第50話『潰える希望』


――居る。
この扉の向こうに、あいつは居る。
普通こんな感覚なら走って逃げるぐらい嫌な感じがヒシヒシと伝わってくる。
下の方はなんとなく静かになったので――
階層に差が付いたから音が聞こえなくなっただけだろうがまぁ暫く追いつかれる心配は無いだろう。
俺は目の前の扉に手をかけ――

「ぶぇっくしっっ!! うおぁっ!?」

クシャミをしてあまりの勢いの良さにドアを押し開けて躓く。
こける事は無かったが登場の仕方としては最低だったと思う。
そんな俺を見てハギノスケは溜息をつくと面倒くさそうに手で前髪をかきあげた。

「……お主はもう少し落ち着いて来れんのか?」
「い、今のはナシ!! どっかで誰か俺の悪口叫んだんだって!
 もう一回やるから同じカッコウで待ってろって!」

そう言ってドアを閉める。
二・三回咳払いをして声が上手く出ることを確認すると勢い良くドアを開け放った。

「ここかっハギ――っどぅわっっっ!!!?」

スタァァンッッ!!
3本の矢が同時に俺の目の前を掠めドアに突き刺さる。

「ずるいぞこらーーー!! 今カッコよく登場しようとしたのに!!」
「……同じ格好で待てといっただろう。
 それになコウキ、戦場で巫山戯るのは感心できんな」
「参ったか!」
「……はは、早死にするぞ?」
「それもゴメンだね。それより、とっとと村に向かって矢を打つのやめろよ」

「――何故?」

途端、冷たく彼は言い放つ。

「矢が当たったら死んじゃうだろあそこの人たちが!」
「あぁ。拙者は殺しに来たのだからそれでいいのだが?」
「なんでだよ!」
「国からの命令だ」

は……? 国って……?

「なんだよ……国って……」
「ふむ。討伐を命じられたのだ。」
「ま、まてっ、だってあんなちっさな村だぞ!?」
「あんな小さな村でも、兵力に代えれば力があると言えばどうだ?」
「……わかんねぇよ!」
「だろうな。主等は軍事には疎いと見える。
 もう少し勉強したらどうだ、タケヒト殿と違ってお主やキツキ殿は頭が回ると見えるが」
「……っ!? 二人に会ったのか!?」

俺は思わず身構えて叫んだ。

「拙者はシキガミ全員に出会っている。
 先ほど会ったアスカ殿も一見軍事には向いて無さそうだが――」

何となく四法さんはジェレイドが居る限り大丈夫だろうという気はする。
そもそもあの二人はどこかの国に属しているのだろうか。
いや、今はいい。
それよりこいつを止めるのが先決だろう。

「それより矢を!」
「あぁ、そうだなそろそろ打ちやめよう」
「……は?」

「もう終わったからな」



そいつは言って俺に矢を向けた。


























地獄だった。
また、この中にいて――

「アルベ――!!」

ガガガガガッッ!!

一斉に降りそそいだ矢を斧をふるって一掃する。
だが遠くに居た逃げ遅れた奴まで手が届かなかった。
無残にも、こちらに助けを求める姿勢で倒れる。
逃げ惑う人たちを無情に襲う矢の雨。
自分の斧が振れる範囲で助けても7人を一度に襲う矢のうち3人ほど。
バラバラに逃げ惑う人たちの殆どを救うことが出来ない……!!

「固まって逃げろ!!」

矢の速度は異常だ。
普通の矢ならこの村の誰も当たることは無いだろう。
それだけの身体能力を持ち合わせた獣人という人種の村なのだ。
だが――たかが矢一つ避けられないとはどういうことだ。
その矢は塔から見えない位置に立っているものにさえ当たっている。

「急げ!! 隠れるなら家の中だ!!」

皆が急いで家に入っていく中、空には赤い軌跡を描く矢がまた村をめがけてやってくる。
――拙い!!
その矢は村中にバラバラになって落ちていく。
なんとか空中に飛び出して2本を斬りもう1本を斬衝撃で弾くが残り4本は民家に刺さり炎が巻き上がる。

「きゃああああ!!」
「うわああっ!!」

突然の炎上に驚いて外に出る村人。

「っ! 外に出るな!!!」

シュンッッ!! ガガガガッ!!!

