第47話『厨房の人情事情』
「いやぁ。真の漢をみたわぁ〜
まさか最後の言葉に”突っ込み”を残すとは」
ジェレイドは顎に手を当てて青空に向かって玄人魂やなぁと呟いた。
「死んでないよ! っていうか人が瀕死なのにみんなあんな暢気なんだよ!?」
がーっと俺は腕を振り回して抗議する。
ちゃんと生きてます。
アキの治療により、なんとか一命を取り留めた。
もう、感謝してもしきれませんホント。
なんとか一命を取り留めて、俺は意識を取り戻した。
そのときにはもう鏡は砕けていて、鏡のあった場所は只の壁になっていた。
そして、小箱も二つちゃんとゲットしていた。
やっぱりあのアルマが取り込んでいたみたいだ。
いや、モンスター化って恐ろしいね……。
俺達は塔を降り、日が暮れかけているので近くにある獣人の村に泊めて貰おうと歩いている途中だ。
「申し訳ありません……」
「でも、出てきたときは本当に勇者とお姫様みたいでしたよ?」
ファーナがバツが悪そうに謝った。
アキはふふ〜っと夢見心地に笑う。
「アキ、論点はそこじゃないんだ。お姫様じゃないんだ」
ガシッとアキの頭を掴んでぐりぐりとまわす。
あはははっと笑いながら嬉しそうに回っていた。
「そ、そうですよ。
例え女装すれば落とせない男が居ないほどの絶世の美女に見えてもコウキは男なんですよ?」
「ファーナ、それはフォローなのかっ? それとも俺を貶しているのかっ?」
グッと拳を握って彼女は何を力説してくれているのか。
しかも俺には後者に聞こえて仕方が無いのだが。
俺は道の端でのの字を書く。
「あ、す、すみませんっいじけないで下さいっ」
わたわたとファーナが俺に触れるがいじけきってつーんとしている。
「あっじゃぁアタシが勇者役?」
「あぁ、ぴったりやん。雄々しくて」
「あはははジェレイドは情けなかったよねー……死ねばいいのに」
「うはははこんの……! 誰のせいやと思ってんねん!」
笑顔を引くつかせて二人はにらみ合う。
あぁ、どうもいつも通りだ。
そんな全員を見てアルベントは一言。
「……いつもこんなに賑やかなのか?」
「……何言ってんの」
俺はゆっくりと立ち上がる。
そして腰に手を当ててピッと得意げに指を立てた。
「いつもはもっと賑やかに決まってるじゃん」
「……そうか……」
呆れたように彼は溜息をついて自分の村への道を歩き始めた。
――日も沈んであとは暗くなるだけとなった。
村からは暖かい火が灯り、人々はそれぞれ夕食にと家へと戻った。
その中一軒……村では一番大きいだろうか。
その家の扉を鬣を靡かせながらアルベントが叩いた。
「おー? なんだアルベント、まだ出てなかったのか?」
「悪いなクルード、一晩止めてくれ」
そう言って少し遠くになる村の入り口を指す。
だが彼らには普通に見える距離だ。
「あっりゃー……また随分と大所帯だな」
「あぁなるべく見つかりたくない」
「……わかったよ。無駄に広いしな。汚くて雑魚寝でよけりゃ歓迎だ」
あっさりと彼は受け入れる。
人間と共闘の経験がある彼は感謝はすれども憎むような感情はなかった。
この村に住んでいるの獣人は人間を恐れている。
それは数十年前に起きた事件のせいだが――もうその事件を知るものは少ない。
ただ人間を憎むように教えられて育ってきたのだ。
それでも彼らが何をここで起こしたのかは明確に伝えられている現在その払拭は難しい。
アルベントもそうだ。
コウキというシキガミに出会うまで人間を嫌い、利用してきた。
悪意は悪意しか呼ばず、狡猾さでアルベントが勝る事はなかった。
結果彼も利用され、また人に嫌われ、彼も人を嫌う。そんな繰り返しをしてきた。
「……すまん。明日の早朝には出る」
「あぁ。ま、せいぜい食われるなと忠告しとけ」
一通り話を通してくれたのだろう、アルベントが村の入り口まで戻ってくる。
「いいぞ、誰にも見つからないように素早くあの家に走ってくれ」
「スパイみたい……まぁ……人間と仲悪いんじゃ仕方ないかぁ……」
俺は純粋な感想を述べて気配を殺して――クラウチングスタートの姿勢をとった。
「何でクラウチング!?」
ついに四法さんに突っ込まれる。
まぁあっちの世界ネタなので彼女しか分からないのだが、
一応みんな、何故? と首をかしげて居る。
そういえば最近本気で短距離を走るって言うことをしていない。
「行くぜ!!」
――フワッと体が浮くように軽かった。
一瞬自分でも何処まで進んだのか理解できず速度を緩めた。
すでに位置は5mほど。
今まで1秒ほどかかっていた道が一瞬だ。
