第48話『背負う秘密』


――ここは獣人の村。
名前の通り皆獣の顔を持った一族。

少し、昔話をしよう。

この村には英雄になった一族がいる。

ラシュベルという一族でその特徴はライオンの顔を持つこと。
勇敢で村の長となった一族だ。

アルベント・ラシュベルは獣人の英雄の息子として生まれた。

獣人の成長は早い。
1つ歳を数える頃には言葉を喋り、5つにもなれば働き始めるのだ。
身体能力はプラングル上で一番発達が早い。

そして、最も、早く死ぬ。


単純に寿命が短い。
薄命である彼らは生きることに必死で、急いで物事をなそうとする。
戦場に身を置くことは少なかった。
戦場で命を捨てるぐらいなら、生きて子孫を増やせ。
それだけ危うい存在だった。

今は単純に村の存続、資金難の為、その身体能力を生かして戦場に赴いている。
本来はその能力は畑や鉱山での開拓に使われていた。
一挙に発展していた時代がある。
仕事に欠くことは無く満たされていた日々だ。



だが、それは。
”シキガミ”と言う存在に壊されてしまった。






彼らが一体なんだったのか、良くはわからない。
ただ、自分達の力を圧倒的に凌駕して破壊していくその姿を私は――
ただ見ていた。
生き残った数人の大人たちに連れられて、丘の上からその様子をはっきりと見た。

その威力は圧倒的。
城壁は積み木を壊すかのようにすぐに壊された。
彼らの前にいくら石を積み上げようが意味が無かった。

その破壊は徹底的。
全ての家はもう住む事ができない様に跡形も無くなった。
灰も残らないような、残酷な光景。

その残酷さは非人道的。
容赦なんてなかった。
跡形も残らない人のほうが多かった程に。


最後に、英雄と呼ばれた獣人が、数人を逃がすために犠牲になっただけの話だ。

















悲劇の英雄?
そんなものを目指していたわけではい。
全てを奪ったアレが憎い。
だから、斧を手に取った。
戦場に向かって、あの力を超えるために振るった。

でも、そんな努力が報われることなんて無かった。
その斧を振るう相手はいつの間にか世の中から消えてしまったからだ。

荒んだ。
はっきりいって腐っていた。
挙句、自分を見世物にしていろいろな国を回った。
最後は――シキガミだった奴が作った国だと聞いて壊してやろうと思ったりしたが――
奴の作っている国は、とても幸せそうだった。
民衆格差は殆ど無く、国は満たされている。


何をやっているんだ、私は。


不意に湧き上がってきた疑問にイラ立った。
自分は英雄と呼ばれる身ながら、何もできないでいる。
――何なんだこの差は。
あいつ等は壊すことも作ることもできる。
私は……!!













「村が救えない!? 犠牲!? 知るかぁぁぁぁ!!!」

叫んでいたのは、人間の少年。
無様にも地面にひれ伏す形の自分には笑いが出るほど。
だがそんな自分を笑うことなどしない。

「アンタつええんだろ!? 終わったことにグジグジしてんじゃねぇ!!!」

その少年は真っ直ぐ私をみた。
曲がることを知らない、希望に満ちた目だった。

「誰も救われない……!? 救ってくれない……!?」

一瞬だけ、私を睨むように声を低くした。
そんな事は当たり前だと、言っているように。
――そして、強く拳を振りかざした。

「だったら自分で、切り開けよ!! オトナだろ!!!?」




そんな、当たり前の事を”少年”に叱られた。





「誰もやってくれないなら、自分でやれよ!
 アンタは……そんなことからも逃げるほど弱ぇのかよ!!?」







あぁ、そうだ。
ただ純粋に我武者羅にただ生きるとはこういうことだ。
大人たちが誰一人として出来なかったことを自分の手でやるのだ。
そのための力はもうつけてきたはず――……。
 無いのならつければいい。
  求めることをやめてはならない。

