閑話『飛鳥の旅 後編』



「いいいいいいいいやあああああああああ!!!」

『散りばめる事幾億。流れること幾千』

「やああああああああだああああああああ!!!」

『意志ある者に結する凍りつく聖銀』

「み゛ゃ゛ーーーーーーーーーーーーーー!!!」

蒼雹矛双そうひょうむそう!!』


両手を目の前に差し出し銀の一線を掴み取った。
次の行動は分かっていた。
敵の横薙ぎの剣を避けるために大きくジャンプ。
自分の身体じゃ考えられないほど高く飛び上がってそのモンスターの頭上を越えた。
そして振り返らないまま一歩、後ろに力強く踏み出す。
蒼雹矛双と呼ばれたその双頭矛を右腕の脇に抱えてそれを貫く。
そして殆ど間を置かず力を込めて回転すると、そのままもう一度矛の刃がそれを切り裂いた。
トドメ、といわんばかりにその矛を振り上げてそのモンスターを貫いた。
一片の迷いの無い、見事な攻撃だった。

他人事のように思う。

「うははははははっぷっくっっひ、はははは!!!
 はーはー……お前はワイを笑い殺す気か!?
 面白いわぁ! ははは!」

目の前で彼がお腹を抱えて大笑いする。
一方あたしはモンスター化した瘴気の宿った死体が淡い光を放って消える中心に、双頭の矛を持って立っていた。
幻想的にも見える空間。
ただ、敵を切刻んでいた自分の腕を見て呆然としていた。
武道の経験は皆無。
運動はそりゃ他の子とかよりは得意な面があったけど、
男子とか本業運動部の子とかには到底適うような動きはしていなかった。
ちなみに得意だったのはフラフープだ。あと砲丸投げ。
あまりにも長い間大笑いし続ける彼に次第にムカついてきてその矛を思いっきり投げた。

「ちょ!! あぶなああああっ!?」
「危ないでしょ!!!?」
「それワイの台詞やって!!」
「それはどうでもいいの!」
「どうでも良うないわっ!」

勢いだけで交換される言葉。
当てる気も無かったし、本当にこの話題はどうでもいい。
それより――

「どうなってんのよ! それ……! 身体も勝手に動いた!!」
「無視かぃ! ……まぁ。シキガミやからな」

あたしが真剣なのを悟ったのか、すぐにバツが悪そうに頭を掻いてそう言った。

「シキガミって何よっっ!」
「ワイら神子の武器や」
「武器!?」
「そう。君らはワイらの“アルマ”や」
「アルマ?」
「そのまんま。武器って意味や。
 ただ、アルマを言葉として使う場合、“シン”の宿るもののみに限られるんやけど」
「シン!? も、もう訳わかんないよ!?」

根本的なものの意味が分からないと結果が見えてこない。
しかし根本にたどり着くまでにも意味をわかる必要のある単語が多過ぎる。

「シンつーのは言霊や。意味のある、力のある言葉。
 そいつを色んな武器とかアクセサリーに刻み込んで“アルマ”って呼ばれるようになんねん」
「で、でもあたし何にも……」
「あぁ。そやな。その辺のカラクリはラティスに聞かんとな」
「ラティスって?」

ラティスと言う名前を瞬間的に美味しそうだと思ってしまったが口にしない。
どうせまた阿呆って言われるし。

「――神様」

……胡散臭いことをこいつは言う。
神様なんて居ないし。
そんな軽く会いに行こう的な雰囲気で言われても困るのだ。
あぁ、大体存在自体胡散臭い。
棺桶に入ってたくせに色黒だし。
ヴァンパイアを名乗る癖に流暢な方便だし。
モンスターに関しては見てしまっているので信じざるを得ないが何か不明瞭な部分が多い。
そして何より。

「ふぁぁ……眠い……ちょぉそこの部屋で昼寝して行かへん? 外雨やしー」

こいつ……何を血迷ったのかそんなことを言い出した。

「あ、あんた……どういう神経でこのお城で寝てんのよ……」

あんな怖いのが居るのにどうして寝ていられるのか――。

「寝てたら煩いのって気にならへんし?」

本当にこいつはこの部屋で寝るらしい。
信じられない。
……色々。





あの日お城で夜を明かしたあたしは心身共に疲労していた。
さすがに可哀想だと思ったのだろうか彼はなんだかフワフワと身体を浮かす魔法を使って
雨上がりの道をスイスイ進んであたしを近くの街まで連れて行った。
魔法じゃなくて法術だとウンチクを色々聞かされたが、あたしにはそれは魔法。
お風呂に入って、ベッドについた瞬間から記憶が無いが――
朝起きたら目の前にアイツが居たことだけ事実として言うけど。

