第41話『写し身の鏡』





大体、勘がいいときはそうだ。

嫌なことが起きる。

小さい頃からそうだった。
それに気付いたのは父親と母親を失ってから。
それから、妙に勘の冴える日は用心するようにしている。


今日も……なんか、やーな予感するなぁ……

















「うっし……この部屋が最後かな?」
俺達はその扉の前に立ってそれぞれの身なりを整えていた。
怪我をしているとアキが治してくれるし。
魔法トラップや危ない場所はジェレイドが教えてくれた。
なんでか良くわからないけど見えてるみたいにトラップの場所は当ててくる。
「多分やけどな」
ジェレイドがやっとやな〜と笑顔を見せた。
凄いことを平然とやってのけるためみんな特に意識はしていないんだろうけど……
やっぱりジェレイドは曲者っぽい。
「それじゃ開けるよ〜?」
四法さんが扉に手をやる。
「はいっ気を抜かず頑張りましょう!」
ファーナも表情を引き締めて言う。
恐らく小箱はここにある。
だから気を引き締めて掛からないといけない。

ギィッと重い鉄の扉を押した。
そして――今回の試練の大詰めへ。





















「あれ?」

何も無い、と最初は思った。
だから俺は唖然と声を出した。

煉瓦に囲まれたパーティーにも使えるような大きな部屋。
本当は塔の最上階で、屋上ではないのだが老朽化で崩れたのだろうか、大きく空が見える。
罠が張ってあった今までの部屋とは違い、そこにはそういったものが無い。
かわりに、鏡のような物が一つ部屋の中心に置いてあった。



「鏡かな……?」


皆で周りを見回しながらその鏡に歩み寄る。
「凄い大きいですねー……向こうがあるみたい」
「そうですね……私もこのような大きな一枚張りの鏡は見たことがありません……」
アキとそれにファーナまでその大きさに圧倒される。
その大きさは何と部屋の端から端、それに天井スレスレまでが一枚の鏡だ。
豪華な金色の枠が更に高価な物だと思わせる。
あんまり触りたくない。
割っても弁償できなさそうだし。
なんかすっげぇ嫌な予感するし……。
俺がそんなことを考えていると四法さんがポテポテと鏡に近寄って覗き込む。

「でも……なんでこんな所にあるんだろ……?」

その鏡に手を伸ばし――触れた。




ズプ……!




「え!? 何!?」
「危ない四法さんっ!!!」
俺は反射的に伸ばしていた手で四法さんを掴む。
「やっぱりかアホ!!」
慌ててジェレイドも俺の手を掴んで引き留める。
それに続いてアキとファーナが全員1列になって引き込まれるのがピタリと止まった。

「きゃーーーっ!? 引っ張られてるーーーっいーーーやーーー!!」
「おい!? 鏡の中の奴等全員ニヤついてない!!?」
俺は多分もうチョット真剣な顔してるはずだが鏡の中の俺は俺を見て笑う。
「クソッタレが! コウキの笑いエロいぞ!?」
「え、エロくねぇよ! どっちかっていうとジェレイドのがエロい!!」
「うそやん! ほらめっちゃニヤニヤしとるし!!」

「そんな論議は後でいいですから早く引っ張ってください!」
一番後ろからファーナの声が聞こえる。
「今やらずに何時やるんだよぅ!」
「先に結論をあげます! 引き分けです!!!」
有無を言わせぬ結論で収められる。やるな……!
「もーー!! 真面目に引っ張ってよーーーっ!!!」

多分こっちに来て数本の指に入る危機の一つなのにこの会話はないだろう。
確かに肘まで引き込まれた彼女を見るともうウダウダ言ってられない。
俺も腕を四法さんの腰に回して両足で踏ん張る。
「ジェレイドさんちょっと力入れますね!!」
アキが叫ぶ。
「え゛!?」
ジェレイドからなんだか情けない声が聞こえた気がした。
アキの力を嘗めちゃいけない。
普段の力なんて10分の1にも満ちてない。
なんせあの剣を振り回せないといけないわけだし。
「うっしゃー! 一気に力入れるぜ!!」
俺達は姿勢を低くして思いっきり四法さんを引っ張る。

『せーーーのォッ!!』


ズププププ……ズリュリュリュ!!



