第33話『名無し』





 父親探しの道中――。
 すでに6町を歩き、情報がどんどん新しくなっていった。
 さっきの町では3週前。
 このまま行けばあと1,2日で追いつけると俺は思っている。
 だが、その前に、だ。
 俺は今、妙な感覚に襲われた。

 チリチリする。
 ――何度目だろうこの感覚。
 喉が渇く。
 ……っ。
 皆はなんとも無い様でそのまま歩いている。
 ……なんだ?
 俺だけなのか……?
 辺りを見回す。

 ……前だ。

 冷や汗がドッと流れた。
 コレと同じ感覚は……皆でグラネダ城に着いたときに……っ!

 あいつか……!?


 ――そしてそいつはいきなり現れた。
 右目に眼帯。隻眼で黒髪。
 髪は少し長めで目の下まで被っている。
 口には煙管を咥えてぷはっと紫煙を吐いた。
 ポニーテール……というかチョンマゲだろうか頭の後ろで縛られているのが見える。

 ――そう、黒髪の……!



 俺達を見るとニヤリと笑って、その気配と姿を消した。

 次の瞬間には――!








 アキの胸に手をやっていた。









 「――Eカップ!!!」












「――……え?」


 そいつがそういいながら俺達からまた距離を取る。
 一同に衝撃が走った。
 なんていうか電撃のように体中を駆け巡り――

 視線はアキの胸に集まった。

 ……E……だとぅ……!?
 そういえばウチの姉ちゃんがDだと聞いたけど……その上か!?
「だ――な、っえ!? あああのっ!? そんな見ないでくださいっ」
 顔を真っ赤にして胸を隠し、蹲った。
「……コウキ」
 ――うおっ!?
 ファーナが鬼に見える!?
「い、いや!? 不可抗力だよ!?」


「ぷははっ! オネーさんチチでかいな! 良い良い! ぷはははは!」

 豪快にそいつは笑って
 そして俺はファーナに頬を思いっきり引っ張られる。
「いだだだだ!」
「……っ!」
 むぅ。流石に失礼だったと俺も思う。
 でも俺だけってのが微妙に納得いかない。
「……セクハラだ!!?」
 俺はとりあえず剣を取り出して構える。
「おのれ! チチの仇!!」
「そんな仇とらなくていいですぅ!」
 アキが顔を真っ赤にしてブンブン頭を振った。
 パーティが混乱している。

「殺りましょう」





 ドオォォォンッ!!!



 ――……
 ……
 ヴァンが術式に右手を光らせた。
 無詠唱だ。
 あくまでヴァンは無表情だが殺意の込められた一撃が放たれる。
 すげぇよヴァン……!
 言った瞬間に実行したよ……!

 だが、そいつは煙の中から涼しい顔でもう一度姿を現す。
「…………ぷはっ! いきなり何すんだ! ったく礼儀ってもんを知らんのか」
 胸から扇子を出すとバッと開いて扇ぎだす。
「貴方に言われたくはありません」

 絶対零度の言葉がヴァンから発せられる。
 その眼帯野郎はヘラッと笑ってヒラヒラ手を振る。
「こっわー。ぷはははっ!」
「あんなぁ……セクハラって知ってる?」
 俺は腕を組んでそいつを見る。

「知らん。己がやっているのは挨拶だ」

 はふーっと紫煙を吐く。
 こ、こいつ……!
 なんていうか開き直り過ぎてて逆に羨ましいぞ……!




「シキガミですか……」
 ヴァンが忌々しそうに言う。
「ふはっ。いかにも。そっちのお兄さんもそうだろ?」
 そう言って扇子で俺を示す。
 ――やっぱり、条件は黒髪か?
 年頃的には俺と同じぐらいに見えなくも無い。
 俺と違って向こうは歳相応だが。
 自分で言って悲しくなるが目の前にいるそいつは整った顔をしており歳相応に格好いい。
 ……つかキセルってタバコじゃん。

「不良か! タバコは未成年に良くないぞ!? まだ背が伸びるかもしれないんだぞ!?」

 突然的外れなことを言いながらビシィっと奴を指差す。
「不良〜? ぷはは! 親父殿と同じ事を言うのなー。あんた、名は?」
「コウキ。イチガミ・コウキだ……そっちは?」
 またまた……風流な奴が現れた。
 眼帯に家紋だろうか……なんだか見たことあるような金色の紋様が描かれている。

「そうか。己はナナシだ」

 そいつは満足げに頷くとそう名乗った。
「……父親が居るのに名無し?」
「本当に名は無い」
 さすがに名前を貰わない子は居ないと思うのだが。
「捨て子の身でな。おそらくどこぞの農民の口減らしに捨てられたのだろう。
 だが――親父殿に拾われてな。柳生の七志を名乗っていた」


 やぎゅうぅ?

