第52話『欠けた刃』



銀色の刃物を掲げた。
その剣は無骨で、ただそこにあるだけ。
炎術志向の術印の施してある杖代わりになるその剣は自分には重い。
片手で振り回すと50回も振ると次の日には酷い痛みが筋肉を襲ってくる。
……悲しいかな、振ると重さに負けてしまう。
素振りや模擬戦で鍛えてきたといっても全然思うように振れてはいない。
――コウキを手本に考えると、どうしても自分は絶対的に運動量が足りない。
彼の剣を振るときの滑らかさはどうやっても真似する事が出来ない。
彼のように振れないまでもせめて自分を守る程度には使いたい。
でもそれには時間がかかるし、きっと一人では途方も無い。

でも。
――やりたいと思うなら、求めればいい。
この世界での有り方だ。
倒れても笑われても立ち上がれるならそれが力になる。

剣を取り振ればいい。
練習をすればいい。
戦えばいい。

――守られることが、無くなれば――



次に会えるときには、彼に認めてもらえるように――強くなろうと思った。










「滑らないように気をつけて」
「はい。分かっています……っと」

雪道を二人で進む。
どれだけ気をつけたって滑るものは滑る。
それにこれだけ寒いとモンスターもそこまで多くない。
――というか、コウキさんがパーティーに居ないだけで大分道を歩くのが楽になる。
それはそれで――と思うのだろうが冒険者稼業を行っていくに際して大きな支障を来たす事になる。
詰まるところ、稼ぎが減る。
――コウキさんの明言で普段から倹約を試みていたので幾分かは余裕があるものの……。
コート代は意外と効いた……。


それはそうと、わたしたちはブルブレッグの滝に実際に向かっている所だ。
さらにノアン側のバレスチアという町へ向かう道の途中にあるらしい。

モンスターが出るとか小箱らしい噂は聞かなかった。
聞いた噂は人攫いや盗賊が出るぐらいのものだ。
盗賊はここいらで売買される服類を狙うそうだ。
――まぁコート代を考えれば納得いく。
割と最近出始めたらしいので女二人は危険だと言われた。
確かに危険だなぁ……と、ファーナを見る。
金色の髪を少しだけ帽子から出して揺らす。
キラキラと光って見えるのは水分がついてしまったからだろうか。
雪のような白い肌。でも運動をしているためだろうか赤みが差さっている。
気品を感じる整った顔立ちと紛れも無い神子と王女という地位。
そして紅の瞳が足元からわたしへ。
顔に真剣な雰囲気を含んでいたため、何を勘違いしたのか大丈夫ですっと拳を握った。
……なかなか。
大丈夫、とかではなくて襲われたくないことに気付いて欲しい。
……襲われない訳も無いぐらいの覚悟で挑まなければいけないなぁと再確認。

歩いて往復しても一日かからないということなので二人でコートを着込んで歩いている。
それにしても足元が冷たい。
末端冷え性派としてはこの冷たさは酷だ。
まさに冷酷とか心まで寒いことを思っている間に大きな水音が聞こえてきていることに気付いた。

「音が聞こえますね」
「うん。もう少しみたいっ」

わたし達はよく滑る足場に苦戦しつつその音に向かった。



















「――はぁっ……凄い……!」

ため息が白く目の前を染めて消える。
それと同時にまた大きく視界が開けた――。
ブルブレッグの滝。
その大きさは並みのものでは無かった。
霧が立ち込めているような大きな水飛沫が滝の根元。
地を揺らすような大きな音が響いてそれはまるで世界の全ての水源を集めているかのような水量。
思っていたよりずっと大きな河がそこにあった。
わたし達が立っているのは滝とは逆の川沿いの崖の上。
ここを崖沿いに辿れば川付近に降りれるらしい。

「あはっ凄いねファーナっ」
「はい。さすがに大きいですね……あ、
 見てください木も凍っています」
「あ、ほんとだっ。霧が凄いもんね〜っ」
「ふふっ口から凄いしか出てませんよ?」
「うんっ凄い良い景色だよ〜」

