第29話『無力と決意の力』




祭壇へと繋がる聖域は、グラネダだけじゃない。
他にも聖域を備えた教会は数多く存在するし、
探せば森の奥や洞窟等も聖域になることがあるそうだ。
女装騒動から1つ町を移動してイストという湖畔の町。
シルストリアと比べるとだいぶ静かなイメージの町だ。

「この町で有名なのは湖畔の中心に聖域がありそこに神殿を建てていることです。
 わたしも昔、何度か巡礼で訪れました」
ヴァンツェ・クライオンは昔大神官で、いくつもの街や村にある神殿を巡礼してまわったそうだ。
大陸全土の聖域を行くには何年もかかり、その壮大さを思わせる。
と話を聞くと当然聞きたくなるのが――。

「……あのさ、ヴァンっていくつ?」

だ。
今までなんでしなかったのかと言えばそういう雰囲気だったからだ。
「……聞きたいですか?」
妙に含みを持たせてにっこり笑うヴァン。
眼鏡がキラッと光る。
「聞きたい」
「どうしても?」
眼鏡を上げて鋭い目でコウキを睨む。
「どーしてもっ!!」
コウキは負けじと身構えて言い放つ。
観念したのか溜息を吐いてヴァンツェは腕を組んだ。
「……そこまで言うのなら教えましょう。私は齢」


ドォォオオオオン!!!


「なのです。二度は言いません」
眼鏡を再度上げて道を歩き始める。
ヴァンの後ろ側の道が丸く抉れていた。
「おいアスカ、いつもの突っ込みはどうした?」
ニヤニヤと笑うジェレイド。
「死ね。あんたがやってみなさいよ」
アスカがそう一蹴して一行は歩き始めた。

年齢不詳は継続するらしい。



聖域、か。
メービィにもしばらくあってないしな。行ってみよ。
と言うことで神殿に向かう。
神殿に行くには、湖畔にかけられた橋を渡るみたいだ。
湖の水面から4、5mほど高い場所を通る橋を渡る。
石造りで趣があり、心なしかファーナが上機嫌だ。
そういえばグラネダの神殿もこんな感じではあったなぁと思い返す。
泉の水は綺麗で、底が透けて見えた。
すげー。
あ、魚。最近、丸焼きにして塩を振って食べる美味さに目覚めた。
水が綺麗だし美味いだろうなーとか思いながら歩く。

「コウキ、あれは何ですか?」
「へ?」
ファーナが指差す方を見ると水の中に赤いものがゆらめいでいるのが見えた。
「なんだろ? カニ?」
いるのか? キミなのか沢蟹……。
「はははっ潜って確かめてきてみるかコウキっ!」
「うわっやめろよっ押すな〜っ」
ジェレイドが冗談でぐりぐりと頭を押してくる。
「やめなさいっ貴方はコウキに――」
ファーナがソレを止めに入ってその手を払おうとする。
「おっとぉ」
さっとソレをよけてポンと軽くファーナを押すジェレイド。
「え?」
よって、俺を押したのはファーナと言うことになる。
「うおおおおおっちゃっちょっ……!!!」


分かってたけどねーーーーーーっ!


ドバーーーーーーンッッ!


ごはっ……!
淡水は体が浮かないんだったっ……!
意外と浅かったようで足をつけると顔が丁度出るぐらいだった。
「なにすんだよーーーっ!」
「あっはっはっは!」
睨む俺を無視して大爆笑するジェレイド。
チクショウ。足を掴んで引っ張り落とすこともできないのが悔しいな。
「も、申し訳ありませんコウキ……! 何を笑っているのです貴方はっ!」
「なんでもないでぇ? ほらほら、ファーナちゃんも行っといで〜」
「え!? きゃっ!?」

ザパァァンッ!!

「ほぅらいくでアスカー!」
「ええええ!!? いやっやめ……っっあぁっもう! 死ねーーーーーー!!!」

ザバーーーーーンッ

「ほんならワイも〜」

チャプンッ




「あははっ何がしたいんでしょう?
 っていうかジェレイドさん妙に綺麗に飛び込みましたね〜」
目の前の光景に笑いながらアキがヴァンに問う。
「………………恐らく、伝説でも追いかけるんでしょう」
下を覗き込むとジェレイドが他の3人にポカポカ叩かれて沈んでいた。
「アキーー! アキもヴァンも来いよぅっ! ずるいぞチクショウ!」
「伝説? いいです〜! 4人で楽しんできてくださ〜い!」
手をふって誘われているが丁寧に断る。
4人は何かをジェレイドから聞くと湖へと潜っていった。

