第21話『理想の弐!』

 姉妹がいるなら、妹が欲しいと思っていました。
 兄弟がいるなら、兄が欲しいと思っていました。

 妹なら姉として優しく楽しく時を過せたと思う。
 兄なら妹として守られながら強く時を過せたと思う。
 希望を聞かれればそうという話。

 友達に、近い印象を振り分けるとこうだ。
 賢い妹みたいな友達と、ふざけた弟みたいな友達。
 妹みたいな友達は私が守ってあげたいと思っています。
 弟みたいな友達は何時だって私たちを笑わせて守ってくれます。

 嬉しいです。
 わたしには今までなかったから。
 わたしには今まで必要なかったから。
 わたしには今まで必要としてくれる人が居なかったから。

 だから――

 わたしが、あの人たちを守ってあげたいと思います。

「ファーナァっ! コレ面白いっっ!」
 妙に響く彼女の声が市場で楽しそうに響く。
「ま、待ちなさいっあっそれは売り物ですから触らないで――」
 激しく動く彼女に振り回されながらファーナが続く。
「あ、ファーナも走ると危ないよ〜?」
 そんな微笑ましい二人をゆっくりと追いかけるわたし。
「アキもーっはやくぅぅぅー」
 ティアが微妙にピョンピョン跳ねながら人ごみを走る。
 こういう体験は初めてで凄く楽しい。
 サイカの村にはわたしぐらいの歳の女の子は居なくて、
 一緒に街で遊ぶなんてことはやったことが無かった。

「あははっまって〜」
 思わず多少内股で走っている。
 ベタベタだが非常に楽しい。

 3人で見て回る露天のアクセサリー屋や、ややテンションの高い店員さんの服屋、
 休憩に入ったつもりのカフェで喋りこんで、いつの間にか長い時間が経っていた。
 甘いケーキが美味しくて3人でそれぞれのケーキ話が途切れない。

「あるあるっあのねっえっと、ノアンのフェルデゼの街のねっ
 バレンシアっていうケーキがすっごくおいしいの!」
 意外なのがティアの経験。
 色々な町を巡っているため本当に色々知っているようだ。
「ノアンですか。北の大地は果物が多いみたいですからムースケーキが多いですよね」
「そうそうっ! イチゴのタルトも絶品だよっ」
「ふふっ機会があったら食べたいですね。アランの地方では焼き菓子の方が多いですからね」
「焼き菓子? どんなの? どんなの?」
「基本的にクリームなどを塗らないマフィンやクッキーなどですね。
 あ、あとパイも沢山種類があります」
「そうなんだっ今度キツキに言ってみよっ」
「キツキさんは甘いもの食べるんですね?」
「食べるよ? でも沢山は食べれないんだってっ!
 タケヒトは全然食べれない〜って言ってたよ?
 あ、でもコウキはある限り食べれるって言ってた!」
「ふふふっコウキさんらしいですね」
 そういえば胸を張って言い張っていたような気がする。
「『嫌いな食べ物は皆無だっ』って豪語してますから」
 妙に得意げに語るファーナ。
 なんだか面白い。

「ファーナはコウキ好き?」

 唐突にティアがそう尋ねる。
 飲んでいた紅茶を吹き出しそうになるのを押さえてむせ返るファーナ。
「けほっ……っっな、なんですかいきなり……っ!」
「……? コウキ好きって聞いただけだよ?」
「何でそんなことを聞くのですかっ!?」
「ん〜? なんでだろ?」
「あ、あなたはどうなのですか?」
「ティア?」
「キツキさんが――」
「うんっ大好きだよ」
 満面の笑顔で言い切るティア。
 何故かファーナとわたしが真っ赤になってしまった。

「うん? どうしたの? の?」
「いえ……純粋なんですね……」
「ん??」
「いえ、そろそろ戻りますか?」
「うんっ」



 酒場の端っこでウネウネ悶えているキモイのは放って置いて俺たちは雑談を進める。
「そういえば翼人とは珍しいですねティアさん。
 翼人は自らを翼人と紹介することは少ないですから。
 コウキのような特殊な人以外翼が見えないため信じてもらえないからですが」
 ヴァンが思い出したように言う。
 ヴァンもあまり翼人という人には会っていないらしい。
「やっぱり見えないんだよな?」
「見えるかっ俺もあいつらが飛び上がるまで信じなかったよっ」
「物理化するまでは霊態で不可視ですからね。そのかわり飛ぶときは凄かったでしょう」
「あぁすげぇ。アイツ羽が金色でさ、めちゃくちゃ綺麗なんだ」
「……金ですか――。なるほど。純正な存在なんですね」
 驚いた、とヴァンが言う。
「……? どういうこと?」

