閑話『喜月の旅 後編』

俺は、ただ白いその空間を見上げた。
壁も、鎖も只白い。
白しかないものだと思っていた。
ただその中に、一人だけ――色を帯びる女の子を見つけるまでは。

その女の子は白い鎖に縛られて、目を閉じていた。
何も着ず飾らず、純粋な姿に見えた。

「……!! 貴様はっ……!? どうやってここに!!」
「……は、はは……本当に居たよ……」

直感が告げている。
俺とこいつは繋がっている。
流れ込んでくるのは彼女の無意識。
何故だろう、それを悲しいと思うのは――。

俺と彼女の間に立つ女性は狼狽して俺を見る。
だが俺には彼女は目に入らなかった。
ゆっくり鎖に吊るされた彼女へと近づく。

「――! 彼女に触るな!!!」

ゴォ!! と何かに当たって吹き飛ぶ。

「づ!?」
軽装備だがヘルメットが凹んでた。
な、何!?
彼女は手をかざすだけでそれ以外には何もしていない。
――そういえば魔法があるんだったな、この世界。
俺は壁に寄りかかりながらヨロヨロと起き上がると、その王家を睨んだ。

「……彼女を放せ……!」

「黙れ!!!」
言って俺に向かって同じように何かを放つ。
「が――っ!?」
再び壁に打ち付けられる。
な――んだよっ!?
く、くそっ!
見えないなんて厄介以外の何者でもないぞ……!
次に当たらないように俺はその場所から飛び退く。
「大人しく――……!!」
だが彼女は手の方向をあわせるだけでいいらしい。
再び俺をとらえると壁に打ち付けた。
「がは――!」
やばい……死ぬぞコレは……!

「き……つ……き……?」

混乱と痛みで朦朧とする意識の外で声が聞こえた。
意識がはっきりと白い空間に戻ってくる。
「なっ……!? 喋ったのか!?」
「――はっ……! そうだ……!! 俺は……!!

 お前のシキガミ……キツキだ……!!!」

カシャン……
鎖が一つ外れて地に落ちる。
それに続いて次々に鎖が外れていき――彼女が地に立った。

――不健康なまでに白い肌、スカイブルーの髪。
金色の目――。
彼女が――ランスフィールドの転生。

「あ――……あ……!」
王家の女性が体を震わせる。
「きつき……?」
そういって俺を見る降り立った女の子。
俺も唖然と彼女を見上げて頷くしか出来なかった。

「は、ははははは! ようやく目覚めた……!」

彼女を抱くのは王家の女性。
「お前が何なのかは知らないが……! ここで消えろ……!!」
俺に手を翳して止めをさそうと口を開いた。

く――そ、んな終わり方……!
して、たまるか……っ!!
動かない体の意識を総動員して棒を掴む。
だが――遅い。
俺はあの衝撃に――殺される。




『永久に在る栄光』

歌が聞こえた。

『果て、其愚かは求める無き』

体が――勝手に動き始めた。
使える場所を使っていとも容易く立ち上がる。
そして――弾ける様に走り出した。

『汝が求めるは只一つ』

トンッと軽く地面を弾くと体が驚くほど高く飛ぶ。
衝撃波を飛んで交わすと彼女達は目の前。
ヒュッと棍棒を投げて王家の女性を神子から離れさせる。

『失われぬ黄金の光我が宝刀』

手が焼けるように熱い。
何かが俺の手に集まる。

『金剛孔雀』


空間が爆ぜる。
物の方式を越えてそれは俺の手に握られていた。
「な――なんだ!?」
金色の薙刀――か?
それにしては軽すぎる。
だがそれ以外に適切な言葉が見当たらない。
コウキに槍との違いを聞かれたことがあるがそれはズバリ刀身だ。
薙刀は文字通り薙ぐのが主、つまり刀のように斬ることが出来る。
日本で薙刀が生まれてから優れた武器として槍に変わって使われるようになったが――
コレは、俺の知っている薙刀じゃない……。
通常やりの先が刀になったものが薙刀だ。
刀の進化としてみれば、ずっと刀より強い。
だがこれには刀よりずっと厚みのある洋剣がついている。
これなら腕の一つや二つ骨ごと切り落としてしまえるだろう――。

そして、ようやく自分の体がまだ攻撃態勢を取っていることに気づいた。

「ひ――っ!?」
「バッカ……っっやめろぉぉーーーーー!!!」

力いっぱいその動きを抑制する。
バチィッと激しい音を立てて肘から雷のような赤い光が走った。
それを見てか少女が歌を歌いやめる。
俺の持つ処刑刃のような薙刀が女性の首元で止まった。
それと同時に俺の体が俺の意志で動かせるようになり素早く武器を引いた。