「このイストの水の神殿の湖には、1匹だけ赤い魚がいます」
ヴァンが指差すのは赤い揺らめきが見える湖の一点。
ちなみにアレは魚ではなく、魚を寄せるための目印だ。
「赤い魚ですか?」

「ええ。本当になんてことはない伝説です。
 赤い魚を釣り上げた青年は魚に逃がしてくれたら願いを叶えてあげようと言われ、
 魚を逃がしました。
 すると彼は富を得て、恋人ができ、幸せに暮らしたといいます」

その後は容易に縁結びになっていったことは想像できるだろう。
「なるほど……それならわたしもちょっと興味ありますね」
ちょっとその言葉が意外だったのか驚いた顔でアキを見る。
「……あるのですか?」
「いえ、願いが叶う――っていうんじゃないんですか?」
なるほど、と少しだけ笑うヴァン。
「そうですね。ですがあのように飛び込まなくとも
 青年のように釣り糸を垂らしているだけでいいのかもしれません」
そういうと石橋を歩いて進みだす。
あまり意図が汲み取れず首を傾げるとアキもそれに続いた。



「うほぉ! すっげぇ! 喋れるよこの水!」
「本当ですね……水だと思っているとただの水なのですが……」
「な? すごいやろ?」
「なんでアンタが得意げなのよ。ムカつく〜死ねばいいのに」

4人は水の中を進み赤い目印を目指していた。
「アレはなんなの?」
アスカが赤い印を指差す。
「アレは魚寄せやな。赤い魚は1匹しかおらへん。
 やから同じ赤いものがあると寄ってくるんやって」
「ははっでもそんなうまいこといかないんでしょ?」
コウキが水の底に足をついて歩き始める。

この水は不思議だった。
空気と一緒に触れていると水として存在する。
潜って水だけの存在になると空気と同じ働きになるらしい。
つまり水中でも息が出来るのだ。
水圧も殆ど無く、泳ぐことも出来るし歩くことも出来る。
「面白いな〜! ははっおっ! 魚きゃっち!」
魚に飛び掛って見事にキャッチする。
「楽しそうですねコウキ」
コウキの肩に掴まってふわふわと浮いているファーナ。
体重も水の抵抗も殆ど感じないので邪魔にはならない。
「うんっ楽しいなっ! コレ3枚におろして刺身にしたら美味いって!」
「あっお刺身いいね! 刺身醤油とかわさびってあるのかな?」
古き良き日本の文化について語る二人。
それが懐かしい会話になるとは思っていも居なかったが――懐かしい気分になれた。



「ついたでー」
赤い目印は石に施された装飾。
赤い布が魚の形に縫われて石に紐で巻きつけてある。
「赤い魚は――」
皆でぐるっと辺りを見渡す。
赤い魚自体はこの辺が縄張りらしくすぐに見つかるんだそうだ。

なんとなくキョロキョロしていると、後ろからつんつんされる感触を感じる。
ファーナか? と思って振り返るとそこには真っ赤な魚が居て、俺にツンツン体当たりしてきていた。あ、そうか。俺の服が赤いからか。

「あ! 見つけたぁ! 俺の晩飯ーーー!!」
コウキがガバッと泳ぎだす。
ファーナも同じく引っ張られてついていく。
「阿呆! 食うなコラぁ!」
ソレを追ってジェレイドが泳ぎだす。
「あ、まってよー」
その水の基本性質を生かせば直線運動は楽になる。
無意識にアスカは水の底を蹴って泳ごうとする。
「――!?」
意志を汲む水は切り替えが早い。
底を蹴った瞬間に泳ごうとすれば抵抗ほぼ無しの水中を爆進するのだ。

そう、感覚は月面。能力は『シキガミ』。

「きゃあああああああああああああ!!!?」

「うお!? アスカぁ!?」
「うわっ! はやっ! すご!」
「あ、アスカさん!?」
「たーーすーーけーーてーーっ!」
そのまま吸い寄せられるように水面へと上昇する。

ザパーーーーンッ!!!



