第26話『大宇宙と恋話』
「この世界って何!?
どうやってあっちに帰ればいいのっ!?
シキガミって何!?
っていうか武器出るよね!!?」
ずいずいと迫ってくる彼女に押されて二、三歩後ずさる。
「うあーっストップ! ストォーップ!」
俺が両手を挙げてその質問攻めに降参していると彼女の神子だろうか、
彼がガッツリ口を塞ぐ。
「あーすまんせん。この子何べん説明しても聞いてくれんのですわ」
困ったようにヘラッと笑う彼には悪意は見えない。
飄々としたその姿は曲者的な雰囲気も纏っている。
そんな彼の手をアスカは乱暴に振り払うと彼に指差して叫ぶ。
「あんたの言い方はわかり辛いのっ! 胡散臭いのっ! 死ねっ!!」
「ヒドっ! じゃぁそっちのお兄さんの説明ならわかるんか?」
「ジェレイドよりマシだと思うわ。ねぇ壱神くん?」
「どーだろ。実際俺もまだまだ来たばっかりだし。
ちなみにこの世界はプラングル。ジャングルじゃないぞ? あっちの世界とは別の世界らしい。
どうやって帰ればいいのかは知らない。
シキガミって言うのは簡単に言うと神子を守るのが役目っぽい。
武器出るね。カッコよくネ?」
「ふーん……そうなんだ」
「一発で納得しやがりましたよこの子。ワイが言っても聞かへんだけやったやろ」
「胡散臭いんだもん」
ちゃんと聞いてはいたのだが信じてはいないと言う顔だ。
「ちょぉ酷くない!? なぁお兄さんこの子酷くない!?
ワイ虐待反対運動をするべきやと思う!」
乗り良く俺に泣きついてくる白髪のお兄さん。
「あー諦めときなよ。向こうの世界と全然変わってないみたいだから」
「そんな死ね死ね乱発するよーな性格でよぅ生きとったなぁ」
「死ねばいいのに」
「ほら言ったーー! ほらーーー!」
この二人面白いな。
「んで、なんでさっきの鳥怪獣に追いかけられてたのさ?」
「うん、こいつが馬鹿でね」
彼女は満面の笑顔でそう答える。
「アホ! ワイちゃうやろ! お前が仕掛けたやん!」
「違います〜っあたしはただアンタの歌に従っただけですぅ〜」
「おおおお! ワイのせいにする気か!?」
「男なら責任ぐらい持ちなさいよ」
「だってワイちゃうやん! ワイ歌わんと死なすって言われてしゃー無く歌ったのに!
この扱いは如何なものですかねぇ!」
「へなちょこジェレイド」
「アスカなんかーーーーーっ!!!」
……
「……どっか行ったけど……あの人」
泣きながら。
「べっつにー。アイツ信用できないし」
「…………」
涙が出そうだった。
女の子だから仕方ないんだろうけどっここまで頑なに否定され続けると凹むよな……。
ガンバレ、ジェレイド……だっけ……。
岩の陰でクスンクスン聞こえてくるがそれは気にしない方向で話を続けることにした。
「壱神くんは?」
「へ?」
「どうやってここに来たの? どうやって帰る気なの?」
どうしても彼女の質問は複数来るみたいだ。
「……えと、どうやって来たかは神のみぞ知るって感じだけど、
帰る気以前に帰れないよ?」
「またまた〜嘘だ〜っ!」
あっはっはと朗らかに笑って俺の肩を掴む。
「帰れるって言わないと死なすよ?」
なんで俺に向かってそんな凄むんですか。
背中に阿修羅像を背負って俺を睨みあげる。
「えええっ!? そんな無茶苦茶なっ!」
「だってそうじゃない! 子供の夢を踏み潰すような子じゃなかったでしょ壱神くん!!」
「それはそうだけど現実を見るべきだと思うんだけど!」
「あたしは毎日寝て起きたら実家にいるんだと思ってるもん!!」
「でもこの世界に居る限り夢でもなんでもないだろ〜?」
「夢かも知れないでしょ!?」
「なにその頑固さ!?」
「あたしの願望! あーーーもーーーいーーじゃん!! 死ね!!」
「いっぺん死んだわぃ!!」
「〜〜……ごめん。言い過ぎた……」
バツが悪そうに視線を外すと意外と素直に謝った。
――多分、彼女にもそういった記憶があるのだろう。
だから責めることはしないし、その事を聞こうとも思わない。
「いいよ。俺よりあそこの岩の陰で泣いてる人に言ってあげるべきだと思うね」
「絶対に嫌!」
哀れジェレイド……。
――岩の陰からすすり泣く声すらも消えた……。
彼女は少しだけ間を詰めて皆に背を向けた状態で小声で話しかけてくる。
「……ところで壱神くん……」
「何さ」
「あのさ、あの金色の髪の子って……」
「うん」
「彼女?」
「………………違うよ。なんていうか身分違いも甚だしいよ」
王女様とどこぞの魚の骨。あれ? 羊だっけ?
