第63話『真実へ』

――風を斬る音は、最早聞こえない。
彼女が鞘に剣を収めるたび、その音だけが聞こえた。

「おや、もうその剣を抜いているのですか」
「ああ」
「練習など貴女には無意味でしょう」
「ああ」
元々だ。
双剣を駆る彼女、それに話しかける彼女にも表情と言う表情は無い。
ただ双剣を振るラジュエラの行動は遠足前にお菓子を買う子供のような期待に満ちた行動。
ただただ、待ちきれないだけだ。
「時間は無限でしょう」
「ああ。無駄だから諭しにきたのか?」
神性で居れば時間を感じる事など無いのだ。
現界は人に近く、時間を感じる。
神性を模った仮の器を作り一時的に肉体を持つ。
ただそれはクラス2位の中でも戦女神にのみ許された特権なのだが。
「いえ」
「そうか。冷やかしなら帰れ。斬るぞ」
「冷やかしなど。ただその剣にあやかってみたくなったのですよ」
「ほう?」
この場には似つかわしくないほど綺麗に笑ったラジュエラが大剣を握るオルドヴァイユを振り返った。

空間は真っ白で足が地面や空の区切りが無い。
神性同士は神性空間で会う事はできない。
此処は神性の作り出した別世界。
小さな仮初の空間だ。
消される事の決まった、ただただ白い空間。
時折このような空間は出現し、突如消える。
空間の創造権利はクラス2位の彼女等には無い。
要するに誰かの失敗か唯の気まぐれ。
そんな不安定な世界に現界して遊んでいるのだ。
プラングルに現界するよりは世界のルールの不安定さによって楽に存在できるのだ。

「相手になってくれると? どんな気まぐれだ?」
「ただ単に食事がしたいのと同じですよ」
「そうかッ」
ラジュエラは持っていた剣を正面に構えた。
「ならすぐにも始めよう。ここもどれだけ持つかわからん」
「ええ。そうですね。期限はどうしますか」
「この世界が消えるかどちらかに勝敗が決するまで」
長い濃い紫の髪を揺らして胸より高い位置で大きく剣を構えた。
大剣が更に大きくみえ、見るものを圧倒する。
ただそういう衝動はラジュエラには期待しかもたらさない。
準備が整った瞬間に彼女は駆け出した。


「準備は整っているのですか?」
光の線が音も無く描かれる。
空間が悲鳴を上げて見えない斬撃を繰り出すオルドヴァイユ。
それでもまだ余裕があるようで彼女はラジュエラに語りかける。
「ああ。もう我の教えるべきは少ない」
それを軽々とかわして見せると相手の懐めがけて一直線に走るラジュエラ。
剣はいつの間にか肩から抜いた夫婦剣に変わっている。
銀を基調に模様のラインに濃い赤を持つ剣、逆に光るような水色の模様の剣。
縦の大斬りを一歩踏み切ってかわして横に立つと両手を広く構えて大きく回転した。
炎陣旋斬えんじんせんざん――。
その正円の奇跡から炎が走り大きく広がる。
オルドヴァイユはトンッと軽く飛んだかと思わせると大きく距離を取っておりそこからラジュエラめがけて飛んだ。
「――本当にそうしてしまうのですか?
 双剣の素質がなくなるかもしれませんよ?」
「そんなもの――」
オルドヴァイユに向かって構えを新たにし、剣を真っ赤に光らせる。
紅蓮月ぐれんげつ――。
だが剣の赤が刃に収束し黒い闇が広がる。
禍々しい黒に刀身が染まりその黒の上を赤い光が漂う。

「――無くてもいいのだよッッ!」

――ォォン!!

