第27話『戦女神の微笑』
――世界が広がっていた。
無限に広がる世界の檻――プラングル。
神々の作りえるその世界は広大で無秩序に見える大きすぎる。
その中で小さく生きる沢山の人、と呼ばれる種族が生きていた。
神からすれば短い時間の中で、その命を燃やして生きる。
その命を賭して戦わねば生きられぬ世界。
その世界に漂い遥か彼方の地上を見下ろす。
風に
閉じられた目は確かに世界を見下ろし、その様子を見守っている。
4対の双剣を携えて、ラジュエラがその世界に降り立った。
何を思うのだろうゆっくりとその世界を飛び回る。
「おや珍しい。貴女が現界するなんて何千年ぶりでしたかラジュエラ」
漂う彼女に話しかける姿。
祭壇と呼ばれる神性領域で会うことは無いがその姿は似通ったものを感じる。
ラジュエラとは違い、剣は一つ。だが、その剣は肩先から足元まである長剣。
恐らく見た目には引き抜くことすら不可能な剣。
「オルドヴァイユか……まぁ、ざっと千年以上だな。
ここ2・3輪廻のノヴァは割と大人しい。降りる理由も無いさ」
それは親しい友人と話すような気兼ね無さで発せられた言葉だった。
まぁそれはそう見えるだけの話でお互いが無表情なため読み取りにくい。
「そんな貴女が降りるとは。戦争でも見にいかれるのですか?」
二人は視線を合わせることなく下界を見下ろす。
ラジュエラは答えず、ただ風に髪をたなびかせる。
「――もしかして、最近現れた聖霊クラスの者の所でしょうか?」
「……だったらどうだと?」
急にラジュエラが怒ったようにオルドヴァイユを睨む。
「いや、どうと言うわけでもありません。
……貴女らしくも無い。人間に慌てるなんて」
それに動じることも無くオルドヴァイユは言葉を続ける。
「……ふむ。そうも言うがな。アレは我々と同等にして人間……。
人間なのに見える触れる。貴重な存在だ」
「貴女も私もたまたま加護に当たっているだけでしょう?」
たまたま、と言うのは語弊がある。
彼女等は戦うことを決意した人々に自ら選んで加護に当たっているのだ。
だがそれを彼女等はたまたまだと言う。
「いや、生憎力ずくでもぎ取った加護だが」
しれっと言い切るラジュエラ。
そういうことが可能なのかと言うと可能だ。
どうしても気に入ったものの加護者と戦い、勝利することでその加護を奪うことが出来る。
それは戦乙女にしか知り得ない世界の話だが。
「そういえば前もそうでしたか。血気盛んなのは結構ですがいつか身を焼きますよ?」
「過去は振り返らぬ主義だ」
つまらないことだ。とついでに吐き捨てる。
戦乙女間では珍しくもないことなのだとその態度が表している。
「まぁいいでしょう。で、どうですかあの二人」
「あぁ。見事だ。きっと知らぬは本人ばかりだろう」
依然、視線は下界を見下ろしたまま。
「――まったく、貴女はどうしてそうも楽しそうで居られるのか……」
初めてそこで少しだけ表情が見えた。
ほんの少し呆れた様子でオルドヴァイユは溜息をつく。
「――何、双剣の戦乙女も年貢の納め時と言うことだろう」
少し憂いを帯びた瞳で俯くがすぐに元に戻る。
「もしかして――」
無表情のままオルドヴァイユが話しかけようとするが――
その話を聞く前にラジュエラは下界へと駆けた。
残されたオルドヴァイユの頬を彼女を追う風が撫でる。
「――……」
出かけていた言葉を飲み込むとその姿は空に溶けるように消えた。
風の残響だけが世界に流れていた。
「ふっっっはーーーーーーー!!!」
素振りを終えて一息つく。
スポーツドリンクが欲しいね。一気飲みしたい。
結構振っている間は無呼吸なタイプの俺。
肺に空気を吸い込むとどっと汗が噴出した。
持っている東方の剣と地精の宿る剣を腰の鞘に差し込んで溜息をつく。
ただの素振りでは力が付きそうじゃないので木を切りつけていた。
あまりに無心に切りつけるあまりそろそろ折れそうだ。木が。なんかすげぇ。
うーん……でもやっぱりこういう修行ってコーチってか師匠が必要だと思うんだよねぇ……
ただパーティーの中を見ても剣を使えるのはアキだけだしアキも双剣についてはよく分からないらしいし。
まぁ頑張るしかないなぁ……
ファーナの歌に動かしてもらうというのもあるのだが、あの歌は経験に基づいて違う動きをするようだ。
つまり、俺が今までなんとかすぐに剣の型を整えられたのは全てなんとなく体が知っている動きだったからだ。
つぅことは、だ。
やっぱり経験だ。
すぐに補えないでしょそれは。
もうチョット郊外に出てモンスターと戦うかなぁ……。
皆には勝手な行動はとるな〜!
