第34話『グラディウス!』
ドンッ!!!
剣が交わる。
「――っ!」
「は、……!」
二人の剣が交わった場所を中心に大きく風が舞う。
双剣が迫る。
右手には『東方の剣』。
刀身は眺め肘から先ぐらいの長さを持ち、片刃。
属性加護に風。
左手には『地精の宿るナイフ』。
刀身は東方の剣より少し短いぐらいで両刃。
属性加護には地。
お互いに同じ剣を駆り双剣の刺さる戦場を舞う――。
ギィンッ!
ここ数週間でのコウキの成長は著しい。
ラジュエラに全く付いていけなかった最初の日と比べると一目瞭然。
ガッッキィンッシュッシュシュッ!!
その動きには磨きがかけられ、臨機応変に剣の特性に対応する。
ガァァンッ!!
コウキの剣が弾き飛ばされる。
空いた懐めがけてラジュエラは剣を振るう――が、
「――!」
ヒュゥ!!
踏み込みかけていた場所に剣が掠める。
弾き飛ばしたはずの右手の剣はその場にあった新しい剣に持ち変えられていた。
このフィールド特有の戦い方だ。
だが、多種の剣に触れる絶好の機会。
戦いの中で大まかな剣の特性を把握し、感触で剣を振るえるようになれば――
『無対の双剣』は完成する。
コウキは後ろに飛び右手の剣をラジュエラへと投げる。
ラジュエラがそれをかわすと更に次、次次――。
そして、弾かれた『東方の剣』を拾い上げると構えなおす。
ラジュエラが教えたわけではない。コウキが勝手にやっていることだ。
剣を弾かれた場合、コウキには大分不利が回ってくる。
それを何とかして取りに行かなくてはならない場合、
持てるものを投げて距離を取るのは戦法として正しい。
生きるために賢いコウキは自然とそれを実行している。
その成長速度に身震いを覚えつつラジュエラは剣を構える。
最初は10撃も持たなかった彼が今は自分と数時間剣を振るい続けることが出来る。
術式を覚えさすと次には必ずコツを掴んでその剣を振るうのだ。
例えば――。
「――紅蓮月!」
彼に教えた一つ目の技。
その攻撃は剣に熱を与え、その熱の剣は1.5倍のリーチを得ることが出来る。
剣が伸びるのではなく熱が延長して相手に攻撃を与えることが出来る。
重量が変わらず長いリーチを振れるなら――
「りゃああっ!!」
袈裟切り、斬り返しの猛攻。
効果が続いている間に何度攻撃が出来るか。
火花が散り赤い半円の軌跡が残る。
そう、それが正しい『紅蓮月』であるべき攻撃のスタイルだ。
――本当にこの子は生き抜くために賢い。
ギィンッッ! キィンッ! ガギンッ!!
――ついに、ラジュエラの剣が空高く弾かれる。
「――あははっ!」
嬉しくて笑う。
この高揚。この緊張。この感覚……!
この身が戦女神であるが故、この身が戦女神である限り――。
――ラジュエラは自らの双剣を引き抜く。
「良くやった……!!」
戦女神を名乗る彼女が持つ最弱の剣。
しかし、それは神を名乗るには十分すぎるほどの力を持つ剣。
「――ま、だっっ!!!」
ラジュエラの振る剣を同じく剣で防ぐ。
しかし――
ィン! カシャァアアアンッッ!!!
触れた瞬間……ガラスのように剣が砕けた。
「っ!!?」
「去らば」
コウキの懐に入って構えているラジュエラ。
避ける術は――見当たらなかった。
シュッバシュッ!!
「――……次は……その剣……!」
コウキが祭壇から消える。
「――はははははは!! あはははははっ!!!」
笑った。
今までに無いぐらい。
「――はははっっっ!! コウキ! キミは可笑しい!」
居ない存在に言う。
可笑しすぎる。
何度も我の剣に殺されているのに
何度も我の剣に挑戦し続ける。
そして、誰もが成し得ないスピードで成長している。
ただそれが生きるために。
「――そうだ。キミがキミであるためには必要なことだ。この世界では――」
何度死んで、何度立ち上がるのか。
そして、キミの『その先』は何だ?
