第53話『宝石のような希望』

――寒い。
私達は二人で牢屋の隅で肩を寄せて座り込んでいた。
薄い毛布が一枚あって二人で包まっている。

「……寒いですね」
「……うん……まだ、二人だからマシなのかも……」
アキに話しかけると彼女は空元気に少し笑った。
「そうですね……わたくしは一人だときっともう凍えきっていたでしょうね」
「ファーナは寒がりだもんね〜……」
「だって焔の神子ですからね」
「割と関係無いとか思っちゃダメ?」
「ダメです。意地でもそのせいにすることに決めました」
「ふふっファーナ変な意地張るんだね〜」

――こんな時でも小さく二人で笑えた。
そうだ。一人で絶望しているよりはずっといい。

――こんな時、コウキならどうするだろう。
ふと、そんなことを思った。

「……こんなとき、コウキさんならどうするんだろーね」

――アキと、同時に。

「――何とかするんでしょうね……」

何をするか、は想像し難いが間違いなく何とかしてしまうだろう。
それは確信だった。
どうやって何をするか。
ミスターポジティブシンキングランキング独占1位を宣言する彼は間違いなく諦めが悪いランキングでも1番だろう。

「――うんっこんな時だから見習わなきゃ!」
「え――」

アキは立ち上がって歩きにくそうに鉄格子に向かった。

「アキ、何を……?」
「……悪あがきっ!」

ガシャンッッ!!

使える最大の歩幅で勢いを作って鉄格子に体当たりをするアキ。
――もちろん冷たい鉄の揺れる音しか響かない。
体勢を立て直してもう一度十分な助走距離を作るとまた体当たり。
それを何度も繰り返す。

「――っつ!」
「あ、アキっ」

――何十とその行動を繰り返し、痛みに倒れる。
……竜神加護も、禁じているらしい。
そうか、この手枷が体のマナの働きを完全に止めているのだ。
竜神加護はマナを原力とすると聞いたこともある。
右肩から服に血が滲んでいる。
手当てしたいが何も出来ない。

「大丈夫ですかっ……」
「あはは――……あ――ぐ……ぅ

 どう、しよう……っ何も出来ないよ……っ」

――また、彼女が泣く。
彼女ですら何も出来ない。
ごめんね、と何度も。
そんなことを言われても、どうしようもなくて。
――真実に謝らなくてはならないのは、初めから無力な自分の方なのに。
また二人で泣くことになる。














――助けて――



































「キュゥ」

二人で絶望から逃げるように部屋の隅で肩を寄せていた。
疲弊しきったその空間に、妙に愛らしい泣き声が響いた。
――アキは、疲れて眠っていた。
唯一の入り口である鉄格子に視線を向けた。

そこには一匹の見慣れない動物がいた。

――なんだろう凄く愛らしい。
ウサギのような耳や顔をしていて、額には何か赤いものが付いている。
身体はモサモサとしていて子犬のような――。
とても知っているような気がする。

「カゥ」
「――……おいで?」

毛布の間から手を出して小さく手招きをしてみる。
その動物はキョロキョロと周りを見回すとトトトッと格子の中へと入ってきた。
可愛い。

「クゥ」

私の前にちょこんと座ると私を見上げて鳴いた。

「――可愛い。ここで飼われているのですか?」
「カゥ」

私の言葉に反応を示した。
言葉が分かるのだろうか……?

「……いや、まさか……?」

そんなことを思ってしまうほど疲弊しているのかと、ちょっと笑ってしまう。

「――この子が、怪我をしているのです。
 できれば、治療してあげたくて……誰か呼んでもらえないでしょうか」
「カゥ! クゥ!」

わたくしを見上げて耳をピクピクと動かして尻尾を振ると軽快に牢屋の外に走り出て行ってしまった。
ま、まさか……ね……。

タタタッ

その動物はすぐに戻ってきた。
――人を呼んできたわけじゃなく、傷薬の入った袋を持って。

「――あはっ凄く賢いのですね……っ」

アキを起こして上着を脱がすと治療をはじめた。
コレは即効性の無い塗り薬だ。でも無いよりは大分いい。
袋には包帯も入っていたのでそれで巻きつけて服を着せた。

「ありがとう……」
「いいえ。お礼はこの子に」
「ふふ。ありがとう。かわいいね」
「クゥ」

長い耳と尻尾をブンブンふって私達の言葉に答える。

「ねぇ、どうせならこの手枷の鍵とか持ってきて欲しいなぁ」
「……クゥン」

その子は申し訳なさそうに耳と尻尾を垂らした。
それは無理なんだろう。

「あは、そっか、無理かぁ」
「剣は重すぎますね……アウフェロクロスのブレスレットも持ってきてもらっても使えないでしょうし……」
「そうだね……短剣とかは持ってなかったし……役に立ちそうなのは?」
「うーん……カード……?」
「カゥ!」