みんな一瞬間を置いて俺に視線を合わせる。
そして言う言葉は皆同じだった。
『はやっっ!?』
俺もビックリした。身体能力を測ってるような暇も無かったし。シキガミってすげぇんだな……。
「じゃ……みんなでコウキに乗ろかっ!」
ガッと肩を掴んで良い笑顔をしたジェレイドが言う。
「誰か抱えたらさすがに同じ速度じゃ走れないよ!」
「ええて! ワイ別に重さにならへんし」
「あっ! あれか。浮く奴!」
「そっ。せーかい。みんなコウキに掴まりや〜」
皆がわらわらと俺のベルトに掴まってジェレイドが術をかける。
「オッケー! さぁハイヨーコウキ!」
馬かよ。まぁいいけど。
全力で走る事ほんの数秒。
そんな気合入れなくても普通に誰にも見つかることなく辿り着くことは出来た。
アルベント的には臭いが残る方が心配だったらしく、
クルードという黒豹の気さくなお兄さんに挨拶をして俺達は一晩宿を借りれることになった。
このクルードと言う獣人はアルベントの斧を作った人らしく、かなり腕のいい武器職人のようだ。
先に大きな部屋に通されて此処を使うようにといわれた。
床はなんだか動物の毛皮でもっさもっさしている。
なんていうかベッドみたいだ。
でも、一つだけ微妙な疑問が残る。
「…………なんていうか、いいのか……?」
こう、共食い的な何かを感じるんだけど……。
「コウキ気にしたら負けやって」
「寝袋は掛け布団に使えますね〜」
「あー諸君諸君。時に飯は食うのかね?」
ドアを開けて顔を出すクルードさん。
目をパチパチと瞬きさせてペロッと鼻を嘗めた。
なんだか本当に動物っぽい……いや、獣人なんだけどさ……。
「か……食べます。出来るなら是非」
「そうかぃ。悪いが自分達で作ってもらうことになるがいいか?
俺達の作る飯はヒューマンさんがたの口には合わないらしくてな」
「か……あ、かまいません。すみませんキッチンだけ借りれますか?」
俺もアキも何かを言いかけていいとどめる。
多分思ったことは、同じだ。
俺達の返答にクルードさんは眼を閉じて笑う。
「ははは。お安い御用だ。
ヒューマンの料理は俺達には舌が痺れるほど濃いからな〜
まぁ、たまに食べてみたくもなるがなっ」
「あ、それでしたらご一緒にどうですか?」
「お? いいのかぃ?」
「モチロンです! あー料理久しぶりだ〜っ!」
俺とアキはクルードについて部屋を出た。
と、見せかけて顔だけクルードさんと同じくドアから出して部屋を覗く。
「ファーナもおいでー」
と小さく手招きする。
「わ、わたくしもですかっ」
「今回はちょっと手が欲しいからねっ」
パタパタと寄ってきてファーナがドアを開ける。
「んじゃ、いってくるー」
「おう。期待してるで〜」
「何か手伝えることあったら何時でも言ってねっ!」
「わかったっなるべく早く作るよっ」
ジェレイドと四法さんはそう言って手を振って俺達を見送った。
俺もその手に答えてドアを閉める。
「しかし、わたくしに出来ることがあるのでしょうか……?」
「あるある。覚えればいくらでもねっ」
「が、頑張りますっ
……正直あの二人と一緒に待つのは不安で仕方が無かったですから」
……ファーナは俺と違って認識がしっかりしている。
いくら四法さんに敵意が無くても、ジェレイドが歌ってしまえばただの武器……。
今は戦う意味がないと言っても……いずれは敵になってしまうことが分かっているのだ。
はぁ……理不尽だ……。こんな心配しなきゃいけないこと自体間違ってる。
「……うん。だろうと思って連れ出したんだ。
ついでに料理も覚えちゃえばいいし」
ヴァンも居ないし……認識と予防策はしっかりしないといけないと俺も思う。
態度は変えないぞ。
あぁ、コレって成長?
「はい……っ」
そんな考えをめぐらせる俺の横でファーナはこれから覚える調理に気合を入れていた。
「あ、あの、それでちょっと言わないといけないことがあるんですけど〜……」
ザクザクとみじん切りをしながら言いにくそうにアキが俺達を振り返った。
手は切らない。見えているかのように手は作業を続けている。
「…まさかここでアキとお別れ!? そんな馬鹿な!?」
俺は激しく驚きながら肉の調理を進める。
まずは骨の部分でだしをとらないといけないので豚肉をガツガツ切り分けている。
力作業なのでファーナにはまだ無理だ。
ファーナは材料のジャガイモをむいている最中だ。
真剣な顔つきで危なっかしくジャガイモをむいている。
「ち、違うんですっわたしはちゃんとコウキさんとファーナのお手伝いはやりますっ!
