第44話『鏡の中へ』


「コウキ……行ってしまうのですか……」
ファーナが俺の目を見て言う。
「……それが俺の務めだから……」
俺は視線を外して目を閉じた。
「――っでも、他に方法があるはずです!」
ファーナが強い口調で叫んだ。
「探してる場合じゃないんだ……俺が……行かないと」
視線を戻して微笑む。
彼女はチョットだけ目じりに涙をためて頬を染めた。
「っでは、私も……っ!」
手を胸の前で握って一歩、俺に近寄る。
「だめだ! ……危険すぎる」



『ねぇ〜いつまでシリアスしてるの〜早くおいでよ壱神君〜』








とりあえず、鏡に取り込まれた四法さんを助けるために俺も鏡に入ることになった。
意外と真面目な展開だったので空気を読んでシリアス風味に決めていたところだ。
こころなしかファーナが不満そうな顔をした気がした。

「わかった〜んじゃー行ってくるね〜」
そう言って鏡に向かうと覚悟を決めて歩き出した。
――まぁ神子の二人が出てきたという事実もあるし、出れないことはないだろう。
……軽率な感じかもしれないがとりあえず行かないと助けれないっぽいし……。

「待ってくださいコウキ、本当に行くのですか……?
 ここに帰れる保障は無いのですよ!?」

俺の服の裾を掴んでファーナが言った。

『そ、そんなこと言わないでっ! あたし死んじゃうよ!?』
「そうは言いますが現にアスカは出れてないでしょう」
「ほんますんません! うちの子がほんますんません!!」
なんていうかジェレイドが平謝りだ。
「アンタはムカつくっ! 死ねっ!」

「あっはっはっ。まぁすぐ帰って来るよ」
「あっコウ――!」

そう言って俺は鏡に踏み込んだ。























「ち……厄介な鏡やぁ。まさか、アルマしか受け付けんとは」
コンコンっと鏡を叩いた。
本来なら彼が入るべきだったのだが、ここにいる人のうちは入れるのはコウキのみだった。
ちなみにアルベントも入れるが――アレが出てくる。
「一体何なんやこの鏡……?」
ジェレイドが言うと、ファーナが小さく顎に手を当てて呟く。
「人に関しては入れるのが一度だけ……その代わり入ると出れない上に自分の分身が暴走する……」
「せやなぁ。入れるのはアルマだけ……

 まるでシキガミを誘ってるみたいやな……」


鏡の中に入ると声と音しか聞こえない。
コウキたちは行こうか、と残して鏡の奥のほうへと歩いて行った。

「――待っているだけとは……辛いですね」
「ま、しゃーないやろ。それとも姫さん自分のシキガミが信用できへん?」
「そんなことはありませんっただ……!」

心配に思うことがあった。
あの二人は仲がいい。
自分の知らないコウキを沢山知っている彼女は敵と言う立場でありながら
コウキに近いところに居た。
なんというか、もやもやした物を心に抱えたままコウキを見送った。














『きゃぁぁぁっ壱神君っっ!』
『ご、ごめんっ痛かった!?』
『……ううん大丈夫だけど……あんまり勢い良くやると、ぶつかって痛いよ〜』
『うん。もうちょっとゆっくりだね……』
『う、うん。その……あんまり、見ないでね……?』
『はははっ努力はするー』




「まるでワイらを怒らせたいみたいやな……」




ガンッガンッ! と神子二人が鏡を叩く。

「何をやっているのですかっ!?
 何をやっているのですかっ!!?」
「落ち着いて、二回聞いてるよファーナっ鏡割れちゃう〜〜っ」
どーどーファーナをなだめるアキ。
そうしている間に鏡側にコウキたちが寄ってきた。
『呼ばれた?』
コンコンッとノックを返す。
一応音だけは通るようだ。

