第55話『ルーメン』


「――……んー――……」

朝、だ。
起きないと。
よいしょっと起き上がってあまりの寒さにもう一度布団に潜り込んだ。
さむっ!
びっくりだ。
確かに目は今一瞬で覚めたがこの寒さはっっ。
布団から出たくないっていうか出れないんじゃねぇのかっ。
なんか足元もモサモサするし〜もう。
よし。3つ数えたら一気に起き上がって着替えてコートを着てカウンターに火をつけてもらいに行こう。









「……いくぜっ」

バサッ!!
布団を激しく蹴り上げて起き上がる。
カウント数は気にしちゃいけない。

「寒っっ」
「カゥッ」


「だよねっ寒っ」
「クゥ……」
「またまた贅沢言うなよー。1日の時間は限られてるんだ有効に使っ……」

ん……?
寝ぼけている目を擦ってもう一度ベッドを見る。

「キュゥ」

OK。
もう一度目を擦る。

「キュゥ」

OK。
もう一度目を擦る振りをしてすぐに見る。

「キ…………カゥ」
「不意打ちは酷いですって言われてもなー」

――なんか入ってた……。
俺を見ると頭を上げて長い耳をぴるぴる動かした。
でも、問題はそこじゃない。

「なんだお前……湯たんぽサービスか?」
「カゥ?」
「あぁ容器に熱湯を入れてな、寝るときに足元においとくんだ。
 タオルとか巻いてないと火傷するけど、すごく足あったまって寝やすいんだぞ」

この時世こんなことを知っている俺。
電気版なんて贅沢なものは使ったことが無いが、
湯たんぽは近所のおばあちゃんに譲ってもらったものを使っていたことがある。
まぁ、そんなのはどうでもいいけど。

「カゥ! クゥウクゥ!」
「うん違うよな。動物だよね。ウサギ?」

にょーんと耳をつまんで伸ばしてみる。
ピッと離すとぶんぶんと頭を振る。
うーん動物だ。

「カゥ。キュー」
「カーバンクル? それは名前か?」
「クゥカゥ」
「あぁあそこで飼われてたのかー……で、何で俺のベッドに潜り込んでんだ?」
「クゥンカウ?」
「あーそっか。寒いもんな……うん?」

あーまてまて。
なんかおかしいぞ。
通常成り立っちゃならないものが成り立ってるって言うか。
二人でじーっと見詰め合って首を傾げる。
傾げる。
頭を戻してみる。

「そんなに見つめんなよー照れるじゃん」
「キュー……」

しかしまだ見つめる。
ようやく脳みそも起き始めた。
喋っている。
カーバンクルだってさ。
艶のあるもさもさした毛並みがすばらしい。
――……動物。

「キュゥキュ!?」
「喋れんの!?」


そんな、グッドモーニング。














「と、言うわけでカーバンクル君だ」

起きて来た二人が俺を飯にと誘いに来てくれた。
動物に向かって話しかけているところ、
悩みがあるなら力になるよ?
と優しく遠い目で話しかけられてしまった。
断じてそこまで鬱になってないぞっ。
こいつの言葉が分かる、という俺の言い分は
まぁ、コウキさんですしね。
と片付けられた。どっちが言ったかは分かると思う。
……うん。悲しくないよ……。

「あの時はありがと〜」
「カゥ!」

嬉しそうに尻尾を振りアキに撫でられる。
なんとチビ君、ファーナとアキを助けてくれていたらしい。
物心付いた時には盗賊団にいて、軽く人を眠らせる術と空間浮遊術という奴で人攫いを手伝っていたらしい。
でも悪い子じゃないみたいで、さすがに最近エスカレートする盗賊団に嫌気がさしていたようだ。
でも逃げ出してもこんな冬場に食料は殆ど無いし人間の所に行っても
モンスターと勘違いされて追い出されるので困ってると。
そこに俺が乗り込んできて盗賊団を倒して行ってしまったので付いてきたみたいだ。
こう、声をかけるタイミングがずっとなくて困っていたらしい。
だからってベッドに潜り込まれてもアレだが……動物だしな。

「なんだ……喋ってるわけじゃないのか……」

俺には割りとナチュラルに言葉で聞こえる。
でもファーナ達にはそうじゃないらしい。
キューかカゥかクゥぐらいにしか聞こえないんだと。
俺には翻訳機が標準装備だったということだ。

「何でコウキはそうも異常に見舞われるのですか……」
「俺が聞きたいよ」
「でもいいなぁ。この子の言葉が分かるんでしょ?」
「まぁね」
「カゥ!」
「何て?」
「僕もびっくりです、だって。俺がびっくりだっての」
「クゥ? カウ?」
「何をやっている方達なんですか? ってさ」

