第31話『十字架に願う』
「――そうですか。どうもありがとう御座いました」
わたしはお礼を言うとそのお店から出る。
グラネダに来ている冒険者達に父の行方を聞いてみるがあまり良い成果は出ない。
今の酒場の人たちにはほとんどトラン方面でやっている人たちだったので
そっちの方じゃないのだろう。
――まぁ……1周期もすれば何処にだって行ける気がするのだけど……。
町にいくつも存在する酒場や武器屋や鑑定屋を回って情報収集をしている。
今ので5件目……そろそろ少し休もうかな……。
「少しはいい情報がつかめましたか?」
そう声をかけられる。
わたしが顔を上げると術士外套を纏った銀色の髪のエルフがわたしを見ていた。
「あ、ヴァンさん……いえ。父のことですからグラネダからは遠い場所へ行ったんでしょうね……
多分こっちのほうじゃないんでしょう……」
「いえ、そうとも限りません。
あの方は硬派に見えて娘にベタベタの親バカでしたから」
さりげなくすごい言葉をつかうヴァン。
落ちても竜士団長だった彼にそんな言葉を使うのは彼と国王様ぐらいだろうが。
「あはははっ! そうですか? 父はわたしには厳しかったですよ?」
特に礼儀とか言葉遣いでよく叱られた。
「それはシルヴィアのせいですね。彼女のようになって欲しくなかったのでしょう」
「母ですか?」
「前にも言ったようにシルヴィアは凄く口が悪かったのです。
それが嫌だったのでしょう」
「あはははっそうなんですか? わたしにはあまり記憶に無いんですけど
とっても不器用な人だったのは覚えてますよ」
「そうでしょう。料理をすれば焦がす、縫い物は指をボロボロにする、
髪は絶対に束ねない。それは自分でやるとちゃんとならないからだそうです。
あの方を不器用と言わずなんといいましょうか」
「あははは……」
さすがにもう空笑いしか出来ない。
料理は竜士団の中では必須だったような……。
そんなわたしを見てヴァンさんは優しく笑った。
「大丈夫ですよ。彼女は誰よりも不器用でしたが誰よりも強かった。
皆に慕われ、彼女を疎むようなことは決して無かった。
そして誰よりも母親になることを願っていた。
トラヴクラハに挑んだのは自らの想いの為です。
――誰よりも勇敢で偉大な母親です」
挑む――。
竜士団では思いを伝える相手には全力で戦い挑むことを掟としていた。
男性から女性へ挑むことは多数あれど、女性から挑むことは少ないと聞いた。
勝利敗北に関わらず――想いを認められれば、挑んだものの勝利になる。
「……ありがとう御座います。そう言ってもらえるとわたしも嬉しいです」
「いえ。事実ですから。
まぁ……話は逸れましたがトラヴクラハは近くに居ると思いますよ」
「前から聞こうと思ってたんですけど父とはどういう知り合いですか?」
不思議だ。母と旅をしていたのなら父はあまり面識が無いことになるはず。
「ははは、そんな大層な話ではありませんよ……聞きたいですか?」
「是非っ」
街の喧騒の中を二人歩く。
ヴァンさんは何かいい含んで頬を掻いた。
「……その、本当に聞きたいですか……?」
「聞きたいですっ」
ヴァンさんはふぅっと小さく溜息をつくと少し懐かしい景色を見るようにわたしを見て語りだした。
「オイ、アンタがトラヴクラハか?」
その銀色の髪をなびかせながら、クォーターのエルフが言う。
眼鏡はしておらず口端を吊り上げてその綺麗な顔を崩した。
「いかにも。ワタシがトラヴクラハに相違ない。
さて、貴方の名前をお聞かせいただこう」
金色の鎧に身を包んだ竜士団の頭領。
体は銀色の髪の青年よりも顔一つ分高く、鎧の下にがっしりとした体があることが容易に想像できる。
若いながらもその体に宿る威厳は圧倒するものがある。
しかしその威圧をものともせず涼しい顔で立ちふさがる青年。
「ヴァンツェ・クライオン……挨拶はこんなもんで良いか? なんせ育ちが悪くてな」
腕を広げて礼をすると邪悪に笑う。
睨みつける眼がいっそう細くなる。
「十分だ。――敵意があると見なすがな」
言ってその戦士は背中から槍を取った。
その槍は女性の腕のような太さでソレを軽々とトラヴクラハは振り回した。
その瞬間ヴァンツェの両腕に術式行使光が収束する。
「上等!!! 収束:10000! ライン:額の詠唱展開!