「いや、お見事」
普通に感心した口調で手を叩くジェレイド。
「まさかそこでキャッチされちゃうなんてなぁ」
ちぇーっと口を尖らせる。
岸辺に上がってその捕まえちゃった魚を確認する。
鯛みたいで美味そうだった。
どさくさの中でたまたま袋に入ってしまった魚を持って頭を掻く四法さん。
「えと、アタシ別に……食べる?」
「賛成!!」
バッと手を挙げて賛同する。
「おい! お前もか! お前もなんか!!」
びしぃ!と左手がアスカの肩に決まる。
「冗談。はい。ファーナちゃん」
「私に?」
あまりことの話を聞かされていないのだろう首を傾げるファーナ。
ちなみに俺もあんまり聞いてないけど。
そんなファーナを見て近くによると何かごにょごにょと囁く。
「そ、そうなのですか?」
「らしいよ? あのバカによると」
バカとは失礼なーと笑うジェレイド。
「に、逃がせばいいのですか」
袋ごと受け取るとその魚を水につけて放す。
魚は水中を滑るように離れていくと水面で一度だけ跳ねた。

「えっと、逃がした人の願いが叶うんだよなぁ確か」
「そやで〜」
ジェレイドがニヤニヤとファーナを見る。
少し膨れたような顔になってファーナは視線をそらした。
「ふ〜ん? 何かお願いしたの?」
「…………秘密です!」
何故か拳を握って身構える。
どうしても知られたくないらしい。

結局何度聞いても不意を突いて聞いても教えてくれなかった。





ずぶぬれのまま途方に暮れていると
ヴァンがそのまま来れば大丈夫だというので神殿へと歩いた。

もちろん途中で一度ジェレイドは落としてきたが。

祭壇への扉は、水の中だった。
神殿は光を集めるための建物で、石が光を集め鏡で反射している。
その光り全てが部屋全体を明るく照らし、暗いはずの水中への道を照らしていた。
「――すげぇ。なんか、明るいけど眩しくないというか……」
「優しいですね。この光りは……」
常に扉への道を照らして、キラキラと水面が光る。

「此処は古き知識人が作ったとされる神殿です。
 円形になった石造りの建物は、特殊な石で光含石と呼ばれる岩を砕いて作られたものです。
 名前の通り外側の部分で光を集め内側の部分で発光します。
 光は強く無く、それでも十分な光りを持ってこのように照らすのです。
 太陽が沈んでからも光を保つことができて、
 この辺りではランプの代わりに使われていたりするようです」

「へ〜」
幻想的な光の中を歩いて水面へと向かう。
どうせ濡れてるしとっとと行ってしまおう。
階段の手前が一番明るくなっており、その光の中に踏み入る。

ふわっと体が軽くなった。

「あれ……? 服が乾いた?」
「そこには法術陣が書いてありますね。
 その中に入ることになるんですからそこで服が乾くようになっています。
 みなさんそこで乾かすと良いでしょう」
なるほど。やっぱり皆服が濡れるのは嫌だと思ってたんだな。
乾いた服を微妙に惜しみながらもう一度水中へとつかる。

さて、今日は誰に会えるかな――っと!

扉に手を当てて、思いっきり押し開けた――。
































「ようこそ、戦女神ラジュエラの祭壇へ。待ちかねたぞコウキ」

ジャラン……。
その戦場に立つ凛々しい姿。
4対の剣8本を携えその中心に立つ。


「俺だって忙しいの〜っその日食うためにヒーヒー言ってんだぞ?」

「人間とは不便だな。食わねば生きられぬ」
ふむ、と腕を組むラジュエラ。
「人間だしね。今日は何の技教えてくれるのさー!」


「コウキ、主は力を求めるか?」


ラジュエラが体を正面に向けて対峙する。
その威圧感に気圧されそうになりながらも俺は同じく正面を向いて言う。
「――強くなりたい! 俺は……俺だけじゃ全然強くなんてない……。
 守れなかったんだ……あのとき――」
夜の森でアキを守れなかった。
もし、ファーナが歌えなくなったときに、俺はあの状態で守ることが出来ない。
「森で……守れなかった。結局ファーナの歌の力を借りて、炎月輪で倒したんだ。

 俺の剣はここにあるのに・・・・・・・・・・・……っ!」

もし、俺にある力がもっとあれば。
強くなるために森に出た。
強くなるために戦いに出た。
守りたいんだ。
仲間だと思っているあの人たちを。
願いを叶える為に戦うあの子を。
現実は無情に俺に襲い掛かり――あの場で、一度無謀さでは死んでいた。


戦女神が笑った。
妖艶ようえんに――ひたすら美しく。

「好い……それだ。まさしく剣とは己が選んだ武器のみに使う言葉だ。
 それに主の無念――痛いほど伝わる。

 ――剣を取れ!!」


ラジュエラの声が響く。
彼女の昂ぶった心に共鳴した空間がザワザワと騒ぎ出す。
剣を引き抜いて構える。
彼女も同じく、コロシアムに刺さる剣2本を無造作に引き抜いた。

