第62話『逃走追跡勘違い!』

「コウキさんコウキさん」
ドアの方に視線をやって固まっていたコウキさんがゆっくりとわたしを振り返った。
「…………」

「顔、真っ赤ですよ?」

「うるさいやいっ! 恥ずかしいに決まってんだろーっっ!
 むあーっそんな目で俺をみるなぁっ! とろけ・ルーーぅ!」
「キューーーー!?」
相当恥ずかしかったのか意味が分からないことを言ってコウキさんは頭を抱えてベッドにうつ伏せに倒れた。
ついでにルーちゃんも巻き込まれたみたいだ。
その、何ていうんだろう、天然でたらす才能があるのかもしれない。
わしゃわしゃ撫で回されるのから逃れようと必死にもがくルーちゃんは耳がピンと立ってキュゥキュゥ叫んでいる。
「あー……やっべーよ今のはやっべぇ。
 何を勘違いしてキスするぞ☆だ!
 うほぁ! 鳥肌たった!! よし! 追って謝ろう!!」
「あ、追うんですか?」
もう立ち直った。
というか開き直ったのだろうか。
「追う! あっ! アキご飯食べてないんだっけ? じゃぁどっか食べに行こう!」
「え、いえ、でもファーナ追ってからでいいですよ?」
「むぅ。腹が減っては戦は出来ぬって言うだろ?」
「でもファーナ長時間ほっとけないでしょ?」
「…………確かに!」
今まで良く考えればわたしかコウキさんがいつも傍に居たためファーナが一人で行動する事なんて殆ど無かった。
というか、街中では特に無かったに等しい。
だってそうだ。
あの容姿で街中をフラフラされると…………。
唯でさえ怪しい奴から声が掛かりやすいのにもっと変なのが寄ってくるに違いない。
まぁ全てが悪い人と言うわけではないにしろ、もう

つまり、そろそろ危ない。

「……ダッシュで出ましょう!」
「お、おう!」
コウキさんと慌しく部屋を出る。
ドアを閉めて忘れ物に気付いた。
「あっ! 忘れてた!」
「へ!?」
わたしは部屋に戻って扉を開ける。

「カゥーーーーッ!」

ドアを開けると飛びついてきた。
「あはははっゴメンねルーちゃん!」
扉を閉められると開けられないルーちゃんは出れない。
浮かび上がったり空間制御は出来るけど、扉は開けられないのがルーちゃん。
尻尾を千切れんばかりに振って喜んでくれている。
うん。さっきのマイナスは取り返したっ。
「ルー! ゴメンバッチリ見失ってた!」
「キュゥっ!」
「酷く無いよー緊急事態なんだよ。ファーナ探さないといけないんだっ」
「カゥゥ!」
「悪かったってっよしよしよし」
納得いかないけど嬉しいのか尻尾は振っているルーちゃん。
「うし、行こうっ」
コウキさんはそう切り上げて駆け出す。
「はいっ」
わたしもそれについて走り出した。
















街中を一人歩く。
思えば初めてのことだ。
……あっ初めて隣に誰も居ない。
それに気付くと急に急に挙動不審になってキョロキョロと周りを見回してしまった。
地理は通った事のある道は分かる。
地図は街角のガイドを見ればいいがいつもコウキやアキは一度見るだけで全体図を頭の中に入れてしまっていた。
だから別に覚える必要なんて無くて覚えるなんて事はしなかった。
何処に行けばいいのかわからない。
何か目的があるわけじゃない、何をすればいいのかわからない。
分かってしまう……。
いつも隣の誰かに頼って生きてきた自分……。
そんな人間になりたいわけじゃない。

その能力を養うためには――歩くしかないだろう。
地図をみて、街を見て。
グラネダすら満足に歩いた事はない。
マルドナーガ様のお手並み拝見というのもおこがましい話だが勉強させていただくとしよう。
繁栄する街並みというものを見て、グラネダと何処が違うのか、皆何を思っているのか。
それが見てみたい。


ひとまず地図を確認する。
やはり目だって違うのは一貫した大通りだ。
橋を基準に横一直線に大通りが走る。
確かにあの大通りはグラネダより大分広い。露店が二列に並んでいるのに少しも狭いと感じないのだ。
やはりあれだけ店が出ると言う事は商業の税率も低いのだろうか。
なんといっても圧倒的な人口の多さがこの発展を助けるのだろう。
――あ、住居区にはお店を出してはいけないというお触書がある。
これか……。
なるほど。
だから露店の制度を整えて二列に並ぶほどのお店を連ねているのですね……。
橋の経済効果を良く考えている。
他には……あ、大通りには馬車が通らないようになっているようですね。
なるほど……商店街から一つ外れた道が馬車の優先道だ。
コレなら人身事故も減るし馬車もストレスを感じないだろう。
――良く整備されている。

