第45話『勇者の助け』
そもそも、あれだ。
分かってくれよ。
俺はあんな突発な阿呆なことはしない。
と思う。
誰が見てもあっちの方がアホだ。
鏡の俺は剣を抜いて戦闘態勢を取った。
『炎・陣――っっ!!』
体の許す限り捻り、バネを蓄える。
ギリギリと軋む寸前までを感じ――そして、一気に解放する。
『旋……斬!!!』
――ゴォッ!!
風を斬りながら炎が奔る。
俺と四法さんはその炎を避けるために跳躍、本棚の上に着地した。
鏡の化身の放った斬撃の炎は本棚に当たって、何も無かったかのように消滅する。
まぁ、此処はあっちのテリトリーだ。何が起きたっておかしくない。
鏡のアキと四法さんが2歩で踏み切って跳躍――同じく本棚の上に着地した。
俺達は剣を抜いて戦いを始める。
足場は下の道の幅より本棚の上のほうが明らかに広く戦いやすい。
間に落ちた途端攻撃手段は限られてくるし避ける手段は無くなる。
状況は3対2……どうみても分が悪い。
自分ということはほぼ実力伯仲、
それにアキを上乗せした鏡の戦力は俺達パーティーの主力部隊だったりする。
アキの大剣が真っ直ぐ飛んでくる。
俺はそれをかわし、本棚の上を走る。
この部屋全体が本棚に包まれているため、この本棚の上が一番戦いやすい場所になる。
――足元に気をつけながら戦わなければならないようだ。
俺は2つの本棚を渡り、アキを振り返る。
丁度鏡の俺も本棚の上に上ってきた。
「壱神君! 危ない!!」
四法さんの声に気付いて俺は瞬時に左に避ける。
すると俺の居た場所に矛が突き刺さる。
――1対3……?
……そうかっ確かに一人ずつ潰した方が効率がいい。
3人は俺と四法さんを隔てるように立つと、一気に俺に向かってきた。
ジャラジャラと鎖の音を立てて真っ直ぐ飛んでくるアキの剣を避ける。
何時の間にか走りこんできていた自分の鏡が両手を交差させる。
俺は着地するはずだった本棚からわざと足を外し、下に落ちる。
ガタンッッ!!! バササッ!!
何冊かの本が俺が落ちた衝撃で落ちてくる。
古びた本の空間で埃が舞った。
「――つぅ……!」
本棚に寄りかかる形で着地、だがすぐに整えて上を見上げた。
が、そこに鏡の化身の姿は無かった。
冷や汗が流れ、俺は辺りを見回す。
すぐに、絶体絶命の事態に陥ることになった。
すでに降りていた鏡の四法さんが目の前、後ろには鏡の俺――そして、上からは。
『
四法さん側に突っ込む……!?
いや、四法さんの引きの速さには恐らく勝てずに押し戻されて串刺しだ。
化身の俺側は――無理だ。
俺と全く同じ動きが出来、俺の足止めという点で奴は最良だ。
無論あの超重量超加速の一撃をなんとかするなんて無理な話だ。
――死ぬ……!!
『
――ズドォォォン!!!
アキの剣が俺の頭上に降ることなく爆発する。
その煙の中に、獣の足が見えたような気がした。
鏡の化身も、上を見上げて動きが止まっている。
驚いている場合じゃない……!
やるなら今じゃんっ!?
『紅蓮月!!』
俺は剣を振る。
一瞬遅れて鏡の俺が剣をで自分を守るが、遅い。
俺は一撃めでその剣を弾き飛ばすと――思いっきり跳躍した。
そして、俺の居た場所を矛が突き抜ける。
剣を弾かれていて、守る物の無かった鏡の俺に突き刺さって砕ける。
――よしっ……!!
