第57話『湖の中へ』




ヴァンがパーティーから抜けて、もう2度目の神性の小箱戦。
アキとファーナが二人で情報収集した結果は特に異常はないということだった。
盗賊と人攫いと言う件があったにはあったのだが両方解決しちゃったし。
まぁそろそろ神性の小箱が大事起こす的なこと言われただけだからまだ何も起きてないだけかも。

と言うわけで再び現地のブルブレッグの滝まで来ていた。
でっかい滝には流石に俺もビックリした。
なんせ水飛沫で霧が出来ちゃってたぐらいだもんな。

「この河って何処に続いてるんだ?」
「ブルブレッグの河はマー湖に続いて、
 そこから先はマー河となって海ですね」

ファーナがそう言いながらルーメンを撫でていた。
手が完治したので存分に撫で回しているようだ。

「マー子か……きっとでっかい子なんだろうな……」
「あの、マー湖は大きな湖なのですが」
ファーナが呆れたように言う。
「カゥッ」
そうですよ。と動物にまでつっこまれる。
「二人してそんな事言うなよ〜俺がアホみたいだろっ」
「……」
「フォローしてよぅ!!」
「あ、コウキさんっあれ見てください」

アキが指差すのでその方向を見る。

「うおおっ! 木が凍ってるっ! すげーっ!」

霧がついて凍っていったのだろう。
近づいてみると表面に薄く氷が張っているのが分かった。
とりあえず割りたい。
拳でガシガシ叩いてみるがヒビも入らなかった。
「くそ〜……どっせぃ!!」
あんまりにも割れないので諦めたと見せかけてソバットを繰り出すとパキィッと甲高い音を立てて綺麗に割れた。
「あはははっコウキさん必死だー」
「だって割りたいじゃん!?」
俺は冬は朝一で起きて誰よりも早く学校へ登校しながら氷を割るタイプの子供だった。
雪が積もった日には朝から必死に雪だるまをつくりまくるのだ。
一度家の周りを雪だるまだらけにしたことがあって、そのとき健在だった両親には元気すぎると恐れられていた。
そのまま縦に亀裂が入ると、枝の先まで通ってガラスのように砕けた。
「うおっ予想外!」
「枝の先まで……一度割れると脆い氷なのですね」
ファーナが意外そうに見る。
確かにいかに氷と言えどもこの脆さはどうだろう……。
「あーお酒の氷を外で作ってるって言うのも嘘じゃなさそうですね」
あーロックで飲むお酒に使う氷なら確かに使いやすそうだ。
「それにしてもコウキは子供ですね」
「だね〜」
ファーナとアキが俺を指差してクスクスと笑う。
「失敬な! こんな俺でも17歳!」
歯が光るよう爽やかスマイルで対抗してみた。
ほら、こうしてると年齢が上がって見えるだろ?
「それにしても此処に来るまでに大きな雪玉3つも作って置いて来たじゃないですか〜」
「ついでに5歳ずつ置いてきたしな!」
満足げに汗を拭く動作をする。
大人っていくつからなんだろうな。












滝を目の前にして見上げる。
やはり音が凄い。
水量が半端無いだけにその滝は俺にナイアガラを髣髴ほうふつさせた。
どの世界に行っても自然がやっぱり偉大なのか、と感心に耽っていた。
滝からは大分離れた形になるが湖の側に立ってとりあえず景観のいい湖を眺めた。
「いやーすっげーな」
「ですね〜。何度見ても凄いです」
同じく見上げてアキが同意する。
「カゥクゥカゥカゥ! キュー」
「だよなーこの大きさならきっと世界一だろー」
ルーが言うにはこの滝が世界で一番大きいらしい。
やはりナイアガラか。

ギギギギ!