「――あ、あぁ……っ」
ポロポロと涙するその女性。
……後味悪いな……
俺は彼女に手を差し出す。
「すまない……大丈夫か?」
「え――? お前は、私を殺さないのか……?」
怯える彼女は涙目で俺を見上げた。

「違う。俺は彼女を迎えに来ただけでアンタの敵って訳じゃない」

そう言って笑って見せた。
彼女はその手を弾くと自分の力で立ち上がる。
「教えて欲しい。彼女は何でこんな所に?」
振り返ると少女は何処に視線をやるでもなくボーっと白い天井を見上げていた。

「彼女は生まれてから一度も目を覚ましていない。
 ――死ぬ、と言う運命を嘆いたお父様とお母様によって作られたこの空間に彼女は居続けた。
 術式で編まれた空間に生命維持の鎖で繋ぎ、彼女を生かしていた……。

 生まれてすぐここで生かされることになった――私の妹だ」

憂いと、敵意をもって俺にそう話す。


「お前は彼女を迎えに来たと言った。お前は何者だ……!」


「俺は言ってるとおり彼女のシキガミ。キツキだ」

もっとも、俺からもそうらしいとしか言えないが。
聞いていたように歌の強制戦闘……俺は彼女の武器であると言うこと。
それは間違っていないらしい。
「シキガミ……!? お前がか!?」
「きつき……」
ふら〜っと危なっかしい足取りで彼女が俺に近寄ってくる。
「うわっ!? 危ない……っつか、服……なんか着るもの!」
「見るな馬鹿者……と、とりあえずコレを」
羽織っていた一枚を彼女に着せる。
「……お前は敵ではないのだな?」
「俺は神子の導く者ドゥークントだ。
 その子の敵が俺の敵だ」
「――っっこの子は……神子なのか……」
「そうだ。黄金の加護神――ランスフィールドの転生、黄金の神子にあたる」
かく言う俺もそこまで詳しいわけではないが。
「この子が――……」
視線を落とす。
彼女は俺に引っ付いて離れない。
ただその無垢な金の目で俺を見ていた。




目的の店を見つけてティアとケーキを食べる。
……甘い。
男的で悪いがこの前の店より甘い。
そのぐらいの比較しか出来ない。
ティアを見ると嬉しそうにぱく付いている。
あぁ。そりゃもう嬉しそうに。
ふと、俺と目が合う。
「……」
「……へへっ? 何? 何?」
ニコッと笑うとそう聞いてくる。
「いや……コレも食うか?」
何となく目が言っただけだが……まぁ、気恥ずかしくていえない。
「ホント!? あ、いやっでも……キツキは?」
遠慮と言うのを覚えたらしい。やるな。
いや……でも、そんなヨダレ垂らしながら言われても説得力が無い。
「いや……ティアの方が美味しそうに食べるし」
「そ、そう? そっかな? ん? 苛めてる?」
最近嫌味とかこういう言葉に敏感になってきたティア。
成長してるな。
苛められていることに気付くとはぶてて面倒なので
「苛めてない。ほら食べろよ」
「わーいっっ」

……こんなんで王女って言うんだから、激しいよな世の中……。

俺はコーヒーを飲んで周りに目をやる。
特に異常も無い日常を繰り返す人たちがそこで楽しくお茶をしている。
俺には毎日が非日常で大変なのにな……。

どの辺が大変かって?

こいつとあった日。
あの後からずっとだ。



『あはははっさすがキツキっお疲れ様〜っ!』
「お疲れ様じゃ無い。どういうことか説明しろって」
ランスフィールドの祭壇に再び訪れた俺は彼女が居るのであろう玉座に視線をやる。
とりあえずランスの言うとおり彼女を救い出したものの――
そこでランスの声がプッツリと途切れてしまった。
だから城から出してもらって教会の扉から祭壇へとやってきた。
そしてその玉座から声だけが聞こえる。
『うん。あのね、あの子はね、生まれてから一度も目を開いたことが無かったの』
「……は?」
『意識がね眠ってたの。ずっと……キツキが現れるまで』
「な、なんでだよ?」

『それは――……ランスのせい。
 ランスがラグナロクに選ばれた時に、その罰を課せられる事は決まってた。
 何時死んだっておかしくない状態でずっといたの。
 ……生まれた場所が良かったのかな、なんとか生きてくれた。
 あの白い鎖は、あの子を生かすために王家が組んだ技術の術式の結晶。
 そして入れない空間であの子は生き続けた。
 貴方が訪れる日を待ってね』

「何で俺が来るまで――って、オイおかしくないか……?」
それじゃ、まるで俺が――

死ぬことが決まっていたみたいじゃないか。

『当然……。ランスは貴方を選んだから……』
「待てよ! だから……っ
 それじゃ俺が死んでここに来ることが決まってたみたいじゃないか……っ!」
『そう……だね……決まってた。キツキは

 ランスに選ばれた時点で、あの日、あの場所で死ぬことが決まった』


「――っざけんなよ……!!」

どんな思いで俺が生きてたと思ってるんだ……!!

