第65話『守るために!』




――昼間に会った時に自分の泊まっている宿の話も聞いた。
だから、何処にいるかは知っていたし、迷うような事は無かった。
そしてその宿で呼び出せば窓口代わりに赤髪の人が出て来た。
多分ケイトさんだったか。
彼も神速を冠る伝説の一人。
わたしを見たときは顔を顰めていたがトラヴクラハの娘と言うことを話すとあっさり納得してくれた。
そして、忠告をひとつ。
 死にたくなければ夜にアイツに会うな、と。
それは無理だ。
わたしは双剣の彼に会いに来たのだから――










「――本当に昼間の――」
突然の呼び出しに応じた彼はわたしの姿を見てそう言った。
「はい。アキ・リーテライヌ。戦王<トラヴクラハ>と戦舞姫<スビリオッド>の娘。
 冠はありません。銘は穿つ十字架<アウフェロクロス>
 お相手願います――!」

長いブルーの髪が揺れた。
大剣を軽々と構え、十分な気迫を見せた。

眉間に皺をよせ、堂々と月の下に立つ剣聖<グラディウス>にその切っ先を向けた。

「そっか……竜人だもんな……仮神化もする、か……。
 だけど、それだけじゃオレには勝てねぇよ?

 無駄死にしたくなきゃ剣を収めて去れ!!」

剣を持つ者の頂点に立つ人物に挑む――竜の子。
アキは息を呑んだ。
確実に殺意を込められた視線を真っ向から見てなおもその切っ先を揺らす事は無かった。

覚悟は本物で、ただ、守るがために。

怖くないわけが無い。
戦争に参加した事の無いわたしは人を斬った事が無い。
お父さんはそれでいいといってくれた。
わたしも人を斬るようなことはしたくない。

「――彼を、斬らないで下さい」
「彼? ああ、コウキって子の事か?」
「はい」
「――無理だな」
「何でなんですか!? 理由はっ!?」
「――ラジュエラを取られたからな。取り返さないと」
彼は双剣を抜いた。
――刀身が見えない。
だがその剣を掲げた時、一瞬だけ月が剣の形に歪んだように見えた。
――透、明――?
そんな剣を振り回されて避けれるだろうか……っ。

「ノヴァ・ユース・エルストルブ。冠は”剣聖<グラディウス>”銘は”戦場の狂喜<ラジュエラ>”。

 ――最後にもう一度聞く。その心、変わる事はないか」


手に汗を握る。
いつもより剣を重く感じる。
月を背負う剣聖には昼間の剣呑さはない。
わたしに最後の確認を聞いた。
戦う意志を。
守る意志を。



死ぬ、覚悟を。










胸に空気を吸い込んだ。
全身に滾る血を少しだけ冷たくしてくれた。





「死んでたまるかああああああああああっっっ!!!

 わたしは生きるんです! みんなと笑って戦って頑張るんですっ!!
 邪魔しないで!!」

コウキさんの言葉を借りてみた。
ああ、ちょっと勇気が出た。
緊張がほぐれて顔が少し笑った気がする。
コウキさんはいっつも言いたい事言ってる気がする。
だからちょっと真似て見た。
真剣な顔でわたしを見下ろしていた剣聖の顔が少し綻んだ。
やったっ。

――まぁ、危機的状況に変わりは無いのだけれど。

ただ一つこの世界に。この場所に。わたしの願いを刻み付ける。

「なら下がりゃいいじゃねぇか。戦うのは男の役目だぜ?」
簡単な事だろ、と肩をすくめてシルエットが笑った。

「嫌です!! わたしには何を置いても守っておくべきものなんです!!
 ここで引いてしまうようなら最初から一緒に居てはいけないんですっっ!!
 お願いです……! 約束してください! コウキさんに剣を向けない事を……っ!!」

「だから、無理だと言っている」

「――っでは……!」

「――おう。来いよ。戦王の娘」


わたしに守る力を下さい。

赤い剣までもブルーに染まる。
体全体に意識してマナを行き交わせて、剣ですら体の一部のように扱う。
きっと今のわたしじゃ胸を貫く見えない剣の冷たさだけが最後の記憶になる。
それでも。


――絶対、あの親友たちの笑顔だけはわたしが守るんだから――!!







ジャラララララッ!

「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

ガゴンッッ!!!