 ものっそい聞いたことあるぞっ。
 日本史の先生はやたらハイテンションの歴史好きで、
 戦国時代や江戸時代やらについて熱く語っていた。
 俺の記憶によると――柳生何たら流って言う流派で剣術の名家……。

 オイ、やっぱり居るじゃんか、元から強そうな奴が……っ!

 右目が隻眼の柳生の剣豪なんて……
 有名なんてもんじゃないだろ……!?


三厳みつよしと渡り合い―― 殺された。
 己と渡り合った後は十衛兵と名乗ったはずだが」


 あぁ知っている。
 柳生十衛兵は有名だ。
 つか、そんな時代かよ。
「――歴史からは……消えたほうってことな……。
 二人とも隻眼って紛らわしいね」
 何故十衛兵なのかとか、そんなのは知らなかった。

「ぷははは! 三厳みつよしは親父殿に挑んでああなったが己は違うぞ。
 ちゃんと見える。

 三厳みつよしと同じ条件で戦って容易く負けた大馬鹿者だ」

――そうか。
こいつは大馬鹿者でハンデを嫌う侍だったのか。



「二人で決めたからな。あいつは約束を守る男だ。
 生きた方が三足す七の十衛兵を名乗り柳生を担うと」



 壮絶だった生き様の最後を垣間見る。
 そいつはぷはははっと笑う。
「――故、己はすでに柳生ではない。親父殿が居ない世界では捨て子のナナシだ」
 キセルを手にして紫煙と同じく吐き捨てるように言った。


「今の己は――そう、触るだけで女子の胸のサイズが分かる流離の旅人よ」



 ――台無しだった。




 今まで言葉を口にしなかったファーナが手を痛い程握って言った。
「コウキ……少し懲らしめましょう

 私達の……! いえ!!
 女性の敵です!!!」

 ビシィ! っとその隻眼の男を指差す。
「ら、らじゃ!?」
 妙な気迫に押されて相槌を打つ。
「おう。お嬢ちゃん威勢がいいねぇ。

 …………Bカップだな? 何。まだまだ育ち盛りだ。男が居るなら揉んでもらえ」

 カァっと彼女の顔が真っ赤になった。
「コウキ! 殺ってください!!!
『血より燃えあがりて――』」
 ファーナの詠唱が始まって体が反応しかけたその時。







「んの……!!! バカァーーーー!!!」







 て、低空ドロップキック……!
 見事その蹴りはナナシの足を射抜いて派手に二人が土煙を立てる。
 悶えること間違いないその蹴り。

 もわもわと煙が晴れていく。


「いだだだだだだだ! 痛いぞ!!

 否、痛くねぇよ!!! いてぇぇ!」

「うるさいデス! 人の言うこと聞きやがれデス!!」

 微妙に強がりを見せるナナシを十字固めする――女性……よりは女の子?
 浅黒い肌の――確か、ドワーフ。
 でもホント小学生って感じの子で……
 失礼だが男か女か分からないようなガタイの良いドワーフじゃなかった。
「五月蝿い! 己は貴様なぞ認めんわ! あだだだだだだ!! 折れるぅ!」
「キアリの方が年上デスぅ! ナナシより強いデス!!」
 ギリギリとその腕を固める力を強める。
 ――どう見ても、彼女の方が年下だ。
 だが、彼女は確かにナナシを組み伏せている。
「女子供に手なんぞ上げれるかぁ! あ゛あ゛あ゛!! 折れるぅぅ!」
「手を出してるデス! いっそ女性の敵として始末してしまうデス!」
「是非!!」
 ファーナがグッと拳を握ってGoサインを出す。
「好都合ですね」
 ヴァンが当然のように頷く。
「……」
 アキも彼から視線を逸らしている。
 味方が居ないのか剣豪らしき人……あぁそうなのか……アンタは俺の友達に似てるよ……。