グラネダは大通りはあるにしろこのようにしっかりとした区分けではない。
市場は西側にあるし大通りは城から真っ直ぐ南に伸びている。
うーん……しかしこれではこの大通りにお店を構える以外にお店を出す方法が無くなってしまう……。
それでは最初からお店を大通りに構えていた人たちにしかお店が巡らない。
……いや、そういえば私たちが止まっている宿屋は三番街の大通りから二つ離れた列のお店では無かったでしょう……?
やはり例外のお店も存在している。
いや……?
例外と考えるより……住居区に無いだけで他には点在しているのか。
明らかに商業区となる大通りに店を構えなければ殆ど大概のお店は利潤は望めないだろうが――宿などは別だ。
行き交う人の多い大通りに構えるような宿は高級な宿だけだろう。
酒場にしても工業区に寄っていればそれなりに利潤は出る。
だから“住居区に店を出すな”というお触れなのですね……恐れ入りますね。


地図から見えるものは多いのですね……。
あとは実際に大通りにお店を開く人に実体を聞いてみたほうがよさそうだ。
現在地と大通りの位置を見合わせる。
今は王城へと大きく続く南北に伸びる通り。
城から6本目の交差点の角だ。
そして下に二つ行くと橋を基点に東西に伸びる大通り。
よし……えと、ルアン方向は城が向こうだからこっちに……あっ!
良く見れば敷き詰められた煉瓦に方角が分かるように書いてある。
細かな配慮だ。いいアイディアだと思う。
こういうのもどんどん取り入れていけばいい。
しかしコレだけ発見が多いと、流石に忘れそうだ。
思い出したいときに思い出せないのは悔しい。
そうだ、紙と万年筆が――あ、しまったルーメンに持たせていた……。

「カゥっ!」
「えっ?」
――丁度いいところにその子はやってきた。
周りから物珍しげな視線を浴びながら白と金の入り混じった毛を揺らす。
わたくしの足元で止まるとちょこんと座って一言吠えた。
「ルーメン!」
「クゥ〜」
「ふふっコウキ達はどうしたのですか? もう、迎えに?」
「ク……クゥ?」
微妙な返事でプルプルと頭を振る。
「きてないのですか?」
「カ、カゥ」
「えっと……肯定でいいのですか……?
 とりあえず私の荷物からミニバッグ出してもらっていいですか?
 万年筆と紙が必要なのです」
「キュウ……」
「あっ人目についてはいけないのでしたね。あの陰まで行きますか」
「カゥ」
大きめの樽が置いてあるところに行って陰でミニバッグを出してもらう。
このバッグは太ももにベルトでつける本当に小さな物で紙と万年筆と果物ナイフが入っている。
コウキやアキも同じような物を持っていて外に出る時は常に身に着けるように言われたが急に出たため忘れていた。
早速紙と万年筆を取り出して先ほど思っていたことを書き始めた。







――さて、と。
いつの間にか整地の話からコウキとのラブストーリーまで話が進んだ所で筆を止めた。
……後で燃やそうと思います……!
ルーメンが傍らでスヤスヤと寝息を立てている。
どうやら熱中して書きすぎたようだ。
後で燃やすページを破ってミニバッグに詰め込む。
コレを見られたら死んでもいいと思えるほど危ない出来だ。
私の動きに気付いて、ルーメンがピクピクと耳を動かした。
寝ぼけ眼を私に向けたかと思うとプルプルと頭を振った。
「ルーメン、そろそろ動きましょう」
言ってその小さな頭を撫でた。
「カゥッ!」
大きな目を開けてそう答えた。
うん。いい返事。
ルーメンに笑顔で頷き返してわたくしも立ち上がった。

