「――おい! 起きろエル!」
「――んぁ?」
エルと呼ばれた男がパチリ留めを覚ます。
「なんだよ……ケイト」
眠そうに眼を擦りながら自分を呼び起こした男を見上げた。
「あぁ。吉報だ。テメェに挑戦者」
「それの何処が吉報なんだよ……くぁ〜〜……」
もそもそと自分のベッドから足をおろして盛大に欠伸をした。
ボリボリと短い髪の毛の頭をかく。
「何言ってんだよ。折角名前持ちなんだから使えよ」
「何のために俺がエルって昔のあだ名で呼ばせてると思ってんのさ……」
めんどくさーと立ち上がると、ガタイの良い体をバキバキとならせた。
「ははは! でもやんだろ?」
「あったりまえじゃん?」
着ていた服を脱いでいつもの服に着替える。
更に両手に籠手、胸当て。
クロスベルトに4本の剣をぶら下げるとマントを羽織ってその剣を隠した。
「場所はクランクスのアラン。
来るっとさ――トラヴクラハ」
ケイトと呼ばれた男が得意げに言った。
「うは! マジで!!? トラヴクラハってあの!?」
さっきまであまりやる気のなかった眼に俄然やる気が満ちていた。
「あぁ! マジで金色の鎧に竜神側の人間だった。間違いないって」
「やりぃ! おい、ダインは?」
「寝てる」
グッと笑顔で親指を突き上げた。
「おい! 俺の一世一代の大試合がだなぁ!」
「え、だって勝つじゃんって言って寝てるぞ」
それはそれで無責任な気がしなくも無い。
「……信じられてるのかやる気が無いのかはっきりして欲しいな」
「まぁ、どっちもだ。で、どうする?」
ふむと、考えてすぐに答えが出る。
「とりあえず――メシ!」
「だよなァ!」
ギィ……と二人の居る部屋の扉が開く。
「〜〜〜……
ドアから半分体を乗り入れて半眼で文句を言う男。
少し長めのかみをボサボサにしており眼鏡をかけているが半眼で見えているのか居ないのかはっきりしない。
この3人は全員同じ年頃に見え、コウキ達とさして違いが無いように見える。
「おいダイン! 聞けよ、俺トラヴクラハと戦えるんだぞ!?」
「あーはいはい。僕も知ってる。よかったねぇ」
やる気なく欠伸をしながらペロペロ手を振るダイン。
「ケイト……ムカつくんだがけどどうにかならねぇ?」
額に怒りマークをつけてエルが指差す。
「ワシにゃ無理だ」
「大体騒ぎすぎだよー。どーせ勝つんでしょ? ノヴァ」
またくぁ〜っと大口を開けて欠伸をするダイン。
「いや、勝つけ……おい、エルで呼べって言ってるっしょ」
「はいは〜い。わかったわかった〜お休みエロ〜」
適当にペラペラ手を振るとその扉を閉じる。
「おい! 読めたけどその間違えはあんまりだろ!」
パタンと扉が閉まり足音が遠ざかり、隣の部屋でまた同じ音がする。
「まぁアイツも遅くまで本読んでたみたいだしな」
「ちぇ。俺の命を懸けた試合より睡眠かよ」
「ま、いっつもそんなんだろ。気にすんな」
「否定できんな」
ケイトは糸目の男で常に不敵に口の片端を吊り上げている。
赤の髪が特徴的で、武装は籠手と胸当て以外見当たらない。
言葉遣いには汚さを感じるが――悪意は無いようだ。
対してダインは普通にしていれば紳士的で優しい奴なのだが、
眠いときは一転。手段を選ばず寝る。
術士らしく、専用の術士服を着ていたが――そのまま寝たりもするようだ。
そして――ノヴァと呼ばれた男。
彼はなるべくノヴァと呼ばれることを避けるらしく、二人にはエルと呼ばせている。
腰には剣が四つ。双剣が二対だ。
一対は何の変哲も無い双剣。
それも語弊が有るが、もう一対の前に存在が霞む。
そのもう一対は――
「『トラヴクラハ』という言葉の意味を知っていますか?」
突然ヴァンツェが皆に聞く。
今はクランクスを目指して歩く道のりの途中。
