第20話『理想の壱!』

 夢……というかなんというか。
 前にも言ったとおり俺は夢を見るタイプの人間じゃない。
 夢って何なんだろうな。
 願望とか欲望とか不安の象徴とか、予知とか無意味とか色々言われてるけど。
 まぁ珍しく、女の子が一人俺の前に立っている。
 スカイブルーのセミロングの髪に人懐っこい無邪気な笑顔を浮かべる女の子。
 年齢はファーナと同じぐらいに見える。大体身長が同じぐらいだし。
 背中の大きく開いた服を着ており、そこから羽みたいなのが見える。
「ね? あなたがコウキ? でしょ?」
 ててて〜と軽快なステップで俺に歩み寄る。
 意思的には一応体があるように思えるが第3者的な視点な気がしなくもない。
 ここは真っ二つに割れた満月が世界を明るく照らす夜の世界だ。
 別段建物があるわけでもなく、台地が遠くに見えたりするが平地の真ん中。
「そうだけど……あ。喜月ぶっ飛ばした女の子か」
 そういえばそう。
 その子を見て俺は意識を失った。
 なんでだ。
 あ、怪我してたんだっけ……。
「わっ! わわっ! もう起きちゃうの? 待って待って!!」
「やっぱり夢?」
「うんっ! でもねっでもね? コウキが夢をなかなか見てくれないから
 ティアの夢の方に連れてきたんだよ?」
「ティア……キミの名前?」
「うんっうんっ! 本当はラエティアだけど喜月はティアって呼ぶの!
 コウキもティアって呼んで?」
「わかった。で、なんで夢の中でこんなこと話してるんだ?
 もしかして俺飛べたりする? シュワッ!!」

 ズバッ!!!

 どぅぅぅわ!!!?
 た、たっっけぇぇぇぇええええ!!!
 全力で飛び上がった俺が雲の上に届かんばかりの勢いで発射された。
「ぎゃーーーーーーーーー!!!」
 重力があるわけじゃないんだろうが飛んだら落ちると言う俺の概念のせいで盛大に落下する。
「あははははは! コウキ何やってるの? 遊ぶ? 遊ぶ?」
「いや!!! こんな状態で遊べるかーーーー!」
 ゴシャッ!!
 顔面から盛大に着地する。
 上手いこと顔面だけ地面に埋まり、
 右手は頭左手は腰のセクシーポーズの体だけ地面に生えてる状態だ。
 ちなみに痛みも無ければ起きれる気配もない。
 それは第3者視点から確認済み。
 ついでにそのままポーズをクネクネ動かしてみる。
 やべぇ。新種の植物みたいでキモ面白い。略してキモシロい。

「あはははははは――っ!!! ――っ!!!」

 ティアは大爆笑。声が出ずにお腹を押さえて転げまわっている。
「…………意外と大丈夫だな。さすが夢」
 すぽんっと地面から顔を引き出して逆さまのまま宙に立った。
 つまり浮かんだ状態だ。
「はーーーーっ! コウキ面白いっっ! キツキの言った通りだー!」
「ふふふ、お安い御用さお嬢さん」
 再び穴に頭を突っ込むと奇妙なポーズでグルグルと回りだした――。



 笑い疲れてピクピクしだした彼女を休ませて、夢の世界に座り込む。
 笑い上戸な彼女を笑わすのは非常に楽しい。
 だからちょっと度が過ぎたかなと反省。
「ふふっふふっいいなっいいなっファーナいつも楽しいんだっ」
 嬉しそうというか楽しそうにパタパタと羽を動かす。
「ん〜? どうだろう? 結構笑わせてるつもりなんだけどな〜みんなお固いからね〜」
 あぁそういえばウチのパーティーは礼儀正しすぎる。
 ファーナは王女だし当然。一人称がワタクシだもんな。気付いた?
 ヴァンも無敵美形財務大臣だったしな。なんで財務だったんだろうな?
 アキは普通と言えば普通なのだが礼儀正しい教育をされているみたいだし。
 ん〜……やはり俺が砕けるしかないじゃないか……。
「もしかしてそれとなく敬遠されてるのかな……?」
「ん〜んっみんなコウキが大好きなんだよ? 今もコウキが起きるの待ってるっ」
「う〜わ〜……照れるねっ。そろそろ起きちゃおうか」
 迷惑をあんまりかけちゃダメだよな。
 俺を心配してくれているなら、なおさらだ。
「だね。だよねっ! あっあっ! 途切れちゃうかもっ!
「へ? 途切れ――?」

