第58話『最強の一撃』



「すげええええええええええっっ!!!」

――絶対小箱のせいだよこれ……!
球面の内側に張り付いて叫んでいた。
「これは……なんとも……」
「今までとは違う試練ですねー」
今までの試練は――そう、マナのモンスター化によって巨大なモンスターになっていることが多かった。
小箱の与える世界への影響力を考えれば何が起き立って不思議ではないのだが。
アキが小首をかしげながら聞いてきた。
「下から伸びてても氷柱って言うんですか?」
「下からでも氷柱だろ」

俺達の目の前に現れたのは巨大な氷の柱だ。
水より少し白みを帯びた半透明の結晶。
それが水底から水面ギリギリまで伸びていた。
まぁ、その中心に明らかに小箱っぽいのが凍り付いて留まっているのを見ると、奴が原因であることは間違いない。
ふよふよと球体でその氷柱の周りを一周して氷柱だということを確認した。


「――で……?」
ファーナが一周して感想を述べた。
俺だってそう言いたい。
「でって言われても……どうやって割るんだこれ」
「でも、ほら、此処の氷って割れやすいから斬ればすぐに割れるかもっ!」
「……どうやって?」
ファーナが微妙に笑顔を引きつらせながら聞いてきた。
決まりきった答えが想像できるとしてもそれを覆せる答えがあるかもしれないと期待しているのか。
まぁ現実、これだけ大きい湖の中心で深い場所にあるのだ。

「……潜るか……」
寒中水泳の決定だった。













 俺は今パンツ一枚と剣一本で宙に浮いている。

「よっしゃ!!! 心の準備したぞ! ルー! 落としてくれ!」
俺は合図を出した。
心も身体も準備はバッチリだ。
いろんな意味で人生初だな。
いったん岸辺に下りて服を脱いだ。
ファーナが目を隠すやら間から見てるやらで一騒動あったあとルーに俺だけ氷のあたりに落としてもらうことになった。
まぁ女の子にやらすわけにもいかないしね。
見るからにバツゲームだがやらないとダメだし。
心臓麻痺で死んだら国を挙げて弔ってくれるらしい。
非常に嫌だ。死んでから晒されるなんて避けようも無いし。
俺は迫り来るであろう冷水の水面に心臓の準備を整えて落下を待つ。
「カゥ!?」
「いいよ!」
「カゥ!?」
「いいって!」
「カゥ!?」
本当に行きますよといわれてどんどん身体に力が入っていく。
「いいから! 早く!

 心の準備が無だああああああああ!!」

台詞を言い切る寸前で足元の感触が消えた。

ザバーーーーーーン!!!

派手に水飛沫を散らして水に落ちる。
「あぁっコウキ!?」
「つめたーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
水から顔を出して全力で叫んだ。
冷たすぎるだろ!!
「おいしいですねコウキさん」
他人事だけに冷静に観察するアキ。
「あああ冷てぇ冷たい冷やか冷たああああ!!!
 ルゥーーーー!! そのタイミングは鬼だよぅ!!」
心臓縮むってこれ!!
「ルーちゃん今のは10点のタイミングですよ〜
 それにしても凄く冷たいみたいですね。大丈夫ですか〜?」
「大丈夫くない! 行って来るっっ」
俺は肺に思いっきり息を吸い込むと一気に潜り始めた。
正直マジで辛いので、とっとと行って戻ってこよう。













よくよく考えれば、水深10メートルの世界って割と普通無いよな。
たまにプールで水深10メートルか5メートルぐらいを再現した場所があったりするけど
あえてそこに潜るようなことも無かった。
現実、そんなとこに潜っても下に行き着く前にリターンするだろうし。
淡水と言うこともあって潜るのは楽だった。
剣の重さを利用してそのまま垂直に下に。
息が続くかって?
全然余裕だ。
シキガミボディも侮れないな。

クリアに見える水中。
不意に上を見上げると幻想的に青い光が通っていた。
落ち着くクリスタルみたいな色で表面の波に揺られてゆらゆら形を変える。
水深のせいで少しだけ耳を圧迫されてる感覚がある。
て言うか、目が凍る。
ゴーグルなんてあるわけも無く素潜り。
しかもこの水の冷たさときたら退屈な英語の授業の眠気も吹っ飛ぶはずだ。
すぐに湖底に足を着いて軽く体勢を整えて氷に向かった。
割といい場所に降りれたみたいで3歩ほどでその氷は目の前に。
とりあえず剣を振りかぶって突き刺した。
――体重が乗らない。
剣は当然コツッという小さな音を立てただけであとは俺の身体が後ろに下がった。
苦しくなって少し空気を吐き出した。
いかん。
息のほうもそんなに長く続きそうに無い。
あっちの息できた水が恋しくなる。

こりゃケチってる場合じゃないな――っ!
剣を下に構えて術式を通す。

 ――紅蓮月!