「ファーナ……ニヤニヤしながら何書いてたんだろ……?」
真剣な顔をしたりニヤニヤしたり嬉しそうな顔をしたり、何故か顔を赤らめながら何かを書いていた。
「さー? もひかひへなはへはひはらひんひゃうほは?」
返ってきた声が妙に聞きづらいので振り返る。
すると彼は手に紙袋を持ってモリモリと頬を膨らませていた。
どうやら何か大きなものを一口で食べているらしい。
「コウキさん。お行儀が悪いですっ」
「うはっはっ美味しいぞニタボルナスカミハルルン焼き! どうぞ先輩!」
紙袋丸ごと渡されて位置を変わる。
今まではわたしが壁際にいてファーナを監視していた。
そういえばお昼も食べて無いし、お腹は減っている。
「何ですかその長くて変てこな名前は?」
とりあえず一つ取り出して形を見る。
てのひらサイズの茶色い焼き菓子のようだ。
ポフポフとした肌触りで中に何かが入っている。
「ニタボルナスカミハルルン焼きだもん」
さも当たり前のように言い切られた。
「だからそれは何ですかっ」
「ニタボルナスカミハルルンに決まってるじゃないか。
 ニタボルとナスカとミハルって人が作ったからそういう名前らしいぞ」
「最後のルンは!?」

「……ルン♪」

「えっ!?」
意味無いの!?
「あっファーナが歩き出したぞっ行くぞニンニンッ」
「ええっ!?」
どうやらルンについては以上のようだ。
彼的に尾行はニンニン言いながら行くらしい。
人影や建物の影に隠れつつ、彼女を見失わないように歩く彼についてトコトコと普通に歩いて付いて行く。
ほんと、面白いなぁコウキさんは。
とりあえず紙袋からそのなんとか焼きをだして一口食べる。

……あ、おいしい。



コウキさんがニコニコしながら美味かったろ〜と言う。
うん。悔しいけど美味しかった。
袋に入っていた二つは違う味で少しずれたこの時間に食べる丁度いいお昼ご飯だった。
てのひらサイズのふっくらとした一つはあっさりとしたジャムの入ったやつで
もう一つは濃厚なクリームの入ったものだった。
「なんだかマフィンに似てますね」
わたしの率直な感想。
マフィン生地にクリームやジャムを入れ込んだものって感じだ。
「うん。作れるよな」
「作れますね〜」
でも美味しかったので良かった。
家でも中々お店と同じ味を出そうとしても出ないものだ。
「あれ? コウキさん?」
「ん?」
コウキさんの顔を見る。
「何? 俺の顔に何かついてる?」
「目と鼻と口がついてますよ〜?」
「ふっ、眉毛だってついてるっ!」
「あの、別にいいんですけどチョコもついてますよ?」
言ってわたしは自分の口の端を指してみせる。
「うそっ」
「あっこっち側ですよ〜」
わたしは指を伸ばして拭ってあげる。
「みゅっ」
「取れましたよ〜」
ペロッとそのチョコを嘗めるととても甘い味がした。
きっとさっき食べてた奴だ。
「あっコウキさんチョコ味食べてたんだ〜ずるいんだ〜」
「……いやっ、むぅ。すみませんっした!」
……?
コウキさんの言動がわたわたとしているので首を傾げる。
「どうかしたんですか〜?」」
「なんでもないってっ!」
何故かコウキさんの顔が少し赤い気がする。
まぁ此処の気候は少し暑いのでちょっと動くとすぐ汗をかいちゃう感じだけど。
ひたすら目を逸らすコウキさんを見ながら考える。
えと…………あっ。
「あっ、えと、もしかして、さっきの」
気にしてたりするんだろうか。
「いや、いいって。うん。気にするなって!」
言いながらすっごい笑顔で頭に手をやって視線を彷徨わせる。
ああっとっても気にしてるっ!
「いえっそのごめんなさいなんかっ」
反射的にとはいえ――実はすごく恥ずかしい事をしたのかわたしはっっ
「とにかく、ほら、ファーナ追わないと」
「あっ、そうですねっ!」

恥ずかしさのあまり二人でニンニン言いながら駆け出した――。

勢いが良すぎてファーナの真横まで迫ってしまったが……
ルーちゃんがファーナを引きつけてくれたお陰でなんとか覚られること無く建物の影に戻った。
思わずコウキさんと目を合わせて大爆笑しそうになったけど二人でプルプル震えて堪えた。
他の人からは変な目で見られたが最高に楽しかった。







適当な目の前のお店で飲み物を買って一気に飲み干した。
ファーナはまだ見える位置に居る。
というか露店の商人の人と話しているらしく時折品のある笑顔を見せる。
何時だってそうなのだが、やっぱりわたしたちといるときより元気が足りないというか……
気を使って笑っているのが分かる。
……ファーナはわたしたちには心を開いてくれている。
それが分かったのがすこし嬉しい。
「そろそろ出てく?」
尾行も数時間経つとさすがに飽きる。
それだからコウキさんからそろそろ出てもいいんじゃないかという提案。
まぁそれでも別に構わないのだけど。
「――でも、ファーナ頑張ってるし、もうちょっと見てませんか〜?」
コウキさんも別に意見は持ってなかったのだろう、そだねっと返事をしてこの状態を続行する事になった。
決して、裏心とか、無いけど。
コウキさんと一緒に居るのは――楽しい。
もう少し、もう少しだけ。