『ゴメンね……っゴメンなさい……っランス達は、謝ることしか出来ないの……!
 元の世界にも帰れない貴方達に、返せる物が無いの……っ』
それで自分を救えって言うのだ。
都合が良すぎやしないだろうか。
『ランスは――っキツキがよかったの……!
 貴方が、あの選ばれた中で一番ランスに合ってた!』
コウキも、タケヒトも死んで……!


しん……だ?


「なぁ……もしかして、俺以外にもシキガミって奴は居るのか……?」

『うん。うんっ。もちろん。話したよね、コレは争奪戦だって。
 ランス以外にも7人のラグナロクに参加させられる第1位クラスの神が存在するの。
 焔と氷と紫電と疾風。
 不動と法則と……覇者そして黄金がランス』

もしかして……だ。
本当に可能性でしかない。
たまたま、あの二人が俺より早く死んでしまっただけで……

同じ世界で生きているかもしれない。

そう思うと――少し期待してしまう。
「なぁ……その、シキガミの名前とか、分からないか……?」
『シキガミの名前? 確かに知ってはいるけど答えられないの』
「なんでだ?」
『ランスたちが質問の答えをあげることが出来るのは自分達の事だけ
 ”他の誰か”を暴くことは許されないの』
「そうか……」
俺は肩を落とす。
それを見たランスが慌てたようすで言葉を繋げた。
『でもでも、一つだけ言えることがあるのっ!


 ……会えるといいねっ』


何時だって神様っていうのは象徴的、抽象的な答えを用意する。
どうとでも取れる意味をプレゼントして、人々の興味を引くのだ。
それをずるいと思う人々は、神なんてものに興味を持たない。
俺もその一人だった。

でも、さ。
今だけ――……

「……あぁ。会いたいな」


信じてみようと思った。
俺も、単純だな、と苦笑いする。
『あはっ! やっと笑ってくれたっ!』
彼女の声が嬉しそうに跳ねる。
「でも、俺はお前を許したわけじゃない」
『……うぅ……ゴメンなさぁい……』

「許さない。絶対だ。

 助けたら絶対叱ってやる。覚えとけ」

『――……っうんっ……っありがとぉ……貴方でよかった……っ!』

「あぁ。自慢じゃないが、説教で人が殺せる自信がある」
『…………あは……手加減してね……?』
「さて、な?」

世界が歪む。
彼女の嗚咽を飲み込んで、祭壇が消える。
世界が白く光って――。

気付けば俺は扉の前に戻っていた。
後ろを振り返ってもあの煌びやかな空間は消え、ただ暗闇を写している。
俺は溜息を吐いた。
あまりこういう突発的なことにはなれないが――まぁ、なるようになるか……。
そして――俺の生きる世界への扉を開いた。






「お待ちしておりましたキツキ様」
俺の目の前に立つのはルーツさん、だったか……確か王女様。
そんな位の高い彼女が俺に頭を垂れる。
護衛だろうか、赤羽のシェーズさんも一緒に居た。
「は、はい……?」
俺は正直面食らって引く。
なんだ……!?
「あ、キツキー! キツキだー!」
「うおっ!?」
彼女の後ろから飛び出してきたのは――ランスの転生。
「ちょ、ちょっとまて! こらっ!」
「嫌ー! 置いてくなんてずーるーいー!」
「この子がどうしても貴方に会いたいと言って聞かないのです……」
うんざり、と言った風に溜息を吐く。
そんなもん俺に言われても知らないって。
「っていうか昨日まで全然喋らなかったじゃないか!」
「うん! ランスにね! いっぱい教えてもらった!」
神様に教えてもらったからって一晩でこんな風になるのか!?
「と……まぁこのような調子なもので。
 では上流マナーを身につけて貰おうと思ったのですが……」