そうして炙り出された民衆に何本もの矢が降りそそぐ。
クソ……!!
胸が焦げるように熱い。
吐き気がするほど、憎い。
人間にあの距離矢を飛ばすのは無理なことは分かっている。
子供の泣き声と怪我に呻く村の皆の声。
クソ……!!!
こんなことができるやつなんて限られている。
矢は全て一箇所から放たれていた。
見える限りでは本当にたった一人で――この村を容易く壊した。
そんなことを出来る存在が……居るとすれば……!!



「シキガミィィィィィーーーーー!!!」





















……――ィン!!

閃きのようにも見える矢が迫る。
俺が見ているのは矢じゃない影だ。
目で見た物の色を認識するより早く身体を動かさないとヤバイ。

「前よりずっと強くなっているな!
 見えたものだけを切り落としていた前とは大違いだ!」

前より近くで受ける矢は断然速い。
この位置から一歩も近づけない。
ただ前より死角に入る部分の矢の予測ができるようになったため矢が俺に当たることは無かった。
――これ以上近づかれなければの話だ。
あんまり長く弾きすぎて近づかれても困る……!
俺は飛んできた7本のうち2本を弾いてあとは横っ飛びにかわす。
そのまま横に走り出し瓦礫の影に隠れた。

「――ふむ。良い判断だ」

驚いたことはあいつは七本の矢を同時に放っているわけではなかったと言うことだ。
あいつの持っている矢が特殊なのだろうか、一本を引いて放つと七本に分裂するのだ。
それが3回並んで迫ってくるのはあいつの腕の速さの異常さだ。
指に一本ずつ挟んでおいて3度弦を引いている。
――それが、見えるか見えないかのぎりぎりの速さで。
俺は肩で息をしながら思考を巡らせる。
どうする、ここから出ても近づけない。

「下に居たあいつはどうした?」
「……さぁね」
「倒さずに上がってきたか?」
「……まぁね」
「――そうか。それならそろそろだな」


ゴォォオオオオオオ!!!


地響きのような音がする。
それとともに建物が大きく揺れだした。

「何だ!?」
「あいつはな。自分の思い通りにならないことがあると暴走する。
 これは大方、建物ごと切り崩したんだろうよ」
「んなアホな!!」
「あぁ、あいつは阿呆だ。
 それでは。幸輝殿。拙者はこれにて退散させて頂く」
「――っくそ……!」

建物は横にどんどん傾いていく。
隠れていた瓦礫から出て空を見ると斜めになっていっている。
丁度、外に向かって飛び出すあいつが見えた。

「くそ! まて! えっと!!!」


「ワカメ頭ーーーー!!!」



名前忘れたーーーーーーーーー!






















――建物が、一階部分から斜めに大きく斬られた塔。
いまだに土煙が消えずに濛々とした景色にさせる。
先ほど見えたカードによる移動の光が二人はもうこの場に居ないのだと分からせてくれた。
大きく楕円に切られたその切り口がやっぱりあの人が只者じゃなかったことを物語っている。
ある意味運が良かった。
あいつに倣って建物から横に飛び降り、俺はなんとかこの場に立っていた。
――今から村に行けば誰か助けれるだろうか。
そう思って身体に特に異常が無いことを確認して俺は走り出した。



村は、酷い有様だった。
すべての家屋は焼け落ちていて、外に倒れている死体には殆ど矢がささっていた。
――あの、位置から。
何秒先を読んでるんだそれとももっと違う何かか……。
吐き気のこみ上げる景色。
こっちに来て……初めて死体を見た。
森もまだ燃えていて、どんどん燃え広がっている。
――幸い、もう雨が降ってきそうな雲模様がうかがえる天気だ。