物語的には素晴らしいんだろうけど。
「そうなの? 美人だよ? ねぇ狙っちゃいなよ?」
肘でぐりぐりとわき腹をつつかれる。
こう、何だろう……! 先輩OLに弄られる新人サラリーマンみたいな……!!
「な、なんでいきなりそんなに積極的なのさ……っ」
「女の直感? あたしさっきからビシビシ視線感じるもん」
チラッと言われるまま後ろを振り返ると確かに穴が開くほど見つめられていた。
「……でもアレは違わない? なんか警戒してるっぱい目だよ」
つかそういう目すんなよファーナ。
「ちっち。にぶちんだなぁ〜。あ。もしかして赤髪の子の方に?」
「だからなんでそうなるのさ……。ファーナは俺の神子だしアキは仲間だよ」
「ふ〜ん? へぇへぇ?」
「だからっ無いのっ無いって!」
俺が体全体を利用してそんな気は無いというのを表現する。
あ゛ーーもう。
なんでみんなそういう目で見るんだっっ!
健全で健康で全開なお友達としてのお付き合いを壱神幸輝は実施しておりますっ!!!
「じゃぁそれでいいよ。でも好きでしょ?」
「好き……?」
そりゃ好きだ。
いい子だし、頑張り屋さんだし美人だし。
でも本質的な……恋人的な好きとは違わないか?
「どうなの?」
この先輩OLかなりしつこい。
絶対首を突っ込みすぎて逆に自分がそのサラリーマンに好きだっていわれるタイプだ。
は!? それは俺か!?
じゃぁありえないな!!
「……なんか失礼なこと考えてない? 死んでみる?」
「滅相も無い!」
「どう? 彼女いい子なんだけどな〜?」
「なんで友達を紹介してる風味なんだよぅ!」
「ちっち。わかってないなぁ。なんにも変わってないなぁー壱神くんっ
恋がなんたるか! さぁ答えて!」
びしぃっ! と俺を指差す彼女。
「く、くお……!?」
あ、この質問、中学でもされた気がする……!
その答えなんて、知らない。
答えがあるのかも知らない。
でも、問いがあるなら答えがあるはず。
たとえ数え切れない無限でも、無限を答えとすればいい。
「こ、恋とは…………!!!」
「とは?」
「だ、大宇宙?」
彼女は唖然と俺を見上げる。
……どんなコスモでも信じれるぜ?
ドドドドドドドドドドドドド!!!
「だっっっっからヤメロゆーたやろーーーーーーーー!」
「仕方ないじゃん!!! 可愛かったんだからーーー!!!」
本日3度目の疾走。
2度目は倒せたがコレは無理だ。
この二人はこのタッチアンドダッシュが基本戦闘方針らしい。
というか、ジェレイドのほうは関わる気も無いのだがアスカが触ってしまいダッシュで逃げる。
「いやいや。コウキのモンスター遭遇率とあわせると最強ですよ」
ある種の最悪の状態を作り出したのが今の状態ですが。
「全部と戦うのはさすがにきついですね〜っ」
涼しい顔で走るアキとヴァン。
ファーナには少しきついみたいで俺が手を引いて走っている。
「ホラホラ速く逃げないと追いつかれるぞーーー!!!」
ジェレイドが後ろ向きに走りながら俺たちに手を振る。
どれだけ逃げなれてるんだよ。
「な、なんであんなに逃げ足が速いんだろ?」
アキが先行する二人を見ながら苦笑いする。
ちなみに今追われているのはピブモブ大群。
ピブモブは非常に愛らしいアライグマみたいな目のキラキラしたモンスターで
1匹見つけると200匹は近くにいるらしい。
鼻を押すと『キュッ』と鳴く。倒すのが心痛む。
非常に臆病なモンスターで1匹だとすぐに逃げ出すのだが複数居ると仲間を呼んで全員で総攻撃してくる。
愛好家がそれで何人も犠牲になっているらしい。
あ、そろそろファーナが限界かも。
「ファーナ限界か!?」
「――っい、いえっ頑張りますっ!」
しかし速度は確実に落ちてきている。
「何何!? ファーナちゃん限界!?」
何時の間にか先行していた二人が俺たちに並んで両隣から話しかけてくる。
「い、いえっ私はまだっ!」
「ほな手ェ貸したろか! コウキ! そのまま放すなっ」
「収束:100 ライン:どっか展開! 術式:
フワッっとファーナの体が浮き上がる。
「えっ!? な、きゃっう、浮いてるっ!?」
「おおおおっ!!! すげぇ!! 凄くねジェレイド!!?」
今展開した場所が曖昧だったけど!
