第22話『大事な気持』
――出会いは突然。奇跡的に。
今日は雨だった。
ジメジメしてて、髪の毛が横に跳ねる。
――なんとなく、なんとなく嫌な気分だった。
健康そのものだけど、吐き気がするような。
顔を洗いに水場へと歩いた。
早起き体質になった俺はこの宿で一番早くに起きる。
そして、みんなが起きるまでに何か面白いことを思いついたら仕掛ける。
あー朝ごはん作りたいな。
厨房を借りれないだろうか。
朝一の市場へ買い物に出るのも面白いとは思うのだが。
厨房借りれたら自分達の食事代は大分浮くしな。
また聞いてみよう。
顔を洗って背伸びする。
まだ日の昇らない時間……だが、雨のせいで更に暗い。
不意に足音に気付いた。
俺はそっちを振り返る。
雨を挟んだ大きな木下。
そこに――タケヒトが立っていた。
嫌な予感がした。
タケヒトの表情は暗くて見えない。
「よ、おはよう」
平静を装って俺は話かけた。
「おはよー。最悪の朝だな」
「はは。まぁ雨も必要だから仕方ないって。
で、どうしたの? こんな朝早く」
「あぁ……コウキ。オレはもう行く」
「行くって……」
「シェイルのところだ。オレはシェイルのシキガミだからな。
……何が言いたいか分かるか?」
「……あんまり」
「はははっやっぱ分かってるよなっ」
タケヒトは笑って俺に背を向けた。
「次にあったら――敵同士だ」
「な――んで……」
「当たり前だろ? オレ達はシキガミだ。役目も、分かってるはずだ」
「で、でもさっあるかもしれないだろ戦わなくても済む方法……!」
「それはあったときに言ってくれ。
シェイルの性格は分かってると思うけど容赦なんかねェ。
それでもオレはアイツと一緒に居なきゃいけねぇ。だから行く。
――お前だって、あの子と一緒に居るんだろ?」
「……あぁ……俺が守るっていう約束だからな」
「だよな。じゃ、行くわ。
『迷わず殺せ、オレもそうする』
そう言って歩き出す。
「……タケ!! 俺は――!!」
俺はその影を追って雨の中に飛び出した。
「何度も言わすな!
次にあったら――シェイルが居なくてもオレが
友達で――居たいだけ、なのに……っいつも通りの、笑って馬鹿やって。
そんなのも……許されないのかよ……!!
怒りと困惑が渦巻く。
アイツは言った。お前等――と。仲間も範疇だと。俺が守るつもりの存在を……!
走り去るタケヒトを呆然と見送り雨の中に立ち尽くす。
タケヒトは嘘を吐かない。
今の言葉にも、確かな殺意が込められていた。
雨か、涙か分からない
……少しだけ夢みたいなことを考えていた。
また一緒に友達できるなんて――都合のいいことを考えたのに。
考えてみれば当然。
俺たちはシキガミ同士で、剣を交わす者。教えてもらった。
メービィも言ったんだ会えるといいですねって。それが叶ったから――俺たちは敵同士。
お互いの神子を、狙わなければいけない。
「――本当に、不幸だよな。俺等は」
後ろから聞こえた声にゆっくりと振り返る。
「向こうの世界でも死んで。こっちの世界でも賭けるものは命で。
その命の奪い合いが友達……?
マジで馬鹿げてるよ」
「キツキ……だったら、さ――」
水場に立っていたキツキ。それとその金翼の神子ティア。
キツキの鋭い目が何時になく、真剣な表情で俺を見ていた。次に出そうとした言葉はキツキに阻まれた。
「だが、覚えておけコウキ
俺たちは敵だ。役目を果たすなら、踏み越えなきゃいけない。
倒せばいいとかそんな平和な脳みそ使うんじゃないぞ。“殺す相手”なんだ。
嫌なら逃げろ。誰にも知られない場所とかにさ。
……誰にも知られないうちに。
見捨てることが出来るのも勇気だ」
「――……やめてくれよ……キツキ、お前まで――」
雨避けのマントを被って二人が俺の横を素通りする。
ティアが少しだけ申し訳なさそうに俺を見ていた。
「この世界は優しくないぞ。お前が望む理想なんて、俺たちにはありえないんだ」
「友達ですらダメなのかよ!!」
俺は叫んでいたその後姿に。
「言ったろ。そんな理想はありえない」
冷たい声だった。
「――ここで休戦は終わりだ。
追ってきたら、殺す」
振り返らずに歩いていく。
すぐに二人は、町の道へと消えた。
何でだよ……何でだよ何でだ何で!!!
何で――――!!!
俺たちなんだよ!!?
