおおおおおおおおおおおおっっっ!!」
ヒュィンッ!!
ビュゥゥッ!!
閃光の如き青い軌跡。
燃え上がるように炎月輪がそれにぶつかっていく。
ガヂィッ!!!
静寂と静止。
巻き起きた土煙だけが風に流れていった――。
二つの軌跡の交差する中間に、一本の槍が刺さっていた。
俺たちが銀の刃を携えるのに対して、その槍は黄金――。
「よう。喧嘩にしちゃぁ派手だな」
「はは、相変わらず良いとこ取りだな……!」
「キツキ……!」
それを握るのは――八重喜月に間違いなかった。
自然と笑顔が零れる。
三流芝居の終止符は一流の役者にいとも簡単に止められた。
「キーーーーーーツーーーーーーキーーーーーー!!!」
どごぉぉぉーーーーーーんっ!
『きつっ……!!!?』
きつきぃぃぃーーーーーーーーー!!!?
その喜月は、何かに弾かれると派手に地面をスライドしていった。
あぁ、いいスライドだった。
なんていうか爆走する車のように砂埃を巻き上げる圧倒感が素晴らしい。
ああいうノリあんまり得意じゃなかったはずなのに何時の間に会得したんだ。
お兄ちゃんは嬉しいぞっ。
まぁ、なにはともあれ。
再会の感動はそれと共に何処かへ吹き飛んだ。
……折角格好良くきまったのにな喜月……。
オレとタケヒトは、その元凶に視線をやった。
「あれ? れれ? キツキは? 知らない?」
スカイブルーの髪を揺らす、見た目よりも子供のような行動をとる女の子。
無邪気な顔がこの場には不釣合いだとも思う。
黙って立っているだけならファーナと同じぐらいに見えるだろう。
背中に透明な……羽? いや、微妙に違うような……そんなものが見えたりもする。
いや、つかね……キミがぶっ飛ばしたよ。
と、言う前に、俺たち二人は――意識を失った。
/ メール