第30話『思いの一歩』
――そう、想いに気付いてからは皆に後押しされることが多かった。
「そう? なんか微妙に震えてるんだけど……寒い? 風邪引いたかな?」
「そんなことはありませんっ!」
コウキが祭壇から戻って来たときには、ヴァンとファーナしか残っておらず、
皆一時解散と言うことになったそうだ。
だから皆祭壇へと入ったようだ。
神子の二人は祭壇に入る必要は無いし、ヴァンが残っていたのは念のためだ。
彼もコウキが帰って来ると入れ替わりに祭壇へと向かい、ジェレイドは宿を取ってくると町へ行った。
たった数時間だが、微妙に雰囲気の変わったコウキに驚きを隠せず、
だが何があったのか聞けないで居る。
――この世界は、新たに決意するものに、大きな力を与える。
コウキは……いつも、ただ自分の思っている最大をこなす。
それだけ想いが強く、それだけ決意がある。
私の視線に気付くと、いつものように人懐っこい笑顔を浮かべる。
――ここは、何時までも変わらないと思えた。
「何〜?」
「コウキは……何か、ありましたか?」
その意図を汲み取ってくれたのか悪戯な笑顔を見せて立ち上がった。
「何もっ! いつも通り〜」
両手を広げてそうアピールした。
その姿は本当にいつもと変わらない。
だから、騙されることにした。
「そうですかっ」
ざばっ……
水から上がって階段を上がる音がした。
――誰かが帰ってきた。
黒髪に水を滴らせて四法さんが魔法陣の上に乗る。
ふわっと一瞬のうちに光に飲まれ、水で纏まっていた髪が風にサラサラと流れた。
凛とした瞳を開いて神殿の中を見回す。
「お帰り〜」
「うん……ジェレイドは?」
心持暗い様子で俺に問う。
「宿取りに行ったよ。すぐに帰って来るって」
「そっか……」
フラフラと出口に向かう彼女。
「……? どうしたのですかアスカ?」
「ううん……なんでも――」
そのとき、出入り口に靴の音が響いた。
ジェレイドが陽気な笑顔を浮かべてそこにいた。
「おーアスカ。帰ったんか。どやった?」
ジェレイドが手を軽く振りながら歩いてくる。
するといきなり四法さんは彼に向かって走り出す。
パァンッ!!!
スピードを乗せた渾身の平手打ちがジェレイドに決まる。
「――っ!? 何すんねん!?」
「アンタ……! 何で今まで黙ってたの!?」
ジェレイドの服の襟首を掴んで彼に叫ぶ。
俺達は唖然と見守るしかなかった。
「――……聞いたんやな……どやった?」
「……っ最悪! 死ねばいいのに! ホント!!!」
うははっ……とバツが悪そうに笑うジェレイド。
「……すまん。でも――もう遅いんや」
「バカ! もうまともに……っ!!」
何かを言いかけた四法さんの口を手で塞ぐジェレイド。
「おおっっと。そっからは言ったらあかんて」
素早くその手を振りほどくともう一度ジェレイドを殴り、四法さんは俺達を振り返った。
「――ゴメンね。あたし達、もう行かなきゃ行けない……っ!」
「え、行くって……」
四法さんはカードを取り出してそれにマナを通した。
カッ! と光って魔法陣を描く。
――次の試練への、カード。
「悪いなぁ。あ、宿は左側の三日月亭な!」
ジェレイドは手を振りながら言う。
「……っゴメンね壱神君っファーナちゃん……っ!! あたし達もやっぱり……っ」
今度会うときには敵なんだと彼女は言った。
涙があった。
――それは、タケヒトに見た目と同じ決意に満ちていた。
「――またなっ!」
俺はそう言って笑顔で二人に手を振る。
意外だったようで二人とも驚いたような顔で――光の線と消えた。
残光だけが小さく残って消え、俺達はまた4人で旅することになった。
彼等に何かあるのか知らない。
曲者だったジェレイドは、最後まで自分の名前以外は伏せていたし、
最後までいい奴に見えた。
だから――少しだけ、その別れを悲しいと思った。
「大物やなぁコウキのやっちゃ。はははっ!」
「……」
ジェレイドが笑う。
何でそんなに陽気で居られるのか分からない。
「怒んなって。別にそんなもん背負って戦う必要ないんやぞ?」
「――分かってる! でも……聞いちゃったんだから放って置けるわけないでしょ……!」
それが自分の性格なんだとよく分かっている。
「……あんた、今どのぐらい見えるのよその目……」
「ん〜……天眼になって随分やしな。今はなんとか術式組んであるし一応見えるで?」
一応……か
多分殆ど見えないんだろう。
「他は……? 触覚は? 聴覚は? 嗅覚は? 味覚は!?」
今日、ラティスに天眼について教えられた。
ラティスは私たちの加護神――氷のラティス。
ジェレイドの天眼は最大のものらしい――その恐ろしさに身震いした。
全てを視ることの出来る目を持っている。
レベルも、思いも、過去も未来も全部。
その対価は、『五感』だ。
月日をかけてジワジワと感覚が削れて行き、最後には、全てを失った体が生きるだけ。
――それは、死んでいるということ。
ジェレイドの対価は寿命じゃない。
ヴァンパイアと呼ばれる一族の彼から寿命を奪うことは意味が無い。
血さえ飲めば、彼らは永遠に近い時間を生きることが出来るのだそうだ。
――だから、彼からは五感を奪うのだと言った。
――時間が無い。
ラティスの言う通りだと後数年で全ての感覚が消え、実質的に彼は死ぬ。
「……触覚はまだ全然あるな。聴覚も嗅覚も大丈夫。……味覚は殆ど無いな」
――その天眼は、ラティスとして転生するときに治るのだそうだ。
「――なんや、ホンマにえかったんか? ワイは――」
「煩い!」
そんな自分を分かっててこいつはアタシに自由を許した。
毎日皆で笑って、その一瞬を儚そうに視ていたのを覚えている。
本当にバカだ。
あたしも……っ!