「翼人は羽の色で役割が決まっています。
 一般に白い羽を持つ者が街を作り、色つきの羽は城を作る役割。
 まず青の羽を持つのが一般兵士ですね。
 緑が学者や、城の指示系統。
 赤が王宮警備隊、黒が王家身辺警備、そして銀が王家です。

 金というのは……生まれたばかりの状態です」

「生まれたばかり……? でもティアは」
「えぇ。だから純粋なのです。
 普通でしたら1周期もする頃に生え変わり、
 10周期もすればそれぞれの役割を負います。
 ですが金ということは、その役割に縛られること無く自由を得ます。
 考えてもみてください銀が王家なら金は何になりますか?」

「――神……そういう見聞をあそこで聞いた」

 呆然とキツキが答える。
「えぇ。彼らの考えでは神は全て金の羽を持っていますし、
 金の羽をもつのは純粋の証とも言われます。生まれた時が金なのですから。
 ただ、一度もそのまま成長したという話は聞いたことがありません。
 ですから彼女は神子なのでしょう」

「はは……アイツが飛び上がった瞬間、王家が跪いた理由が分かったよ」

 珍しく本当に嬉しそうに笑うキツキ。
 金色――そういえばそうだ。うっすらと金色が見えていた。
 しかも……
「ヴァン、羽が複数とかだったら?」
「複数ですか。確か黒の4枚羽が伝説の勇者だと言われていた気がします。
 信仰の話になりますが、大天使長が金の6枚羽で神に一番近い存在と言われて――……。
 コウキ……一つ聞きますが……何枚に見えましたか……?」
 そこまで話しておいて聞き返す。
 キツキは頭を抱えて唸っている。
 多分本当に頭が痛いはずだ。

「金の4枚羽……」


 うそん……?



 キツキとタケが酒場の端で悶えている。
「はっはっは。さすがコウキの友人です。面白い」
「まぁねっ!」
 何となく鼻高くなってふっふーんと威張ってみた。
 そんな俺に屈託無い笑顔でヴァンは頷いて一度コーヒーを飲んだ。
「神子の事で悩むなんて今頃だぞ二人ともっ」
 ビシッと俺は二人を振り返って指差す。
「うるせぇ……!
 ヴァンっファーナちゃんのとびっきり話コウキにやってくれよっ!」
「とびっきりですか……」
「ふふん。俺はそんな話にびびったりしねぇもんっ」

「では、コウキ。リージェ様が何故リージェ様なのか知っていますか?」
 ヴァンが他愛も無い話の一つのように話を始めた。
「あー。確か初代王女様の名前だっけ?」
「そうです。リージェ様と言うのは初代女王、リージェ・ロロフェーシュ・マグナス様の名前です。
 現王女のアリー様が付けた名前で、代々受け継がれる由緒正しい名前です」
 なるほど。
 でもあるよな。そういう習慣。
 俺の名前の幸と言う字も父親の名前の一部だった。
 受け継がれていく物があっても全然良いと俺は思う。
「その名前を持つ女王は必ず偉業を成すといいます。
 アリー様であれば二度目にこの国を再建させた第一人者です。
 この事は長く語られることでしょう」
 ほ、ほう……。
 そんなに凄い人なのか……。

「そしてリージェ様。現正室第一子ファーネリア・リージェ・マグナス様ですね。
 王城から身を隠し神殿にお住まいですが、彼女もすでに歴史上の人物になります。
 彼女は城の事情から隔離され居るとはいえ王女です。
 国が広がり、増税が決まった時に民衆は暴動を起こしかけました。
 その時国民を説得して回ったのがリージェ様です。
 一応私も護衛と補佐を兼ねて歩きましたがとても私には真似出来ないものでした」
 な、なんだか壮大な話になってきた。
 そういえばファーナが出歩いてた当初、皆が跪いてた。
「初めは皆彼女を訝しい目でしか見ませんでした。
 まぁ14、15の子供が何を言っているのかと言う顔です。
 ですが――彼女は負けませんでした。
 増税の必要性、財政の詳細を把握し細かく民衆に説明していました。
 それが神子で王女とあらば有名にならないわけがありません。
 彼女はその日から人々から敬われる人間になりました。
 毎日神殿に祈りに来る方もいらっしゃいました。
 さて――」

 あああああっっ
 俺はなんていう人に馴れ馴れしくファーナとかいっちゃってコンチクショウ!