って怒られそうだけど経験値って街中じゃたまらないんだよねぇ。
「やっぱ……夜のモンスター狩り?」
顎に手を当てて真剣っぽく答えを言う。
うへへ……抜け駆けみたいで悪いがチョットばっかしレベルアップをだな……。
「コウキさ〜ん? それはダメですよ〜」
「はぐぁ!? あ、アキっ!? 盗み聞きは趣味悪いぞぅっ!」
アキをビシィッと指差して講義をする。
「……ごめんなさい。コウキさんのお稽古終わるまで見てようと思いまして……」
「いや……まぁ恥ずかしながら稽古って程でもないんだけどさぁ……
もっと、戦いなれないとだめかなぁって思ってさ」
「でも夜は危険ですっ。夜はモンスターの活動範囲が広がりますし
実際ここに居るだけでもコウキさんは心配ですっっ」
お、俺ってそんな危なっかしいのか……。
なんとなく姉ちゃんを思い出す。
「大丈夫だって〜心配はありがたいんだけど
会えたら会えたでいいなぁと思ってここに居るんだしっ」
「だからダメですっ――……
どうしてもと言うのならわたしも行きます」
『どうしてもって言うならあたしも行くからっ!』
あー……。
見れば見るほど姉ちゃんっぽくなってきたぞ。
同じような事言うんだよな〜。
「ど、どうかしました?」
「いや〜? うちの姉ちゃんと同じ事言うんだな〜って思って」
「お姉さんですか……。わたしが?」
「まぁ……歳的にはそうなんだけどあんまりそうっぽく見えなかったからなぁ……」
「はぅっ……! そ、そんなっ」
がーんっと目に見えるように木に寄りかかって落ち込む。
「あははははっ! まぁその方がアキっぽくていいじゃん」
「むむ……それならコウキさんは生意気な弟って感じですねっ」
「ぬぅっ! 僕ほど清純潔白清廉納涼青年風少年は古今東西南北何処を探しても居ませんよ!?」
意味は分からないがとりあえず爽やかそうな言葉を並べてみた。
「……自分でそれだけ言うなら是非そうなってくださいね〜?」
にこ〜っと貼り付いた笑顔でそういわれた。
ショックだ。
「うわーんっアキが意地悪になったよぅ!」
アキはそんな俺を見てクスクスと笑う。
「ふふっお返しですっ」
「ちぇ。もぅ……意地悪な子……」
親指を噛みながら流し目でアキを見る。
「気持ち悪いですコウキさん……」
一刀両断だった。
と言うわけでちょっと町から遠めの森の入り口へ歩いた。
夜という申し分ない条件と、恐らく俺の呪われたステータス、
敵遭遇率アップが作動しているに違いない。
だって、
「アキ! 右お願い!」
「はいっ!」
瞬時に左右に分かれて敵を分ける。
俺たちはダークウルフ3匹とガムキャット2匹と蛍光スライム1匹に遭遇していた。
一対多は俺の得意だ。
剣を引き抜いて同時に襲い掛かってくる3匹に斬りかかる。
丁度2匹の間へと突っ込み回転をしながら2体を倒す。
その間に飛び掛ってきた最後の一匹は一度蹴り飛ばして体勢を整える前に止めを刺す。
――アキの方も2匹倒し終わったみたいだ。
そして俺は丁度アキと俺との中心に居た蛍光スライムを掴んで
――投げる。
「アキー! 蛍光スライムー!」
ポヨォォンッ
「えっ? きゃぁっ! なな何で投げてくるんですかぁ!?」
言いつつ振り向きざまにしっかり青眼のツルギで真っ二つにしている。
「だってスライムじゃん?」
ポヨポヨしてるんだぞ?
掴んでもヌルヌルしないタイプだぞ!?
そんなの掴んで投げるしかないじゃんっ!