浮いたノーウェイト状態のファーナを引いて走る。
これならもっとスピードが上げれそうだ。
「ふふ〜んっワイはこう見えても天才術士やし?」
得意げに走る肉体派術士。
そんな彼らを置いて俺は最大速でファーナを引っ張って走る。
「ははははっ!! 放すなよファーナっ!!」
ふははは! 俺のステータス補正の力見せてくれるっ!
「は、はいっっ!」
「は、速いですコウキさんっ!」
「く……今までかなり押さえてましたね」
エスケープに成功し、俺たちは一休みのティータイムに入る。
女性陣が紅茶を飲んでいおり、男性陣はコーヒーで一服。
ジェレイドはタバコを吸うらしく、タバコの煙でワッカを作って見せたりしている。
「うはー。しっかし用意がいいねぇお茶に茶菓子ってピクニックかよ」
煙を考慮して全員の風下になるように座る気配り上手なジェレイド。
……キャラ的に意外だ。
「まぁ休憩って必要だと思うよ」
「あぁ。いいなぁこういうのは。ノンビリ寝たくなる」
確かに逃げ切ってからは長閑で山の頂上付近と言うこともあり景色が素晴らしい。
二人の話だとこの先に少し整えられた町があるらしい。
「ホントいいなぁ。アイツと二人だと休む暇ないもん」
「そりゃアスカが悪いねん」
「あたしじゃなーーいーーっ死ねっ!」
「ハーイハイ。それはむやみやたらにモンスターに近寄らなくなってから言えよー」
「あーっっだからあたしのせいじゃないって言ってるでしょっ!
可愛いじゃんっ! 触りたいじゃん!」
「確かにアレは可愛かったですねー」
「でっしょ!? ほらほら〜アキちゃんもそう言ってるんだからそうなんだって〜」
「うっさいわ主犯め。迷惑を被るこっちの身にもなれやっ」
「いーじゃん。可愛い女の子のお茶目だよ?」
「どの口がほざくかっ。いっつもお茶目に殺されかけてるんやっての」
二人は途切れることなく罵り合う。
すげぇ仲がいいな……。
「仲いいですね」
『どこがっ!!』
お約束にも二人は同時にファーナの言葉に反応する。
「仲がいいのと悪いのは紙一重なんだよ?」
「はぁ? じゃぁ仲が悪いよあたしたちは間違いなく」
「せやで。こんなんと仲良かったら世界が沈む勢いで裏返るで?」
「ホント死ねばいいのに」
「ほんま酷いわこいつ」
やっぱり息ぴったりだな……。
「……コウキ、あまり彼らに近づかない方がいいです」
「ヴァン……」
町について宿を取ると、もう日が暮れかけていてそのまま夕食となった。
あの二人は一度部屋に戻っていて居ない。
「……キツキとタケヒトの一件で分かったでしょう?
守ることを決めたのなら――戦うことが決まるのです」
真剣な瞳で俺を見る。
……わかっている。
殺す、と。言われたのだ。
親友だった二人に。同時に。
「でも……四法さんはまだ知らないじゃん」
「だからですよ。あまり情を移すと辛くなります。
……コウキ、辛いでしょうあのような別れ方は……」
……知っているのか……。まぁ、当然か。
ヴァンは皆が居る間ずっと警戒していた。
表情には出さず、準備だけは欠かさず。
あのときは一睡もしてなんかない。
あんな別れ、辛いに決まっている。
でも俺は決めたんだ。
「俺は変わんないよ。絶対」
精一杯強がって笑う。
俺の意志、俺の選択は間違ってなんかいない。
――諦めちゃいけない。
格好つけてるわけじゃない、むしろ俺は弱いから。
何かを信じてないと、きっとダメになる。
だから、意地でも俺だけは変わらないで――生きるんだ。
「……それがあなたの選択ですか」
「ああ。譲れないね」
ヴァンは溜息をついて一度天井を仰いだ。
しばらくして顔を戻すと――いつもの暖かい笑みだった。
「――それが、やはりコウキらしい。
ですが、警戒は怠らないでください」
「うん。悪いねヴァン」
部屋に向かう方からまた喧嘩の声が聞こえてくる。
「だからそんなことしないって言っているでしょ!」
「うそやん。酔ってガンガン人の部屋のドア叩きよったくせに」
「だからそれは酔ってたんだから仕方ないでしょーっ!」
あの二人はホントいつでもあんな調子なんだろうか。
「というか、まだその箱開けてなかったんですね〜」
夕食を食べ終わり、酒場の外にある丸太の切り株に座って
本日ゲットしました小箱を開けるためにチャレンジ中のところをアキに見つかった。
ファーナとヴァンはお勉強会のため部屋に居る。
アキが貸してっと手を出す。
「まてまて! 俺の偉大なチャレンジの時間なんだぞっ!