「あっ今度は向こうだっアキ行こうっ」
「はいっ」
彼の服の裾を掴んでパタパタと走る。
吹きぬける風を涼しく感じた。
人々の間を縫って走るわたしたちは――
「やべぇ!」
「へっっ?」
コウキさんに手を掴まれてまた路地に入る。
どうやらファーナが後ろを向いて歩いてきていたらしい。
微妙に狭い路地で二人密着した状態――。
あ、えと、わたし汗臭くないかな……。とか心配してみた。
目の前のコウキさんは、コウキさんな匂いがする。ああっわたし、何言ってんだろ……!


でも
ちょっと、

ほんのちょっとだけ、


この時間が続けばいいなぁと思った。













「で、あんな所でお二人は何をなさっていたのですか……!?」

ファーナがツノを生やす勢いでわたし達を仁王立ちで見下ろす。
ちなみにコウキさんとわたしは宿の床に正座中だ。

見事、そんな場面を見つかったわたし達はきついお叱りにあっていた。

ルーちゃんはファーナの足元でちょこんと座ってわたし達とファーナで視線を行き交わせている。
「えと、ほら、こう、こっそりやるスリルって言うのを楽しんでて……」
コウキさんが身振り手振り言い訳を開始した。
「つい楽しくてやりすぎちゃいましたね……」
わたしが言うとコウキさんが頭を下げた。
「すみませんでしたぁっ!」
習ってわたしも頭を下げてそのままコウキさんを見る。
「コウキさんがあんなやり方するからですよ〜」
同じくコウキさんも首だけわたしに向けて言う。
「アキだって楽しんでたろ〜?」
「だって初めてなんですもんあんな事。すっごくドキドキしました」
尾行だなんて滅多に無い。
探偵のようなお仕事を請け負うのは冒険者ではないからだ。
それはそれで普通は専門の人に頼むのだ。
「俺は良くやってたなぁ。次はもっとうまくやるっ」
「も〜まだやる気ですか〜?」

「あ、あああの、お二人は、本当に、何をなさっていたのですか……ッ!?」
オドオドとわたし達に聞いてくるファーナにコウキさんがキョトンとした顔で答える。
「ファーナの尾行だけど?」
「ほ、本当にそれだけなのですか……?」
「それだけだけど?」
む? と首を傾げるコウキさん。
ついでにわたしも一緒に首を傾げてファーナを見上げた。

「……コホンッ! ですがっ! あのような目立って誤解を受ける行為はあまりしないで下さいっ」
何故か頬を染めて仕切りなおすファーナにわたし達は首を傾げる。
「誤解?」
「その意味ではなく! ストーカーとして掴まると大変な事になりますよ二人とも」
ファーナが強く否定するその意味が知りたい所だがあまり突っ込むと余計な火が点きそうだ。
「ごめんねファーナ。別に深い意味はなくて、ファーナが一人で街を歩くって言うのが凄く珍しくてつい……」
わたしは素直に言って彼女を見上げる。
彼女は小さく息をついて、優しい瞳でわたしを見た。
「……そうですね。わたくしもそれは気付きました。
 二人に迷惑ばかりかけていられないのでわたくしも一人で街を歩いてみたかったのです」
「そっか……どーだった?」
コウキさんが率直に感想を聞く。
「はい。有意義でした」
ストレートで返ってきた。
ああ、確かにファーナはメモを取りながら歩いていたし、アレは聞けば政治の見解や制度の賛否が書かれているらしい。
本当に一人で歩いている時間を有意義に使っていたと思う。
わたし達は納得した風に頷いて彼女の顔を見る。

金色の髪が風にフワッと揺れて少し視線を下げた。
何かを言おうとしているのかわたしとコウキさんを交互に見た。
そして、チョットはにかむ様に笑って、言った。


「ですが……やはりお二人と居た方が楽しいです」



「ファーナか〜わ〜い〜い〜っ!」
「あっアキっ」
あまりの可愛さに抱きついてみる。
ファーナは途端真っ赤になって逃げ出そうとしたけど、わたしが掴んでいるので逃がさない。
コウキさんも笑いをかみ殺すような顔で白い歯を見せている。
ルーちゃんが後ろ足で首辺りをカシュカシュと掻いてわたし達を見上げてキュゥっと言う。

――ああ、わたしはホント、ここ居れて良かった――。

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