何か嫌な音が響いた。
氷と氷を力強く擦り合わせたらこんな音がするんじゃないだろうか。
頭上に氷柱でもあるのかと慌てて頭の上を確認するが綺麗な青空が広がっているだけだった。
「何の音でしょう!?」
ギギギギギ!
容赦なく響き始める音に皆でグルグルと視線をやる。
しかしその音が何処からなのかよくわからない。
「歯軋りか!?」
「こんな時に何言ってるんですかっ!?」
アキに叱られつつ見回す。
やはり何も見当たらない。

ガキィィン!!

更に甲高い大きな音が響いた。
さっき木に張り付いた氷を砕いた時も同じだったがここの氷はとても質がいい。
中々割れないのだが一箇所が割れるとヒビが綺麗に縦に入って他の場所も砕けるのだ。
割れるとガラスのようにキラキラとしていてクリスタルさながらに輝く。
そんな事はいいんだけどなにやら自分達がやって来た方角からこう、雪が線状に陥没していっているのに気付いた。
「な、なんだ!?」
まるで何かの隙間に雪が入っているようだ。
それが氷に出来ている亀裂だということに気付くのにそんなに時間は掛からなかった。

亀裂の先を見上げると先ほど蹴飛ばした木が見える。


ハハハハハハハいやいやいやまさかまさかそんな馬鹿な!

パァァン!!
亀裂は俺達を囲むように目の前で二方向に分かれるとそのまま俺達の立っていた場所を分断した――!
「ぅわあーーーーっっ!?」
「こ、コウキ!」
「わっ、とっ!?」
「ギュン!?」
結構な勢いで弾かれるように湖に放り出される氷の一部。
氷が大きく揺れて皆でバランスを崩す。
ファーナが俺の腕に掴まって一緒にこけた。
目の端でアキの胸に押しつぶされるルーメンを見た気がするけど
いいなぁとか思ってる暇も無くなんとか体勢を立て直そうとしていた。
ていうか、氷だったのか足元!
ぐわんっっと氷が大きく傾く。
あ――やべ。全員で同じ場所に居たから重心が――!

一気に50度ぐらい傾いた氷に剣を突き刺す。
隣でそれを習ってアキも剣を出して同じことをしたのだが、一瞬でそれがやばいことに気付いた。
突き刺した剣の位置から真っ直ぐにまた亀裂が入る。
こ、この氷……!!!
脆すぎるだろおおおおおっ!
流石に此処に落ちたらひとたまりもないだろう。
まず服が重い。しかも純水だから浮力が無くて泳ぎづらい。
水の温度は0度を下回ることは無いとは言え、
ここから上がった後にびしょ濡れの状態で生きて街に帰れるだろうか。
色々考えが巡って氷の角度が70度を超えたぐらいで目を瞑った。
俺に抱きついているファーナが滑り落ちそうだ。
剣が亀裂に沿って傾きはじめる。
足元にはすぐ水が迫っている。
亀裂ももう限界で、氷の塊を3分割しようとしていた。

「カゥーー!!」

その叫びを聞いてはっとした。
そうか、今は――ルーが居た!
「ルー!! 浮遊空間展開!!」
「キュッ……! カゥ!!」

――フォォォォンッッ!!
ルーの額に光が収束する。
その赤く輝く石の光が瞬時に最高潮に上り詰め――

キィィィィンッッ!
『カゥゥ!!』

ルーが言うと同時に円で出来た空間が俺達を囲んだ。
俺とファーナを囲む球空間とアキとルーを囲む球空間。
その空間がフワッと氷から離れて俺達を宙に逃がした。
氷は傾くための重さを失って逆の反動に押し込まれているが、
俺達の剣で入った亀裂からパキィッと甲高い音で左右へと割れて水飛沫を上げた。
水飛沫は俺達に掛かることなく球の壁に阻まれて表面を伝って滑り落ちる。
――あぁ、そうか浮遊空間と障壁は同時展開が出来ると聞いた気がする。
本来、浮遊空間だけでは、こんな風に外部からの物体を避けるようなことはなく、通り抜けたり一緒に浮いたりするらしいし。
一瞬で濡れないように空間作ってくれたって事だ。
「た……すかったぁぁーっ! さすがルー!」
「カゥ! カフッ!」
依然アキに潰された状態のままなルーが咳き込んだ。
ちょっと可哀想だった。小動物の辛い所である。
それに気付いたアキはごめんねーと体勢をずらしてルーを救出していた。
まぁ……小動物にはあのでかさはキツいよね……。
なんて変な考えをよそにアキに手を振った。
「危なかった〜。そっちは大丈夫〜?」
アキがこっちに向かって手を振る。
「あ、はい! なんとか……っ」
無事のようなのを確認して間の前に視線を戻した。

