第64話『めぐる出会い』






グラネダまで、あと2日――。


わたしは最後の食料調達となりそうなためコウキさんと別れて一日分ずつ食材を買う事にした。
まぁ最後と言ってもまだまだ試練は全然残ってるんだけどね。
コウキさんが日持ちする食材で二日めを担当すると言うので私は明日の分を買えばいい。
と言うことは割といい食材を使えそうだ。
自然と気合が入って色々と食材を吟味している。


「あれ……」


風に靡く銀色の髪。
後ろで縛ってあって艶々の銀色が良く知った感じだった。
行く人たちの視線を集めて、それでも堂々と道を歩く。

――ヴァンさん?

人込みの中でも背が高く分かりやすい。
人が少し避けるような空間が開いて歩くスピードを変えずにあの人は進んでいく。
呆けている場合じゃない。
わたしは荷物を持ってヴァンさんかもしれない人を追いかけてみることにした――。


此処はアルクセイドの城から4日北東に向かった街ルアン・デ・ミルビ。
ミルビの街はアルクセイドより暑くない。
壷や焼き物の名産地で大抵の商品は壷に入っていたりする面白い街だ。
ルーちゃんが人にはねられて蜂蜜入りの壷に溺れたのが最新ニュースだ。
コウキさんが弁償金額は半額まで下げてもらって払っていた。
とりあえずそのルーちゃんを洗ってから行くから先にいいもの買いに行ってねーと言われてわたしは一人でとりあえず出ている。

――っと、銀色の髪の人を見失いそうになりながら人込みを掻き分ける。
頭に壷を載せている人も多く居るのであまり不用意にぶつかれない。
あ、大通りの角を曲がった。
わたしも急いでその角を曲がって後を追った。







「……まぁ……見失うよね……」

通りの真ん中で一人呟いてみた。
コレだけ人が多いと流石になぁ……。
此処はグラネダとアルクセイドの中間の街だし行商人も冒険者も多い。
歩くだけの人っていうのが一番多い街だと思う。
ヴァンさんぐらい目立つならずっと見失わないと思ったんだけどなぁ……。
でも背が高くて足が長いせいか歩くのは速かった気がする。
誰かと一緒に居る時はその人に合わせてたみたいだけど一人の時は呼び止めるのに少し苦労した気がする。
むー後姿だけじゃイマイチ本物って二人にも言いにくいしなぁ……。
ここに居るっていうことはグラネダに向かっているんだろうか?
だったらきっと向こうで会えるんだろうけど。

もう分かれて大分経つ。
わたしたちは大分強くなったと思う。
ヴァンさんに追いつけるように。
ヴァンさんもわたしたちに追いつかれないようにルーンルナー……いや、最強のパーティーについて行ったんだと思う。
そこでどれだけ力をつけたんだろうか。
なんだか無性に気になってきた。
何となく落ち着かないままわたしは元来た道を戻ろうと道を振り返った。

どんっ

「いたっ」
「あうっすみません……」
そう言って顔を上げた瞬間は大きな壁かと思った。
「いや、オレもよそ見してた。悪いな――」
わたしより遥かに高い位置からその声が聞こえた。
わたしは慌てて距離を開けてその人を見上げる。

「あれ?」

右目から真っ直ぐ伸びたきり傷に更に二本の傷跡。
濃い青の短い髪で眼つきが悪かった。
だがその人は感動屋でお節介なのをわたしは知っていた。

「あ――、えと。ノヴァ、さん?」

ああっでも伝説の英雄の名を継ぐ人物をさん付けでいいものだろうか!?
「…………? えっとー……すまん、誰だっけ?」
どうやら綺麗さっぱり忘れてくれているみたいだ。
まぁ……わたしなんかを覚える必要はないんだけどね……チョット悲しい。
「えっと。わたしは戦王<トラヴクラハ>の娘でアキといいます。
 この間は父と戦わないでくれてありがとう御座いました。」
「あ、ああ! ごめんな忘れてて」
思い出してくれたみたいだ。
顔のわりにやっぱりいい人みたいで頭をさすりながらわたしに謝る。
「いえっ! わたしなんていいんですよー」
「いやいや? こんな可愛い子を忘れるなんて愚の骨頂っ馬の骨より分かりづらい死に方で死んじまう!」
「そ、その表現の方が分かりづらいですよ?」
「うっはっは! 学が無いんで精一杯の表現なんだ。
 ところで今暇かい?」
「え、あ、まぁ……」
暇……? と言えば暇なんだろうか。ヴァンらしき人を追ってただけだし。

ん……?