ラジュエラが鋭い眼を開いてオルドヴァイユを睨んだ。
黒かった中心からまばゆい光が割って赤と黒だった剣を光に変えた。

久々の戦慄。

全力の戦い。
自分と同等と認める戦女神の一人が剣を振るうのだ。
開かれた眼を見て慄かない者は人ではないだろう。
彼女もまた、戦女神。
彼女の緋色の眼を直視して笑った。

黒紫の髪が広がる。

「愚問でしたね。それでは――共に舞いましょう!」

ガゥンッッッ!!
銃声のような音が響いて空気が叩かれた。
――いや、蹴られたのだ。
固体として存在しないそれを無理矢理蹴飛ばして、彼女はありえない位置でもう一度飛んだ。
一族的な特性を持っているわけではなくただ限界で高まった肉体の能力ゆえに可能な技術。
ラジュエラの後ろに回りこんでその大きな剣を振り下ろす。
後ろ向きのまま右手で受け止めると体を半回転させながら横薙ぎに斬りかかりそのまま踊るように縦横無尽の攻撃を繰り出す。
一撃必殺の理念に基づいてオルドヴァイユは防戦し、隙を作ることに専念する。
最も骨を切らせて命を絶つぐらい出なければそれは望めないだろう。
いくつもの戦略を巡らせて渾身の力を込めて大剣を振った。


――戦女神が踊る。
終結の決まった世界で。
――戦女神が笑う。
それは――始まり。








――ドッッッッッ!!!


世界が悲鳴を上げる。
崩壊が近い。
だが、ラジュエラとオルドヴァイユは止まらない。
崩壊する世界でひたすら剣を振るい続ける。
夕暮れに気付かない子供のように、ただただ楽しそうに。
だが。

――ピタリと、その音が止んだ。

剣の音は響かない。
銀の双剣と黒い大剣は

金色の槍を前に容易く止められた。

世界が悲鳴を上げたのは、この男が現界したからだ。
存在が大きすぎて、世界が持たない。

「――、様」
名前を口には出来ない。
唖然と自分達を止めた金色の戦士を見る。
その男はただ一言戻れと口にした。
二人はゆっくりと剣を仕舞うと一度も眼を合わせずに礼だけして世界から消えた。
金の鎧を纏うその男は槍を高々と掲げ、振り下ろした。
そして、自分もその世界から去る。

――ひとつ、世界が消えた。

























「オイオイオイオイオイ!!!」
「どうしたタケヒト」
叫んだ所に丁度良くシェイルがやってきた。
なんか重大なものがオレの部屋に転がっている。
シェイルがそれを見て一言。
「なんだ? そんな大きなものを買ったのか」
「買ってねぇ!!」
「盗ったのか?」
「盗ってもねぇよ! 問題はそこじゃねぇよ!」
騒ぎ立てるオレにハテナと首を傾げるシェイル。
オレは悶えながらその理由を夢の中にあったことを思い出す。
――そう、夢のせいだ。
夢で全てを伝えて去っていったあの戦女神の――!
「タケヒト。落ち着け。いいから全部分かってる事を話せ」
「――っああもう! この剣はな!

 戦女神オルドヴァイユの大剣だ!」





――夢で戦女神に会った。
黒紫の髪を揺らして鋭い眼つきでオレを睨んだ。
睨まれる理由が分からずとりあえず首を傾げてどうした、と話しかけた。
夢だからか全く彼女が目の前に居る事に疑問は感じなかったのだ。
君にはあの人を超えられるか。
そう言った。
あの人って誰だよ。
当然そう切り返した。
オルドヴァイユは口を開こうとしてやめた。
何も言わずにオレを睨む彼女にオレは何か言わなければいけないのかと思考をめぐらせた。
とりあえず。
そいつが誰かしらねぇけど。オレ達は負けちゃいけないんだからな。

誰だろうが勝つ。それだけだ。

彼女達の闘争本能は知っている。
きっと超えられるかと言うのはそういう意味だろう。
それにこの言葉は本当だ。
オレ達に負ける道は残っていない。
トーナメントなんだ。
負ければ、そこで死ぬ。
なら、勝つしかない。


まぁそんな感じのグダグダした夢だった。
夢は夢だ。
後に残るモンでもないし思い出して記憶に刻むほど面白い夢でもなかった。
まぁただ決意新たに目覚めたかと思うとベッドの横に大剣が立てかけてあった。
で、思い出したくも無かった夢の内容を必死に思い出してみればそう――
そんな大事件だ。
「大体こんなでっかいのオレに振り回せるわけ……!!