『聞いてよっここの間にさーなんか穴があるんだよっ』
『そこを棒で突いてるんだけどなんだか危なっかしくてさー』

「穴を棒で突く!?」
「ファーナ!! 目を覚ましてファーナ!!」

「落ち着けや」

これ以上危なっかしい話を広げないで欲しいとコメカミを押さえるジェレイド。
二人に悪気が無いのが更に誤解を深める。

『?? まぁ、それでさ、天井に向かって突き上げてたんだけど』
『その……あたし、上手くいれられなくて』

「お前等主語を使え!」
ガンッ! と鏡を叩くジェレイド。

『??? 四法さん天井に向かって突き上げてたんだけど』
『あたしが上手く棒を入れられなくて』

「ワイが悪かった!!!」

両手で鏡を叩いてジェレイドはうな垂れた。

「ファーナ!? 血が出てるよ!? とけつ……鼻血!?」



……
……
……


『ええと……順を追って説明するとー
 天井に穴を見つけてね、とりあえずあたしの矛を引っ掛けてみようってことになったの。
 結構高いから、途中まで一緒に飛んで、壱神くんを踏み台にして二回飛ぼうってことになったんだけど……
 その、下から見られるとスカートの中が……』
「コウキ、今すぐ目隠しをしてください」
『んな無茶な!? 一応、手で思いっきり打ち上げてるから難しいよ。
 まぁ大丈夫。上を見上げ無きゃいんだろっ』
「はぁ……なんだ〜そういう意味だったんだ〜」

はぁ……と頬を染めて安堵の息を吐くアキ。
その動作は全員同様だ。

『……他にどんな意味が?』
「う、ううんっ! コウキさんガンバって〜!」
『まぁいいや。いってきま〜す』
『うんっ頑張ろうね!』
「くれぐれも不純行為に触れんな〜」


タタタッと走り去る音が聞こえなくなった。
ファーナが鏡に手を当てて呟く。

「……………………心配です」

赤い血が滴り落ちる。……鼻血だ。

「………………とりあえず、鼻血止めた方がいいよ……」

アキが回復のアルマを使用した。

































「……なんだか、みんな怒ってたね……」
四法さんが頬を掻いてバツが悪そうに言った。
確かに見えない鏡の向こうでは声を大きくしてなにやら騒がしかった。
「だね……まぁ、結構勝手に入っちゃったからね〜後で謝ろ」
俺も心の中で反省して天井を見上げた。

ここと向こうの違いは、こちらの世界は完全に時が止まったように綺麗な姿を保っているということだ。
でも確かに扉の向こうは無かった。真っ白、だった。
あの天井を壊せてもその向こうはまた真っ白かもしれない。

「よしっやろっか四法さん!」
「うんっ今度は上手くやるよっ!」

俺達は背中を向けて真反対を向く。
そしてそのまま10歩離れた。
ガンマンの決闘ではないが。

「いくよー!」
「よっしゃー!」



タタタッ!!


二人いっせいに駆け出す。

あと3歩分まで詰め寄ったとき
ダンッッ!! と二人が地面を踏み切る。
俺は手を組んで丁度その上に四法さんの足が来るようにする。

「――っいくよ!」
「――せーーーのーーー!!!」
「うらぁぁぁぁ!!!」

現実世界ならありえない跳躍。
俺は四法さんを打ち上げて下へと落下する。
一方彼女は矛を構えてその穴へと一直線に――

「やあああああああっっっ!!!」

ガシュッッ!!!

棒をぶち込んだ。




ガチッッッ!!!









ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!