モチロン蹴り飛ばした。

「ごほぁーーっ!?」

ベッドから垂直に飛び出るとドスッと床に腰を打ち付けて悶えるジェレイド。

「きゃあああああああ!? なんでそこで寝てんのよあんたっっ!?」
「うぅ…………に、二度寝タイムや……次は起きへんかも……ぐふ……」
「今すぐ起きないと暴力にうったえるよ!?」
「……アスカ、叫ぶより先に暴力使ったやん……」
「はぁ?」
「いえ……すみませんでした……」

朝一番から遺憾無く発揮されるヘタレっぷり。
そんな奴があたしと同じベッドでぐっすり寝ていた。
嫁入り前の女の子になんてことをっっ。

「……一応聞くけど、何もしてないよね?」
「しとらんて。ちょっと血ぃ吸いそゴホァッッ!!」
「何考えてんのっっ!!」
「か、考えただけやん……実行してへん……」

あああっとカカト落としの刺さった頭を抱えて床に沈むジェレイド。
――そういえば、こいつはヴァンパイアだった。
血を吸うというか、ちょっと嘗めるだけで一日動けるらしい。
飲ましてくれるならそれこそ量に応じて。
法術を使ったりするとすぐに動けなくなるんだとか。
車のガソリンみたいなものなのだろう。
話を聞くとそんな風に思った。

「ふぅ。もーちゃんとこの世界知ってもらわんとな。
 ラティスんとこ行こか」
「噂の神様? どーやって?」
「聖域っつー場所があってな、そこは神様に会える場所やねん」
「聖域〜?」
「ま、行ってみりゃ分かるって」

聖堂はそこそこ大きいものらしく朝の礼拝が終わったのだろうか人々がぞろぞろと出て行っていた。
ジェレイドは丁度よかった、とそのまま中へと入り、司祭と思われる人に何やらを話して奥へと案内されていた。
あたしも手招きされて呼ばれたので後をついていく。
案内されたのは聖堂の教卓の横にあったドアの小さな部屋。
更に奥へと続くドアが一つあってそこを押し開ければいいとジェレイドに促された。

「……え? あけるのあたし?」
「そうそう。ええから行って来い」
「……?」

疑問しか浮かばずとりあえずその大き目のドアに両手を当てて一気に押した。

コン。
自分の足音が響く。
あれ、と思った。
目の前には大きな空間そして、祭壇だろうか、沢山の奉納物が並べられた壁。
祭壇の先には大きなイスが一つあってその後ろに飾ってあった剣が目に入る。
――ここ、は?
後ろを振り返ると扉が無い。
――焦った。

「あ、あれ!? ジェレイド!? ねぇ!? ジェレイド!!?」
『――おちつけ。大丈夫やから』
「あ、ジェレイドっ!? 何処――!?」
『残念やけど、ジェレイドじゃない。
 初めましてアスカ。ワイがラティス。氷の加護神や――』



ラティスに会った。
ラティスはジェレイドの神性、喋り方もテンポも全く同じ。
それでも見えない存在だし空間を作ってあそこに存在していた、ということは凄い存在なのかもしれない。
この世界はあっちの世界とは違う事、あたしが死んだこと、その理由。
彼は全部知っていて全部教えてくれた。
あたしが死んだ理由自体は分かっていたが、それを誰かに話した覚えは無い。
理にかなっているかどうかは測りかねるが、言っていることを鵜呑みに信じれば全てが合致する。
あたしはそこまで難しく考えるなんて出来ない。
この世界がどうとか、魔法とか……そりゃ、ちょっとは気になるけど。
――こうなったら意地でも帰る方法を探すしかない。



「――どやった?」
「んー。良くわかんないよ。
 やっぱり、自分で帰る方法探す」
「うはっ、シキガミ様ワイを見捨てる気ですか〜?」
「シキガミ様って言われても……」
「――ま、ええけど。アスカはアスカのやりたいようにしいや。
 ほんならな」

そいつは踵を返して聖堂を出た。
――呆気無く、あたしの前から去っていった。
何となくフラフラーっとした頼りない足取りだった。
ヴァンパイアだから日の光に弱いのかな……あぁ、でも太陽好きって言ってたし……。
何も言わず、あたしはその背中を見送ることになった――。