――それは、俺と同じ剣。

瞬間に理解した。
彼女と剣を交えることになる。

それ以上の言葉は無く、それ以上の間は必要無く。


同時に走り出し、剣閃が舞った――。





















































ゆっくりと目を開ける。
赤い空間が広がり、一瞬だけ光が世界を構成するような残影を見た。
剣やアクセサリーなどの方の奉納物の置かれた祭壇。
赤い絨毯が敷き詰められその中心となるイスへと向かっている。
――ほのおの神メービィの祭壇。

『ようこそ神々の祭壇へ。私加護神メービィがもてなさせていただきます』

聞きなれた声が聞こえた。

「――よ、久しぶりっ!」
『お久しぶりです。
 ――……少し見ない間に逞しくなりましたね?』
何故か不思議そうな声が聞こえた。
「そう? なーんもかわっちゃいないけど。

 あれ? メービィ化粧品変えた?」

薄っすらと見える光の方向をマジマジ見ながら言ってみる。
『変えてませ……いえ、というか見えないでしょうコウキっ』
「いえー!」
ミッションコンプリートと言わんばかりに喜んでみせる。
俺はコレをやりに此処にきてる!
間違いない!
『……貴方は私をからかいに来ているのでしょう?』
「いいじゃん。ふれあいだよ。コミュニケーションさ」
ねぇ? 見えないんだから言葉遊ぶしかないじゃない?
『ふふ、本当におかしな人ですね貴方は』
「ふふん。後悔したって遅いのさっ


 んーじゃ、いつも通り質問いい?」
俺は腕を組んで光のある方に目をやる。
『――はい。貴方の持つ疑問には全てお答えいたしましょう』

その光が少しだけ大きく見えた。
「今さ、ジェレイドと四法さん……四法飛鳥っていうコンビが……

 うん。お笑いコンビがいるんだ」

考え直してもやっぱりそうだった。
『お笑いコンビですか?』
ふふっと俺の言葉に笑う。
「間違いない。まぁ神子とシキガミなんだけど、なんでか一緒に旅してる」
『……そのようですね。ファーネリアから聞いております』

「なんで戦わないんだ? いや、いいんだけど、なんていうか、ジェレイドは違うんだ」

『違う、とは?』
「今は戦うべきときじゃないみたいな事を言うんだ。なぁ
 本当に、俺達は戦わなきゃならないのか?」
仲良くなったんだ。本当に。
ジェレイドは曲者っぽいからなんか企んでるかも知れないけど。

『――「今は戦うべき時ではない」……ええ。その通りです。

 貴方達が戦うべき、となるのは、神子の天意裁判ジャッジを前にしてからです』
天意裁判ジャッジ?」
小首を傾げて光を見る。

『はい……貴方達が目指すのは神のクラス……第1位のクラスです。
 天意裁判ジャッジが第4位から始まる……そして、貴方達は8人です。
 分かりますか、この意味が』

分からない。
俺が欲しいのはその答えだ。
俺の様子を見てメービィは口を開く。


『貴方達は神子全員が第4位の地位についてからが本当の戦いになります。
 2組ずつ戦闘を重ね、一組が消え、一組がクラスを上げる。
 分かりますか? 一番難しい天意裁判ジャッジを、尤も単純な方法で駆け抜けるのです』


――そうだったのか。
やっぱり、結局は戦わなきゃいけないのか……っ。
「じゃぁ……誰かがリタイアしたら……」
『その場合は純粋に天意裁判ジャッジを越えることになります。
 ……その場合全員がリタイア、と言うことも考えられます』

純粋に天意裁判ジャッジを超えた者は本当に数人しか居ないのだとメービィは言う。

『今神子の中の誰一人として――戦う意思を持っていない者は居ません』

『歌』と言う強制権がある限り、シキガミは戦い続ける。
振られるがままの剣の如く――。

「――シキガミおれたちは――……武器アルマなんだな」
本来の意味の如く。
本来の役割に沿って。

『――ごめんなさい……貴方を選んでしまって……っ』

神様はまた、泣いている。
俺の手が彼女に届くことは無い。
今彼女に届くとしたら――



「ああああもう! 負けるかちくしょーー!!」



言葉と、キモチだけ。
ベチィィン!
といい感じの音を出して頬っぺたを叩いた。
「メービィ!」
びしぃ! っとマイケ○張りにポーズを決めて指をさす。帽子は無いが。
『は、はい!?』
何となく背筋を伸ばしたな、と思えて笑えた。

「はははっ任せろ! 俺は誰も殺さない!
 来るもの拒まず行く者追い続ける! ウザ!
 でも歌なんて無くても、皆守れるぐらいさっ!」

誓う。

イチガミコウキを嘗めるなチクショウ!









――それは、月の大きなある日に窓越しにあの子と誓った言葉と同じ。


「――強くなるよっ!」

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