第46話『両手の勇気』




「収束:700 ライン:両腕の詠唱展開!」

自分の両腕がギシギシと軋む。
――当然だ。初めてこんなに両手を酷使しているのは。
マナを込めれる最大量を両手に課してギシギシとその重圧に耐える。
自分は術士としてはまだまだだ。
ヴァンツェが軽く千や二千を両腕に課して見せるがあれは異常だ。
自分の両腕は七百でいっぱいいっぱい――だが、それがわたくしの限界。

「術式:黄昏の紅蓮の弾丸アドル・イグニス・バレット
 連式:夕闇の漆黒の弾丸ネート・アウバリス・バレット

この術式は他の術式とは違い宣言と同時に実行されない。
集中して両腕に均等にマナを保つ。
――その腕の一つ一つを銃身と見立てて、獣を狩る狩人のように心静かに獲物を見据える。
チャンスを待つ。
ジェレイドの術を避けこちらから視線が逸れた瞬間かつ、アキが離れた瞬間を。
この術の欠点は動けないこと。
次の言葉まで他の言葉を挟んではいけないし両手のマナも均等に保っていなければならない。
もしかしたらヴァンツェぐらいの達人なら動けるかもしれないが、自分には到底無理だ。

――その時だ。予想外の動きが起きた。

わたくしの術に気付いたライオンが一気にこちらめがけて走ってくる。
――心が乱れそうになる。

「――危ない姫さん!!!」
「ファーナ!!!」

それに気付いて法術を打つジェレイドとアウフェロクロスを投げるアキ。
だがその二つは素早い動きでジャンプされることでかわされた。
頭上がライオンで覆い隠される。

――思考が混乱する。

怖い助けてわたくしは怖い助けて術を違うコウキ何故ここに居ないのですか
私をわたくしは術を、完成いや、コウキはやく私に手を――

マナが収束量超過リダンダルする。
左腕の外側で爆発するような熱が放出される。
熱い……! いやそれよりも――。
急激に体勢を動かし手を頭上へ向ける。

目を閉じたいが恐怖のあまり目を閉じることは出来ない。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い死ぬ怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌助けて――コウキ


目に入ったのは、牙をむき出して襲い掛かるライオン。

それと――……一本の剣――!

右手に、炎が流れた。
収束量超過リダンダルを起こしているのは左手だけで、
炎術志向の剣は炎に応えて真っ赤に増幅の術式を走らせている。

その剣は――彼の意思を持っていた。

剣は私の勇気となり、言葉をよみがえらせた。
剣を貰ったのはそう、この剣を持って振るえば彼のように勇敢になれると思ったから――!



視界いっぱいがほぼライオンに埋め尽くされたかけたとき、
右手と左手の術式ラインにマナを充填させ叫んだ。

 大丈夫、上手くいく。
わたくしの持つ剣は、いつだってそういう。

――そして、必ず成功させるから。

歯を食いしばれ、
限界に挑戦する痛みを耐えるために。
マナの調整完了。
赤い円が三重に両手の先に広がる。

――準備完了。


「――発射ショットッッ!!!」





ドオゥゥンッッッ!!!
ガァアアンッッッ!!!


銃声にも似た爆発音が響く。
赤と黒で彩られた弾が鏡のアルベントの体を貫いた。


ガシャーーンッッ……!!

当たった両脇を大きく抉って突き抜ける。

『ガアアアアアアアアッッ!!! アアッッ!!』

獣の声を上げて鏡の化身が再び中に舞い、
砕ける音と共にファーナの少し前ほどに這い蹲る様に着地した。

――だが、

『アアアアアアアアアアアッッ!!!』

まだ、だ。
まだ砕けていない。
両脇を抉られた状態で息も絶え絶えに立つと息荒く斧を振り上げた。
今は大きな術式行使を終えて軽い眩暈に襲われている。
本当は使ってはいけないのだ。
七百なんて大きな収束でやると倦怠感で立っているのがやっとの状態になる。
――それに、今身をもって気付いた。
だからヴァンツェはいつも法術は最大でも7〜8割で使う物だと教えてくれていたのだ。

呆然と斧を見上げた。
――私はあの斧に斬られて終わるのか――と、思考した。





――ゴォッッッ!!!