 …………うん。タケヒトに。
 俺は知っている。
 こういうときどうすればいいか。


「……行こっか」

 ――俺達は先を急ぐことにした。








 あ゛ーーーーーーーーーーー――……






 見えなくなったところで、誰かの断末魔が響いた気がした――。



























「ぶぇっくし!!」
「……汚いぞタケヒト」
 盛大にクシャミをしたタケヒトに降りかかる言葉は冷たい。
「えっほん。ふふ、誰かオレがワンダホーだと噂してるんだろ」
 ふふんと慣れきったようにその言葉を流す。
「……あぁ有り得ないな」
「全否定かよ!」
 フッと彼女は笑うとタケヒトから視線を外して歩き出す。
「何。お前はわたしのシキガミとして働いていればいい」
「ちぇー。好き勝手言いやがる」
「あぁ。お前は我のものだからな」
 ――そこにどんな意志があるのかは、彼女は口にしない。
 タケヒトも聞き飽きたハズのその言葉に苦笑すると彼女の後に続いた。





























 俺の体の半分より少し大きいぐらいの彼女がペコリと頭を下げた。
 短めに切られた薄赤い髪が揺れる。
「申し訳ありませんデス。このバカ、バカでエロの女の敵なのデス」
 俺達が行った後を追って謝りに来た。
 ナナシは――引きずられてボロ雑巾みたいになっている。
「キアリは、キアリ・ワークセンスと申しますデス! 以後お見知りおきをデス!」
 笑顔が光るんじゃないかってぐらい笑う。
 いい子だな。

「私はファーネリア・R・マグナスと申します。
 ――失礼ながらお聞きいたしますが、貴女はやはり神子でしょうか?」
「はいデスっ!」

 うん元気いいな。採用。あ、違う違う。
 俺がマジマジと見ているのに気付いて慌てて両手を振った。
「あ、あっでもでも、今は戦わないデスよ?
 意味がありませんデス」
「うん。知ってるっ俺も無いよ――……
 でも二人ぐらいはナナシに仕掛けたいみたい」
 無言でナナシを睨む二人。
「ぷはは。こえぇこえぇ。ごふぅ!?」
 右拳が素早く彼の頬を貫いた。

「ごめんなさいデス!」

 しっかりものだ。うん。
「い、いっそトドメをさせ……」
 ナナシは地面で悶えていた。
 ……本当に剣豪と渡り合った人物なのだろうか……。
 悶えていた動きが止まりゆらりと彼が立ち上がる。
 俺達を見て再びニヤリと笑った。

「柳生新陰流!」

 大声で叫ぶ。
 それは――彼が学んできた剣の流派。
 その伝説の……!!
 俺は瞬時に反応して身構える。


「スカーーーーーーーートめくりぃぃぃぃぃ!!!」


 ナニィーーーーーーーーー!!?
 ものすごい勢いで突進してくるナナシ。
 あまりのショックに動けない俺。
 ばさぁ! とファーナのスカートをめくって――。


「……ふ、白まだまだよ……
 男を誘うなら色ぐらいつけるんだな……」






「い……っ」
 ファーナが涙目で顔を真っ赤にして体を震わせる。
「いっぺん死ぬデスーーーーーーーーー!!!」

 その怒りは、別の所から放出された。
 体術に秀でているのであろう彼女は素晴らしいコンボでナナシをボコった。
 最後にファーナがケツに火をつけてアキが石を投げていたのを俺は見逃していない。

 ――哀れ。しかし自業自得だぞナナシ……。











「それじゃぁキアリたちは行くデス。ご迷惑をおかけしましたです」

 これ以上居ると被害が増えるので。
 そう言って再びお辞儀をするとズルズルとそいつを引いて歩いていく。
 気を張っていたのだろうか。皆が溜息をつく。

「ああいうのはダメですコウキ!
 〜〜〜っやはり今度会ったらやっぱり倒しておきましょう!」
「…………うん。まぁ……ダメだって理由があるからダメだって……」
 キモチは分かる。すっげぇ伝わる。

 シキガミにも色んな奴が居るんだな……。
 ある意味アレと同位なのがショックで仕方が無いな。
「俺達も行こうぜ。へんな時間食った」
「そうですね。あと半分ほどです。夕暮れまでにはつくでしょう」
 ヴァンが歩き出してまたアキの父親探しへと戻る。

 ――役者が揃ってきた。
 つまり……本当に俺達の戦いが始まると言うことだ。

 キツキたちはどうしてるかな――
 なんて思いながら俺も歩き出した。

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