術式:
ドンッッ!!!
光が爆ぜ、金色の戦士がその嵐に飲み込まれた――。
「そんな壮絶な出会いだったんですか!!?
っていうかヴァンさん!?」
なんていうか、どこから何を聞いていけばいいのだろう。
「私も少々至らない時期がありまして。
まぁ、若気の至りと言いますか。国つぶしを暇つぶしだと思っていた時期が」
「ありえないですよ〜!?」
どう考えて国つぶしを暇つぶしに出来るの!?
「なんというか……ここでそこまで驚かれると次が話し難いのですが……」
少しだけ恥ずかしそうに頬を掻くヴァンさん。
やっぱり昔は少し恥ずかしいらしい。
「いえ……もっと静かな出会いだと思っていたんですが……
ま、まぁもう大丈夫ですっ驚くけど驚きませんっ!」
「どっちですかソレは……まぁいいでしょう。
次はシルヴィアとの出会いになるのですが――」
「――チィ!」
その光を切り裂いて、一歩も動かずトラヴクラハはそこに立っていた。
コレで壊せないものは無いと確信していたヴァンツェは舌打ちした。
――まぁ、倒せないとは思ってはいた。
「ほう。さすがエルフの術士は優秀だな」
表情も変えずそのエルフを見た。
竜士団は生まれながらに最強のクラスを持つ一団。
法術の知識はほぼ無くとも耐性は随一。
頭領ほどの者になれば10位以下のクラスの法術では傷もつかない。
だが実際今ヴァンツェが放った一撃はかすかに衣服を裂き肌に傷を付けている。
現在の段階でヴァンツェのクラスは第24位。
本来なら到底及ばないはずだが――。
「――特殊な力に加護されているのだな。
いや――この術式は古代言語だな?」
「セーカイ。お兄さん頭いいね。
あんまり教えるわけにはいかないが――大半はアタリだぜ」
ザザッと後退して更に体勢を整える。
「一つ聞くが何故ワタシを狙う?」
「あぁ、暇だからだ」
そう言うと両手をトラヴクラハに向けて固定して睨む。
「国のついでに、潰してみようと思ってなぁ!!!」
再度光が迸る。
無詠唱ではない、神言語を使っての連続術式。
全身のラインを開放して法術を乱射する。
法術のラインとは体に走り、頭に近ければ近いほど術式行使が早くなる。
初めに使った額の詠唱が一番早いとされ、足のラインが一番遅い。
ラインは体に無数存在し、通常は自分が認識できる1つのラインを使う。
だがヴァンツェは全身のラインを把握し、操ることが出来――。
現在の最高法術並列行使は500以上。
その法術は上位クラスのものに遜色無い――!!
「だが、まだだ!」
その若者を捕まえるのは金の竜士団。
光の斬撃や、炎の躍る嵐の中から腕を一つヴァンに突きつけた。
「それでは、お返しだ――!!」
顔に拳が迫って――!
ドォンッッ!!!
拳がヴァンの額を打ち抜く。
「――が、は――……!?」
脳震盪を起こし意識が飛ぶようになくなる。
バカ、な――あれでオレに近づけるわけが……!?
物理障壁も展開していた。
だがソレをぶち破ってその拳はオレに届きやがった――。
流れる景色を認識する前に、全ての感覚が閉ざされた。
バカみてぇに強ぇ奴に出会った。
オレはソレまでは歩き回っては気に入らない国を潰し、
先ほどはつい数週間前に戦争が終わって勝利した国を潰したのだ。
何故か?
戦争が終わって負けた国が捕虜なり奴隷なりになるのは仕方が無い。
が――いくつか、虫唾が走る光景を見た。
有頂天になり女子供に暴力を振るう兵士。
――気にいらねぇ。
家族を持つ男性が虐殺され――悲劇があった。
なぁ、
オイ。
ソレは違うだろ……!
体中に刻まれた神言語の詠唱ラインが焼けるようにうずく。
その思いのままに法術を解き放つ。
正義なんて語る気はねぇ。
「こんな国……いらねぇんだよ……!!!」
その国が勝利した理由を死に掛けた兵士から聞いた。
トラヴクラハ竜士団のお陰だそうだ。
――ついた国を必ず勝利に導く伝説の騎士団。
だが、気にいらねぇ。
オレはその怒りを携えてその伝説の騎士団のキャンプになっている場所へ向かった。
そこで、オレは、金色の化け物に出会った――。
「――……?」
目を覚ます。
見慣れない空間でオレは寝かされていた。
体に異常は無い。
「……チ……一発かよ……ダセェ」
竜士団に勝てるかなど考えてはいなかったが。
ただ、怒りのままに歩き、妙な威圧感の男に出会った。
――そいつが噂に聞くトラヴクラハだと一瞬で分かった。
あとは見た通り、全力で法術を行使、そして1撃で終了。
なんだよあの滅茶苦茶な強さは。
立ち上がりテントから出る。
「貴様ーーーーーーーーーーーー!!!」
「!!!?」
ゴゥゥゥ!!!
