第28話『女装と酒と懺悔』





「イーーーーヤーーーーーだぁあああああああああ!!!」
「コウキ。たまの休養日ではありませんか。良いではありませんか」
ニコニコニコニコと貼り付いた笑顔で俺の服を引っ張るファーナ。
酷く楽しそうだ。
酷く。……目が笑ってない。
「どんな理由だよ! ヤダよ! 恐いよ! たぁぁぁすけぇぇてぇぇ!」
全力で蝉のように木に張り付く俺。
何でだよ!
何でナンだよ!
なんで異世界に来て……!!
俺は視界の端に見える旗を睨む。



『シルストリア名物! 仮装大会! 〜女装コンテスト〜』










いやだぁあああああああ!!!










何なんだこのイベントは!?
俺を陥れるための罠か!?
罠なのか!?
ふッ!
甘いがそんな見え透いたものに引かれるほど俺も馬鹿じゃないぜ!
「コウキさんの女装って絶対可愛いですよ〜」
煽るなぁぁ!

「ワイも一緒に出たるって〜行こうや〜」
ジェレイドが無駄な付き合いの良さを発揮する。
頼むやめてくれ!
「ほら壱神君行っちゃいなよ〜絶対トップ取れるってっ!」
続いて当時の俺の姿を見たことのある四法さんが俺を推す。
あぁやめてくれ!
「だからいやなんだよぅ! 俺のプライドとか世間体とか色々あるんだよぅ!」
「是非捨ててください」
ヴァン〜〜!! 俺の人権無視っすかっ!?

「賞金でますよ?」

ビクンッ!

全身が痙攣するように反応した。
バカ……! 動揺するな……っ!
「あーほんとうですね。結構な額ですよ1万Rって」

ズル……!

木から少し滑り落ちる。
「どうせここは明日には出発していなくなりますし……」

スルルル……!

更に下へと滑る。
そのタイミングでガシッと女性陣に捕まった。
「お化粧からですね〜」
アキがコウキを木から剥がすとズルズルと3人で引きずっていく。
「道具はあちらで借りれるようです」
登録してきますねっと楽しそうに言う。
「あっ服の貸し出しもしてるって! 見に行こーよ!」


「女って恐いなぁ」
ジェレイドはガンバレ〜と手を振る。
「同感です」
ヴァンも同じく何かにうち負けたコウキを見送り、後を追った。

























「こ、コレは……!!」
ヴァンが驚愕の表情を見せる。
ある程度の想像はしていたもののそれを遥かに凌駕していたのだ。
思わず冷静なヴァンが生唾を飲む。
「コウキっちホンマに男やったかいな……?」
開いた口が塞がらないジェレイドが呆然とそれだけ口にした。


「泣くぞチクショウ!!」


結果、コレだ。
「凄い……! 傑作だわっ! 中学のときなんて遊びだった……!!」
四法さんが目をきらめかせて拳を握る。
「あ……ぁ……っコウキ……私女性として貴方に嫉妬します……」
ファーナは頬を染めて俯く。

「きゃーーっかーわーいーーっ!」
アキがギューっと俺に抱きついてきた。
こう、胸とか当たっていい感じなんだけど俺の格好にテンションがマイナスの限界を突破している。


頭を動かせば長い黒髪が流れる。
赤を基調にしたドレスに色々詰め込んだ胸がきつく縛られる。
――な、泣きそう。
「かわいい〜っ!」(−1)
「かわいいですよコウキ!」(−2)
「やっぱ可愛いよ壱神君っ!」(−3)

俺の中のテンションギアが更に3つ下に下がる。

「かわええなぁ確かに」(−4)
「ええ。間違いなくかわいいと言えます」(−5)

もういやだ……。
ダーっと涙が頬を流れる。

「そんな落ち込まないでくださいよっこんなに可愛いのに〜」(−6)
「そうですコウキ。今はその可愛さが武器ですっ」(−7)
「あーっこんなに可愛いなら前ももうチョットあたしが手を加えれば……っ!」(−8)