剣が真っ赤になって急激に温度を上げる。
ボコボコ剣の周りが沸騰して気泡が急激に浮上していく。
大き目の一歩を踏み出して剣を突き出す。

コンッ

……ダメなのかよ!
剣は氷の表面できっちり止められてやっぱり俺が後ろに下がった。
どうやら紅蓮月は振りぬく間もってくれないらしい。
いかんまた苦しくなってきた。

……炎陣旋斬は使えないしなぁ……。
アレは単純に炎が剣先から出るだけだからたちどころに消えてしまうだろう。

――3つ目、か……





まさか水中で日の目を見るとは思わなかった。
しかも半裸で。
ゴホッッ!
いかん、ちょっと吹いた。
限界を感じながら剣を構える。


―― 一刀一閃 

ラジュエラがくれた力の最大限をここに集結する。
彼女は言った。

一振りを最強にできれば、他は何もいらないのだと。

ミシッッ!!
筋肉が術式に反応を始めて剣を持つ手に力が入る。

そういったラジュエラに俺は言った。
じゃぁ俺達が剣を二つ持つ理由は何なんだと。
彼女は当たり前のように、言った。

『その最強が二振りあれば、負けることなど無いからだ』

最強の一振りを謳う一撃などごまんと存在するのにそれ以上を求めず最強にはなれないだろうと叱られた。
単純かつ明確。





最強と謳われるラジュエラの一振り。



裂空虎砲れっくうこほう!!



担ぐように持っていた剣を前傾姿勢で一気に振り下ろす。
筋肉が悲鳴を上げ、右腕全部に神経が集中、右腕の軌道以外の思考が消えた。
ゴボォッッ!!
水中でも、その剣は空気中であるかのように氷へと振り下ろされ――












バシャアアアアアンッ!!!

突如湖が爆発したかのように大きく割れる。
間欠泉が吹き出すように高く舞い上がって太陽の光にその水飛沫が綺麗に光った。
爆風に似た風が私達の間を一気に通り抜ける。
何が起きたかは想像に難いが湖が突如真っ二つに割れた。
「何事ですかっっ!?」
「ファーナっっ!」
ファーナとルーちゃんを庇って少し後退する。
わたしたちの目の前から一直線にコウキさんの所まで人一人が通れるぐらいの巨大な断面。
その先に割れた氷と箱を手にしたコウキさんが見えた。
「とったーーーごぼぉっっ!?」
すぐにその断面は閉じてしまったがコウキさんの声が聞こえたと言うことはやっぱり彼が何かをやったらしい。
「コウキ!?」
「カゥゥ!」
――凄い。
彼が持っていったのは剣一振り。
法術が使えるわけでもない彼はその身で水を割るほどの何かを水中でやったと言うことだ。
この世界に来て数ヶ月。
目まぐるしい勢いで成長しているとは言え一体――

彼は何を手に入れてしまったのだろう……?



「…………」
「…………」
「キュー……」
ルーちゃんが小さく鳴く。
「…………遅いですね」
わたしたちは呆然と事の起きた先を見つめていた。
嵐の後の静けさのようにわたし達は静かにコウキさんを待っていた。
「……コウキ!?」
急にファーナが頭を抱えて湖を見る。
緊迫した表情で彼女は叫んだ。
「コウキ……!? いけないっ溺れてます!!」
「そんなっ!? コウキさん……! えと、ルーちゃん!!」
「カゥ!」
何が起きたかは分からないがそれならすぐに迎えに行かなければいけない。
ルーちゃんは自分を空間で包んでふわっと浮き上がると
そのままコウキさんの潜った場所の上まで移動して水の中に消えた。
もどかしい時間が流れる。
ファーナも見るからに落ち着かない様子で両手を握り合わせていた。

「――コ、ウキ……?」

――何を、感じ取ったのだろう。
彼女にしかわからない彼の感情。
でも、何が起きてしまったのかは、彼女の行動で分かってしまった。

「コウキ、コウキ……コウキっ何かっ……!!
 何も感じないのは――っっ」

必死に祈っている。
涙さえ見えるその顔は次第に絶望を帯びていく。
バシャッと水音を立ててルーちゃんが見えた。
「ルーメン!」
更に少し遅れて水ごと浮遊するコウキさんが見えた。
手からは剣が離れていて、力なく水の中にある。
行く時と同じ速度で戻ってきてコウキさんを敷いてあった布の上に解放した。
「コウキ!!」
ああ、そればっかりだファーナは。
少しだけ苛立ちを覚えてコウキさんに駆け寄った。