垂らしていた耳と尻尾を立ててその動物は走っていった。
恐らく本当に持ってくるだろう。

「あ……」
「行っちゃったね……アレもマナが通らないと……」
アキが言いよどむ。
「はい……ですが今唯一コウキに繋がるものですし……」
「――そうだね……」

タタタッ

その子は白い何も書かれていないカードを持って戻って来た。

「ありがとう御座います。本当に頭のいい子なのですね」
「ほんと。頭のキラキラしたのなんだろ?」
「触っても大丈夫ですか?」
「カゥ」
「……大丈夫だって?」
「ちょっと、失礼します……」

私はその動物に手を伸ばす。
目を閉じて、大人しくわたくしに触れられる。
頭はフワッとした毛で凄く毛並みが良かった。
そのまま額に指をずらすと硬い感触に触れる。
まるで宝石のような感触。

――宝石。

「あ……」
「どう?」

アキは手が後ろなので触ることが出来ない。
私に興味津々に尋ねてきた。

「硬いです。でも、ざらついた感触が無くてまるで――宝石みたいな」
「へ〜おでこに宝石かぁ」
「この子もしかして――……

 カーバンクルでしょうか?」

「カゥ!」

元気良く返事をした――カーバンクル。
そうだ。カーバンクル。
昔本で読んだことがある。
御伽噺で額に赤い宝石の付いた動物。
この子は白と金色の入り混じった毛並みで真っ黒で大きな目をしている。
耳が長くてほんとうに愛らしい動物。
――幻獣、カーバンクル。
まさか、こんな所で出会えるとは――。



「んだよぉ。こんなところに居やがったのか」
「……」

盗賊の男がやってきた。
さっきの男とは違って細身の――スキンヘッドの男。

「オラ。戻れぇったく。チビの癖に動き回ってんじゃねぇぞ。
 あ? 何睨んでんだよ犯すぞ?」
「……」

男が私達を見て口の端を歪める。
――寒気が走った。
カーバンクルは申し訳なさそうに耳を下げてトボトボと牢を出て行った。

――再び、牢屋を沈黙が襲う。
寒い空間。
私達は――どうなってしまうのだろう――?










――時間が良く分からない。
どのぐらいここに居るんだろう。


「オイ、出ろ」
「――……」
「出ろと言っている。出ろ。それとも自分達の立場を分からせてやろうか?」
「……っ」

アキが私を庇うように立ち上がってフラフラと牢から出た。
わたくしもそれに習って立ち上がる。

ガシャン! ガチッ!

格子が堅く閉ざされる。

「――あぁ、そっちはいい。一人でいいからな。

 ――俺達の慰み者になるのは」


背筋が凍った。



「――!! アキ!!!」

ガシャ!
格子が、手枷が、手を伸ばす私の邪魔をする。

「ヤダ……嫌……」

アキが顔を蒼白にしてフラフラと後退して、鉄格子を背に震える。
その手を二人、堅く握りしめた。

「煩いな。じゃぁ、そっちが出るか?」
「嫌!! ダメ!!!」
「じゃぁお前だな」
「嫌!!!」
「うるせぇな! いいからとっとと来い!!!」

大男に無理やり引っ張られて容易く、手が離れた。

「嫌!! 放して!!! 嫌ぁぁぁーーーーーー!!!」
「嫌がれ嫌がれ。ここには喜ぶ奴しかいねぇんだよ」
「アキ!!! アキを放しなさい!!! お願い!!! 何でもしますから!!! アキ!!」
「やーーー!!! ファーナーーーーーーーーー!!!」

遠ざかる、声。
ガンッガンッ
待って。
ガンッガンッ
連れて行かないで。





ガンッガンッガヅッガンッガンッガンッ
ガンッガッガンッガンッガンッガンッ
ヅンッガンッガンッゴンッガンッガンッガンッガンッ
ガンッガンッガンッガンッガヂッガンッガンッガシャッ!!!










叩き付けた指が折れて、血が噴出す。
痛い。
手首も手枷で擦れて血が出る。
――痛い。

お願い。
お願い。
誰か。
誰か。
奇跡でも
偶然でも
神様でも
悪魔でもいい
お願い。
お願い。
ねぇ、
誰か。
誰かぁ――――!!!












「助けて下さい!!!
 お願い!
 誰かぁ!!!」














振り上げる手から血飛沫。
それは牢屋の中に散る。
それは、カーバンクルの置いていったカードにも。
それでも力の限り叩き続ける。
私の――武器を。
ここを打ち破る力を。

「コウキ!!!
 貴方が必要です!!!」



友達を助ける力を下さい――!!

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