目の前の道にモンスターが出現する。
もう、壱神君やアキちゃんは居ない。
あたしは背中から自分の武器を取り出す。
苛立ちに任せてそのモンスターを蹴散らす。
走って一体に矛を刺し、ソレを軸に大きく体をモンスターたちの後ろにやる。
そのまま空中で体を大きく捻り双矛の刃で空の敵を同時に切り裂いた。
着地する場所に待ち構えていたモンスターに矛を刺し更に体を捻って最後の一体の攻撃をかわす。
最後にモンスターから矛を引き抜くと、そのモンスターに向かって投げた。
「……わお、さっすがシキガミ様」
「だからうっさい! 死ね!!」
アタシの言葉に溜息をつくと軽い足取りで歩き始める。
「――あぁ、そーや一つ聞いてええか?」
手を頭の後ろにやってニヤニヤと笑う。
「……何?」
「何で今頃やる気になってくれたん?もうしばらくあのままやとおもっとった」
そう言って更にニヤニヤ笑う。
――その理由を思い出して、アタシは赤面する。
「――知るかぁ!」
ぶんっと叩くために手を振るが軽がると避けられる。
「あははは〜ワイ、天眼やから見えるなぁソレ」
「視るなバカ!! 死んじゃえーーーー!!!」
初めてこの世界に落ちたとき、その眼を酷使してあたしを助けた彼だから――。
不覚にも……そのときから多分――彼を好きだから。
あたしは、彼を助けるための武器であるべきだと思っている。
「俺、思ったんだ」
深刻な顔で宿のテーブルを囲む。
いつもの騒がしい二人は、もう居ない。
「俺達も、グラネダに戻るよりカード使った方が早くない……?」
地味に今までだれも口にしなかったことを言ってみた。
こう、グラネダに近くなったら帰ればいいのでは……?
ほら、あったろゲームで何とか電鉄。
『ぶっ飛びやっほうカード』が大好きだった。
このカードは実にその用途に似ている。
「……あ、そうですね!」
ぽん! と手を打つのはファーナ。
ヴァンは気付いていて欲しかったと頭を抱えた。
「でも、何処に行くかわからないから一度帰ってるんじゃ……?」
アキが恐る恐る聞いてくる。
まさかの無計画の可能性を微妙に危惧している。
実はそうなのだが。
「う〜ん。何週間もかかってるとちょっと……」
「……まぁ事実その手法の方が本来は正しいでしょう。
ですが確実にグラネダに戻る手段ではありません。
……判断はあなた方に委ねますが」
「んじゃあ使おう」
即決即断。
――四法さんたちも進みだした。
俺達も行かないと。
「はぁ。そうですか。ならばそうしましょう」
ヴァンが溜息をつきながら苦笑する。
再び――俺達の試練への挑戦の日々が始まる……!
待ってろよ小箱め! 今度こそ開けてくれる!!
宿を抜け出して、剣を振る。
彼は努力を怠らない。
いつだってそうだ。
「――コウキっ!」
「ん? ファーナ結構長い間眺めてたねー」
あえて気付かないふりをしていたようだ。
視線だけチラッとこちらにやるとまた素振りを始める。
「え!? あ、あの話しかけるタイミングが見つからなくてですね……」
「あはははっいつだって言ってくれればいいのにっ」
コウキに剣を教わろうとヴァンツェに法術を習ったあと彼の部屋を叩いた。
――だが、コウキの気配を外から感じ、その気配を追って此処まで来た。
「――最近、分かるよ。ファーナが何処にいるかとか。
何となーくの感情とか」
剣を振りながら彼はそんなことを言った。
やっと――私達は繋がってきたようだ。
「なんか表面の感情だけみたいだけどねっ!」
クルっと剣をまわして鞘に収める。
――随分とその扱いに慣れているようだ。
「うっし。んじゃやろうかっ!」
「はいっお願いしますっ!」
月明かりの下で私は剣を抜いた。
そして、その夜に不釣合いな無骨な踊りを始める――。
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