無理だろうな。

何だろうこのヒシヒシと伝わってくる悲しさと言うか虚しさと言うか……
姉自ら手を焼いてやろうというのにこいつには……
「キツキー!」
俺に引っ付いて離れない。
まるっきり……
「まだまだ子供のようです……」
「まぁ……生まれて2日目って感じだもんな。仕方無い……と思おう」
「そうですね……」
「ん? 何でキツキもお姉ちゃんも同じ目で見てるの〜?」
「おね……!!」
「何でもないさ。って、ルーツさん?」
俺に引っ付く彼女を見ながらプルプルと震える。
「い、今、お、お姉ちゃんと言いましたか!?」
「うん? お姉ちゃんでしょ? ルーツお姉ちゃんだってランスが教えてくれたよ?」
ルーツさんが頬を赤らめて恥ずかしそうにモジモジする。
……嬉しいのか……。
俺に気付くとキッと顔を引き締める。
「と、とにかくですね……その……」
言葉が見つからないらしい。
もしかしたら凄くからかいがいのある性格をしているのかもしれない。
とりあえず助け舟を出す。
「そういえばこの子……名前は?」
「この子は――」
名前を言おうとしたルーツさんとの間に、いきなり彼女が割り込む。


「ラエティア! ラエティア・メンシス!」


自信満々に答えて胸を張る。
ラエティア、か。
心なしか良く馴染むいい響きだった。
「ラエティア、ね。ティアでいいか? 舌噛みそうだ」
「ティア……ティアっ! うんっ! ティアもそれがいい!」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! 貴女は!」
慌ててティアを押さえるルーツさん。
「嫌だ〜! 変な名前やだ〜!」
「へ、変……お父様に失礼ですよ?」
「知らないっ! ラエティアの方がいいの! キツキなの!」
「は? 俺?」

「ラエティア・メンシス。喜ぶ月! ってランスがくれたの!」

…………オイ。
外国版俺の名前か?
コウキがハッピームーンって言ってきやがったのを覚えているが
そんなめでたい名前しているつもりは無いぞ。
「……ちなみに、本名は?」
俺はルーツさんを振り返る。
「お父様は
 エアリィン・ランスフィールド・グランバレルを名乗らせろと……」
「いーーーやーーーっ! お姉ちゃんそれ嫌っ!」
「わ、私に言っても〜……」
かなり困っている”お姉ちゃん”。
なんていうか素の部分が出ている。
「ティア、ラエティアの方が可愛いよね? ね〜ぇ〜」
俺から離れて今度は姉に取り付く。
だだをこねているだけだが。
「う、う……」
揺れている……!
葛藤の真っ最中だ。
「うぅ。ティア……ダメかなぁ」
涙を浮かべて見上げる。
葛藤の中で彼女の中にある何かが崩れていっている。
「おねぇちゃぁん……うぇ……」
「か……っ!」
そして、あっさり折れた。

「可愛い! それでいきましょう!!」

……泣き落とし一本……
俺は二人に聞こえないようにぼそりと呟いた。
どうするのか考えてないだろうから、ちょっとぐらい俺も言い訳考えとこうかな……。


結局、王様を言いくるめたのは俺だった。
まぁ言いくるめるというほどじゃない。本名で旅はできないから通称で使う名ということになった。
本人は自分をラエティアで受け入れる方で納得いているようだが、むしろそれは俺が納得いかない。




後から気付いたんだが、シキガミって意外と高位だった……。
確かになんか変だなぁと思ってはいたが。
旅立つと言ったら俺達の護衛にと黒羽部隊がついてこようとしたからな。

そのときだった。
俺が、
「逃げよう」
と、ティアに言った。
ティアは金の目をきらめかせて眩しいぐらい笑うと――
「うん!」

そこで彼女は――初めて、羽を広げた。

――金の羽。
見惚れるほど綺麗で、あの夕陽に見たフランさんの羽を思い出した。
夕焼けの優しい光を織り込んだような――暖かい金色の羽。
その場に居た全員が、その神々しさに膝をついた。
俺の手を掴むと窓へと走り出す。

そして、ありえないスピードで飛び去った。

まぁ、実はすぐに町の傍に降りたんだけど。
黒羽が追って出たのを見て、とりあえず俺はフランさんの無事を確かめにおじさんたちの家へと向かった。

俺を見るなりフランさんは走り寄ってきて――
「何処行ってたのよっ! 心配したじゃないっっ!」
と、チョップをお見舞いしてくれた。
「いたっ! お、落ち着いてくださいフランさん!」
俺が言うとフンッと顔を背ける。
「知らないっ! もう……その子は?」
そして、俺の後ろに隠れていたティアに気付いた。
「ティア? ティアはラエティアだよっあなたはだあれ?」
フランさんに興味があるようで俺に隠れながらチラチラと見上げている。
「あたしはフラン。そう、ティアちゃんって言うんだ。よろしくねっ」
「うんっ!」
俺の後ろから出るとフランさんにテコテコと寄っていく。
フランさんはかわいーといいながら撫でてやっていた。
なんか、小動物扱いだな、と思ってみたりした。