カーバンクルを抱えあげてアキ達に向けてみる。
足がバタバタするので抱え込む形で落ち着かせる。

「わたしたちはね、旅をしているの」
「カゥッ」
「いえす旅人。一番の目的は神性の小箱かな」
「そうですね」
『神性の小箱ってなんですか?』
「わ、ほんとに喋ったのかと思った」
「通訳に徹してみようと思って。俺の腹話術能力をなめるなよっ」

俺が合わせて喋るときっちり声が被ったみたいで喋ったように見える。
言葉が通じたのが嬉しいのか耳をぴくぴく動かす。

「神性の小箱とは神様の落としたわたくしたち器の為の神性です。
 あ、わたくし達は神子とシキガミなのですよ」
『え?』

不思議そうに俺を見上げる。
なんとなく考えてることはアレなんだろうなーと思う。

「うい。俺シキガミだよん」




シン――と、カーバンクルの色々な動きが止まる。
あんまり見詰め合ってるのもアレなんでとりあえず鼻をプニッと押してみる。
急に携帯のバイブ機能のように震えだした。
よし、起動した。

「ははっ大丈夫だよ。取って食ったりしないし」
「……カゥキュゥカゥカゥクゥキューーーー!」
「そこまでしなくてもいいって。俺って普通の人間だし。
 この二人の方が凄いぞ」
「この子今なんと言ったのですか」
「ん? あぁ、
『うわぁっなんていう失礼なことをしかも抱いてもらったりしていますしうわぁ恥ずかしい
 すみませんごめんなさい穴掘って埋まって死にたいですーーーーーーー!』
 って言ったからさ」
「確かに緊迫して騒いでいましたが……そんなに意味が詰まっていましたか」
「必死で可愛いですね〜。わたしも持たせてもらっていいですか」
「いいんじゃない? ほい」

プルプル震えているそいつを俺はアキに手渡す。
そして、渡したタイミングで言う。

「ちなみにアキは竜人のお姉さんだよ」
「きゅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「なんて言ってるんですか?」
「叫んでる」

そりゃもう盛大に。

「わっ、そんな泣かないでいいよ〜っわたし全然すごくないしっねっ?」
「この二人が異常なだけですから……わたくしも触りたいですっ」
「でも持てないじゃんその手……」

ここでうずうずと見ていたファーナが主張する。
しかし先日のことで指が折れててこの村のキュア班に通院することが決まっている。
3日絶対に動かすなとのことだ。
キュア班はいわゆる病院。
法術系の治療が進んでいるので大抵の怪我は通院で治せるし、旅人を受け入れる専用の窓口もある。

別の話になるのだがグラネダに居たときにヴァンが言っていた、
王宮付属のキュア班は医療術開発を進めるエリートチームで
そこから公布される公式の医術式を組み込んでキュア班を作るらしい。
キュア班の養育学校も存在し、一つの村や町に必ず一つはキュア班を作ることが義務付けられている。
それはファーナの父親が各国を巡っていた時の顔の広さを使って世界に広めたんだそうな。

で、戻るんだけどファーナの指が二、三本折れてたし打ち付けて切れて血が飛び散りまくってたし。
あの後でアキが絶叫していたのは言うまでもないが。俺もあれはさすがに驚いた。
今は包帯グルグル巻き。
一気に直すと細胞の再生が追いつかなくて変に治ったりするのでちゃんと時間をかけて3日で治すとのこと。
ファーナは3日もですかっと嘆いていたが良く考えれば自然治癒で1ヶ月以上かかる怪我が、
たった3日で治るだけで俺は破格の待遇だと思うんだが……世界の差だよな。

んでまぁ仕方ないので膝に乗っけるので今は勘弁ということで、
ファーナの膝の上に下ろされるカーバンクル。
見たことない動物が存在するって面白いなやっぱ。
大きさは小型犬ぐらいのもの。
そのもふっとしたものがファーナの膝に座っていると高貴な猫のイメージを彷彿させる。
まぁ……幻の動物だよね。
ペットでいいのかどうかは憚るがそういうことにしよう。
俺はやっと落ち着いたような顔をしているそいつを覗き込んで言ってやる。

「というわけで、王女様の膝の上はどんな気分ですかね?」


シュバッッ……!