――間違いなく海に行ったらクラゲを掴んで投げるタイプの人間だった。
「も〜っ理由になってないですよ〜っ!」
なんてぷぅっと膨れる。
ちなみに蛍光スライムは殆ど害は無く、一番危ないのは新月の日らしい。
なんだか術式を内包しているらしく、捨て身で爆発するらしい。
今日は月が見えているので大丈夫だとさっきアキに聞いた。
「びっくりしましたよも〜」
「今度背中に入れたげるよ」
「絶対やめて〜っ!」
「あはははは! ……ははは……はわ、あ、アキッアキッ!」
和やかな雰囲気は一転し、俺から裏返った声が出る。
「どうしまし――」
言い切る前に俺はアキの手を掴んで走り出した。
「はんぐりぃぃべあーーーーーーー!!(特大×6)」
経験は欲しいが命は惜しい。
と、言うわけで脱兎の如く走る。
しかし、夜目が利く向こうが圧倒的に有利だったみたいだ。
熊は走ると人より速くて木にも登れるらしいし。
「か、囲まれましたね……」
「いや……まさかこんな背中合わせになるなんて漫画みたいだ……」
「……なんの話ですか……?」
「……ごめん。関係無いな。どうする?」
「――わたしが、道を明けます。コウキさんはその間に走って逃げてください」
自分を見捨てろと言っているのか。
「一応聞くけどアキは?」
「なんとかしますっ」
ギリッと剣を強く握る音が聞こえる。
――そうか、今日はもうマナが――……。
……ということはアキの十字架には頼れない。
俺も剣を構えて考える。
何か、出来ることは……っせめて、
アキだけは助けたい……っ。
「却下っ! だったら俺がやった方が生存率高いな」
戦闘力じゃない。
生きようとしているかどうかの意味で。
俺を生かして後はどうにでもなれと思っているような覚悟なら、
絶対に生きる自信のある俺がやった方がマシだ。
「〜〜っでもっコウキさんはファーナを守らないといけないじゃ――」
顔は見えないが、声が震えている。
「ここでアキを守れないなら一緒だよ……!」
逃げ延びても……結局守れないなら。
自分と相手の二人の命を助けて、初めて守れたと言える。
「こ、コウキさん……」
考えろ俺……。
グルグルと唸るハングリーベア。
二歩で踏み切って、一匹なら何とかなる。
前見た動き方から考えるとあまり速くは無いが獰猛さが目立つ。
怪我をしていようと動ける限り攻撃してくるだろう。
だから、やるなら一撃。
そして多分思いっきり運よくやれても3匹が最高。
――は、どうしよう。
いや、違う……っ。
技、技があった。
くそ、炎月輪があれば……っ!
違うっ! 俺には俺の――紅蓮月が……!!
いや、まだ、足りない。
何かあるはずだ……っ
視野を広く保たないとっ。
無情にもハングリーベアが一匹飛び掛ってくる。
それを合図に全員が二人へと飛び掛る。
「く――!」
高速で脳を回転させる。
ドクンッ
恐らく俺とアキの走り出しと切り返しの速度はほぼ同じで基本的な運動能
力にも差が無いはずだから相手を混乱させながらの同じ動きをすることで
撹乱させることが可能でアキのマナ切れについては俺のマナが余っている
ことを考えればアウフェロクロスは俺の力で具現化させることが出来るは
ずですれ違いざまの一瞬のみ可能だが俺の紅蓮月は対単体の技だから残る
はお互いに1対ずつの敵が残ってしまうことで敵が引くとは限らないし攻
撃の後を狙われると攻撃に当たることを仕方なしとしてしまうが俺の速度
なら恐らくアキの位置まで間にあう――しかし無謀!
動きがスローになったようにも見える。それだけ焦っている。
ドクンッ
作戦が決まっても、伝わらなければ意味が無い。
そう、ファーナのように以心伝心しなければ意味が――……
咄嗟に、アキを木の陰に押し避けて俺がモンスターたちの中心に立つ。
なぁ、守りたいものがあるんだ。
伝わっているか――俺に、力を貸してくれ――……!!
ファーナ……!
『紅の残響を追い続ける旅人達に――』
声が聞こえた。
唐突に、でも――その想いが伝わってきた。
それは――それは。いつも聞こえていた声だ。
(コウキ――!)
その声が響くのは俺の内側。
(何処――?)
俺は此処に――ファーナ!