 途端、月と大地の世界は真っ暗な闇に変わった。





「起きませんねコウキ……」
 ファーナがベッドの横で心配そうにコウキを見下ろす。
 反対側ではティアがコウキの腕を枕にして時々笑いながら寝ている。
 なんだろうとても楽しそうだ。
 それに得体の知れない苛立ちを覚えながらコウキの手を握った。
「傷が一番深かったですからね……」
 アキがファーナの横に立つ。
 アルマを使った治療も、傷を治すことは出来ても輸血はできない。
 その分肉体の覚醒が困難になっているのだろう。
 一同は静かにコウキの目覚めを待つ。

「……なかなか、起きませんね……」
 20分ほど経っただろうか。
 何度か唸るような声を上げるものの中々起きない。
 その中でキツキが顎に手をあてて考えこんでいた。
「もしかして……」
「……え?」
「いや、んな分けないか……」
「何がですか?」
「いや、セオリーとしてあげられる寝たきりの奴を起こす方法が……」
「何かあるのですか!?」
 ばつが悪そうに苦笑いでキツキはタケヒトに視線をやる。
 その視線に少しだけ考えたタケヒトがポンッと手を打つ。


「あぁ! 目覚めの口付けキッスね!」


 再びシンッ……とした空間が広がる。
 ヴァンが凍ったように固まった顔から、一瞬だけ誰にも知られないようにニヤリと笑った。
「そうでしたか。それは気付かなかった。さ、リージェ様」

「わ、私ですか!!?」

「そうですね。流石に人目があるとやり難いですよね。皆さん外で待ちましょうか」
 そそくさと皆を促す仕掛け人。
「了解」
 瞬時にティアを抱き上げてドアに向かうキツキ。
「だな」
 ニヤニヤと笑いながらキツキに続くタケヒト。
「ですね」
 頑張ってっとファーナの肩を叩いて外に出るアキ。
「それでは……。良い時間を」
 フェードアウトするヴァン。
「あ、あのっ……っ! ちょっとっみなさ……!」

パタンッ




 部屋に二人残されるファーナとコウキ。
「な、何を考えてるんですか本当に……っ」
 呟いてコウキを振り返る。
 いつも笑顔を浮かべている顔はあまり血色が良くないせいか、少し大人びて見える。
 毛並みの良い猫のような髪の毛の質のコウキ。
 それでも猫っ毛のような癖は無く、
 すこしだけ横ハネした髪の毛がチャームポイントっと自分で言ってた。
 えと、ええええっと……何をするのでしたか……
 そう、私が、コウキにキ――……ス…………!!!?
 途端まともな思考が出来なくてなって、コウキの手を離してコウキから逃げるように離れる。
 自分の性格だ。よく分かっている。
 こういう恥ずかしい事態になるとつい逃げてしまう。
 あぁ……ああああっ何故こんなことにっ!?
 そのっ確かにコウキは心配ですっ。
 すぐに目を覚まして欲しいと思いますっ!
 でですがっ! キスというのはどどういうっっ!!
 おおお落ち着くのですファーネリアっ!
 貴女は王女! そして気高きグラネダの神子!!
 ききキスごときで何を恐れるのですか!!
 意を決してコウキに近づく。
 あぁっ風がっ! コレは試練でしょうかメービィ!
 何かに気圧されて妙に身構えているが何とかコウキの隣にたどり着く。
 改めてコウキを見る。
 それは異性として存在する彼。

 ……っっ! っっ!!
 何かをやろうとして、何をやればいいのか分からない状態になる。
 いや、正確にはわかっているのだが体がそれ以上前に進まない。
 落ち着くのです私……っ!
 心を落ち着かせるために深呼吸をする。



「あの二人ってできてんの?」
「違うだろうな……俺の見立てでは彼女の方に脈有りと見るが」
「ほう……短時間でそこまで分かりますか」
「だってコウキは恋愛に興味が無い。マジで信じらんねーぐらい鈍感だ」
「あ、ファーナ動いたっ」
 ピクッ……!
 ドアの隙間から全員がその姿を凝視する。
 ファーナが身構えながらコウキに近寄る姿。
「襲うみたいだな……」
「言うなタケ……彼女もこんなに圧力のある行動は初めてなんだろうさ。
 きっと今は風速100mぐらいの嵐の中だ。リポーターも吃驚さ」
 芸達者なエルフは笑みを殺しきれず口を歪にして笑っている。
 アキも興味津々にドキドキしながら覗き込んでいる。
 揃ってその行動を固唾を呑んで見守る。
 きっと誰しもがその光景をそうやって覗き見る事を止められはしなかった。