 あ、意外と持てるな」

「よかったな」
感覚的には今もって居るブロードソードってやつと大して変わらない。
重心が違うので振り回す感じがちがうのだが慣れればいけそうだ。
「おう! ……っていいのかコレ……?」
「――いいだろう。お前に託された剣だ」
「……なんかすっげー重げな意図を感じるんだが……」
「戦女神の剣はその戦女神の分身だ。
 その剣の銘はオルドヴァイユ。お前は戦女神の全てを預かったんだ」
「……おおお、オレっすか!」
「せいぜい名を上げるように頑張るんだな。
 その剣に恥じぬ命名でも受けてやれ」
シェイルはそれだけ言うと行くぞ、と言ってドアを開けて出て行った。
多分下の酒場で朝食を食べるためだろう。
……そうか……とりあえずがんばれよってことか……。
しっかしこの大剣……持ち歩きに不便だよな……。
オレは大人しくそれを背負うと準備を整えてシェイルと同じくドアを出た。

ガッ!
「…………この剣なげぇよ…………」
早速ドアに突っかかっちまった……。
剣に笑われているような気がしながらオレは部屋を後にした。


















「ジェレーーーーーーーーーーイドォォ!!!」
「なんやああああーーーーーーーーー!!!」
「早くあれなんとかしてよぉ!!!」
「やから! ワイは! ああいうデカイのは専門外や!!!」
「男でしょなんとかしなさいよーーー!!」
「アスカもシキガミやろ!! ナントカせえや!!」

本日も景気良く逃げ回る二人は巨大蜘蛛に追われていた。
とはいえ平原のど真ん中で殆ど追いつかれているようなもので意味は無さそうだ。

「ええい!!! イチかバチか!!
 収束:1400 ライン:瞳の詠唱展開
 夜の暴風ノックス・アルヴォガン!!
 アスカも働きや!!」
法術を放ってすぐジェレイドはアスカを振り返った。
「いーーーやーーーー!!」
全力でその場から走り去るアスカ。
――だが神子には
「逃げんなや!!!
『暁の星の雫より冷たき光』」
強制戦闘をさせる事が出来るその歌を歌う――。
「あああああああっ体が勝手にいいいいいいいい!!」
ヒュンッッ!
蒼雹矛双を持ってアスカの体が蜘蛛の方に向いた。
『与えられる無限の冷気』
「蜘蛛はキライぃいぃぃいいいいいいいい!!」
顔は非常に情けない事を叫び続けるが体は戦闘態勢万全だった。
『黄昏の月に杯を掲げ』
「ホントいや!! いやも〜〜〜〜!!」
『満ちる聖水を刃に変えよ!』

「死ねばいいのにーーーーーーーーー!!!」

「行って来いや!!!」
千雨氷刃ちさめひょうじん!!!』

赤い嵐が蜘蛛の足を貫いた。
蜘蛛は叫び糸を出す。
口から糸が出せるようでジェレイドとアスカめがけて真っ直ぐ粘着質の糸が飛んでくる。
それを二人は素早く避けた。
そして素早くアスカが体勢を整え双頭矛を回転させる。
するとその水の粒が宙にいくつも出来、刃を構成した。
そして彼女がその武器を蜘蛛糸に向かって振り下ろすといくつもの小さな刃が糸に向かって突き刺さる。
刺さった場所からピキピキと音を立てて糸が凍っていった――!
アスカはすかさずその糸を真っ直ぐ駆け上がる――!
口の中まで凍りかけて、急いで糸を切り離す巨大蜘蛛。

「――術式:万華氷刃倍化!!!」

アスカは巨大蜘蛛より高い位置まで飛んで叫ぶ。
――途端、蒼雹矛双の刃は氷を纏い大きく刃を模った。
そのまま一気に蜘蛛を――
「早く死ねーーーーーーーーっっ!!」

ガシュゥウッッ!!!