田舎の村々の中、壮大な山の景色を見ることは良くあっても
こんな大きな滝を見たのは初めてだ。

「確かにそうですね。コウキやヴァンツェにも見せてあげたいです。
 あそこに道が見えますね。そばまで降りてみましょう」
「うん」

――滝のさらに近く。
ここは風が吹けば水飛沫が当たるほどの距離だ。

「――冷たいですね……」
「ファーナ、大丈夫? あ、髪が凍ってるっ!」

ファーナは今帽子を被っているのだが、帽子から出ている髪が氷で引っ付いて纏まっている。
――あ、ちなみに猫っぽい耳の付いたあの耳当て。
今朝ファーナの手によって返品されちゃいました。
とっても可愛かったんだけどなぁ。
言われて自分の髪を触ったファーナがパリパリと氷の砕ける音に驚く。

「わっ! い、今っ髪が砕けましたか!?」
「あははっ大丈夫だよー。砕けたのは氷だから」

割と真剣に驚いて焦っていたファーナがホッと胸をなでおろす。

「よ、良かったです……」
「髪は帽子にいれればいいのに〜」
「そうします……」

ファーナは髪を帽子の中に入れるとそのまま川沿いに少し歩いて見てみようと提案があった。
わたしはそれに頷いて川沿いを歩き出す。

「それにしても冷たそうですね川の水」
「きっとコウキさんが居たらおいしく落ちてくれるんでしょうね」
「……アキ、何を期待しているのですか……そういう期待はやめましょう」
「さすがに風邪ひいちゃうもんね〜」

まぁさすがにこういう期待は心が痛いよね。
わたしは微妙に反省しつつ、探索をするために川に近づいた。




























ザクザクと雪に足跡をつけていく。
それを妙に楽しく感じるのは雪に慣れていないからだろうか。
まぁ雪のせいでそれ以外に何も無いからやることが足跡をつけるぐらいしか無い。
肝心の偵察にしても今のところ何の成果も無い。
川を眺めるが冷たくて綺麗な清流が流れる大きな川が見えて反対側には山になっている。
ここを真っ直ぐ登ると街道につけるだろうが――
明らかに深い雪の積もったそちらに足を踏み入れたいとは思わない。

メービィに聞いたところ小箱はほぼモンスター化、もしくは試練に順ずる何かに変化するようで、
過去のものを見てもかなり大きなものになること間違い無いのだ。
鏡に取り込まれたりするのはかなり特殊なパターンらしいが……
もしかしたらあの4度目はかなり不幸な段階だったのだろうか……。
さらにコウキは無事と言う話を聞いてホッとした。
グラネダで襲ってきたあの失礼な弓男……。
あの男と引き分けて今日獣人の村から発ったらしい。

――ふと違和感を覚えた。
何だろう。
キョロキョロと辺りを見る。
私はやっとそこであることに気付いた。

「……アキ?」

アキがいない。

「アキ!?」

返事がない。
何でだろう――こんなにも不安に駆られる。
自分の足跡を辿る様に来た道を戻る。
そうだアキの足跡。
アキはかなりフラフラと歩いていたようで右へ左へと足跡がうねっている。
――途中まで。


最後彼女の足跡は川に向かって消えていた――。







え、えっと……
要するにコレは川に落ちた……?
アキが?
何で?
こんなに寒いのに川に?
でも、音なんて――






そこまで考えて、この川には”小箱”が落ちていることにようやく気付いた――。

「アキ!!」

何が起きたのかは分からない。
でも、彼女が自ら落ちるようなことは考えられない。
鏡のような例もある。
――容易に引き込まれることなんて考えられる。

覚悟を決めないと。

覗き込むか、触るか。
きっと、どちらかで何かが起きる。
――近づくのが怖かったりもする。
恐る恐る清流を覗き込み――何も起こらないことに安堵した。
手袋を外してそのまま少し触れて離れる。
……何も起きない。
もう一度覗き込んで長めに触ってみたが冷たいだけで何も起きなかった。
鏡の時は触れた瞬間に手を掴まれると言うことがあった。
じゃぁ、アキは……?

バチッ……!