「な、なんだっ!?」

「い、壱神くぅーーんたすけてーーー」
プラーンと刺さった矛を持ってぶら下がる。
「四法さん! 落ちても大丈夫だから! シキガミだから俺ら!」
思いっきり抜いて落ちて来い、と遠まわしに叫んでみる。
「あ、そっかー」
意外とあっさり理解して彼女は体を揺すって矛を抜くと軽快な音で落ちてきた。
ほんと、落ちるに耐性つくってすげぇよな。


ゴンゴンと音を立てて景色が動く。
気付くと部屋の端に階段が1つ下りてきていた。


「――壱神君、あれって……」
「あぁ……階段だな」
「やっぱり!? すごくない!? あたし凄くない!?」
「すごいすごい。穴を見つけたのが俺でも四法さんは凄い」
「上ろうよっすっごーーいっ! ゲームみたいっ!」
四法さんは上機嫌に階段へと小走りに行って上って行った。
俺もそれに続いて階段を上った。

















本で、溢れていた。

階段を上ると本棚に囲まれていた。
人がやっと一人通れるような隙間の本棚。
さまざまな色の本は、皆同様に色あせて見えた。

「本がいっぱい……」
「すげぇ。でも何気に整理だけはしてあるよ。ほら、品番が振ってある」

マメなやつが管理しているに違いない。
俺達は本棚の間を縫って進む。
本当に呆れるほど大きい。
図書館だってこんなにあっただろうかと思えるほど。
……もしかして図書館なのか……?






「――壱神君っ……」
四法さんが俺の手を握った。
俺が声を出そうとしたのを指先で止めると、本棚の間を指差した。
恐る恐る、俺は本棚の間からその景色を覗き込む。

「――……人……?」

その後姿は、誰かに似ている気がした。

俺達はゆっくりとその人の所へと歩み寄る。

「――っあの……!」

俺はその後姿に声をかけた。
しかしその人は反応を見せず、黙々と机に向かっていた。

「すみません!」

もう一度大きな声で声をかけるがやはり反応しない。
俺は手を出して――肩に触れた。
その瞬間に変異が起きた。


『主の眠りを邪魔するな……!!!』


ビクッと体がはねて俺は体を捻って周りを見た。
今の声は明らかにあの人の声ではなく、周りから聞こえた。
「い、いいいいちがみく……!! み、みて……! あの人……!!」

――死んでいる。肌がカラカラに乾いていて良く見ると足が崩れている。


じゃぁ、あの声は……!!?









『――侵入者。お前等を排除する……!!』





――そう叫んだのは、空間。
そして――何冊かの本が浮き出した。
その本はペラペラと風にめくられるようにページを開きまばゆい光を放った。

「きゃあああああーーーーー!!! ホラーーーキライーーーーー!!!」
「問題はそこじゃねーーーー!! でも俺も嫌いーーーーーー!!!」


ィンッッ!!! 

光が収束して、その姿が現れる。
「――あ……っ!!」

「……!! また鏡の化身!!?」

『我が鏡に触れし者の形を記憶している。
 ”移し身の本”――我が主が作られた生涯の傑作。
 それを守るのが我の使命也……』

たん、と、一人、また一人と地に降り立つ。
その姿は、俺と四法さんそれにアキだ。
――やっべぇ……戦闘能力が高いやつを選んできてる。

「ちぇ……またって面倒だな……っ!」

俺は剣を取り出してとりあえず構えた。

鏡の化身も――皆、それぞれ見たことのある格好で構えた。
……やばいかも……。
俺の鏡の化身が薄く笑って少しだけ後ろに下がった。
――何をする気だ……!?
そして、俺の真似をやめて手を頭の後ろに組んで――笑った。


「セクシーーーポーーーーズ!!!」

びしぃ! といつものその格好が決まった。
ただ、アレをティアの前以外でやった覚えは無いけど。
鏡の四法さんとアキが恥ずかしそうに目をそらした。
俺だって目をそらした。

「ごめん! あのバカだけは俺が壊すから!! 壊すから!!!」
本物の四法さんも目をそらして居たので揺さぶって訴える。
「でもあれって壱神君だよね……」
揺さぶられながら妙に納得した目で遠くを見ていた。
「納得しないで! お願い! 壊すから! 壊すからぁ!! バカ野郎ーーー!!!」(自分です)

俺は振り返って――剣を振るい始めた。

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