一刀両断。
大地に大きく氷が突き刺さる――



うう……なんで……こんな目に……。
「そりゃアスカが触るなって書いてある封印の札破くからや」
あたしの心を読んでジェレイドがそれに答えた。
「破ってない! 破れちゃったんだもん! コケたの!」
「破ってるやん」
「うるさーーい!」
本当に五月蝿い奴だ。いちいち正論言い過ぎっ!
「ま、それが結果的に小箱やったからよしとしてやろか」
「ていうかあたしが破んないと小箱わかんなかったじゃん! ふふん! どうだ!」
「へいへい。ほー」
「死ね!!!」
そんな変わらない旅を続けている。

大きな氷を見上げて思う。
あたしは強くなった。
戦女神さんからも技を貰ったしあんな大きな氷まで作れる。
壱神君だって炎を出してた。
そんな感じ。
特殊な能力がついたんだなってちょっと嬉しくもなる。
その力は、壱神君やファーナたちについて行ってたから貰えた力だ。
……いつか、恩返しとかするべきだよね。
と、ちょっと思ってみたり。
というか、また一緒に旅がしたいな――。

「すぅぅぅーーーごーーーーーーーい!!!
 こおりだよ!! おっきぃぃぃぃーー!!!
 ティア触りたい!! 触ってきていい!? いい!?」
目の前を女の子が通った。
スカイブルーの目立つ髪で子供のように元気だ。
目を取られているうちにフードを被ったもう一人が彼女に追いついた。
そのスカイブルーの髪の女の子はあたしの作った氷を見てはしゃいでいる。
ちょっと嬉しくて鼻が高くなる。
「駄目だすぐ霜焼けになるだろ。また手が暫く痒いぞ?」
「ううぅぅうううぅぅぅうう!」
女の子は泣く手前の顔で頬を膨らませてその男性を見上げる。
「そんな泣きそうな顔するなよ……」

「キツキのいぢわるぅぅぅ!! わるわるだーー!!」

「えっ?」
思わず反応してしまった。
「わるわるで結構だ。ほら行くぞティア」
しかしあたしの声は聞こえなかったのだろう二人は氷に向かって歩き出した。
ジェレイドは数歩先に歩いて行っている。
逆方向に進む二人とジェレイドを数回視線が行き来して、
「あっ、ちょ――ちょっとっ!」
あたしは二人を追った――。



「ねぇ……!」
声をかけた。
女の子ともうもう一人――男の子があたしを振り返った。
茶色掛かった黒髪で、アンダーフレームのメガネの綺麗な顔立ちの男の子。
「四法さん……?」
あたしの声に振り返った彼はやっぱり八重喜月だった。
こうやって会うのは数ヶ月ぶりだがとても懐かしく感じる。
「やっぱり……! 八重君だよね!?」
「――四法さんも来てたんだ……」
「うん! 壱神君もきてたよ!」
「ああ、もうコウキには会ったんだな……聞いた? 俺とタケヒトが来てるって」
「……ううん。聞いてない……弐夜君まで……いるんだ……」
あたしより早く死んでしまった三人は、こうしてこの世界に居る。
そしてあたしも。
「そっか……」
「えと、えと、言いたい事、いっぱいあったんだけど……っ!」
「ああ、俺も言っとかないといけないことがある」

「コウキには、自分がユキナさんに殺されたってことを絶対に言わないで欲しい……俺も、な」

「――……!」
言葉を失う。
ユキナさん。
あの人は――!

言葉を捜す。
えと。
交通事故。
違う。
落下事故。
違う。
爆発事故。
そうだ。
彼の死んだ理由。

――壱神幸菜による、爆破事故。

あたしは真実を知っている。
だから、言葉にしなきゃいけない。
でも、それが見当たらない。
忘れたかのように見つからない。

「ユキナ、さんは――!」
なんとか口だけ動かす。そうすれば自然と見つかるはず。
「こ、殺し――」
あ、あれ?

鮮明に、鮮明に脳裏に横切る自分の最後。

あたしが、最後に見た人。
あたしの最後を見てしまった人。



“壱神幸菜”の姿を。

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