此処にこの人が居るって事はやっぱりさっきの人は――。
「あの……ヴァンツェさんの事を何か知って居ませんか?」
「ヴァンツェ? ああ、自称クォーターエルフの?」
「あっ! その人ですっ!」
間違いなかった。
ワザワザクォーターでエルフを自称する人なんてその人ぐらいしか居ない。
「知ってる知ってる。立ち話もなんだしその辺で座ろうぜ。
 いい加減この街に留まるのも長くってさ、飽きてたとこなんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。まぁ詳しい話はそっちで。ああ、心配しなくてもオレが驕るし」
「は、はいっ」

――その伝説の英雄に気さくにカフェに連れ込まれるわたし。
何が起こっているのかは定かではないが――夢では無さそうだ。









――この人、とってもお話しするのは好きみたいだ。
何となくコウキさんに似ているところも多くて面白い。
例えば……

「ヴァンの奴補助法術も使えるってんで最初後衛にしてたんだよ。
 コレがまた優秀でっレベルの高いモンスターの住んでる高原も楽々越えられたっ」
「ルーンルナー様が居るので大丈夫なのでは?」
「いやいやいや! あいつは補助にはむかねぇよっ!
 補助しろって言ったら戦ってるオレごとモンスターを爆破しやがる」
「そ、そうなんですか……」
「まぁそこで言えばヴァンは優秀だったぜ? 最初はな」
「最初は?」
「あんにゃろう……ちょっとこなれてきたら悪戯始めやがってなっ
 移動補助の法術をかけてもらったはずなのに即座に跳躍補助もかけやがってな。
 おかげで思いっきり地面蹴ったらひと山跳び越しちまった」
「そんなに!?」
「おおよ! オレが山越えて文句言いに言ったらダインの野郎とニヤニヤ笑ってるんだぞ!?
 酷くねぇ!?」
「た、確かに……手の込んだ悪戯ですね……」
わたし達に当てはめるなら間違いなくコウキさんのポジションだ。
見守る側としては大変でしたね〜ぐらいの声しかかけてあげられない。

……まぁ、ヴァンさんも元気みたいだ。

他にも北のうつけ者とか、教皇騎士団の最年少騎士とか。
そういった色んなところの話も聞かせて貰った。

ヴァンさんはかなり強くなっているみたいだ。
聞くところによるともう殆どルーンルナー様と同等の扱いなんだとか。
レベルの高いパーティーにいれば底上げは早いが辛いことが多い。
ヴァンさんはそれを乗り越えたみたいだ。
――わたし達と一緒に旅を出来る日も近いと言う事だろうか。






――あ、そういえばお昼に宿で待ち合わせだったっけ。
わたしがカフェの時計を見るとジュースを飲み干したノヴァさんが首を傾げた。
「ん? 待ち合わせかなんかあるのか?」
「あ、はい。お昼に皆でいったん集まる約束があるんですー」
「あ、そか。大分話したな悪かった引き止めちまって」
「あ……いえ。すみませんあまりいい相手ではなくて」
「いや? ヴァンの事知ってるし、いいストレス発散になった」
「ふふっそうですかっ? それなら良かったです」
わたしの顔を見て嬉しそうにノヴァさんも笑った。
話の内容はとっても面白かったし参考になることも多かった。
双剣の使い方の小ネタとかをあとでコウキさんに教えてあげようと思う。
ラジュエラ加護者専用のラジュエラの機嫌のとり方とかも面白かった。

「……最後に、一つだけいいか?」
――今までの柔らかい表情が消えて真剣だった。
「は、はい?」
わたしも緊張を隠せず背筋を伸ばした。
「いや、チョット聞きたいだけなんだ。

 君は、コウキという子を知っているな?」

心臓が高鳴った。
何となく言ってはいけないような気さえする。
わたしに浮かぶのは――父と彼が対峙したように――
コウキさんと対峙する姿。

「は、い……」

真剣な瞳はわたしに剣を突きつけているようで怖かった。
結局わたしは知っていることを肯定する。

「そうか……やっぱり……あの時に一緒にいたあの子が――コウキだな」

きっと、この人はあの月の下の風景を思い浮かべているのだろうか。
――みんなでたどり着いた約束の地――。


「くははっなんて、世界は狭いんだろうな……っははっ!」
そう言ってノヴァさんは立ち上がってジュースと紅茶の会計を済ませた。
何も言わずわたしもそれについてお店を出る。
目の前は大通り。
相変わらず人が多い。
そこで一度わたしを振り返った。
無表情に近いが薄く笑っていた。

「ありがとう――それと済まなかった」
「はい――?」
喧騒に混じって聞き取り辛い。
それでもなんとか聞こうと一歩だけ彼に近寄った。
――だが、それは、思いがけない事を聞く結果になった。

「……オレはトラヴクラハを手にかけた、それにきっと君の友達も剣を向ける」

影の入った表情で苦笑いした。
それが必然なのだと。

わたしは聞こえてしまったそれをどう飲み込めばいいのかわからず呆けて立ち止まった。

「じゃぁな――」

それだけ言ってその人は人込みに紛れて消えた。
身長が高くて見失いにくい人なのに、すぐに消えてしまった。
とんでもない事を言い残して。


わたしのお父さんを――?




