 高鳴る心臓を押さえつけてコウキを見つめる。
 どうしてもここから先には進めない。
「コウ、キ……」
 名前を呼ぶ。私のシキガミ――コウキ。
 思えば長かった気がする。
 メービィは友達をくれると私に言った。
 現れたコウキは私の友達として……パートナーとして私を勇気付けてくれる。
 召喚できる場所があまり特定できないと言うことで町中に
 コウキという名前の者がいたら城に来るようにふれた。
 偽物もちらほら居たがあまり関心は無かった。
 コウキという少年像をメービィに聞いて何度も想像した。

 何なのだろうか。
 いつもみている彼は楽しくて、一緒にいたくて。
 何故こんなにも心臓が痛いのだろうか。いや、それは関係ない。
 それより簡単なこと――。
 彼の口に――……私が口を重ねるだけ……。
 それだけでコウキは起きる。
 そう信じて――。

 ドクン――……

 ゆっくりと上体を近づける。

 薄い寝息が私に触れる。

  クラクラする。

 私はどうかしてしまったのだろうか。

 手を置いたベッドが軋む。

  シーツを握る手に力が入る。

 あと指3本分ぐらいの距離で触れる。

 その距離はすぐに無くなって――……



 バタンッッッ!!!
「ひゃうぅ!?」
 本当に体が跳ね上がるほど驚いた。

「コウキー!」
「お前!?」
「ギャーーっ重いつのっ!」
「――っっ何事ですかっ!?」
「きゃあっドアがっ!」

 一気に騒動が転がり込んでくる。
 今までに無いほど驚いたファーナが全員を振り返る。
 そこにはタケヒト、キツキ、ヴァンツェ、アキ、ラエティアの順で積み重なった光景。
 見られていた――という羞恥に真っ赤になる。
 あまりの恥ずかしさに涙まで出てきた。
 同時に、得体の知れない怒りが体中を巡る。
「あなたたち……っっっっ!!!」
『……あははは……』
 ティアを除く全員がから笑いをする。
「っっ…………許しませんっっっっ!!!
 収束:700 ライン:左の詠唱展開!!!」

 素手のファーナの腕に術式ラインが浮かび上がる。
 微妙に涙目なのを除けばまさに鬼の状態。

「ちょ……まてまてまて!! 早くどけお前らっ!!」
一番下ゆえにもがく事しかできないタケヒト。
「や、宿ごと燃やす気ですかリージェ様!?」
 彼女の炎術相性を知っていればその手を向けられて焦らないわけが無い。ヴァンツェも例外ではなかったようだ。
「わっわっティアさんどけてっ」
 アキが慌てながら自分の上に居る人物に言う。
「え? え? 遊ぶの?」
 状況が飲み込めていないティアが笑う。
「一番上のアホォォォ!!」
 キツキが残った空気を使って絶叫した。
 猶予はそこで無くなって、彼女の詠唱が始まった。