死にたい……。
何かが俺の中で風前の灯だ。

「この可愛さなら間違いないですよ」(−9)
「ホンマかわええなぁ……男ちゃうやろ?」(−10)


風前の灯だった火が――バケツの水によって完膚なきまで消された。






















「うがああああっ!!!」
「うわっ! コウキが切れたっ!」
ジェレイドがうっひゃぁ〜なんて声を上げる。
「うっさーーいっ! ジェレイド! さっき付き合うって言ったよな!?
 やるって言ったよな女装!?」
「は、はは? なんのことやっけな?」
俺はビシッとジェレイドを指差す。
「アキ! 捕まえて! ――ついでにヴァンも!!」
「な――!?」
瞬時にアキが二人の腕を取って鏡の前に座らせる。
その後ろで化粧道具を持ったファーナとアスカがニヤリと笑う。

「うははは旅は道連れじゃ〜!」
「ちょぅ……マジやめ――あ、アスカッそんなところ触らんといて!」
「リージェ様っ!?」
「さぁヴァンツェ。あまり動かないでください」
「あ、わたし服を見繕ってきます」
それぞれテキパキと役割をこなしていく――。




「まぁ……アンタはどう頑張ってもこれが限界よね……」
アスカがジェレイドに溜息をつく。
元々痩せ型だが、焼けた肌と筋肉のゴツゴツとした感じはどうも雄々しく見える。
だがそれは長袖の服で隠し、スタイリッシュに仕上げられている。
「うっさいボケぇ! ワイは好きでやっとるんちゃうぞ!?」
「俺だって好きでやってねぇーっ!」
「まぁまぁ二人とも……今日のひと時の話ではありませんか」
ヴァンツェは見事に美人エルフに仕上がっている。
眼鏡が妙に危なっかしい雰囲気を醸し出す。
女性陣は部屋の隅で清々しい顔で俺達を見て満足げに頷いた。
一仕事やりきった感で満たされている顔だ。
「それではそろそろ開場ですね。3人とも頑張ってきてください」
ファーナが無邪気に3人にエールを送る。

「うへーい……」
「へーへー……」
「……はぁ……」
3人はノロノロと開場へと向かった――。






















会場は特設町の端の広場を使って、結構な規模で行われていた。
出店や見世物があり祭りとしては十分な規模。
その中央を飾るステージでその大会は行われていた。

『さぁ!! この大会もいよいよ大詰め!!
 この大会を制するのはどちらも新人の二人……!
 登場していただきましょう!! 黒髪の貴婦人――!!
 コウキィィィ・イチガミィィィィッ!!!』

「どもーどもー不愉快ですーどもー」
どうせ聞こえないのでぶっちゃけながら実にやる気なく手を振る。
誰が貴婦人だコラ。

『対するはエルフの女神!!
 ヴァンツェ・クライオーーーーーンッ!!!』

ヴァンも無表情に手を振る。
だがそれだけで歓声が会場を沸かせた。

「あいつ等すげぇなぁアスカ」
「アンタへタレねぇ……」
予選敗退したジェレイドはすでに普通の服に戻っていた。
「うっさい。エロティカル賞もらってきたやろ?」
「余計不名誉じゃない……」
はぁ……と溜息をつく。
「来る所まできてしまいましたね……」
アキが二人を見上げる。

キャーキャーと歓声が響く。
その中で微妙にやる気の無いコウキが引きつった笑みを見せていた。

『それでは最後に一芸のご披露をお願いします!!』

司会から勢いよくその言葉が発せられる。
んなもん無いんだけど……とコウキが心の中で言う。
「あーヴァンから行って」
「よろしいのですか? それでは」
そういって舞台の前に出て手を翳す。

――無詠唱、では無く神言語だろう。
太陽の光りを遮るように上空に氷の壁が出来た。
そしてその手が裏返り――指がならされる。

パチンッ!