メービィに一泡吹かす大事なっ!」
連敗続きでどうしても開けたいのだが開けられない止まらない。
「メービィはそんなこと考えて作ってないですよきっと……」
「いや、絶対この難解さは俺を陥れる罠だね!」
歯を食いしばって断言する。
どれだけ力を込めても小箱は空かないのだが。
「今まさに陥ってますよ」
「…………むぅ〜〜」
それもなんだか気に食わないのでアキの手の上に小箱を渡した。
「――いつ見ても綺麗ですよね〜この箱っ」
「憎たらしいくらいあかないけどねっ」
「あはははっコウキさんだけですよっ」
「チクショウ!」
アキはクルクルと箱を見回して逆さの状態で止まった。
「あっ」
何かわかったみたいでそのままはこの底を『押した』
カシャンッキィンッ!
光が箱から溢れ、俺のポケットに入っていたカードが宙に飛び出る。
カードを光が貫くと、大きく3の表示をして、白いカードに戻った。
俺の手元に戻ったカードに眼をやる。
そしてゆっくりと視線を上げた。
「……た、たまたまですよ〜」
カードを持つ手がプルプルと震えた。
「アキのばかぁーーーーーっばかぁーーーーーー!」
「あ、こ、コウキさんっ!?」
俺の走り去る後に光る水は涙なんかじゃないっ!
その場のテンションに任せて俺は走り出した――。
全力で。
壱神くん……壱神くんかぁ……。
寝るつもりも無くベッドに寝転んで考えた。
壱神くんは何も変わっていない。
皆に優しくて面白くて。
あたしの好きだった人とは違うけど彼なりの魅力は沢山知っている。
中学校の頃少し、一緒だった時期がある。
その人懐っこい笑顔とか、いざって時には皆の中心に立ってちゃんとひっぱって行ける器量とか。
それにしてもカッコいいなぁヴァンツェさん……紳士的だし知的だし。
あの銀色の髪とかも凄く綺麗。
でも、あたしの目が確かなら…………いや、やめとく。
そもそもパーティー自体の外見レベルがすごいもん。
アキちゃんも可愛いし……あの戦うときに髪の色が変わるんだけど
その時すっごい大人っぽく見えるし……憧れるなぁ。
ファーナちゃんも美人だし。
でも性格が可愛いくて健気だから思わず抱きつきたくなるって言う武器もある。
しかも王女様? 確かに態度には威厳があってそれらしい。
「……勝てないなぁ……」
あたしは……口癖に死ねを連呼する可愛さの欠片も無い女だ。
……はっ!
このままじゃ気の多いって言うジェレイドの言うとおりじゃん!
死ねっ! あたし!
気晴らしに窓から庭を見下ろす。
「ん?」
外では壱神くんが小箱に悪戦苦闘中だ。
箱を眺めて真剣に唸って首を捻る。小鳥みたいだ。
壱神くんにはそういう少し子供っぽい所が残っている。
皆が見てちょっと和むような。
誰よりも気遣いが上手いくせに顔が可愛くてちょっと子供っぽくて。
でも、男の子らしい活発なことをする。
そんなアンバランスさが彼のキャラクター。
彼が悩んでいると助けたくなるのが人情だ。
ほら、一人。彼を助けに現れた。
わかるわかるっそのキモチっ。
彼女はすぐにその箱を開けてカードの魔法が宙に描かれた。
当の壱神くんはその親切はわかっているのだろうが
どうしても自分でやりたかったらしく涙ながらに去っていった。
「アキのばかぁーーーーーっばかぁーーーーーー!」
「あ、こ、コウキさんっ!?」
まぁ、ノリと冗談も混じってはいるのだろう。
「あっっはははっ!」
その様子に思わず笑う。
「――? あ、アスカさん」
その声に反応してアキちゃんがあたしを見上げる。
「ごめんねっ覗いてたっ!」
「いえ……わたし、謝った方がいいですよね?」
「うんんっ親切なんだもん。怒ってないよ壱神くんはっ」
そう、意地悪に対しては怒るけど、親切には怒らない。
八重くんとかにゃーくんとかと一緒に居るのを見ていると良くわかる。
あんな風に何処かへ行っても、次に一緒に居るときにはもういつも通り人懐っこい笑顔を見せている。
「でも、ちょっと心配です……」
ここからは表情は見えないが壱神くんの走り去った後を見つめる彼女。
もしかして――彼女は――?
結論はすぐに出た。
「やっぱり追いかけて謝ってきますねっ
それじゃおやすみなさいっ」
「え、あ、うん。おやすみアキちゃん。頑張ってっ」
「え、あっはいっ」
笑顔を見せて壱神くんを追って歩き出す。
コレは勘だ。
紛れも無い乙女の勘。
「恋してる……かなぁ?」
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