この間1週間前までいたという話なので次の町では追いつけるらしい。
心なしか早めの足取りでクランクスという町を目指していた。
「アキの親父さんだろ?」
ふふんと知った顔で答えると困ったように笑って言葉を付け足す。
「そうではなく、言葉としての意味です。
竜士団では名前に意味を持たせるのが通例なのですが、
『トラヴクラハ』にはどんな意味があると思いますか?」
まぁ俺にはわからない事は明白だ。
他の二人を見回してもハテナ、と首を傾げる。
っていうかアキもじゃん。
「え、じゃぁアキも?」
「はい。『アキ』というのは新約世界神叢話の美の女神『アキ・アンシェル・アイル』という三姉妹の長女です。
美と力の象徴とされていました。
ちなみにその三姉妹の母親が泉の女神『シルビア』といい、恐らくそこから来ているのでしょう」
「へ、へ〜……そうだったのかアキ」
「み、みたいですね。初めて知りました」
「ヴァンツェ、『トラヴクラハ』にはどんな意味があるのでしょう?」
「――そうですね。
『トラヴクラハ』とは『戦王』を意味します。
神言語を人の言葉にすればそうです。
実質、彼はそうでした」
戦王……。
強く有る事を約束した名前――。
トラヴクラハという人が辿った人生は壮大なものだったに違いない。
ヴァンはフッと笑って皆をみまわした。
「更に彼の凄い所は、そのまま自分の名前を命名として受けた所です」
「自分の名前を?」
「えぇ。自らの名をそのまま石版に刻んでいる数奇な人物ですよ。
元々神言語からの名前だからというのもあるのでしょう」
つくづく変な奴等だよな。戦女神って。
適当だろ絶対。あ、丁度いいや〜みたいな名前の付け方に違いない。
「他に有名な奴の名前ってどんなのがあるんだ? ヴァン以外でさ」
「他ですか……そもそもの数が少ないので今生きているのかどうかも分かりませんが……
一番有名なのは、
他に
この3人で聖天神と呼ばれます」
そこで一端話をきると目の前でプルプルとコウキが震え始め……居ることに気づいた。
「むああああああああ!! 聞きたくなかったーーーーー!!!」
何やってんだ俺!
頭を抱えて叫ぶ。
それだめだよ! 聞いたことあるよ!
しかもアレだ。ラジュエラからいずれ戦うとかなんとか言われてた人じゃん!?
「ど、どうかしましたか!?」
「ファーナ! 俺ダメかもしれない! 俺! 俺!」
ファーナの肩を掴んで揺さぶってみる。
「おおお落ち着いてください!? ゆ揺さぶるのはやめっぁっ!?」
離したときには目を回してフラフラしていた。
やりすぎたか……
「ご、ごめん。大丈夫?」
「は、はい……何とか……でもコウキ、どうしたのです?」
俺はポリポリと頬をかくとラジュエラの祭壇であった話の一部を話した。
「――そう、だったのですか」
「そうだったの〜。も〜い〜や〜!」
小さく悶えるコウキを可愛い〜とアキが撫でる。
「気にしなくても大丈夫ですよ。そうそう早くはあえないでしょうし。
世界はこんなにも広いですから」
にこ〜っとコウキに言って聞かせる。
「アキ…………そうだよね。そうそうぽんぽん俺もハズレクジ引かないよね」
コウキが人懐っこい笑顔を見せると多少心配にもなったが、相槌を打って道を振り返った。
「おい、ノヴァ! そっち違うって! クランクスこっちだぞ!」
「あれ? そーだっけ?」
ダッ!!!
「あ、コウキさん!?」
「ウソツキィーーーーーーっっ!!!」
涙で前が見えないよぅ!
3人は急いでコウキを追う。
良く分からない所まで真っ直ぐ進んで――木で頭をぶつけた。
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