第42話『獣人の勇者』

太陽が高く、いい昼だった。
この村は獣人の村でパッと見より人口は多い。
辺境にある平和な村だ。
元々彼もそんな村の一員だった。

「すまんなクルード」
彼はそういいながら金の入った布袋と交換に布に包まれた大きな物を受け取る。
「ははっお安い御用だ。お前はこの村の勇者だからな」
軽い様子で相手の黒豹は答えた。
ここはこの村にある鍛冶屋だ。
壁に並べられた大きな武器は殆ど獣人向けに作られたもので、
並々ならぬ大きさが彼等の力強さを語る。

「馬鹿な。私はこの村に何もしてやれていない」
彼は頭を振って戸を振り返った。
「ははは、今に分かるさ。
 そそっ! 今度のはすげぇぞ。そう簡単には壊れねぇ。
 前は溶かされたんだってな?
 そいつは地精の宿る聖銀が使ってある。今度は溶けねぇぞ」
「……まて。そんなものを頼んだ覚えは無いぞ」
第一今渡した金じゃ足りないはずだが、と黒豹を顔だけで振り返る。
黒豹はバンバンとライオンの背中を叩いて真っ白な歯を覗かせた。

「出世払いでいいぜ♪ 期待してるっははは!」

この気さくな黒豹は彼の一番の友人だ。
かつては共に世界を旅する仲間だったが、片足を失ってからはこの村で鍛冶屋を営んでいる。
だからこいつが仲間思いでお節介という性格を知り尽くしているため、
彼も諦めてその大層な武器を戴くことにした。

巨体を屈ませて――というより元から猫背のようで戸をくぐりぬける。



「あ! アルベントー! アルベントだー!」
「あははっ帰ってたんだ!」
5〜6人の子供達がアルベントに群がる。
引っ付く。
登る。
子供が自分より大きい人に対してする行動はそれ。
その子達も例外なくそうしてアルベントにしがみついた。
「あははは。人気じゃねぇかアルベント」
彼はたてがみを風に揺らしながら困ったようにクルードを振り返る。
クルードはそれがツボに来たらしく爆笑して蹲った。
「登るなら別に私で無くとも良いだろう……降りなさい。私はもう行く」
「えーいっちゃうの〜?」
口々に残念がる子供達を体からはがしておろすと大きな布に包まれた大きな武器を肩に担いだ。

「すごーーい!」
子供達から歓声があがる。
小さな村だ。知らない顔なんて居ない。
「じゃぁな。次はもっと稼いでくる」
「あぁ。行って来い」
簡潔にそれだけを言って彼は歩き出した。
見送るクルードも簡潔にそれだけ言って子供達と一緒に手を振った。






村の出稼ぎの筆頭がアルベント。
男達は村の発展のために力を生かして他国での傭兵や冒険者稼業で稼ぐ。
前は見世物屋の奴と組んで荒稼ぎしたため結構な稼ぎになっていた。
最後にドサクサにまぎれて逃げようとしたところをひっ捕まえて、掛け金は戴いてきた。
もう使えないため次は何をするか、と考えながら入り口に差し掛かったときのことだ。




「まああああああああてえええええええ!!!」



「ん?」
誰かが前から走ってくる。
獣人とは、その身体能力が人間の数倍。
視力も聴力も並々ならない。
「――……コウキ、か!?」
だがすぐにその異常に気付いた。

二人……!?


前を走るコウキがアルベントに気付く。
おぞましい笑みを浮かべて剣を抜いた。
野性の勘。そうとしか言いようが無い速度でアルベントはそれに反応すると
思い切りそのコウキに向かって白い布を被った武器を振った。
スレスレでそれをかわして、コウキは一度体を捻って、アルベントの懐へと踏み込む。
だが、すぐに斬り返して来た武器に気付き、飛ぶように後ろに下がった。
村を背に武器を構えるアルベント。
丁度そこに、後ろのコウキが追いついた。
随分と久しぶりの対面。
一瞬だけ驚いてコウキは偽物へと向ける剣を抜いた――。































「もしかしてアルベント!?」
偽物を挟んで手を振ってみる。
「……そっちが本物のようだな。どうしたコレは」
「えっと……説明後でいい? そいつ倒してからで!」
「あぁ。十分だ……! ふんっっっ!!!」
土煙をあげて斧を構える。
それと同時に地を走ると剣を十字に構えて偽物が迎え撃つ。

ズガギィィンッッ!!!