一気に後ろに引っ張られて後退していく。
そして青色の髪になったアキが思いっきり力を入れた瞬間――。


ブワッと、体が中に浮いた。

アキを基点に四法さんと俺とジェレイドが思いっきり浮いた。
なんだろう、3人まとめてジャイアントスウィングを食らっているような浮遊感。
――ジェレイドが出した声の意味がようやく分かった。


そして、それと一緒に鏡の中から何かが引き擦り出される。
「なんかでたーーーーー!!!」
鏡と同じ景色を映し出す塊。

目の前にある景色――つまり、俺達を映し出す塊は――

「きゃああああっ!! 手放してよ〜〜!!」
「うわっ!! トラブルメーカーが増えよった!!」
「ジェレイドも居るでしょ!!」








その形を、俺達をかたどったモノにした――。
その中で一番先頭に居る彼女はほぼ完璧に近い形になっている。


















「――っチィッ! 収束:1000 ライン:掌の詠唱展開!

 夜の紅い斬風ノックス・ウェントルベラ!!!」

両手を突き出し、術式ラインが腕から掌まで真っ直ぐ伸びる。
漆黒の方術陣が空中に術式を走らせ敵をグルリと囲んだ。
よく見ると鏡の俺達の映らなかった部分は全て引っ付いていて、
全員がガタガタと別の方向に動こうとしてまごついていた。
不完全な立体の――俺達。

漆黒の魔法陣は囲んだ空間の光を吸い、その空間を小さな夜にした。

――そして、その中を燕が飛ぶように刃となった風が一斉に舞う。


ガシャーーーーーーーーーァァァァンッ!!!

ガラスの破片が飛び散り、俺達を模ったそれらが砕け散る。
方術の残り風に舞いキラキラと光りながら空を舞った。
「すげ……!」
俺は凄まじい術に圧倒されつつ腕で顔を守りながらその方術を見ていた。
ファーナもアキの剣の影でその光景を傍観していた。
「……ノックスの方術……!?」
「知ってるのファーナ?」
ポツリと呟くファーナにアキが問う。
ファーナはコクリと頷いてジェレイドから視線を外さずに話す。

「はい……ヴァンツェに聞いたことがあります。
 なんでも夜を司る一族に伝わる方術の一つで、
 強力ですが光りのある世界では使えないというものです」

「はははっよう知っとるやん」
ジェレイドは振り返り悪戯がばれた子供のように笑う。
「夜の一族って?」
「ヴァンパイアやな」

俺は咄嗟に2歩後ろに引いて身構える。

「血ぃ吸いますか!?」

俺の両手は首元をガードしている。
「吸わんわ! ワイは血が大の苦手なんやっ!」
「うわっ! ヘタレかよ!」
「ヘタレいうなや! 吸うぞコラ!」
「やっぱり吸うの!?」
「タバコを!!」
「やめろよぅ!!」

不毛だ。


ジェレイドが一服しながら鏡に向き合う。
触れるまで偽物は出てこないっぽい。
さっきの一戦のせいだろうと思われる変化があった。
俺達は5人。
だが、鏡に映るのは4人。

一人、映っていないのだ。

「あたしが居ない!!?」
四法さんはさっきとは打って変わって遠めに鏡を見ている。
もう近づきたくないらしい。
「さっき一応全部おったのになんでやろな?」
「でも形が完全だったのは四法さんだけだし……」
他の偽物は形が曖昧で体が引っ付いて居たりした。
「はっは〜ん? やっぱり一人ずつ引っ張り出して倒すしかないんちゃう?」
「じゃぁ……次は誰が行く……?」
俺は皆を見回す。
皆心なしか目をそらした。


「……じゃ、俺で」

まぁ……誰だって嫌だろうけどやらないと終わらないっぽいしな……。
「が、頑張って下さいコウキっ!」
「お、おうっ……! 皆ちゃんと引っ張ってよ!?」
「まかしときー!」
俺は息を呑む。
鏡の中の俺も同じく息を呑んだ。
本当にただ映っているだけのように見える。
そして、その鏡に触れた。