『――ようこそ、氷の加護神ラティスの祭壇へ。
 本日二度目のお出ましやなアスカ』

何処に行って何をするのかが分からない。
だからそのままラティスの元へと戻ってきた。

「ねぇ、あたしとりあえず何をすればいい?
 服は欲しいんだけどアルバイトとか?」
『いや、まぁぶっちゃけ何でもどうぞって言いたいんやけどな……
 なんや、帰りたいんやろ? 無理やけど』
「……信じないっ帰るのっ」
『さよか。まぁ、服を買うにしても金が必要やしそうすればええんとちゃう?
 そっから武器も買って旅もせにゃなぁ』
「……投げてない? 神様じゃないの?」
『……神様じゃないなぁ……もう』
「もう……って、どういう……?」
『さっきもゆーたけど、ラグナロクに選ばれた時点で、神性クラス1位の神としての地位は無くなるんや。
 ワイらに与えられる神としての最後の権限がシキガミ召喚でな。あとはなーんもできんのよ』
「……あたしを召喚したから……?」
『そやな。確かにこうやって祭壇創って会話できるんやけど、それはアスカに限っての話』
「完全に人選ミスじゃん」
『ははっそやな』

短く肯定して、神様は溜息を付いた。
――何かを諦めたときの溜息。
それが酷く、あたしの罪悪感をかきたてた。

「……ねぇ、何で怒ったり強制したりしないの?」
『ワイもジェレイドも、アスカにシキガミとして自分の意志でついてきて欲しいし。
 ほら、最初から武器とか、物みたいな言われ方して変やん?』
「変……」
『意志があるのに物みたいに扱われて。
 武器だとか。助けてとか。勝手に押し付けられて意味の分からんことしたくないやろ?』
「そう……だけど……」
『やったらアスカはアスカのしたいようにしたらええ』

――なんだか、腑に落ちない。
それならあたしの必要なんて無いし、最初あんなに助けを求めておいて
あたしの自由にしてくれと言われると、悪いのがあたしみたいじゃん。

「ねぇ……なんで、あたしなの……?」
『――アスカ。もう一回だけ、聞いてくれるか……』
「うん」
『ワイらラグナロクに選ばれた神性は、肉体と神性の複製だけで一度転生するんや。
 神性の本体は、ワイら。器として神子。
 そして、それを繋げることが出来る役割を負うのがシキガミや。
 ワイが今回ラグナロクに選ばれたのは――贔屓したからや。
 あんな、可哀想な生き物を放って置けへん。
 知らへんよなぁ。ジェレイドも話せぇへんし。
 アイツ……いや、あいつ等は死なへんかった。
 本当は優れてる種族やのに、あいつ等はそれだけで化け物扱いされてこの西の果てに追いやられて。
 やから、ワイは生態系三つ丸ごと変えた。
 突然変異どころの話じゃなかったし。
 ヴァンパイア種族に同情してしもたんも確かやし』
「……変えたって、どんな風に……?」
『一つ……――死ぬように』
「……うん」

生命として循環するように創った。
死なないというのは全ての生命からの嫉妬に値するだろう。

『二つ……――夜生きるものから昼生きるものに』
「……うん」

全ての生命の活動元は太陽の光。
彼らもそれを浴びて生きるように。

『三つ……――血を吸う人を――生涯唯一に』
「……………………え?」
『ヴァンパイアの種族の根底約束は生き血を吸う事や。
 それは消せへん。
 やから彼らに送られる花嫁に永遠を捧げることを約束させた。

 ――彼らが吸血する時は、永遠の相手を決めた時――』

――うん?
首をかしげた。
まぁ、この世界に来て2日目、混乱もまだまだ沢山残っている。
フラッシュバックするように此処に落ちてきた時から記憶が一気に流れた。
怖かったお城。
そして、逃げ込んだ部屋――棺桶。
蓋を開けてすぐ、彼は――あたしを助けてくれた。

血と、引き換えに。

  「ワイの花嫁に何してくれてんの死体風情が――……」


あ――れぇーーーーーーーーーーーーーーー!?