俺は本棚の上に上り、さっき俺を助けてくれた人の正体を見る。
「――アルベント! 来てくれたんだ!?」
「あぁ。だがコウキ、あまりぐずぐずはしていられない。
外に私の分身が出たからな」
「……! ファーナたちが止めてるのか!」
「あぁ。砕かないように止めるのは難しいらしいからな」
「んじゃ――とっとと出ますか!」
戦うにしても武器の俺達が居ないのは心許無いだろう。
俺は武器を握りなおして本棚を走り始めた。
ジャララララッッ!!!
ガギィィンッッ!!!
――大剣と大斧が交差する。
その迫力は空気の振動が肌で伝わるほど。
一閃ごとに爆音が響く。
アウフェロクロスを投げ、自身を一緒に引く。
斧が迫って来たら、鎖を使って斧を防ぎ、反動で飛び上がる。
青い髪のアキが空中で床があるかのように動く。
――そういえば、アキが得意なのは空中戦だといっていた気がしなくも無い。
無駄にそれに魅入っているわけにも行かず俺は四法さんを振り返――った。
「四法さん……」
四法さんが二人、矛を持って対峙している。
どちらかと言うと、四法さんの鏡を先に片付けてアキを倒す手助けをした方がいいんだろうけど……。
これじゃぁ本物も斬りかねない……
……つか、本物がどっちかわかんない!
俺の出来る最良の判断は――
「アルベント! 加勢するっっ!」
アルベントに四法さんを砕く手伝いをしてもらうしかない……!
アルベントと俺でアキを挟んだ状態で本棚の上に立つ。
あー……なんか、パッと見ホントアキだから妙にそわそわするな〜……。
あれは偽物、偽物、偽物……。
深呼吸しながら剣をギリッと握る。
脳内のスイッチを切り替えて
視線を鏡の化身に集中させて――。
その戦いを始めることにした。
俺は8歩を一気に詰め寄って斬りかかる。
「――はっっ!!」
鏡の化身は俺に気付いて振り向きざまに大剣を薙いで来た。
俺は前のめりになっていた体勢からこける様に床に手をついてそこから一気に飛び上がる。
「ガァァ!!」
そこに詰めてきたアルベントが鏡の化身を横から思い切り斬り付ける。
『――っっく!!』
それを読んでいたのかいつの間にか逆の手に持ち替えて、一気に切り返してそれを防ぐ。
空中に居た俺が彼女の頭に向かって剣を振るが、体勢を低くして転がり斧と俺の剣をやり過ごす。
「ちくしょっっ!」
俺は迫ってきた斧の上に着地して、柄の部分に掴まると一緒に振られながらアルベントの体の後ろへ。
鏡の化身には俺が突然消えたように見えるだろう。
俺は斧が止まったのを見計らってアルベントの体を飛び越えるように飛ぶ。
『えいっっっ!!』
大振りに鏡の化身は剣を振る。
それにあわせてアルベントは後ろへと飛んだ。
見えた鏡の化身は、丁度剣を振り切った格好をしていた。
アルベントの後ろから突然現れた俺に驚愕の表情を見せる。
俺は剣を振り上げて――
『――ぃゃ――……!!』
「ぁ、ごめ――」
振り下ろせなかった。
ついでに謝りそうになっていた。
目の前の彼女は、見たことの無い邪悪な笑みを見せた。
――俺はなんてことを。
次の瞬間には、鏡の化身のアキが引き寄せた大剣が俺に迫ってきた。
「コウキ!!!」
アルベントの声が聞こえる。
ヤバイ。ヤバイ……!
反射運動で剣でその剣を防ごうとする。
ただ、絶対的な力を持つ竜神加護者の前に、それは無意味。
鍔迫り合いなら押し切られて負ける。
そもそも鍔迫り合いにはならない。
防いだ剣をほぼ確実に押し切る。
ギィィィンッ!!!
目の前で、斧と交差する大剣。
――ただここには唯一、力で対等な存在が居た。
「何をしている小僧!!!