 タケヒトとキツキに並んで俺も悶えた。

 後ろでヴァンが机を叩いて笑いを堪えているのが聞こえた。



「ただいまーーーーっあれ? あれれ? キツキは? 皆は??」
「そこで悶えてますよ」
「何? 何? どうしたのキツキっ?」
「な、なんでも無い……ティア。お前すげぇよ?」
「ティア? ティアが?? 何何? 何の話?」
 パタパタと羽が動く。
 実体化すると小さく見えるあの羽は大きくなるらしい。
 不思議だ。
 流石だぞプラングル。
 面白いっ。
「羽……見たいな」
 じーっとティアに視線をやる。
「え……?」
 何故か胸辺りを押さえて身を捩る。
「……エッチ」
 ポッと頬を染めて言い放った。
 途端、ファーナが俺を睨む。
「コウキ、さすがにそれは軽蔑します」
「ちがわいっ! ティアの羽がすげーなぁって話してたんだよ。
 あ、ファーナ様も凄いとお聞きしました」
「ファーナ様!?」
 アキがびっくりした目で俺を見ている。
 逆にファーナは冷静に俺をみて口をへの字に曲げた。
「またヴァンツェに何か吹き込まれましたね?」
 お見通しのようだ。
「ファーナ様の近日の武勇伝を聞いたのさ。凄かったぞアキ」
「ほ、本当ですかファーナ様」
 くるっと俺と同じたち位置に来て姿勢を正してファーナを見るアキ。
「その愛称なのか敬称なのかよくわからない呼び方はやめてくださいっ
 そんな凄い事などやってませんから。
 もうヴァンツェも変なことを吹き込まないで下さいっ」
「申し訳ありませんリージェ様……
 リージェ様の輝かしい功績をこのヴァンツェ語り明かさずにはおられませんでした」
 ヴァンツェも立ち上がって丁寧に腰を折った。
「でもその言い方要するに口が軽くてすみませんってことだよね」
「コウキ、モノにはいろいろな言い方があるのです」
 頭を下げた状態のヴァンに軽いチョップをくらった。
「いてっ」
「まったく……仕方の無い人たちですね……
 わたくしは何もしていません。
 この街を発展させる為に皆さんにお力添え頂いただけの事です」
 それが凄いのに。
「さすがですファーナ様!」
 俺が最敬礼九十度で言う。
「素敵ですファーナ様!」
 習ってアキが頭を下げる。
「尊敬しますファーナ様」
 面白そうだと判断されたのだろう呼び方を変えてヴァンも来た。
「才色兼備ですファーナ様!」
 傍観していたキツキが俺の隣にきて最敬礼。流石だ。
「太ももが素敵ですファーナ様!」
 タケヒトが最敬礼じゃなくてスカートを覗いて――

 バチーンッ!

 タケにビンタが行った。
「ファーナすごい!」
 たぶんビンタのことだろう。
「いいえ。凄くなどないのです。それよりもあなたの羽のほうが凄いのです」
「ティアの? 羽?」
 透明の羽がパタパタと動いた――。



 ――グラネダから数キロ離れた平地のど真ん中。
「羽? 飛ぶの? いいの? 飛ぶよ?」
「いーよ。あぁでも谷と森の方には行くな?
 あと、狩人に落とされそうになったらみんな助けろよ?」
「了解。ってか狩られるのか」
「まぁ、一度そんなことがあってな。あんまり飛ばさせない。
 なにより目立ちすぎるからな」
「確かに。つか羽? マジで? 飛ぶの?」
 俺は背中の羽を見ているがタケヒトは見えてないので妙な感じだろう。

 ドスッ

「こ゜ッ!!?」
「ごはっ!!?」

 バサァアアアアアアアッ!!

 金色の羽が広がる。
 出現の際に左右に居た俺とタケヒトはおいしく弾き飛ばされる。
 キツキ――狙って注意しなかっただろ……。
 いい笑顔で親指を突き出してるコンチクショウに中指を突き出してやった。
「わっゴメン! ゴメンね?」
「……〜〜OK、こっちは平気だ、作戦を続けてくれ……」


 バサッ!!!