不意を突かれたが何とかその攻撃を避ける。
後ろのテントをつき抜け岩あたりに刺さったのだろう甲高い音が響いた。
そしてジャラ……と鎖が鳴った。
「……!? 何だアンタ!?」
その女は印象的な赤茶の長い髪をなびかせて俺を睨む。
「うるさーーーい!!!
トラ様になんてことしてんだバカーーーーーーーーー!!!」
グォンッ! と引き抜かれた剣が彼女の手元に戻る。
「しるかっ!!」
チィ……! 攻撃するのもためらわれるが逃げるのも癪だ!
「死ねクソ野郎ーーーーーー!!!」
ブオンッ!! と剣を振り回し大円に切り払う。
それを飛んで身をかわす。
な、何だあいつ……!? あんな剣を軽々振り回しやがって!?
「がーーー!! 逃げんなチ○○○野郎ーーーーー!!!」
「ウゼェ!!」
「と、言うのが出会いでして……どうしました?」
アキは街角の端で頭を抱えて蹲っている。
ヴァンが問うと耳まで真っ赤な顔で振り向く。
「なんていうか、穴があったら入りたいです……」
埋まって出てきたくないぐらい恥ずかしい。
チ……!? ちなみヴァンさんも今全部の言葉を隠さずに言ってるけどそれってどうなんだろ……!?
あ、ありえない……お母さんが、そんな……!?
ぽん、とわたしの肩を叩くヴァンさん。
「事実です」
いい笑顔だった。
「そんなに落ち込まないでください。彼女は彼女です」
ヴァンさんに慰めながら道を歩く。
「はい……」
わたしはある意味聞きたかったけど聞きたくなかったことを聞いてしまいショックに打ちひしがれていた。
……だからお父さん、あんなに言葉だけには気をつけろと……。
「トラヴクラハもきっと思っていたよりすぐに見つかりますよ。
なんせ、大物を引き当てるにはもってこいの人材のコウキが居るじゃないですか」
「え――でも、わたしの用事ですから、そんな……」
わたしがそういうとヴァンさんが少しだけ難しそうな顔をしてわたしに向き直る。
「アキ、私達は仲間でしょう? 特にアキにはいつも皆助けて貰っています。
だからそういう時ぐらい頼って下さい」
なんでだろう。
なんだか、一瞬泣きそうになった。
「でも、わたしだって、いつも助けてもらってます」
次の声は意外な場所から聞こえた。
「私は、助けられてばかりですアキ」
凛とした声が響く。
ファーナが後ろにたって笑っていた。
「少しぐらい、私達にも役に立たせてください」
手を握って優しい笑顔を見せる。
「でも――」
「アキーーーーーー!」
ブンブンと手を振るコウキさんが走り寄ってくる。
額に汗が浮かんでいて、ずっと走り回っていたのだと想像できる。
「コウキさん……」
「なんだよー元気ないなー! 朗報朗報!」
コウキさんはわたしの手を掴むと引っ張って歩き出した。
「え、あ、あの〜」
「聞いてよっさっき向こう側の宿屋で金色の鎧のカッコいいおじさん泊りに来たって!」
元気の有り溢れた笑顔でわたしに言う。
その探し方はどうかと思うけど、わたしもあの格好で歩ける人をあの人以外に知らない。
「本当ですかコウキ! 良かったですねアキ足取りが掴めましたっ!」
わたしより先に反応したファーナが嬉しそうに少し跳ねた。
「情報は時間が命です。すぐに聞き出して追ってみましょう」
さらにヴァンさんがわたしを後押ししてくれる。
嬉しくて、少し泣いていると皆で慰めてくれた。
嬉しかったのはお父さんの足跡を見つけたことじゃない。
皆がわたしを思ってくれているのが本当に嬉しかった。
わたしは、本当に仲間に恵まれた。
お母さん、わたしはやっぱりこの人たちの為になってあげたい……っ。
キィン……と腕についていたクロスのアルマが甲高い音を立てて共鳴していた。
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