「術式:紅蓮のバムゥ

『――っ!』

 全員が息を飲んだ。或いは防御術式を用意した。
 そんな騒動も――間の抜けた一言で終わりを告げる。

「んーあれ〜? おはよーみんなー」
「バゥ…コウキ! 起きて大丈夫なのですか!?」
 ボシュゥゥゥ……
 術式は失敗し、彼女の左手からは術式行使光だけが漏れた。

「「「「はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜…………」」」」

 全員の安堵の声が聞こえた。

「あはははっおはよコウキ!」
 一番上の彼女だけが無邪気に笑っていた。



 寝ておきたら面白い光景に出会った。朝一番に大分笑わせてもらった。
 色々と身支度をして、今日は休養と言う事で俺の食事も兼ねて宿の食事スペースで皆で話し込んでいた。
 丸机を二つ近くに寄せて、女性三人のテーブルと男子四人のテーブルとなっている。テーブルは近いので誰とでも話せて丁度いい位置の中心に俺は座っていた。
「何があったのか聞いていい?」
「ダメです……っ!」
 その事を聞きたかったのだがファーナは激しく膨れ上がっている。
 俺が起き上がったときには全員が山積みという非常に面白い光景が展開されていたのだが……。
 みんな空笑いをして答えてはくれないのだ。
 イケズな奴らだ。と声に出せば誰かしら笑ってくれただろうか。
「ちぇ。仲間はずれかよキツキ〜あ。そういや何時の間にみんな仲がいいんだよチクショウ」
「えぇ。ラエティアさんには悪意がありませんし、キツキさんが休戦を持ちかけてくれました。
 コウキやタケヒトさんの治療を優先してくれましたし。
 タケヒトさんは神子を先に行かせて、戦う意思が無いことを示すために剣まであずけてくれました」
「そっかっ! サンキューなキツキっタケっ!」
「当たり前だろ?」
「そーそーっコウキが一番必死だったんだしなっ」
 二人の親友は簡単にそう括った。
 ――口にはしないがいい友達を持ったと思う。
 それに理解あるヴァンのお陰でなんとか収まってるみたいだ。
「ありがとうヴァン……それとゴメン……」
 俺はしんみりとヴァンに言う。
「いえいえ……」

「キツキとタケは呼び捨てじゃないと気持ち悪いな!」

『そこかよ!』
 キツキとタケが気持ちのいい突込みをしてくれる。
「……そうですか?」
 ヴァンは二人を見る。
「良ければ、是非」
「オレもっす」
 海外風習っぽくはなるが俺は俺の友達を仲良くさせていきたい。
 こういうのもアリかなと思うのだ。
「そうですか。それでは私もヴァンとお呼び下さい」
 うん。よきかなである。
 自己満足に浸りって居る途中、ニコニコとこちらをみる視線に気付いた。
 キツキの神子、ラエティア。彼女と目が合い無駄にニコーと二人で笑って俺が声をかけた。
「しっかしティア。夢の中に出てくるなんてびっくりだぞっ」
「えへへっスゴイ? すごい?」
 嬉しいのだろうか羽がパタパタと動く。
「すげぇ。っていうか羽がすげぇ」
「羽……? コウキもしかしてティアの羽見える? 見えちゃう?」
「見えちゃうっ」
 ティアにあわせてちょっとくねってみる。
「あははっホント!? すごい!! コウキすごい変だよファーナ!」
「すごい変って言うなっ!」
「確かにすごい変ですが……あまり気にしていては身が持ちませんよ?」
「そこは否定してよ! っていうか、え? ええ? みんな見えるよな?」

 ……俺が見回して、誰一人として俺と眼を合わせてくれなかった。
 悲しい事にどうやら異端扱いはやはり俺のようである。
「俺だけー?」
「そのようですが」
「何処についてるんだよ……」
 タケヒトがティアの背中を覗き込む。
「これこれ」
 俺は羽に触れようと手をやるが透き通る。
 あ、触れはしないのな。
「どこ?」
 タケヒトが俺と同じように手を通す――が。
「うひゃぁ!?」
「あ、なんかあるな」
「あはっあんっくすぐったい〜〜」
「タケヒトのエッチ!」
 俺はその声に反応してタケヒトにパンチをやる。
「ごふぅ!? なんで!? コウキは触ったんじゃないのか!?」
「触れねぇよ! エッチ!」
「お前がエッチ言うな!」
「んもぅ……タケヒトのエッチ……ぽっ」
 ティア……このタイミングでそれができるとは……恐ろしい子……!!
 女性陣から非難の視線を浴びるタケヒト。
「誤解だ……っっこの糞ガキャー!」
「あはははははっ! エッチエッチ〜」
「ゲヘヘヘここかぁ!? ここがええのんか!?」
 卑下た笑いと見えないセクハラをするタケヒト。
 やっぱりただのエロオヤジだった。
「いやっあはっっん〜くすぐったいっあんっ」

 俺とキツキのダブルチョップがタケの頭に炸裂した。



「す、すみません、でした……ごふっ……オレはもう駄目だ」
 余裕を残して大袈裟にテーブルに倒れこむタケ。
 俺達の茶番をよそにヴァンが珍しそうにティアを見た。
「つまりは翼人ですか。珍しいですね」
 マイペース万歳だなヴァン。
 騒がしい集団になったもんだ。
 楽しいからいいけど。
「珍しいのか。どのぐらい珍しいんだ?」
「セインの国は現在外部の者の侵入を許していません。かれこれ数十年になりますか……お国は平和でいらっしゃいますか?」
「平和、ですよ。恐らくは。
 ……でも外に出て無さ過ぎてこのグラネダよりは随分と遅れています。
 階級性が浸透しすぎていて、生活も技術も進化が無いんじゃないかと思ってます――」
 ヴァンとキツキが難しい話を始めたところでファーナが俺に言う。