途端、粉々にその壁が割れ、会場に降りそそぐ。
――それは、綺麗な虹を作り出していた――。
何も言わずペコリと礼をしてもとの位置に戻る。

『ぶ……ブラボォォーーーーーー!!!』
司会の声と共に会場が沸く。


……オイ。勝てる要素ないじゃん?



入れ替わりで舞台の中心に立つ。
――マジで、何すればいいのさ……!?
皆の視線が俺に集まる。冷や汗どころじゃない……!
やめてくれ、あんな並外れた事、俺には出来ないんだって……
頑張って〜! と何処からか声が聞こえる。
アイドルの卒業コンサートかよ……
会場がざわざわとざわめきだす。



半ば諦めかけたその時、喧騒に混じる歌を聞いた。
両手に熱が宿り紅く光り始める。
「――はぁ……お節介だな……別にいいのに」
だって俺が優勝しようがヴァンが優勝しようがもう同じだというのに……。

俺は迷わず、二つの円を取り出した――!!

会場から驚きの声が聞こえる。
体を捻ると右手の炎月輪を左周りに、左手の炎月輪を右周りに会場を一周させる。
紅い軌跡を引いて、会場を回ると俺の手に戻ってくる。
両手にそれを掴んだ瞬間、赤い軌跡の上に文字が描かれ、白く光る。
広げていた右手を折り曲げ、礼をすると炎月輪が俺の手から炎と消え――
同時に、

シュボゥゥ!!!

会場の夜用の松明に爆発するように火柱が上がった。


『な――何と言うことでしょう!!!
 先ほど飛んだあの武器が松明に火を灯したーーーっ!!?』

同じく大歓声が上がる。
ふぅ……。
俺はもう一度礼をしてもとの位置に戻った。
パチパチとヴァンも拍手をくれる。





















『優勝はコウキ・イチガミィィィィーーー!!!』






























「おめでとう御座いますコウキさん!」
「おめでとー壱神君!」
「コウキっ! おめでとう御座います!」
酒場で盛大に祝勝会が行われる。
当の俺は机の上に体育座りをしていた。
「も〜優勝したんですからいいじゃないですか〜」
「なんか……もう俺のいろいろなものが……」
無くなったと言うか……壊れたというか……。
こっちに来れば女装するなんて無いと思っていたのに……!
浮かれモードの周りを無視して一人シクシクと体育座りで転がりまわる。
町を歩くと女装の人だ〜と指を差されるのだ。
勘弁して……。
「ち、ちなみにヴァンさんとは1点差だったらしいですよ?」
ふぅっとヴァンが溜息をついた。
「ま、ええ線やったのに惜しかったなぁ?」
「いえ、コウキに優勝していただかなければ本末転倒ですから」
「誰が勝っても良かったよ!」
真剣にそう思う。俺以外なら誰でも。
「エロティカル賞は黙ってなさいっ」
「うぃ」
楽しそうな笑いのままジェレイドは口を閉じる。
「俺が優勝、ヴァンが準優勝……ジェレイドがエロティカル?」
「審査員がその場でつけた特別賞だってっ! 壱神君まだマシな方よ?」
うーん……確かにエロティカル……


「えええい! もう何でもいい! 忘れる! 酒ください!!」
テーブルからコロンッと転がり落ちてイスに座る。
自分でも強行手段だと分かっているがこの理不尽さは耐えられない。
あぁ、ちなみにこちらに未成年やらなんやらの区切りは無いみたいで、
特に冒険者と言う人は年齢関係なく飲むようだ。
たがが外れた一日ぐらい大丈夫だろう。

「おっ!? あの頑なに酒を拒んでいたコウキがついにデビューかいなっ!?」
付き合うで〜と俺の座ったテーブルのイスをガタガタと引くジェレイド。
「……そうですね。私も付き合いましょう」
同じく俺の向かいにヴァンが座る。
ただ、ヴァンは飲んでも酔っているような素振りを見せた試しはない。
きっといい具合で止めてくれる――ハズ。
もう一つとなりの机をくっつけて、やっぱり全員で祝杯ということになる。
つまみと酒が目の前に並ぶ。

「んじゃ! エロティカルに乾――」
「んな乾杯せんでええ!」
「んじゃ俺の――優勝に!!」
涙が溢れそうだった。
『乾杯っ!!』

カキンッ!