……
……
ファーナと超至近距離でにらめっこする。
人間、自分の身長より小さい球に立っていることは難しい。
当然身体を丸めて球に沿って寝そべる形だ。
ああ、それだけならいい。
この状況に更にもう一人順じなければならない人物。
彼女、ファーナは俺の上に覆いかぶさる形で密着していた。
退こうにもスペースが無く、モゾモゾと動かれるのが逆に気になって仕方がない。
重さ的な問題は無い。なんせ軽い。
ただこの、顔の、近さ、とか、さ。ほら。いろいろ。ある、じゃん?
息を呑む。
此処でゴメンとか言いながらぶっきらぼうに顔を逸らそうモンなら
俺は純情マシーン24号あたりに認定されるに違いない。
というか、キャラじゃない。
真正面から見据えるファーナは綺麗に光の入る意志のある深紅の目をしていて、
見ているだけで吸い込まれそうになる。
「……狭いね」
「せ、狭いですね」
割と人の目を見て喋るのに慣れているとはいえ知り合いとこんな長時間目を合わせるなんて初めてだ。
なんていうか、ファーナが目を離さないので俺も対抗しているだけなのだがなかなか終わりそうにも無い。
と、いうか……その、微妙に……きょ、距離が、無くなってきてる気がするんですが……。

戦争風に実況するとこうだ。

 隊長! 第1防衛ライン第2防衛ライン共に突破されました! 残るは最終のみです!
 急いで防衛を固めろ!
 むしろ歓迎しろと本部が……!
 欲望の犬め! 戦争は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ! と言っておけ!
 ッサーッ!
 隊長! 大型機の特攻です! 防ぎようがありません!
 総員退避!!
 隊長! 自分は国の為に特攻いたします!!
 やめろ! 犬死する気か!
 むしろドキドキしてます!!
 この欲望の豚野郎!

――やべぇ。
なんか、ドキドキってこんなんかっ!?



「何ラブラブしてるんですか〜?」



ピタァァッ!
不意に二人の間を通ったアキの言葉にファーナが止まる。
俺は身動きできないまま身体を固めていた。
その時間の止まりようと言えばそのまま絵になってしまうんじゃないかと言うぐらい綺麗な静止だ。
でもあれだ、体勢が……。
長時間手を突っ張るだけで上半身の空間を保っていたファーナの腕に限界が来る。
ブルブルと震えだすと俺から顔を逸らして一言。
「も、う……限界です……」
首の後ろに冷たい汗が流れた。真剣に。
「わっファーナがついに空中でコウキさんに迫る!? 大胆奇抜にも程があると思わない!?」
「そうではなくて腕がですっっ!」
顔を上げたファーナは頬を真っ赤に染めて微妙に涙目だった。
実はそんなに辛かったのだろうか。
「ファーナ体勢変えようっ俺に体重かけて大丈夫だから!
 ルー! もうちょい広くならないか!?」
「カゥ! クゥゥ?」
ルーが一応俺に確認を取る。
「あぁ! それでいい!」
今の状態を解決するにはそれが一番いいと思って承諾した。
「えっ? 何を――」
アキが首を傾げて聞いた瞬間に二つの球が消える。
「ルーちゃん!?」
自由落下が始まって3人と1匹が水面に向かって落下する。
「ルゥゥゥ! とりあえず濡れるのは勘弁してーー!」
この寒さだと生きられないだろ流石にっっ!
『カゥゥ!』

ザバァアアアアアン!!!