泣いた。
土砂降りの雨の中で声だけ押し殺して天を睨みつけて――。
街のタイルで彩られた道を歩く二人。
「……泣いてるの……?」
「……雨だ。濡れて当然だろ、こんな雨……」
ぬかるんだ道を、一人走る。
不甲斐無い、悔しい。それは無念の情。それを噛み砕いて飲み込む。それでも。
「くそっくそっっっっ!!!」
別れも、突然――残酷に。
目が覚めると雨だった。
焔の巫女としてあまり好まれる気候ではないが、嫌いではなかった。
でも、今日は凄く気分が優れない。
なんだろう。涙を流す夢を見た。声を聞いた。
私はベッドから起き上がると胸騒ぎを確かめるために服を着替えて酒場に下りた――。
「おはよう御座いますコウキ」
「あ、おっはようファーナ」
そこにはコウキが居た。
まだ酒場が開店している時間では無いので
ただ椅子と机が提供されているだけの空間で一人椅子に座って天井を仰いでいた。
「……? どうしたのですか? 濡れているようですが」
「あぁ、ちょっとね〜。あっ朝ごはんには早いしちょっとフロ入って来る」
「――コウキ?」
「ん?」
「何か、変です」
「へ? 何が?」
「その、何と言うのでしょう……無理に元気に振舞ってませんか?」
「はははっんなことないよ」
「……コウキ、私が貴方の神子だということをお忘れでしょうか」
「なんでさ?」
「私に……隠し事は出来ませんよ?」
「…………」
おかしい。いつもならおどけて返すコウキが、笑顔で固まっているだけだ。
「コウキから、不穏な感じが流れてきます……その……泣いているような……」
「はは、俺泣いてる?」
「いえ……でもそう感じるのです。貴方の神子です。いつでも貴方の支えでありたい。
コウキ……話してはくれませんか……?」
私はコウキを見つめた。
コウキは笑顔。いつもの無垢な――
「……やっぱ……無理かぁ…………」
急に、不安を抱えた、見たことの無い顔をした。
すぐに困ったように笑って大したことじゃない、と言う。
何故か、苛立ちを覚えた。
私は、神子。
なのに、このシキガミは誰も頼ろうとしない。
全部、自分でやろうと。
自分で抱えようと――!
気付けば――私は泣いていた。
「な、何でファーナが泣くんだよっわわっごめんね?
「貴方が泣かないからです」
「お、俺が……?」
「コウキ、感じますか? 私の気持ちを――」
「ファーナの、キモチ……?」
「私はコウキの気持ちを感じることが出来ます。
それと同じようにコウキも私の心を感じることが出来ると思います」
「そんなの言われても……」
コウキの手を取って強く握る。その手は酷く冷たい。
「悔しいです……私は、私一人では、何も出来ない。誰も救えない」
涙を拭わずコウキを見上げた。
伝わらないなら、言葉にすればいい。それはよくお母様が言ってくれた言葉。
「私は、私の武器になってくれると言ってくれた人の支えにもなれない……
それが、一番悔しいです」
手に視線を落として、更に強く握った。
コウキの悲しさと私の悔しさが涙になって流れた。
コウキの冷たい手が頭を撫でた。
「……なに、やってんだろうな……」
彼の片方の目から――ひとつだけ涙が零れていた。
あとは、彼の意地で押し留まっている。
「……お風呂から上がったら、ファーナをもう泣かせないぐらい強くなってる。
だからもう少し待ってて……ありがとう」
そう言って私から冷たい手を離すと歩いて行った。
私はそれを見送った。
私は人知れず――彼の為に泣き続けていた。
俺の代わりに泣いてくれたファーナ。
――嬉しかった。
でも、そんなことをさせてしまった自分が不甲斐無かった。
何で殺すなんて簡単に言うんだ。
理由を思い出した。
ファーナを、守ると。
気はしっかりしてるけど、力も無くて女の子らしい彼女を。
表向きはしっかりしてるけど、世界を前に涙するあの子を助けようと。
そうすることにしたんだ。
俺が自分で決めたんだろうが。
俺の有り方を思い出した。
俺自身はあんまり頭のいい生き方はしていない。
思ったように生きているだけ。
だったら、
そういう流れを作ればいい。
そうだ。そうだっ!
全部、俺流に巻き込んでしまえっ。
壱神幸輝流はオールハッピーオールコンプリートをモットーに日々精進しております!
悩むだけ無駄だ。
いつだってそうだろ。
やるしかないんだから――!
サバッと湯船から上がってとりあえず仁王立ちを決める。
……!
…………!!
寒い!
とっとと出よう!
「ふぃ〜〜いーお湯だった〜」
ここの地域は地下水があるらしく、コツコツと湧き上がる水を焔の術印で温泉にしているらしい。
宿に泊まっている人は入り放題って言うのが素晴らしい。
ホクホクとさせた体と心で俺は酒場へと向かう。
「おはよ〜〜みんなっ」
とりあえず、最初の犠牲者になる仲間達に今日の朝の挨拶を。
「おはよう御座いますコウキ」
「おはようコウキさん」
「おはようございますっ――もう、大丈夫ですね?」
「もちっ!! ふぁぇくちんっっ!! ちくしょー」
微妙なクシャミ……もうチョット早くフロ入ればよかったかも……
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