なるべく、その死から目を逸らして俺は叫ぶ。

「誰か! 誰か居ないですか!!」

生きて、いないか。
アルベントはどうなっただろう。
悪寒がはしる。
ダメだ。最悪は考えないようにしよう。
俺は頭を振るとまた叫びながら村を回る。

そして、村の中心の広場で彼を見つけた。

「アルベント!!」
「…………コウキか……」

力なく俺を振り向くがその身体には矢がいくつも刺さっており、
ドクドクと血が流れていた。

「アルベント! 大丈夫か!?」
「あぁ……」

俺の問いに上の空で返事をしてフラッとぐらついたかと思うと前のめりに倒れた。

「全然大丈夫じゃないじゃん! アルベントしっかり!
 あ、とっ傷薬……! あ、さすがに口には含めないな……
 あ、含んで吹きかければいいのか!」

というか、たぶん本来の使い方はそうなんだろう。
俺はアルベントに刺さった矢をアキ流に豪快に抜く。
さすがに痛かったのか、うめき声を上げたがそれは無視して治療を続ける。
素早さが大事らしく、アキの手際には感心した。
俺もそれを真似るように矢を抜いて傷口をふさぐと言う作業を繰り返した。

――くそ、血が止まんねぇ……!
獣人は傷の回復が早いらしいが結構深くまで矢が刺さっていたため出血が激しい。
やっぱり包帯とかかで止めておかないと……!
アルベントの腕と足に5箇所矢が刺さっていたのだがそのうち2箇所の出血が止まらない。
包帯は一つ持っていたので一箇所は何とかなりそうだが……。
とりあえず一箇所出血の激しい肩の傷を包帯で巻こう。
傷薬を染み込ませてきつめに巻いて押さえてもらっていた足の傷にうつる。
なんか巻くもの……と映画とかでよく見た光景を思い出して自分の服を裂くとぐるぐると足に巻いていった。

「よし……これでなんとか。動けるか、アルベント」
「あぁ……少し休めば何とかなる」
「そっか。んじゃ、休んでて俺もうちょっと村見て回るから」
「……すまん」

地面に転げて呆然と空を見ているアルベントを置いて俺は村をまた回り始める。
矢の刺さる母親と子供。
焼け落ちた家の瓦礫の中から助けを求めるように突き出た手。
悪夢のように残酷な現実。
吐き気がこみ上げるのを紛らわせるために叫んで気を紛らわせる。
それでも涙は抑えることが出来なくて、泣きながら俺は叫んできた。

なんで、こんなことになったんだ……。

――結局、誰も見つけることが出来ず、俺はアルベントの元に戻った。

「……ごめん。誰も見つけれなかった……」
「――……そう、か……」

それだけ言うとアルベントはよろよろと立ち上がる。
斧を杖のようにして歩き出す。

「肩貸そうか? つっても、俺が小さすぎるな」
「あぁ。そうだな」
「……どこ行くの?」
「――クルードが隠れてる。
 そこに何人か非難させたが……全員は守れなかった」

怪我した足を引きずるようにして歩いてクルードさんの家があった場所に辿り着く。
ここいらにしては大きめの家だったが見事に全焼して崩れ落ちている。

「ふぅ。最後に一仕事だな。コウキ、瓦礫をどかそう。この家の下に入り口がある」
「おう。わかった」

――ざぁっと雨が降り出した。
その恵みの雨は残り火を消していく。

「――終わったわけじゃない……」
「え?」

アルベントが瓦礫をどかせながら呟く。

「まだ私たちは生きているんだ……まだ……」

――残り、少なくなった状態からやっと村になるほど人数が増えていたのに。
と、アルベントは零していた。
俺は盗み見たその顔には、雨のせいで涙のようにポタポタと水が滴り落ちていた。

守れなかった――その辛さを知っている俺も悔しさが手に取るようにわかった。
だから、それ以上アルベントを見ないようにして瓦礫を跳ね除ける作業に没頭した。

前へ 次へ


Powered by NINJA TOOLS

/ メール