鏡の中の俺が、歪に笑った。





ガッッ!! 鏡の中の俺は、俺の手を掴むと、反対側の手で俺の服を掴んだ。
ヤバイヤバイヤバイ! 知ってるぞコレ……!!
必死に抵抗するが、鏡の俺は体を一気に俺の目の前にすべり込ませると、
鏡に向かって――俺を投げた。
体育で習った一本背負いだ。
俺はこれ一つで体育のトーナメントを勝ち抜いたのだ。

「ちょおおおおおおっ!!!?」
「姫さん歌を!!」
『短縮唱歌! 魔を絶つ銀の刃炎月輪!』

咄嗟に俺の体はグルッと横に回って跳ね上がる。
掴まれていないほうの手に炎月輪が現れるとそれで偽物の手を砕く。
俺は思いっきりそいつから距離を置くと鏡から腕を引き抜く。
鏡の俺も手を再生させて鏡から手を引き抜いた。
どうやら鏡に触れると回復するらしい。

――もう、鏡に俺は映っていない。

鏡の俺は液体のように揺らぎながら徐々に俺の形へと完成させていく。
走り出して剣を引き抜く。
早く砕かないと――!!
そんな俺と同時に鏡の俺は剣を引き抜いた。
足はまだ曖昧で、周りの景色が映り込んだりしている。
東方の剣で袈裟斬りにきりつける。
相手も同じく東方の剣を引き抜いて、同じように振った。

ガギィッッ!!



ガンッ!! ギィンッ!! キィィンッッ!!!


全くの互角……!?
いや、あの鏡は俺の動きを模倣しているだけだが――全く同じだ。
左右対称に武器を持つ俺が容赦なく俺と同じく斬りかかってくる。

いつの間にかその姿は、完全に俺を映し出した。

「やっべ……!」
鳥肌が立つ。
目の前にいるこいつが――俺の嫌な予感の正体だろう。
そいつは俺の姿をした写し身。
俺は構える。

さっさと倒さないと……!

だがそいつは俺を真似ない。
それどころか俺に背を向けると一目散に崩れた壁の無いところへと走っていった。
「あ!! コラまて!!」
俺も走ってそいつを追う。
「コウキ!? 何処へ行くのですか!?」
「わかんないよっ! アイツに聞いて!」
「聞いてます!」
「俺は本人! アイツは俺と剣を持ってる手が違うのっ!」
そしてそいつは壁の崩れ落ちた所まで走って――戸惑うことなく、飛んだ。

「うわっ!? 逃げるのかよ!?」
「せこいぞコウキ!!」
ジェレイドが走り寄ってきて下を見下ろしながら言う。
「俺か!? ……うん! 俺ならそうするかも!」
多勢に無勢なら逃げるが勝ちと出るのが俺の計算だ。
つまり――追うなら一人じゃないとあいつは逃げ続ける。
「……はぁ……一人で追うよ。行ってくる」
俺についている基本能力はアイツにもついているようだ。
「私も行きます!」
「でも降りたらもう一回上がらないといけないんだぞ?
 小箱をアキと取って降りてくればいいと思うんだけど」
「しかしそれではコウキが……っ!」
「大丈夫! あ! アイツどっか行ってるし!」
下に到着した偽物は塔から離れて何処かへと走っていっていた。
その先を見るとちょっとした村みたいなものが見えた。

……良くない。激しく良くない予感がする。

「んじゃ行って来る!! すぐ戻るからっ!」
事は急がなくてはいけない。
「……っはい。お気をつけて……!」

その言葉を聞くか聞かないかぐらいで俺は塔から飛んだ――。

























ダァァァァンッッッ!!


大きな音を立てて着地する。
衝撃緩衝の術式光が一瞬だけ足元で光った。

「うっし……! あっちだっけ!?」
すぐに体勢を立て直して走り出し――


「きゃああああああああああああっっ!」


ズドンッッッ!!

「むお!?」
俺のすぐ横に、何か落ちてきた。
「あは……はは……死ぬかと思ったぁ……」
「四法さん!? ジェレイドは!?」
四法さんが安堵の息を吐きながら土煙の中から出てくる。
「うん、壱神くんを手助けして来いって言われたの。
 そのつもりだったし、手伝うよ壱神くんっ!」
グッと拳を握って笑う。
「そっか……っんじゃとっととアイツ追いますか!」
「了解っ!」
俺達二人は偽物を追って走り出した――。

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