綺麗な放物線を描いてカーバンクルが跳んだ。
着地を考えていなかったらしく背中から床に落ちて、その勢いで壁まで転がって逆さになって目を回していた。
今のは見事だった。スローで3回ぐらいリプレイを回したい。
面白いなこいつ……なんとなく同類な気配を感じて嬉しいぞ俺は。
笑いながらそいつを拾い上げてそう思った。



「で、どうするのこれから〜?」

アキが前足を持って膝の上で遊びながら聞く。
もちろん俺達にではなくカーバンクルにだ。
身体の自由が利かないので頭だけ俺を振り返って喋りかけてくる。

「カゥッカウッ」
「俺かっ?」

キュゥと肯定の鳴き声と同時に尻尾を振って見せた。

「なんて?」
「是非師匠についていかせてくださいっていってるけど」
「コウキさんこの子を弟子にしたんですか?」
「俺を師匠って言った時点で俺の弟子だ。という訳で返してもらうぞ」

アキの手が離れた隙を見てカーバンクルを奪還する。

「あっっ。も〜コウキさん触りたいだけでしょ〜?」
「アキだって」
「そうですっ」
「二人とも、仲良くしてください」

アキと同じように前足を持って遊ぶ。
いかん。こいつ可愛い。

「構いませんが辛い旅だと思いますよ」

カーバンクルは一瞬自信なさ気に耳を下げたが頭を振って話し出す。
俺も通訳に徹してみようかなと思い重なるように喋ることにした。

『足手まといにはなりませんっコレでも盗賊団で鍛えてますっ
 空間浮遊と睡眠以外にも空間圧縮や自己透明や属性の壁が作れますし、自分の身は自分で守れますっ』

俺以外の二人からわっと声が上がる。

「――意外と役に立てる場面が多いかもしれません」

ファーナがカーバンクルの目を覗き込む。

「コウキさんが大怪我した場合でも歩かずに運べるってことですし」
「そうですね。空間浮遊だとコウキの衝撃緩衝で叫ばなくてもよさそうですし」
「なんで俺が使用基準なんだよぅ!」

なんか俺がすっごい心外だぞ!
そんな俺をよそにアキとファーナが意外そうにカーバンクルを見る。
ただのペットじゃないな。
俺もさっきの術のなかに興味のある単語を見つけたのでそれを聞いてみることにする。

「なぁ、空間圧縮ってどんなのだ?」
「クゥキュ〜キュカゥックゥククゥ」
「あーなるほどっそれってどんなものでも?」
「カゥ……キュゥクゥクゥキュー」
「へー便利だな。それって時間制限とかあるの?」
「キュキュッカゥクゥ〜」
「なるほど、その大きさならずっといけるってことか」

俺はその概要を理解して手を打つ。
同時になんだか痛い視線を感じて顔を上げた。

「コウキさんいいな〜」
「コウキ、それはずるいです」

じとーっと二人に見られるが俺にどうしろと。


ちなみに空間圧縮は球で作れる空間を圧縮したり元に戻したりできるらしい。
質量は圧縮率に比例して軽くなり、同じく比例してマナを使用する。
大した使用量じゃないのでその気になればこの部屋一つ分ぐらいの空間圧縮ができるらしい。
俺が両手を開いたぐらいの球なら浮遊と併用してもマナの回復量と同等なのでほぼ永久に使えるようだ。
人の創造物、または神の創造物で神性クラスの低いものが圧縮対象。
人は複雑すぎてできないようだ。
――まぁつまり。
拾ったアイテムとか旅の道具を持っておいてもらえる……!
コレは大きいと思う。
これならテントやら寝袋やらが持てる様になるし……!
なるほど……盗賊団がこいつを重宝するわけだ。

「俺はいいぞっお前超役に立てるぞっ」
「……まぁ、コウキは下手な盗賊団より稼ぎますからね。
 わたくしも構いません」
「二人がいいならわたしもいいよ。よろしくね〜っ…………

 この子、名前は?」










名前はチビと呼ばれていたみたいだ。
だが、さすがにチビは手抜きすぎるだろう。
恐れ多いと床に鎮座しているカーバンクル。
まるで判決を待つ罪人のように静かだ。
俺は膝の上に乗せてこねくり回すことに決めた。

「嫌がってますよ〜コウキさん。
 わたしは特にこれという名前は思いつきません」

俺の手からそいつを救い出したのかと思うと自分の膝の上に乗っけて同じことをやりだす。
やっぱりやりたかったのか……。
さっきからかなり俺とアキの上を行き交っている。
まさに引っ張りダコ。まぁ今のうちだけだろうけど。
それを今は出来ないファーナが何気に悔しそうだ。

「俺は呼びやすい名前がいいなー」

ふむ。とファーナが首を傾げてじっとカーバンクルと目を合わせる。
沈黙の時間を利用してアキと軽く耳の引っ張り合いをしているが
慣れているのか文句も迷惑そうな顔もせずじっとファーナを見上げるカーバンクル。
ぴんっと二人同時に耳から手が離れるとプルプルと頭を振ってまたファーナに顔を戻した。

「……ルーメンなどはどうでしょう?」

「ちなみに何か意味があったりするの?」
「はい。“光”という意味があります。
 毛並みやこの子の属性から、それがいいかと思いました」
「あ、じゃぁわたしもそれで」
「じゃぁ俺もそれで」

ルーメンか。じゃぁルーかな。

「あれ? 二人とも宜しいのですか?」
「俺はいいよ。考えてもミミタロウぐらいしか出てこないし」
「ミミタロウ……ありえないですよ〜センスが」

分かってはいるが……チクショウ!