この、世界は――求める者に呼応するのだ。
 ひたすらに真っ直ぐに伸びるその意志を――……私は眩しく思った。


































――夜も明けてきた頃。
獣人達はまだまだ寝静まっていて獣人の村に人の様子は無い。

その村からそう遠くは無い山中の中腹。
村からダルガネルの研究塔を挟んで丁度反対側となる場所で焚き火の煙が細々と上がってた。
あまり寒い時期でもないためあくまで動物への牽制に細々と炊き続けられていた。
一人の男が詰まらなさそうにその煙の上がる木の枝を突いていた。
――暇だ。
眠気と戦いながら火を絶やさないように見る。

――別に寝ても構わないのだが、どうも油断なら無い。
と、彼は口にする。
彼は忌々しいような困ったような視線を、
寝袋に包まるもう一人に向けると空を確認して起こすことに決めた。

「主……そろそろ行くぞ」
「……うぅ……? もう、朝ですか……?」
「朝ですか? では無い。見ろもう空が白んできておる。
 もう此処を発たねば言われた時刻には間に合わぬぞ」
「……え、もう、そんな時間?」
「そんな時間だ」
「……ぅぅ……あとちょ」
「ダメだ」
「……うぅ……ハギー、ひどい。昨日遅くまで僕を寝かせてくれなかったくせに」

意味ありげに上目使いに視線を送って両手の人差し指を目の前でちょんちょんと小さく合わせる。
ハギと呼ばれた――三枝萩之介。
その視線にまたか、と溜息を吐いて


「当たり前だ。主は拙者を睡眠不足で殺す気か。
 ここ4日で普通に寝たのは昨日だけだぞ?
 すわったまま多少は寝てるとは言え疲弊しきるのは問題がある。
 せめて部下の最低限の管理ぐらいちゃんとしろ。
 若しくは一生旅に出たいなどと言うな。面倒見きれん」

「……ちがうー。何回僕が襲いそうになったことか。
 寝てるハギってかわいい〜ね! 今度襲っていい!?」

「願い下げだ」

どうも上下関係がはっきりしないとハギはザリザリと砂を蹴る。
火を消すと火を焚いた場所と焼べ木はそのままに自分の荷物を纏めた。

「……うん。ごめんね?」
「いいから準備をしろ。これ以上話して居ても時間と腹がたつばかりだ」
「……もうちょっと寝かせて」
「ええい。こんな時にそんな命令を使うな。起きろ」

モゾモゾと寝袋の中からごねるその人がそこから動き出すのは日が完全に昇ってからだった。
――もちろんこの時間はハギによる計算された時間だったが。



「……ぷはっ起きた〜」

タオルで顔を拭きながらノンビリとした歩調で彼の元へ戻ってくる。

「早くしろと言っているだろ……」
「……も〜怒りっぽいなー」
「主ほどでもない」
「……僕は、怒らないよ?」
「主に冗談で女遊びしに行く言った時に怒るという枠を超えて怒っただろう」

鬼か。と口にするハギにムッとした表情を見せる。

「……だってぇ、それはダメだよ。僕のハギが悪い子になっちゃう!」
タオルを噛んでキィーっと奇声を上げながら引っ張る。

「だからといって少し遅く帰ったぐらいで拙者を問い詰めるのはやめろ」
「だ、だってっその、心配なんだもんっ」

ガサガサと手荒にタオルを袋に仕舞いこむと脱いでいた鎧を着る。
ガチン! と体にフィットさせて体を軽く動かして異常を確認モゾモゾと着直している。
そんなことを数回繰り返して腰に剣を提げたベルトをつけ勢い良くマントを翻した。
ようやく出発の準備が出来たのを確認してハギノスケは腰をあげてコキコキと首を鳴らした。