重い音が響いたと思うと偽者は吹き飛んでいた。
布に包まれていた武器が姿を現す。

柄の部分が黒く、下に行くほど太くなっている。
そして柄の先には円を形作った部分とそれに沿うように飛び出た斧としての刃。
その刃には地精の術式ラインのシンボルが描かれている。


木に打ちつけられて、背中が派手に砕ける偽物。キラキラと光るガラスの破片が不完全な俺を証明する。
ひび割れた腕を見て忌々しそうにアルベントを睨んだ。
「鏡!?」
「そう……! そいつは鏡で出来た俺の偽物だっ!」

俺は瞬時に走り”地精宿る剣”を振る。
そいつも同じように腕を動かしたが鏡の体が砕けて、一瞬動きが止まった。
「ラァァッッ!!」
合わせて来た剣を避けてわき腹へと振り抜く。
ガシャッ! っとヒビが入ってそいつは横に転がった。

「ヤアアッッ!!」

そこにタイミングを計ったように追いついてきた四法さんが飛び掛る。
振り下ろした矛は右腕に突き刺さる。

『ぐああああっっ!!!』

――そいつがついに声を出した。

「あっ!? え!? ごめん!」
何故か反射的に謝る四法さん。
腕ちぎっといてそれも無いだろうが他人事なので放っておく。
「四法さん本物こっちだから!」
俺のを方をバッと振り向くと、あっそっか、見たいな顔して向こうに向き直る。
『いってぇ! 酷いよ四法さんっ!!』
「え!? うん!? ううん!?」
四法さんが混乱してきた。
偽物は壊れた傷口から血を映し出していた。
うわー……リアルで怖い。
俺の偽物がふらつきながら言う。


『四法さん……助けて……!』


そいつは助けを求めて彼女に手を伸ばす。
妙な違和感が俺の体を襲った。
本物は俺だ。
だが、その俺ですら一瞬……

――まるで、アイツが本物のように見えた。

「う……あ、……っ!」
四法さんが頭を抑えてブンブンと頭を振る。
そして、ふらりと一歩、あちらへと踏み出した。

「四法さん!?」

「……っあ、あ、壱神君を……助け……ないとっ!」
呟く。
しまった――……!
今のは鏡の術の一つなんじゃないかと思い当たる。
思い込みによる心理の逆転――神性の作り出した鏡って言うなら、
何だって逆さにすることぐらいできるんじゃ……!?
「四法さん!! 行っちゃダメだ!!」
俺は叫ぶ。
四法さんは立ち止まって俺と俺を見比べる。

『タスケテ……!!』

そいつは涙を流して片足をつく。


「……! 壱神君!!」


――っ!
四法さんはそいつの方へ走った。
「まっ――っ!!」
俺も四法さんを止めに走り――その手を掴んだ瞬間だった。









ガシャアアアアアアアンッッ!!!












その陰湿な幻想を銀色の斬線が砕く。
アルベントに応えて武器のシンボルに光が迸る。
その武器を硬く、重量を軽く、刃を鋭くする。
無慈悲とも言えるその攻撃は、完膚なきまでその偽物を砕いた。
「――はっ!? え!?」
四法さんが正気に戻ったように俺を振り返る。
「大丈夫!?」
「う、うん……ゴメン……」
一瞬でも騙されたことに恥ずかしそうに頬を掻く。
「おっけー俺は結果オーライ主義だからね!
 アルベントもサンキュー! 騙されなかったんだな?」
「――……ふん。偽物には匂いがないからな。すぐにわかる」
「におひ!? 俺そんなににおいますか!?」
「ああ。コウキの匂いだ。忘れてないぞ」
「うはっそうやって覚えるんだ〜へ〜!」

「ら、ライオン? ライオンが喋ってる……!?」

四法さんが驚いたようにアルベントを見上げる。
「あぁ! アルベントって言ってねっメチャ強い獣人なんだぜ!?」
「う、うんっそれはわかるっ! 今のも凄かったもん!」
照れてるのだろうか俺達から視線を外して髭の辺りを掻く。
その様子を四法さんは小さく可愛いと笑う。
「……? なんだあの光は?」
アルベントが視線を上げた先に何かあったようで俺達も振り返る。




キィンッッ!!