「ちゃんと考えてくれたファーナの名前の方がいいよ」
「カウッ」
「嬉しいですってさっ」

ルーメンな。俺はルーって呼ぶけど。
俺はそいつを抱き上げて向き合う。
名前をもらったのが嬉しいようで耳をぴこぴこ動かしている。


「んじゃっ。よろしくなルーメン!」

「カゥ!」


――そんな、仲間が増えた。




「じゃ、朝飯行こうぜっハラペコ!」
「キュゥ!」
 ルーが元気に返事をする。
「ん? そういえばルーって何食べるんだ? カレー?」
「無理やりルーで繋げないでくださ――……いっ……ッ」
 スパーンとファーナに突っ込まれる。
 手を傷めていたのでその後呻いていたが。
「カゥ! クゥゥーキューン」
「あはっルーちゃん可愛い〜っ!」
 がしっっとアキに奪われる。
 ちなみに今何でも食べますっ好き嫌いしませんっと元気良く言ったところだ。
「ふっ動物を触った後はちゃんと手を洗わないといけないんだぜ?」
「コウキさんだって」
「洗うもん」
「わたしもです」
「……」
「……」
「隙あり!」
「甘いです!」
 全然隙は無かったがとりあえずルーを取りにかかる。
 ゴール下の王者の如くフンフンと取りにかかったがその全てを躱された。
 くっ! これが王者の力かっ!

 当のルーは振り回されて目を回していたが。

 そして俺達は廊下の真ん中で暴れるなとファーナに説教を食らった。



 朝飯を頼んですぐ、気づいた。
「ファーナ、食べれないじゃん」
「いえっ、その、頑張れば多少はっ……いっ……うぅ……」
 手をフォークに持っていったが全く動いていない。

「……これはあーんですね」
「ああ、あーんだな」

 アキと目を合わせて頷く。
 間違いない。これはあーんだ。
「いっいやですっ! そんな言われ方をするととても嫌ですっ」
 わぁっとファーナが主張するが俺達はひとまず手に近いものをファーナに食べさせることにした。
 俺がスープ側、アキがパン側に座っていたため、役割はアイコンタクトで決定した。
「そんな嫌がるなって。ほら、あーん」
「ぅ……そ、そんなに見ないでくださいっ」
「そう言われても。見ないと零れちゃうだろ?」
「先にパン食べる?」
「……」
「どうしたの〜?」
「なんでもありませんっもう〜っ
 覚えててくださいっっいつかこの借りっ返してみせますからっ」
 捨て台詞を言い切って、恥を捨てて食べることにしたようだ。
 スッと、スプーンを要求してスープを静かに飲む。
 上品さは抜けないのは流石だと思う。
 アキが丁度いい大きさにちぎったパンを口にしてもむもむと咀嚼しているのを眺める。
 うーん。
 なんか微笑ましい。
 ニコーっと笑ったアキがさらにパンを勧めるとまたもむもむと咀嚼する。
 く……っ。
 負けてられないっ。
 次のパンが来る直前のタイミングでスープを差し出す。
 ちょっと角度をミスった。
 つぅっと口元をスープが滴る。
「ん……っ」
 はっとしてスッと拭くものを探す。
 ナプキン的な何か――……無いよな。
 仕方ないで顔を上に向けかけているファーナの口元に手をやって指で拭う。
 拭くものもないし、俺はそれを口に持って行って舐める。
 ん。味わかんね。


 アキとファーナが真っ赤な顔して俺を見ていた。

 ええい。全然恥ずかしくない。
 恥ずかしくないぞ今のはっ自然だろっ?

「カゥ?」
「なんでもないっ」
「コウキさん顔真っ赤〜」
「……っ……っ」
 ファーナも言葉を失って俯いている。
「ファーナは耳まで真っ赤……。アツい? あはははっ」
「ちがっ……!」
「あ、アキだって……っ」
「わ、わたしは何もしてませんよっ」
「こ、呼吸の件があるではないですかっ」
 ファーナがグルグルと混乱しつつアキに言う。
「あれはっほ、ほらっ緊急事態だったしっ今全然関係なくってですねっ」
 きゃぁきゃぁと小声な言い合いは俺が全部原因だ。

「コレはあれかっ俺に悶え死ねって事か!? ルゥゥゥ!」
「カゥゥ!?」

 周りの人も、温い目で俺達を見ていた気がした――。
 そんな、グッドモーニング。

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