でも、ちょっと不都合が出たって言うか……!」
「一体何があったのですか? あ、いたっ」
余所見しながらの調理は素人には大変危険なので真似しないで下さい。
見ると人差し指を切って血が出ていた。
「はい……えっと……あの、さっきのコウキさんの回復で……」
「俺の回復で……?」
「ペンダントが砕けたので、もう怪我の回復が出来ないです……」
「いや、ホント……俺なんて言えばいいか……」
――あのペンダント……母親の形見だといっていた。
それを……俺のせいで壊してしまったと。
俺は真摯に頭を下げた。
「……ごめん……」
――俺が、油断さえしなければ。
俺が強ければこんなことにはならなかったのに。
「い、いいんですよ〜。もともと、そんなに長く持たないのは分かってたんです」
「……長く持たない?」
「はい。シンを持たせたアルマには使用限界があります。
術式保護が掛かっていればその限りではないんですけど、あんな小さな物に保護術式は描けませんから。
形見にはまだこの十字架が残っています。
――それに、コウキさんやファーナの為に役に立ててとっても良かったですっ」
俺が顔を上げたとき、一瞬だけ涙が見えたような気がした。
「わたしはファーナやコウキさんの為に砕けたあのペンダントを誇りに思いますからっ
母も、許してくれると思いますっ」
俺達は……本当にいい仲間を持った。
幸運なんて言葉じゃ言い表せない。
なんていうか……あぁもう!
「ありがとうアキっ!!」
その好意に謝るなんて、無粋な真似は出来ない。
だからお礼を言う。
「わたくしからもお礼を言います……。本当にありがとう御座いますアキ。
貴女が仲間で本当に良かった……!」
ギュッと彼女に抱きついて心からのお礼を述べるファーナ。
俺達はまたひとつ絆を深めた……
人んちの厨房で……!!
「あ、ファーナ。怪我みせてみ〜」
「あっはい。すみませんコウキ……」
俺はファーナの指を見て意外と深いことに焦る。
「……カバンから回復薬取って来るー」
俺は手を洗って厨房から出た。
――まさか、役に立つ日が来るとは。
持って来たビンのラベルに説明書きを見つけて俺はそれを読むことにした。
「えっと……回復薬の使い方っと……なになに……?
唾液に反応します……?」
「飲む専用ですか?」
「いや……うん。なるほど。飲むと即効性はなくなるんだってさ」
「そうなのですか」
うーん怪我をしたまま調理と言うのは衛生上よくない。
俺はビンに書いてある説明を読み進める。
「あ、即効薬としての使い方〜……あ、なるほど」
「即効薬ですか?」
「ファーナ指出して」
「? はい」
俺は書いてある通り少量の液を口に含むと、
ぱくっとその指を咥えた。
「な――」
顔を真っ赤にしてファーナが口をパクパクさせる。
俺は液体を含んでいるため声は出せない。
「きゃ……コウキさんダイタン! いたっ!」
「あ……治った……?」
ファーナの傷はきっちり治ったようだ。
俺はその薬を含んだままアキを振り返る。
「……え?」
たった今切ってしまった指から鮮血がたれている。
あっちも重症のようだ。
テコテコと傍によるとにっこり笑って指を出せのジェスチャーを取った。
「い、いえっそんなっわたしは自分でやりますからっ」
ついでだからっ来いっ! と眼で訴える。
「いえっそんなっ」
俺がお口でやってあげるから。 と眼で訴える。
「なんかその表現は良くないからやめてくださいっ」
大丈夫だって。すぐに終わるし。
たまには俺が回復ってやつをさせちゃうよん? と眼で訴える。
「う〜でも……指汚いですよ……?」
十分綺麗じゃんっ? 俺は構わないよ。 と眼で訴える。
「……貴方達は一体何で通じているのですか……?」
ジト眼で俺達を睨むファーナ。
俺はもちアイコンタクトで! と眼で訴える。
「ふぅ……まぁコウキの好意です。アキ指を治して調理を進めましょう」
「……じゃ、じゃぁ失礼します……」
ぱくっと咥えて数秒。
顔を真っ赤にしたアキが妙に可愛い。
もういいかなと口から出すと傷口は綺麗に治っていた。
速攻薬すげぇな。唾液に反応してってどういう理屈なのかわかんないけど。ブドウ糖がうんたらかんたらなのかな。
「あ……なおってますね……」
「ぺっ。よっし。コレで大丈夫っ! んじゃ続けよっか」
薬と多少の血を吐き出すと軽くうがいをして俺は手を洗う。
「は、はいっ」
「……もう……」
ぶっちゃけ俺も結構恥ずかしいことしたなと反省中だ。
耳が熱いので多分耳が赤い。
こうして厨房事情はほのぼのと進んでいった――。
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