 金色の4枚羽は大きく羽ばたく。
「おおっすげぇ!!」
 俺は弾き飛ばされた先から戻りながら空を見上げる。
「だろ? 飛ぶんだぜ?」
 得意げに腕を組んで笑うキツキ。
「うわっ飛んでる!」
 俺と同じく飛んでる彼女に驚くタケ。

 晴天の青空に高く舞い上がる金色の羽。
「――綺麗」
 ファーナが呟く。
 確かにそう思う。
 彼女の純粋な笑い声と踊るように空を舞う姿。



「ただ、速いなー」
 羽の風きり音が聞こえる。
 一度羽ばたくとものすごい距離を移動している。
 右へ左へ上へ下へ。
 縦横無尽に飛び回る。
「だろ。音速の壁を超えれるぞ」

 シュッッバッッフシュッッッ!!!

 そんな音がする。圧倒されて口が開きっぱなしになっていた。
 気付くとみんなの前に羽を広げて降り立つティア。
 爆風のような風が俺たちを襲う。
「うわっっっ!」
「きゃ……っ」
 砂埃から顔をまもり、多少むせながら目の前に目をやる。
「あはははっ! たのしーっキツキもやる? やる?」
「コウキがやりたいってさ」
「へ――?」

 バサ……
 ティアの羽が広がる。
 ドシュッッッ
 大きく羽ばたいたと思うと一直線に俺に向かって飛んできた――!!

「ぎゃああーーーーーーーーー!!!」

 思わず横っ飛びでかわす。
「あま〜いっっ!」
「へ!?」
 地面に足を付いていない状態で話しかけられた。
 その女の子は俺の体を両手でしっかりと握る。
「んじゃっ飛ぶよ〜!!!」

 ブワッッ!!
 羽ばたくと共に急上昇する。

「ちょ       っと          ま         あ
 お  ほ  す     っげ    いだ    い    お  と が
 わ   あ     あ   あ     ああ        あ!!!」

「すげー……声が散らばってる」
 タケヒトが呆然と空の影を追いかける。
「何時に無くノリノリだなー。ティアが今全力飛行してるぞ」
「あの……私には端々に一瞬止まる姿しか見えないのですが」
 ファーナが忙しく顔でコウキの姿を追いかけながら言う。
 それはまるで瞬間移動。
 コウキは移動を目で追いかけていたみたいだが普通はそう見える。


「お、音の壁って、あるんだね……はぁはぁ……」
「コウキ大丈夫ですか?」
「ギリギリ……まさか自分の叫び声に追いつける日が来るとは思わなかったよ。
 つか、止めろよキツキ!」
「衝撃緩衝呪詛があるから音の壁ぐらい大丈夫だろ?」
「……ティア。キツキにもやってあげて」
「うんっ! いくよっ!」
 キツキは一瞬驚くがすぐに腕を組んで笑顔を見せる。

「ティア。そんなことやってみろ。もうケーキ頼ませないぞ」
「やだーーーーーーーー!! やだやだ!!」
 膨れっ面になってティアが暴れる。
「おまっ……鬼か!!」
「ははは、鬼で済むならまだマシだと思え」
「悪魔っ! 閻魔っ! セクハラっ! この美形生徒会長様! 俺様!」
「ティア。もっかいコウキ連れて行け」

「……ケーキ?」
 涙目のティアがキツキに問う。問いなのかどうかは怪しいが。
「ケーキ」
 それに無駄に二枚目な顔を使って喜月が頷く。

 満面の笑みのティアが――こっちを向いた。
 バサァァァァ! と金色の羽根が大きく羽ばたいた。

「ま       た           お          れ
 か  よ  が       あ う    で   ひゃ    あ
 @   ¥  D    f    れ     x       ふ」

 再び降り立ったときには目が回ってまともに立ってられなかった。
 フラフラとしているとファーナが俺を抱きとめる。
「大丈夫ですか?」
 何度目の台詞だろうか。
 彼女は何時だって俺を心配してくれている。
「ありがと。うはは、たのしー……」
 彼女に、少しだけ体を預けて、目を瞑った。

 目が回る滅茶苦茶な一日が過ぎる。
 プラングルで始まった新しい生活。
 あっちの世界では無かった楽しさが――俺を包んでいた。

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