呆然と見上げていた。
ただ一つ――思い浮かんだ言葉は――
…………コウキ…………!




ガシャアアアアアアアアンッッ!!!



目の前で鏡が砕けた。

炎の矢――!?

確かに一瞬見えたのは最初に自分で放った炎の矢。
だがあの矢が戻ってくることはない。
私の記憶どおりだと威力は高いがアレは追尾なんて出来ない。
ひたすら真っ直ぐ進むだけの法術。

「ふぃーーーっ……危機一髪やなぁ……。大丈夫か〜姫さん?」

――だが、例外に思い当たった。
それを操ることの出来た人物。
私の法術に自分の術を重ね威力を増大させた人物。

「――貴方が、あの矢を?」

私は聞いていた。
最後のときまであの矢を操って生かしていたのはこの人――。
――あの術を制御を失うことなく保ち続けたと――?
初めに外してから他の術を乱射していたはずなのに……。
癖者な笑みで頭を掻くとそやで〜と言って笑った。

「ま! 天才やからな!! ぬっはっはっは!」

笑って胸を張る彼がとてもそんなことを出来る人物に見えないが
確かにそれだとつじつまが合う。

――やはり、要注意人物だ。


アキが走り寄ってきてくれて手を貸してくれた。
わたくしはその手につかまって立ち上がると、ジェレイドを振り返る。

「――ありがとう御座いました。お陰で助かりました」
「な〜に。ワイは殆ど何もしてへんよ。姫さんの炎術あってのもんやったしなっ。
 ワイこそ礼をいわな。ありがとさんっ」

ペコリ、と細身ながらも大きな体を曲げて私に礼を言った。
本当に何を考えているのか分からない。

「おおっそれにアキちゃんもえっらいありがとさんっ!
 あのおっさん相手に対等ってすごいなぁ」
「い、いえっ! 二人のフォローがあったからですよ〜」

――何はともあれ……あとは待つだけ。
わたくし達は3人の帰りを待つ。
























「――いてて……――よいっっしょ!」
俺は瓦礫の下敷きになっていた体を起こす。
幸い俺は本に埋まっていただけなので大した怪我はない。

アルベント、床ごとぶち抜いてこの階の床をブチ壊しちゃったよ……。
まぁそれに巻き込まれてなんとか色々避けながら頑張ったんだけど……。

見回すと積み重なった本と本棚。
所々埃がまだ舞い上がっていてよく見えない。

「――アルベントー? 四方さ〜ん? 何処〜!?」

……つか、生きていますか。

「こ、ここだよ〜壱神君っ」

あ、なんか瓦礫の集中している所から腕が一本生えてる。
俺はヨタヨタと脆い足場を歩いて近づくととりあえず一番邪魔になっているだろう本棚を一つどかせる。

「大丈夫四法さん!?」
「う、うん……死ぬかと思った……」

そう言って体を起こす。
割と無傷なようで服の埃を払っている。

「んで、鏡の方は?」
「わかんない。一緒に巻き込まれたと思うけど――」
「そっか……アルベントー!」

俺は瓦礫に向かって叫ぶが――意外な場所から返事が返ってきた。

『こっちだコウキ!』

鏡を叩く音とその声は鏡の外。

「あ――もう出たんだ!?」

俺は鏡に走り寄って手を当てる。

『あぁ、すまない』

「いや、いいよ。大分助かったしっ!
 ね、四方さ――ッ!?」






ザクッッ!!!