「で、この子どうしたの……? まさか……」
なんかいやな目で俺を見るフランさん。
おい。そんな趣味は無い。
「そんな目で見ないで下さいよ……。この子は加護神ランスフィールドの転生で、神子なんです」
「え……? じゃ、じゃぁ……もしかして……」
「俺がシキガミのキツキ。ってことらしいです。
 まぁ昨日の今日で信じろって言うのも無理があるかも知れませんけど」
「シキガミ様……!? あ、あの、あたし失礼なことを沢山……!」
「や……べつにいいですよ。命の恩人にかわりないですし」
いきなり神性クラス2位の偉い奴だぞなんていう気も無い。
俺には偉いのかどうかすら分からない。
「そ、そっか……」
「それで、急なんですが俺、旅に出ないといけないみたいです」
城にも追われてるし。
「えぇ!? ……行っちゃうの……?」
「はい。すみません。色々迷惑かけっぱなしなのにいきなり居なくなるなんて……。
 必ずお礼できるように戻ってきますから」
俺はフランさんに頭を下げた。
本当に良くして貰ったのに何も返せていない。
今は何も出来ない……だから頭を下げる。
「そんな……。いいのよ。キツキ君は、お店を手伝ってくれたし」

「そうだそうだ。キツキ。おめぇは何も気にしなくていいのよぉ!」
――後ろから豪気な声が聞こえる。
「おじさん……」
「うわ! おっきい! おじさんおっきい!」
自分の二倍はあるだろうおじさんに恐れることなく走り寄ってピョンピョン飛び跳ねる。
「おう? またちっこいの連れてるなぁ? 好みか?」
そんなティアの頭をぐしゃぐしゃ不器用に撫でる。
すっぽり頭が包まれる手は圧巻だ。
「やーめーてー! あはははっ!」
ティアも楽しそうに笑っている。
「違いますよ……でも、俺の守らないといけない子なんです」
「がはははっ! そっかぃそっかい! そんならこいつ持ってけ!」
おじさんは俺に向かって何かを投げる。
俺はなんとかそれを落とさずに受け取った。
それは――バッグ?

「そいつの中身は、旅に最低限必要なもんだ。
 ちぃっと小遣いも入ってる。じゃぁな。がんばんな! うははは!!」

――……で、デカイ……!
元冒険者だと聞いていたが流石だ……!
こんなにも大きな人は人間的に大きな人は初めて見た。
「あ――、ありがとう御座います……!」
師匠! と言わんばかりの勢いで俺は頭を下げた。
ほんと……この人たちには全く頭が上がらない。
俺は絶対に恩返しをしないといけないな、と頭を上げる。
「もう……。見送りはしないんだって。ついていきたくなるからなぁがはは。って口癖なの」
「はは……確かにおじさんは心強そうだな」
「でも、お母さんと結婚してからここにずっと居るって決めたんだって」
一途に、それを守るために――ここに居る。
あぁ、やっぱ、でっかいな……。

「よし……とりあえず……!」

お金の単位からフランさんに教えてもらわねば……







旅立ちに1日を要して準備を整えた。
まぁ、だがその甲斐あって意外としっかりした身なりと知識を整えた。

「何から何までありがとう御座います……本当に何とお礼を言えばいいか」
「あはははっいいのよっ! キツキ君と長く居れたし……その!
 ティアちゃんとも仲良くなれたて楽しかったしね」
「うん! 楽しかった!」
「ふふっありがと」
「うし……行くぞティア」
俺はカードを出して”マナ”を通す。
確かに体の中の流れをイメージすると、何かが共鳴するみたいだ。
カードは――光を帯び始めた。

「それじゃ――ありがとう御座いました。お元気で」
俺はフランさんに最後の礼をする。

「――うん。行ってらっしゃい」

フランさんらしい、笑顔で俺達に手を振ってくれる。
「またね〜!」
ティアも楽しそうに手を振る。
1日で滅茶苦茶なついた。

ィイン――……!




光が二人を包み――その導きの示す場所へと消えた。
悲しい、と思った。
数日……ほんの数日一緒だっただけなのに。
でも、生憎ここで流す涙は持ち合わせていない。
だから笑顔で――……

「また……会おうね」

彼女は、青空に手を振った――。


前へ 次へ


Powered by NINJA TOOLS

/ メール