大きな水音がして俺達は盛大に水中に落ちた。
少しだけ落下の感触を浴びて再び球に包まれた。
大きめで全員が一つに括られている形だ。
今度は全員が一緒に居ても十分なスペースがある。
水は――うん。
なんと水には濡れていない。
直前に空間展開をしてそのまま少しだけ空間ごと水に突っ込んだようだ。
円状に半分だけその空間が水の中だった。
まぁつまり水に浮いている状態だ。
「ふぅ……ルー脅かすなよー」
「今のは驚きましたね……ありがとう御座いますルーメン」
「カゥッ」
ルーメンは元気良く返事をすると空間を水面に上げて見せた。
「すごいねールーちゃんっ。もしかしてこのまま水の中探索できたりしない?」
アキがルーを抱き上げて聞く。
「カゥ!」
「マジで!? 行けるんだったら行こうぜ!」
ピンと耳を立ててルーは行けます! と言った。
本当に有り難い。
マジで素もぐりするしか手段が無かった俺達にはこいつとの出会いが奇跡。
フワフワと浮いていたそれが再び水中へと向かう。
神性小箱を探しての水中探索の開始だった。




















「ちょ、ファーナっアキ! アレ見て! あの魚光ってる! すげー!」
「あーほんとだ〜」
俺は見えた光を指差して二人を見た。
湖の中は光が幻想的に青く通って、凄く綺麗だった。
純度が高くて割と遠くまで見渡せる。
そしてキョロキョロと見渡して見つけたのが光っている魚。
ウロコが光に反射しているだけなのかと思いきや微妙に発光しているようだった。
その光に集まるように小さい魚が寄っているようで、そういう生態系なんだろう。
「あれ料理できっかな〜」
「さぁー捌いて見ないと分からないですよ。味とか身の多さとか」
魚の綺麗さから味に話を移した。
料理人としての性なんだろうか。
ただ、あっちの世界では病原菌やら寄生虫やら色々あったので川で釣った魚というのはあまりいいもんじゃない。
ブラックバスが美味いやら不味いやらの話があるが、俺は美味いと思う。
てんぷらとかにすれば美味い。白身魚だし。
「何故すぐ食べる方に話が行くのですか……」
「だってねぇ?」
「魚や動物は食材だもんね〜?」
魚や動物を見てすぐに“食材”と判断できるようになっている。
包丁を握る者の鉄則だと思うんだけど。
「カゥ!?」
びく! っとルーが身体を震わせた。
「いや、ルーは別。喋るから」
俺にはそう聞こえるだけなんだけど。
「クゥ……」
真剣に溜息を付いて安心している。
本当にビックリしたようだ。
「まぁ……ウサギ……とか犬も食えるって言うけど……」
再びルーが耳を下げてブルブル震えだした。
小さく声にならない声みたいなので嘆いている。
外の寒さでも震えないのに。
涙目だよルー。
「あはははっもしかして食材だって言われたから?」
「みたいだぞ? もー脅かしてやるなよアキー」
「えー。コウキさんだって言ってるじゃないですかー」
「俺は狩りで採ってきた動物を捌くなんて豪快なことはできねーもん」
「わたしだって幻の動物は捌けませんっ」
「お、よかったなルー。生き残り確定だぞっ」
依然プルプル震え続けるルーをワシャワシャと撫でる。
というか仲間なのに食うかっ。
非常食扱いなんて非道な扱いはしませんよ俺は。
「カ、カゥゥゥ……」
「食べないで下さいーって……割と泣いてるなルー」
「だから、食べませんって。ルーちゃんは仲間ですもん」
食物連鎖の中間故の恐怖である。
こんなに怖がるって事は盗賊時代になんかあったんだろうか。
ルーをなんとか慰めるために皆で撫で回した。


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