手を翳す。
血潮が熱く燃える。肩から掌までをジリジリと灼く。
『焔の衣装を纏いて主の歌で祝福を与えん』
焔が、両手に奔る。
いつもの炎月輪とは違う感触――、コレは……!?
『炎舞の双剣と成れ――炎月輪!!』
すでに敵は目と鼻の先に居た。
「コウキさん――っ!!!」
悲鳴のような声で俺を呼ぶアキ。
その瞬間、俺の中で
「うああああああああああっ!!!」
ハングリーベアの爪が俺に迫る。
――だが、その爪の先から一気に燃えていく。
まるでそこに壁があるかのように溶けて消えていく。
両手には炎月輪――のような感触の剣がある。
紅い陽炎で揺らいでいるその剣は俺には熱くは無いがモンスターには絶大な効果があるみたいだ。
半円の形で双剣だった炎月輪は更に形を変え、長めの双剣になっていた。
歌に従って体がその剣を疾らせる。
『一つ、紅き断層は空を斬り』
――前後に向かって大きく円を描き紅い瘴気が敵を断つ一振り目。
『二つ、その焔は地を走る』
――地面に剣を軽く突き立てると、円を描いて一回りする。
そこから紅い瘴気は草を焼きながら敵へと向かって真っ直ぐ奔った。
『三つ、故に我等に死角無し。』
――そして、最後に俺が走る。
俺自身の限界を突破しながら付いていかない視覚を感覚に代えて敵を討つ。
攻撃を体の捻転で避け、斬りつけながら走り、飛び――
もっとも最適な動作でもっとも速く斬る。
――炎月輪ではなくなった剣を振るう。
――……。
気が付けば――全てが終わって煙の中に居た。
「げほっ……」
思わずむせる。
それに反応してアキが動いた。
「コウキさんっ!? 無事ですか!?」
煙をパタパタ扇ぎながらアキを見つけ出す。
「うん……なんとかね。アキは大丈夫? 燃えてたり焦げたりしてない?」
結構配慮したような無差別だったような。
あの紅い瘴気はまるで意志を持っているように奔ったが――なんなんだろうアレは。
「燃えてませんっ! それに、今のは……!?」
「あぁ……ファーナが来てくれたみたい」
歌が聞こえたし、あの感覚はそうだ。
「やっぱり……シキガミの……」
「そうみたい。来て、多分こっちにいるよ」
言って俺は元来た道を引き返していく。
「…………」
「いや、ほんとすんませんでした! はい。あの。すんません!」
謝るとは誠意をみせることだろう。
無言で道に立つファーナを見つけると無表情で俺達を睨みつけてきた。
勢いつけて土下座したため盛大に頭を打つがファーナは無反応だ。
誰も突っ込んでくれないっていうのが悲しい。
「…………」
「マジで無視は勘弁してくださいっ申し訳御座いませんでしたっっ!」
姿勢は変えず謝る。
相変わらずファーナは言葉を出さない。
「…………っ」
「ご、ごめんね? 別に抜け駆けとかじゃないよ?」
アキも同じ姿勢で謝ると仕方無いと言った風に口を開いた。
「…………何故私に相談無く行ったのです?」
妙にドスの利いた――というか搾り出したような声だった。
「……ファーナはヴァンに方術習ってるのに俺だけサボってるのは良くないなと思ってさ。
結果アキを巻き込んで此処まで来たのは俺のせいだよ。アキは関係ないから」
「そんなっわたしもコウキさんを止めませんでした…だから同罪ですっ」
俺たちはファーナを見上げる。
その凛とした赤い瞳は俺達を見つめている。
「――はぁ、コウキ、アキ……私は別に裁く気などありません。
私は私の勝手で怒っているのですから。
言っているでしょう? 私には貴方しか居ません。
貴方達が居なくなると私はもう先に進むことが出来なくなります……っ
でもそれ以上にっ……
……とてもっ……とても心配しましたっ」
本当に悲しそうに――泣いた。
アキと顔を見合わせて頬をかく。
彼女は純粋に、俺達を心配してくれていた。
「ごめん……ゴメンねファーナ」
アキが立ち上がってファーナを胸に抱く。
ファーナはそのまま小さく泣き続けた。
――まだ、また。
俺はファーナに守られた。
無謀すぎたんだ。自分一人ではまだまだ何もできちゃいない。
くそ――やっぱりまだ……力が欲しい……!
守るための――力がっ!
空の上で――戦女神が笑った――。
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