6つのグラスが甲高い音を立てて交差した。




































「うはぁ〜くらくらしゅる〜」
呂律が回っていないコウキを連れて階段を上る。
「コウキ、大丈夫ですか?」
飲んだのは最初の1杯だけなのでもう酔ってはいない。
ジェレイドは飲みすぎで潰れ、先にアスカが部屋に連れて行った。
「らいじょうぶらいじょうぶ〜! あはははは」
大丈夫じゃないコウキが頼りない足取りで歩くのを支える。
何がいけなかったのかと言うとヴァンツェと飲み比べなんかするから……。
しかし、今日は悪いことをしてしまった手前もあって強く止める事が出来ず……こうなってしまった。
ヴァンツェは表情を変えず、酔っていないのかと思うと――
イスから立つ前にこけたり、問いかけても何も答えなかったりと盛大に酔っていたのだ。
それはアキが付き添って部屋まで連れて行っている。
――……まったく、男性と言うのは限度と言うものを知らないのでしょうか……。

部屋に到着し、コウキをベッドへ連れて行く。
もう半ば引きずっているに近い。
「んっ――しょ。ふぅ……コウキ、着きました――よっ!!?」

バサッ……!

コウキと一緒にベッドへと倒れる。
「あ、わっ!? コウキっ!? は、離して――」
心臓が弾ける……っ。
「ん――? ファーナ……?」
コウキの顔が近づく。
甘いお酒の匂いがするコウキ――。
「――っ……!?」


「ごめんな……」
完全に私を押し倒していた状態から少し体をずらす。
「い、いえっ大丈夫ですっっ」
体を起こそうとすると、コウキに頭を抱きかかえられる。
――っっまた、心臓が高鳴る。
壊れるんじゃないかって思えるほど。

「――また、助けられた、ゴメンな……ホント――俺だけじゃ役に立てなくて……っ」

――恐らく、彼が懺悔しているのは昨日の夜のことだ。
それが分かって私もコウキの体を小さく抱く。
「……許しません……何度謝られても、絶対に」
「……ゴメン……」
彼は謝るのをやめない。
「だからダメですっ私は――コウキが心配ですっ忘れないでくださいっ


 貴方は……っ私にとって一番大切な存在なのですっ……!」


その胸に顔を押し付けて、そう言った。
恥ずかしさで顔が真っ赤だというのが自分でもわかる。



「…………くぅ……」






「は、はぁ〜〜〜……」
助かったと思う気持ちと残念だと思う気持ちが複雑に交差する。
そんな自分に気付くと弾かれるようにコウキから離れて部屋を出た。

「……ファーナちゃん……」
「……っ!? あ、アスカっ!?」
そこには遠い目で私を見るアスカの姿。
心持恥ずかしそうに俯いて次の言葉を口にした。
「やっちゃったんだね……?」
自分で言って頬を染める。
「なな何をでしょう!!?」
「……髪と服……直した方がいいよ……?」
バッと自分の服を見ると襟が乱れてボタンが一つ開いていた。
恐らく、コウキを引きずっていた辺りで開いたものだ。
髪も寝て起き上がったため乱れているのだろう。
「あああっのっ! か、勘違いですっっ」
色々手を動かし整える。
「大人の階段の〜ぼる〜キミはまだ〜ツンデレラさ♪ あれ? 違うかな……」
何か知らない歌を歌いながらアスカは自分の部屋へと去っていく。
「勘違いですーーっ!」
「――うん! ごゆっくり〜!」
極上の笑顔で頬を染めながらそう言うと、パタンッ! とドアが閉められた。


うぅ……誤解を解くのは大変そうです……。

一人、宿舎の廊下で呟いた。

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