父は良くわたしに言った。
助けたい時には迷うなと。
思いつく限りの最善の治療を最速でこなしてこそ最大の治療だ。

コウキさんは意識が無い。
身体は冷たいが心臓に耳を当てると音が聞こえる。
わたしはすぐに手を胸に押し当てて体重をかけた。
恐らく水を飲んでいるはず。それは吐き出させないといけない。
コウキさんは水を吐くが呼吸が戻らない。
いけない、次は、どうだっけ。
思考が少し混乱する。
「コウキっしっかりして下さいコウキっっ!!」
確かに、声をかけながら叩くのもやるべき手段だ。
それはファーナがやってるからいいとして。
「ファーナ、チョットどけて!」
「え?」
顎を上げて気道を確保する。
鼻を押さえて口を合わせた。
「!?」
息を2度吹き込んで胸を見る。
ちゃんと空気は通ってるようで2度上下した。
「――っ」
ファーナが言葉を失う。
声はかけ続けていて欲しいんだけど、次することを考えていると彼女にかけている声は出なかった。
もう一度胸に手を当てて体重をかける。
おかしな話だ。
盗賊からわたし達を助けてくれたコウキさんが溺れて死に掛けてる。
正直笑い話にしかならないだろう。
――でも此処で彼に死なれると、笑い話にすらならない。
わたしたちはこんなことからからも彼を助けれなかったことに後悔することになる。
そんなの、馬鹿げてる。
なんで、彼はこんなに冷たいんだろう。
それは、わたし達のかわりに水に潜ったからでしょう。
なんで、彼はいつも文句一つ言わずにわたしたちを助けてくれるのか。
それは、わたし達が彼に頼ってるからでしょう。
彼に頼りすぎた情けない結果だ。
だからこそ。

今、彼を助けなければ。


「――げほっっ!! かはっ!!」


だから、その声を聞いた時、思わず涙が零れた。
「コウキさんっっ」
良かった……!
「あー……寒い……」
寝ておきたかのように意識が朦朧としているようだ。
両肩を抱えて震える。
「ファーナ、火を起こして!
 ルーちゃんタオルっ! コウキさん立って!」
思考が戻ってきた。
一気に二人をまくしして立てて準備を進めた。
ルーちゃんが空間圧縮から戻した道具の中からタオルを引き抜くとワシャワシャとコウキさんを拭く。
状況が微妙に飲み込めていないコウキさんはとりあえずなされるがままだ。
「コウキさん! おきてる!?」
「……おう。寒くて倒れそう」
「コウキ、火がつきましたこちらへっ」
あらかじめ集めておいた木にファーナが火をつけた。
多少濡れて居ても彼女の火力なら燃えない物なんて無い。
もう一枚タオルを出してコウキさんに持たせて上半身を拭き終えたのでシャツを着させた。
「ぷぉっ……サンキューアキ。キュア班もビックリな手際だなっ」
「コウキさん凍え死にたくないなら自分でも頑張って下さいっ
 ルーちゃん、ファーナ、コウキさんを着替えさせてあげてください」
ワシャワシャと両足を吹きながら言う。
「うはははっOK〜ルー俺の着替え〜」
「コウキ着替えはここにっ」
コウキさんが自分で動き始めた。
タオルを巻いて水に濡れた下着を交換するとズボンをはいて上着を更に着込む。
いつものコウキさんの姿が見えた。
――安心して雪の上にへたり込んだ。
今頃一気に冷や汗が流れて、疲れた。
身体と頭が驚いて、思考が一気に纏まらなくなった。

「アキっ」

呼ばれた。
わたしが振り返るといつもの笑顔。
「寒いだろ。こっち来いって。ファーナ、もうちょい火強くなんない?」
彼は、何でそんなにも笑っていられるのだろう。
そんな疑問。
笑顔を絶やさない彼故に不思議ではない。
でも、死にかけたのに。
あんなに、冷たかったのに。
今だって唇は真っ青で苦しそうなのに。
「……どうして、死にかけたのに……笑っていられるんです、か……?」
ふと沸いた質問を投げかけてしまった。
今、彼以上に不思議な存在は居るだろうか。
彼は首を傾げてちょっとだけ不思議そうにわたしを見た。
思わずわたしがおかしいのかと思ってしまうぐらい。
彼は、当然の如く言ってのけた。

「助けてくれたのが嬉しいからな。
 ありがとアキ。ファーナもルーもありがとなっ」

彼に、感謝の言葉を述べられるのは、こんなにも嬉しかった。
どんなに身体が冷たくても、心は――温かく。


「あ、ついでにお昼にしよーぜっルー、フライパンと食材出してっ」
――人間病み上がりでもこんなに元気に動けるものなんだろうか……。
つい、おかしくてわたしも笑ってしまう。
「コウキさんは大人しく暖まっててください。死に上がりなんですからっ」
「死に上がり? 病み上がりの最上級かっ?
 死に上がりだからこそ運動して暖まることが必要だと思いませんかね!?」
「わたくしはコウキが何故死に上がりでそんなに元気なのかが気になって仕方が無いです」
ファーナも少し困った風にコウキさんに言った。
不思議だ。不思議すぎるコウキさん。
いつの間にか掛かってしまう、コウキマジック。
とりあえずわたしとコウキさんは笑顔でにらみ合ってフライパンの取り合いをしている。
「今回の調理権はわたしにありますっ大人しくしててくださいっ」
「久しぶりに料理できるんだっ渡さんっ!」
「何の争いですか!」

ギリギリとフライパンを取り合い、結局力の差でコウキさんには勝ってしまった。
ルーちゃんを抱いて火の前でシクシクと泣き崩れているコウキさんを尻目に、材料の確認をする。
さて、何を作ろう。
とりあえず雪をお湯に変えて暖まってもらおう。そうしよう――。


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