「お、きたきたー! おっそいぞぅ! お腹空きすぎてお腹が背中になるぞ!」
「一体何が起きてそんなことになるのですか……。
 アキ、大丈夫でしたか? 何かありましたかっ?」
「キュー」
二人とルーちゃんがわたしに駆け寄ってくる。

「ううんっ何も無いよっルーちゃんも綺麗になったんだ〜」
「カゥゥー」
わたしは平然と言った。
何度も、何度も練習した。
笑ってそういえるように。
いつも通りの自分で居るために。
いつものようにルーちゃんをグシャグシャと撫でる。
「いいもの買えたっ?」
コウキさんがわたしの手から買い物をした布袋を受け取りごそごそと漁っている。
「んっふっふ〜大量ですよ〜」
得意げに笑ってみる。
「うおっ本当だっすげー! もしかして俺買い物行かなくていいっぽい?」
コウキさんは中身を見て嬉しそうにわたしと袋の間で視線を往復させた。
「大丈夫だと思いますよ?」
「ちぇー。いいんだけどさっ」
チョット残念そうに口を尖らせる。
「コウキは本当に料理が好きなのですね」
ファーナが感心したようにコウキを見る。
「ちっちっ! 好きなんてモンじゃない!
 やんないと病気になるぐらいの中毒者だもん」
「それでは料理がまるで麻薬か何かのように聞こえるのですが……」
今度は呆れたように溜息をついた。
確かにコウキさんは料理を作るときは本当に料理人のように見える。
色々考えながら作ってるみたいだし。
「え、違うの?」
「当たり前のように言わないで下さいっ」
そして人懐っこい笑顔を見せてルーちゃんにその荷物を圧縮させた。





――無くさせない。
無邪気に笑ってみんなの中心に居る彼を。
泣かせたくない。
花のように笑うお姫様も。

わたしだって、守りたい。



どんなに高い壁があっても。
彼が最強と謳われる剣士でも。
父の仇であっても。

そうだ。
わたしに出来ること。
彼だって全力で私を助けてくれる。
彼女だって何時でもわたしを励ましてくれる。

強くあろうと、皆で誓った。

お母さん。
わたしに力を下さい。

右腕の十字架を強く握った。


























――日が暮れて、夜になった。
明日も早いので早く寝ることになった。
ちょっとだけ……気になる事がある。
アキが今日はどこかおかしかった。
いつも通りに笑うし、いつも通りに話をする。
なんだろうこの胸のもやもやは……。

何故だろう、アキの笑顔があんなに危うく見えたのは――?

コン、コン……

部屋にノックをする音が響いた。
「はいっ?」
声を先に出していそいそとカーディガンを羽織った。
「……ファーナ?」
「あ、コウキですかっどうぞ」
ベッドから足を下ろして座る。
するとコウキがゆっくりと部屋に入ってきた。
「……ファーナ、寝てた?」
――表情はどこか浮かない顔でコウキらしくなかった。
「いえ。大丈夫です。何かありましたかっ?」
「いや……なんつーか……」
気分が悪そうだ。
顔に血の気が無い気がする。
「ど、どうかしたのですか……?」
私は立ち上がってコウキを支える。
「すげぇ嫌な予感する。
 ごめん、
 はっきりわかんないけど、だめだ。
 めちゃ気分悪い……」
泣きそうな表情で私にそれだけを伝えるコウキ。
「具体的には分からないのですね……?」
「ああ……ごめん」
「いえ。謝らないで下さい。わたくしも、同じような不安に――」
「……同じような……? 原因、わかる?」
懇願するようにコウキは私の顔を見上げた。
関係が有るとは思えないが私の不安の原因を話してみる。

「その、昼間、アキの様子がおかしいと思いませんでしたか?」

「ア、キ――!?」

コウキが体を抱えた。
寒いかのように震えて歯を食いしばった。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「分かった……! 分かったアキだよ! ファーナ! アキのとこに行かないと!」
今日に限って相部屋になる部屋は開いてなくてみんな別々の個室で寝ている。
アキの部屋は一階で私達の部屋は二階。
「な、何かあるのですか?」
「ああ! 絶っっ対ある!! 行かなきゃ……! ぶみゅんっっ!!」
何かを確信してコウキが走り出す。
が、とりあえずドアを開け忘れたのか全力でぶつかった。

私も出来るだけ遅れないようにアキの部屋に向かった――。

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