振り向いた瞬間だった。
右肩を矛が貫いた。

「が……!!」

『コウキ!!?』
『どうかしましたかコウキ!!?』

反射的に掴むために手を上げたが素早く矛を引く。
――鏡の化身は、無表情に俺の急所だけを狙ってもう一度体の中心……心臓を狙って矛を繰り出した。

「づぅ……鏡の方だったのか……!!」

それも間一髪避けるが思いっきりわき腹に突き刺さった。
痛い……!!
つか、痛いって言う問題じゃない……!
左手で地精宿る剣を引き抜き次の攻撃はなんとか弾いた。

眩暈がした、と思ったら吐血。
咳と涙でまともに鏡の化身の姿が見えなくなる。
その瞬間に、左腕をまともに貫かれた。

ヤバイ、最悪だ。

こちら側にアキは居ない。回復が無理だ。
俺と四法さんでとりあえず化身を倒さないといけないのに……!

『死ね!』

冷酷な瞳で見下されて、そいつは矛を振り下ろした。

ガシュッッ!!!

刺さった音がした。
そのわりに、痛い場所が増えないなと疑問に思った。



「壱神君!」




目の前の鏡の化身は砕ける。
俺は体の絶望的な暖かさと冷たさを抱えたまま本物の四法さんを見上げた。

「――きゃぁっっ!!! 大変!! 壱神君っ死んじゃうよ!!」
『コウキどうしたのです!? 返事をしてください!!』
「……げほっ!」

声を出そうとしたら血が出た。
あぁ……なんか、あるなぁこんな体験……。

「酷い怪我……!」

四法さんはオロオロうろたえる。
そうこうしている間に俺の意識もなくなってくる。
うおー……真っ赤ー……

「あっあっ!! 壱神君! ダメだよ壱神君っ!!
 バカーーっ!! 死んじゃだめーーっっ!!」





ガラ……!!!

ゴゴゴゴゴ!!!

――突然、空間が揺れ始めた。
「え!?」
四法さんが驚きの声を上げる。
俺は驚いてる場合じゃないので冷静に見える範囲で世界を見回した。
「……じほうさ……崩れ、てる……」
「い、壱神君っ……?」

俺は見えたその世界の先を指差す。
四法さんの遥か後ろの方から、白い世界が迫ってきていた。
――なんていうか、俺も白い世界からお迎えがきそうだけど。
この期に及んで冗談かよと思うかもしれないが何せ言うことが無いんだ。

「あああっ!! どうしよ壱神君ーーーー!!」

いや、あの、僕動けないんですけどね……。

ガンッッ!!

『えええい!! しっかりせぇアスカぁ!!』
「うっ……!」

鏡を乱暴に叩く音と共に四法さんを叱るジェレイドの声。

『どうせコウキが怪我負って動けんくなって
 いきなり鏡の世界が壊れ始めて混乱してんやろ!!?』

すごい、的確!
俺はグッと親指を突き出した。

『ええからさっさと出るために動けドアホ!!!』
「か、簡単に言わないでよっっ!!
 ジェレイドのバカーーー!! 大ッキライーーー!!」

彼女は鏡に向かって拳を振るった。

ガシャ……!! バリィィィッッ!!!

「な、なにぃっっ!! グハッッ!!」




――……思いっきり、内側からふっつーに鏡が割れてジェレイドに四法さんの拳がヒットする。

「あ……!! やった!! 壱神君出られるよっっ!!」

四法さんが俺を抱き上げる。
お姫様抱っこってやつだ。
……お姫様抱っこってやつだ!
戦女神の力を持ってすれば簡単なことだ。
そして、崩れる世界から間一髪割れた隙間からもとの世界へと飛び出た。

ダンッッ! と俺を抱えたまま着地する。

「アキちゃん! 治療して! 重症なの!!」


「……」
「……」
「……」

無言だった。アキもファーナもアルベントも。
大ッキライパンチからフラフラと立ち直ったジェレイドが俺達の姿を見て唯一言葉を発する。

「コウキ……逆やろ?」


親指と人差し指を突き出してクイクイ場所のチェンジを意図させる。
俺だってそう思ってる!


「でも……妙に似合いますねコウキさん……」
「……戦場で傷ついて可憐な乙女っぽいやん?」

呼吸困難で、瀕死なんですが!!
何となく落ち着いてるのは慣れたからか……!?


「……な、……なんでやねん……ごふっ……」


あぁ……ぶっちゃけどうでもいいから……治療………………







俺の意識は、そこで飛んだ。




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