「コウキ聞きたいのですが……」
「おう? 何ファーナ」
「さっき夢にでて来たといいましたが……」
「うん。夢でティアにあったんだ。名前聞いてないのに知ってただろ?
 起きろって言いにきてくれたんだ。な?」
「うんっ起こしに行ったよ!」
「――なるほど、それで……」
 何かに納得したように頷く。
「何? なんかあった?」
「いえっなんでもないのです」
「翼人の方は夢の介入ができると聞いてはいましたが本当なのですね」
「うん。よくキツキにやるよっ」
「頼むから寝てるときぐらい平和に過ごさせてくれ……」
 うんざりしているという顔でコーヒーを飲むキツキ。
 苦労しているみたいだ。



 グラネダを動き回りたくて仕方の無いティアを
 ファーナとアキが連れて出ることになって男勢が酒場に残される。
 コウキの大事をとって……というかあからさまにふらついているので今日は休養日になった。
「なぁヴァン……聞きたいことがあるんだけど……」
 いつもの会話の端でタケヒトがふとヴァンに話を振る。
「なんでしょう?」

「オーク一族について……なんだけどな」
「オークですか……?」
「あぁ。隠してもどうせばれるから言うけどシェイルがオークの一族なんだ」
「……なるほど。それで血気盛んで冷酷なのですか」
「まぁ、否定はしない。殴るわ蹴るわヒデェヒデェ」

「ふむ。オーク一族というのは独立種族と言われます。
 成人すると共に家を出て、すぐに一人で生活を始めます。
 肉体能力がどの種族より特化していて非常に強いです。
 しかし大勢で国家を結成するような統率が無く、小さな集落をいくつも作って生活をします。
 性格は基本残虐冷酷と言われていて、暴力を容易く扱います。
 でもそれは人間からすればの話でオークからすれば普通なのです。
 チョットやそっと叩かれたぐらいでは彼らは痛いとも感じませんし、
 そもそもそれぐらいの衝突がないと感情が揺らがないのです」
「へぇ……なるほどね」
 納得っと背もたれに体を預ける。
「そして、少し意外で面白いのが彼らの貞操観念ですね」
「て、貞操観念?」
「えぇ。彼らからすれば重大なことなのです。特にオークの女性が……

 まず、裸を見られた時点で純潔が穢されたと考え、
 口が触れたら夫婦が成り立つといわれています。
 体が交わろうものなら何があろうと一生離れないでしょう。
 彼らほど一途な一族は居ません。観念の持ち方としてはいいものだと思いますよ」


 数秒、時が止まったかのようにタケヒトは動かなくなった。
 思考が巡っているというよりは、本当に止まっている。
 しかし次の瞬間に携帯のバイブレーション機能でも使ったかのように震えだす。
 タケヒトが変な汗を掻き出してフルコートバスケット2時間耐久ぐらいの汗量だ。
「私たちエルフ種はキスは挨拶でしてしまうので、
 基本オークと合わないようにと教育を…………?
 どうかしましたかタケヒト?」
「い、いやっ!? なんでもないぞ!?」
 あからさまに体からヤベェヤベェの文字が滲み出している。
「そうですか? まぁそうなった以降の殴る蹴るは愛情表現なのです。

 よかったですね?」

 きらびやかな笑顔でポンとタケヒトの肩に手を置くヴァン。
「むああああああ知ってるの!? 知ってるのか!!?」
「タケ、態度がゲロってる態度が」
 キツキが反対の肩に手を置く。ついでに優しくおめでとうと口にする。
「よ、オークキラータケヒトっ」
 俺も正面から指をさして出来る限りの笑顔で言ってやる。

 タケヒトは顔面蒼白だ。
「さいてー」
「不潔ー」
「や、やめれっ今の聞いたらシャレにならんっ!! つか事故だろあれ!!」
 頭を抱えてそれであの村あんな激戦を……!!?と呟くタケヒト。
 何が起こってるんだこいつの周りは……。
 つぅかあっちの世界でもそんな話聞いたぞ……。
 お前の周りにはそんなのしか寄り付かないのかよ。
「つまり今は旅と称した愛の逃避行中でしたか。いやお邪魔でしたね」
「うおおおおっ助けてぇぇぇえっ」
 ヴァンのとどめに激しく悶えるタケヒト。哀れ……。

 ヴァンは満足げに笑うとコーヒーを口にした。

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