「――くぁ……ようやく出発か」
「あ、眠そうだねハギ。寝ちゃう? 僕は何時でもOKだよ!」
「なに阿呆な事を言っているのだ主。寝言は寝て言えと言っているだろう」

え〜、と口を尖らせて抗議の視線を向けるが気にした風もなくハギノスケは言う。

「あと、僕という物言いをやめろ。主は女だろう神子様よ」

「……えー……僕は僕だよー。
 あ、じゃあっちゃんとするからラグラテールって呼・び・捨・て・て?」

ラグラテールはふふっと頬に手を当ててくるっと回って見せた。
肩口で切りそろえた髪が小さく揺れ、整った顔を見れば女性だと分かる。
だが、体には立派な鎧をつけているし腰には大きな曲剣を携えている。
しかしその華奢さは隠すことが出来ず旅用の鎧と言うこともあって胸と肩の部分の鎧でしか無い。
黙って立っていればやり手女流騎士という立派な肩書きがあった。
朝に弱く、己に易いのにどうしてそんなものが勤まるのか不思議で仕方が無いのだが。

「さぁ出発だ主よ」

「……わかってたけど。一度ぐらい名前で呼んでみてよ〜」
「心底嫌だ」
「……やっぱりハギーは部下じゃないよー旦那様だよー」

彼は耳を貸さずに彼は歩き始めた。
彼女は起きればそこまで手が掛かることは無い。
置いて行かないで〜! と走って追いついて横に並ぶ。
寝ている間は何があっても無防備で何度かモンスターに食われかけていたことがある。
なんとも手のかかる騎士殿だ……と小さく呟いくとハテナと首を傾げる彼女。
また言うと色々面倒なことになりそうなので何も言わず道なりに山を下っていった。






































「なんか……すんげぇ……ゃな予感する……っ」

おはよう御座いますみなさん。
ちなみに今の、寝言です。
もぞもぞとコウキが枕にしているかばんの位置を直す。

「……気のせいですよコウキ……」
「……でも、当たりますよ……コウキさ……勘……」

寝言です。

「……大丈夫……結局……避け様……無いんやし……」
「ジェレイド……死ね」
「ヒドッ!! ……ん?」



――目を覚ました。
なんや、夢の中でもこの面子で旅してた気がするな……。
苦笑して立ち上がると体を伸ばして空の白んできた外を見た。

「はは……仲いー……」

むにゃむにゃとコウキが寝言を喋る。

「いや、そらないやろ」
「……またまた〜……」
「ないっつに」
「……そうよー……」
「……お前等実は起きとるやろ?」
『……あはは、ないない……』

いや、お前等がありえん。
と、心の中で突っ込んでアスカの頬を引っ張った。

「まぷ……ん〜……ひゃうへ……?」
「おい、起きんかい間抜け面のアスカ」
「ん〜……うふひゃい……ん〜〜っ」

目を覚ましてワイの手が頬を掴んでいるのを確認してにっこりと笑った。
ヤバイ。と思った瞬間にはアスカの右手はワイの鳩尾に――突き刺さっていた。

「もうっ……女の子は優しく起こしなさいよ」
「お前が……ワイに……優しくなったら考えるわぃ……」

寝起きでこのパワー……こいつ持ってる武器間違えてるやろ……。

「ん〜〜っもう朝? あれっまだ日が昇ってないしっ」
「当たり前や。準備してとっとと出るぞ」
「えっでもファーナちゃん達……」
「阿呆。元々馴れ合うのがだめなんやっつーの」
「お、お別れも言わないの?」
「こっそり言っとき静かにな」









――元々少ない荷物はすぐに纏まり、準備は整った。
ドアを静かに開けて廊下へとでる。
アタシはそのまま振り返って中を見た。
ここからは見えないが壱神くんはまだ寝ているようだ。



「――なんで、あたしたちなんだろうね……」


ポツリと呟いて俯いた。
何でだろう。
世界には何億って言う人が居たはずなのに――アタシ。
それに壱神くんも。

「選ばれたって言うには――」

なんだか。

「――偶然が多すぎる……」

それに壱神くんは……
たぶん隠してる。






――とても大事な何かなんだけど……あたしにはそれを聞くことはできなかった。


「……あたしも、話せないよ……」

次にまた会えたら……全部話せるといいな……。
あたしは思いを飲み込んで――戸を静かに閉めた。

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