――?
何の音か理解できなかった。
ただ、急に体の力が入らなくなって、倒れた。
目の前がだんだん真っ暗になって――最後、
動物の足のようなものを見た。


















「――はい、二人目〜」
「チョロイもんだなぁ」
「ヒヒッ! トーゼンだろ」
「しっかし珍しいねぇ女二人たぁ。ははっ二人とも上玉だなぁ。
 高く売れるぞぉ?」

――2人の男が手を叩いて喜ぶ。
雪の中、真っ黒な服に身を包む大男と真逆に真っ白なコートの男。

「よーし。よくやったチビ。連れて帰るぞ」

――フォンッ!
薄い緑の丸いガラスのようなものに囲まれてフワッとファーナの体が中に浮いた。

「いやーやっぱお前が居ると楽だわぁ」
「ヒヒッさすが幻獣って言われるだけあるな。
 とっとと帰ろうぜ。戦利品があるんだ」

キラリと赤い宝石が光る。
――その、獣は申し訳なさそうに空に浮かぶ二人に眼をやると歩き去る二人について歩き出した。








































「……ファーナっ!」
「――ん……」

体が揺らされる。
妙に気だるい感覚の中目を覚ますとアキの顔が見えた。

「ア……キ……?」
「――っよかったっファーナっ大丈夫?」
「は、い……えと――」

何で泣いているんだろう。
その理由を聞こうとして身体に力を入れたが、酷く動きづらいことに気付いた。
ジャラッと聞いたことのある音と両手の拘束感――手枷。

「な――」

ワタワタとしながら起き上がって見回すと明らかにここは牢屋の中だった。

「あ、アキっここは――?」
「ごめんね……っ盗賊のアジトだって……」
「盗賊……」

そういえば、盗賊が最近出始めたと聞いた。
人攫いも――そう……彼らなら。
でも一体どうやって……?
私だけならともかくアキまで……。

「アキ……何があったのですか?」
「わかんない……川を覗き込んでたら急に気を失って……さっき、気付いたらここに……」

同じだ。
とりあえず私達二人は攫われたらしい。
アキも私と同じ手枷と足枷――完全に身動きが取れない状態だ。
――不意に、カツカツと靴の音が聞こえた。


「あー二人とも起きたか。おはようさん」
「……っ貴方達は誰ですか!」
「ヒヒッ! 聞いてもどうしようもねぇだろうに。しがねぇ盗賊さね」
「わたくし達をどうする気ですか!」

男は一瞬目を見開いて大声で笑い出した。

「ヒヒヒッ! そんなこともわかんねぇってか!? ここにいて!?」

一頻り笑って、ガシャン!! と大きく鉄格子を叩いた。

「売るんだよ!! 当然だろバカが!!!」

ビクッと体が縮こまる。
――恐い。
その大男は顔にいくつもの傷があっていかにもな顔をしていた。

「ヒヒッ恐がっちゃってまぁ可愛いもんだな。
 ま、明日にでも人買いの馬車が来る。それまで大人しくしてろ」

「――っっ冗談ではありませんっっ
 収束:300! ライン:右腕の詠唱――!?」

浮き上がるハズのラインが右腕に浮き上がらない。
マナの収束を感じることが出来ず、言葉だけが響いた。

「ヒヒヒッッ当然だろ。そう法術なんざポンポン使われちゃ困るんだよ。
 手枷見たこと無いか? 法術禁止印が組まれてんだぜ?」

――見たことがある。
この術印はラインを無効化し、マナの収束を不可能にさせるものだ。
簡単に言えばマナを体から放出されることを禁止するのだ。
そうすればアルマも法術も使えない。
ヴァンツェに習ったこともあり、当然城にもこの手枷はあった。

「――っ……!」
「ヒヒヒヒッハハハハッ!!! 残念だったな!
 ま、お友達と一緒で良かったな、仲良く過ごしててくれ」

――そん、な。

男は去って行く。
わたくし達は二人――ここに取り残された。

「――……ごめん……ごめんねファーナ……」
「あ、謝る必要などありませんっアキは――何も悪くないのですからっ」
「……ううん……わたしが――ファーナを守らなきゃいけないのに……
 ヴァンさんにも、コウキさんにも……申し訳なくって……」

言って、顔を下げて、悔しいのを耐え切れないようで泣いていた。
アキはわたくしと違って前ではなく後ろに手枷をされている。
――さすがのアキもその状態では力が出せないのだろう。

「な、泣く必要など、無いのですっ私達は――っっ」

どうなるのか、など考えたくは無い。
――寒い牢獄で、私達は泣くしか出来なかった。

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