戦場で油断するな!!!」
「――っっ!?」
体が引きつりそうなほど驚いた。
その怒声はもちろんアルベントのものだ。
俺は瞬時に反応して、姿勢を低くし左足を軸に半回転と同時に右手に持つ東方の剣を振るう。
その剣を後ろへの跳躍で彼女はかわす。
それを追って跳躍して剣を振るう。
ガシャ――と、無機物の音を立てて彼女に刃が当たった。
「――ゴメン!!!」
偽物だと分かっているけど――。
姿形が、彼女の取る行動の殆どが彼女の物だから。
謝らずにはいられなかった。
「一式:紅蓮月!!」
あまり体勢は良くないが俺は剣を円を描かせるように振るう。
鎖で防ぐ彼女――だが、俺の渾身の一撃を受けたとき、鎖にヒビが入った。
俺は着地を見越して剣を前後に構えた。
そして鏡の化身より早く着地するとすぐに次の行動を起こした。
――これで、終わりだ。
「――二式:炎・陣!!」
剣を――走らせる。
風の切り口から炎が燃え上がり、空気に燃え移るように広がっていく。
「旋――斬!!」
『ァ……ッ!!』
化身の着地と同時に炎が到達する。
その炎を避ける術は彼女には無いはず。
ヒュンッ!!
――が、彼女はそれをかき消した。
アウフェロクロスの鎖を二重に持ち、自分の手前で扇風機の羽のように回す。
――あ。
それにより自分の目の前の空間の炎は全てかき消すことが出来たようだ。
――すげぇな。あんな使い方も出来るんだ……。
俺は純粋に感心しながら彼女を見る。
でも――役目は果たせたし、いっか。
俺は上を見上げる。
鏡の化身も、釣られて上を見た。
が――そいつはもう目の前。
『
その一撃は轟音と共に、床ごと彼女を貫き粉々にした。
ガァァァァンッッ!!!
ジャラララッッギィィン!!!
――大斧と大剣が交差する。
空気の振動が肌で伝わる。
鎖が投げられる音がすると共に交差する斧の音が爆ぜる。
――ただ、こちらは表の戦い。
近接主体としてアキがアウフェロクロスを駆り鏡の猛獣と一戦繰り広げている。
「アキ! 下がってください!
収束:500 ライン:右腕の詠唱展開」
ィンッッ!
剣を鏡の化身アルベントに向けて一直線に線をイメージ、固定する。
右腕の上から剣にかけて法術の術式ラインが浮かび上がり光を帯びる。
その光は炎を象徴するように赤く、ライン上にマナを満たしていくと共により強く光る。
『術式:
リダンダルはその名の通りマナの収束量を超えた場合に溢れ出して暴走すること。
自分の術に合わせて炎術強化してある服だがさすがに3節レベルの術式の暴発には多少身を焼く。
しかしそんなものに構ってはいられない。
術式ラインに溜まったマナを炎の矢に変えると真っ直ぐ打ち放った。
「収束:500 ライン:左腕の詠唱展開固定」
『術式:
さらに隣で法術を放つジェレイド。
わたくしの打つ法術に併せて風術で速度をつける。
――彼がレベルの高い術士だということよく分かる。
わたくしの術に合わせて即座に相性の良い術の打てる判断力――それに術の幅。
そしてマナの量――。
通常マナの量は千あれば術士が出来ると言われる領域らしい。
だが彼は千を一つの術に使った。
わたくしのマナの量は四千……
だが彼は優に倍近くを使っている――。
自身で豪語する天才術士というのも侮れない。
――きっと、敵に回るとかなり恐ろしい敵だ。
アルベントが壁を蹴って矢を避ける。
――まさに獣並み。
更に天井を蹴り音も無く床に着地する。
全身のバネで全ての勢いを殺したようだ。
「――甘いわっっ!! くらえっ!!!
連式:
彼はさらに左腕に右手を添えて術を連射する。
自分も負けては居られない――術士として!
幸い試したい大きな術も一つ二つある。
――この場を借りて実践してみなくては。
わたくしは2歩後ろに下がって両手を掲げた。
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