あの塔の最上階が強く光って――その光が飛び散った。

まるで鏡が砕けたかのように。

「――っ! 四法さん! 行こう!」
「うんっ!」
俺と四法さんが走り出すと、アルベントも俺達に並んだ。
「何があるのだ?」
「アルベントも来てくれる? そりゃ有り難い!
 あの塔のてっぺんにさっきの偽物の元凶があんの!」
ふむ、とアルベントは俺の応えに頷く。
「そうか……。急いだ方がいいのか?」
「ああ!」
俺が頷くとアルベントは俺達の後ろへ回るとヒョイッと俺達を担ぐ。
「うお!?」
「きゃっ何何!?」
「行くぞ! 落ちるなよ!!」

ブワッと風が一気に迫ってくる。
まるで車に乗ってるみたいだ。
獣じみたパワフルな動きでグングン塔に近づく――!
「きゃーーーーっすごーーーーい!!」
笑いながら風を浴びる四法さん。
エッライ楽しそうだった。







「また登るのか〜……」
「うぅ……魔法トラップが心配……」
俺達は此処まできて呆然と塔を見上げる。
するとアルベントが一歩前に出て言った。
「この塔は……ダルガネルの研究塔の廃墟だぞ?」
「ダルガネルって?」
俺が聞くとアルベントは塔を見上げるのをやめて俺達を振り返った。

「ダルガネルはエルフの錬金術の研究者だ。
 昔は本ばかり詰まった建物で、最上階のダルガネルの部屋以外は本しかなかった。
 が、まぁもう何年も前に大量の本も消えてダルガネルも居なくなったがな」

腕を組んでフンッと鼻息をつく。
「その錬金術の結晶が最上階の鏡なのかな……」
「鏡か……確かにダルガネルは鏡を主にした研究を重ねていたようだが」
それを聞いてほぼアレがダルガネルの研究の成果だということが分かる。
なら、試練の小箱は何処に……?
うーん……まぁ考えても分かるわけないか。
「何にしても上がらないとな。行こうっ!」
俺達は頷くと扉を開けて再びその塔を登ることにした。






































一度攻略した塔は簡単に進めた。
まぁそれも当然。攻略したのはさっきだし。

小一時間掛からないうちに、俺達は最上階へとたどり着いた。

四法さんがもう一度その扉を開く。

壁一面の鏡。その中に俺と四法さんの姿は映らない。
「何だコレは……!?」
アルベントが声を上げる。
当然だ。あまりにも大きすぎる鏡。
しかも俺達二人は映し出されていない。
「コレがさっきの元凶……つか、ファーーナーー?」

「ファーーーナちゃーーーん! アキちゃーーーーーん!!
 ついでに出て来なさいよジェレイドーーーー!!!」


「ワイだけ扱いがひどーない!?」
「コウキ! ここですっっ!」

声だけが聞こえる。
俺達は周りを見回してその姿が見えないことに焦る。
「……えっと、何処ーー?!」



「鏡の中です!!」




俺は目頭に親指と人差し指をあてて反り返りながら天井を仰ぐ。
「な、なんですかそのポーズはっっ」
……ちょっと居ない間に凄いことになってた……!
「うっそ……!? アキも!?」
鏡に走り寄るが姿も映らなければファーナも見えない。
「アキは自分の鏡を追って行きました!
 早く助けに行かないと……っ!」
俺は軽く鏡に触れるが何も起きない。
くそ……! どうやって引きだせばいいんだ……!?




「ねぇ……じゃぁ! 鏡のファーナとジェレイドは……!?」




四法さんがそう聞いた瞬間、俺達のいたこの部屋が――

”夜”に包まれた。

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