『思い出してもらえた? シャイなジェレイド君の大告白やってんけど』
「かっ……!? えっ……!? か、勝手だよそんなのってっっ!!!」

――ああありえない……!
会ったばかりのあたしを助けるためだけに。
一生で一度の吸血相手にしてしまうなんて。

『愛する人の血を飲むと力がでるんやって。あぁ、ほかの人の血ぃ飲むとな、灰になんねん。
 確かに血さえ飲めば半永久に生きるんやけど、相手が生きてればの話な』
「だから勝手だって言ってるでしょーーー!?」
『あぁ。勝手やな』
「……っっ!!」
『だから、ゆーてるやん? 好きにしたらええよって』

――こいつら、こんなにも、ずるい奴等だったのか。

「そんなのずるい……っっ」
『そうかぁ?』
「ずるい!! 追わないといけないじゃない!」
『追わんでも大丈夫やで? どっかで栄養不足で死ぬだけやし』

ならなおさら。
血もあげないといけないし、あいつの武器にならなくてはいけない。

「……死ねばいいのに! アンタは――!!」
『死ねるなら死にたいんだけど』

「………………ッッ!!!」

いい加減、堪忍袋の緒が切れた。
中からは今までにない怒りがあふれ出してきた。

「怒ったーーーーーーーーーーーーーー!!!

 わかった!! わかったわ!!!
 そっから引きずり出して説教して死ぬほどぶっ飛ばしてあげる!!!」

怒りで涙が目の端に溜まる。
それでもその祭壇の先を指差して睨みつけて叫ぶ。

『おっそりゃ楽しみやな。多分、説教するのはぶっ飛ばした後になると思うねんけど』
「死ねばいいのに!! ホント!!」
『っはっはっ怒った顔も可愛いな?』

その顔は容易に想像できる。
人を食ったような笑いで方眉が下がっている彼独特の笑顔。

「っ死ねーーーー!!!」
『――あぁ。楽しみや。アリガトなアスカ』
「知らない!! アンタを助けるためじゃないし!!!」
『それでもアイツの剣になってくれるならワイは嬉しいねん』
「ああああもう!!! 思い通りになるのがムカつくけど!!!
 アンタだけは絶対に殴るから!! ついでにジェレイドも!!!」
『うわぁ南無さんジェレイド。
 ほんなら――追ってくれるかアスカ』
「わかってるわよっっ!! 死ね死ね死ね!!」
『ハハハハ。あぁ、そうや。
 ヴァンパイアって吸血以外にも栄養を取れるんやで。唾液とか愛液とかで』

――ィン!!
空間が傾いて曲がって消えていく。
あたしは絶句状態で両手を握り締めたまま立ちすくんでいた。
そして、気付けば扉の内側に帰ってきていた。
ちなみに、聖域とされるこの扉の内側は小さな小部屋だ。
招かれる際には扉をくぐった瞬間に祭壇だが――おわれば、質素な小部屋に戻される。
あたしは振り返って扉を開く。
そして、その聖域のある建物から外に出ると――走り出した。


何処にいるの。
あいつは。
足元ふらついてたくせに。
アレは、多分もう限界が近いからなんだろう。
血も少ししか飲んでなかったみたいだし。
言い知れないもやもや。
色々ごちゃ混ぜの感情。
何がなにやらよく分からないけど。
確かにあるたった一つだけを引き出して全力で走った。

道行く人に、背の高い白髪の男が来なかったかと聞くとすぐに答えが返ってきた。
アイツは目立つ。
目撃証言を辿ればすぐに追いつけそうだった――。



「――ん? なんや騒がしいな」

そいつは、その街の公園だろうか。
時計と、シンボルのある噴水のベンチに目立つ身体を寝転げさせていた。
眠そうな顔でこっちを見て目を擦ってあくびをした。

「――っはぁっジェレイド……!!」

ちょっとだけ眩暈がして前かがみに呼吸を整える。
全力疾走する機会は多かった方だけど、こんな必死になって走るなんてなかった。

「……アスカ。どした?」
「の――……」

――準備運動は十分。
ストレスも十分。
不完全燃焼だったさっきの不意打ちの言葉。
ラティスの台詞はこいつの台詞。
そう、全部、こいつのせいにしてしまおう。
右腕が熱い。
ああ、今ならきっと世界を獲れる。
上半身全部を振りかぶって右手に力を込めた。

「セ・ク・ハ・ラーーーーー!!!
 死ねばいいのにーーーーー!!!」
「のあああああああ!!!?」

平和な街に、可哀想なヴァンパイアの悲鳴が木霊した。



此処から。あたしと、ジェレイドの旅が始まった。
壱神くんに会ったのは――この数日後の話だ。

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