アウフェロクロスが大地を抉る。
さっきまでたっていた剣聖の姿はそこには無い。
素早くわたしのテリトリーとなる空中に飛び上がって剣を引いた。
大地を走る剣聖の姿を見つけて再び剣を構える。

体を弓のようにしならせて剣を構える――。
術式発動を決意した瞬間時が止まったように宙に浮いた。

幾多の罪を赦し賜えジャド・ジュレーヴ!!!』
さらに倍速でアウフェロクロスを叩きつけながら剣聖の姿を追う。
あえてその攻撃を避けて回らずに受けたり流したりしながらわたしの真下を目指す剣聖。
きっと、わたしは彼の間合いに入った瞬間に終わる。
剣を引きその勢いで位置をずらして着地する。
まだ距離はある。
わたしはもう一度飛び上がって術式を紡ぐ――。
避けないのなら……!

悔い改めよポェニテティアム・アギテ!!!』

超重力超加速で迫る大剣。
今回もまたノヴァは――その剣でそれを受け止めた。

ガギィィィィイイイイイイイイイ!!!

甲高い音と共に彼の足が地面にめり込んだ。

正直あれ以上に重い技なんて持っていない。
だからアレを防がれるようなら――……!




ガゴォォォッッ!!





真下に剣が突き刺さる。
あの一撃をまともに受けて流したようだ
一撃も、届いていない――!

風のように、わたしの元に走り寄る剣聖。
わたしは大きく後ろに跳躍――転地が逆転するように宙を舞った。

「――もう、終わりかい?」

目の前に、彼はきっちりついてきていた。
当然だ。
竜人は恵まれているとはいえ努力して此処まで来た人間には適わない。

泣きそうになった。


助けて、と弱音を吐きたかった。

でも、ここに助けてくれる人は居ない。

ああ、あの人ならどうするだろう。


……
――……

  自分で…………切り開け――!

あの人なら。

そうだ。

諦めるな。
最後の一秒まで……ッッ

生き抜くためにできる事を考えるんだっっ!!!



『断罪の一線ッッ!! 無から無へエクスニヒロ・ニヒル!!』

ブォンッッッ!!!

空中で横薙ぎに銀の軌跡が走る。
――でも、それだけ。
双剣を構える彼はわたしの真上。
眼が合ったので思いっきり笑ってやった。
――また出るんだけどコウキさん張りのニヤッてするやつ。
よく、新しい連携の方法を考えたりする時にそうやって笑っていた。
思惑通りぎょっとした顔でわたしを見て一瞬動きが止まった。


『二線ッッ!!』
「ッ!?」


このチャンスは逃さない――……!!
わたしとアウフェロクロスを繋ぐ鎖がビンと張る。


天から地へアラスト・クラニクル!!!』

そう叫んだ瞬間彼を包むように鎖が舞った。
球形に大きく広がり逃げ場は無い。
そして、右腕を引くと一気にその空間を締め付ける――!
一際甲高い音で鎖が鳴って彼の動きを封じた。
「な――!?」
迷っている暇はない。

――ぐるん――
世界が回る。
空中でわたしが回る。
自分の長い髪に追いつけるぐらい素早く回転した。
わたしは私以上に空中に留まれる人を見たことがない。
だからわたしの唯一の自慢。

空中戦だけは誰にも負けない――!!


ゴォッッ!!!

全身のバネを使って彼を地面へと放り投げる。


――ィィンッッズバァァァンッッ!!!

斜めに地面に直撃。
派手な土煙と音を立てて剣聖を叩き付けた。

でも。
    まだだ!!!

『ジャド・ジュレーヴ!!!』

トドメを。
剣の弾丸を何度も何度も高速で引いては投げる。
近寄らせるな。
消すんだ。
わたしは。
わたしたちは一緒に歩き続けるんだから……!!!

わたしは全力でわたしの成せる全てを成す――!!





















「はぁ――っ……はぁっ――っ……」

土煙に全てが包まれて――わたしは息を切らし、なおもその煙と対峙していた。
本来は一対多に使う自分の技を全て一人にぶつけた。
でも、ちょっと期待する。

勝ったんじゃない――?

勝ってたら。
ああそうだ。朝にはもう旅立ちだ。
寝不足になるかもしれないけどかえってぐっすり寝よう。
ちょっと寝過ごしてファーナに起こされるのもたまにはありだ。
そしていつものように旅立ち。
グラネダに帰るんだ。
歩いても二日めにはわたしの家に戻れる。
そしたらこっそり皆に腕を振るって祝おう。
グラネダ帰還パーティーとか言って皆で。
当然コウキさんもいっぱい作ってくれるし、ファーナにもいっぱい教えれる。
いっぱい食べて、いっぱい笑って。
ちゃんと片付けて眠りにつく。

あは。楽しそう。
コレは是非とも実行しないと。

ポタッ

暖かい。
何の音だろうか。









「アキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」

コウキさん、だ。
声は後ろから。
「コウキさ――」

――ぐわん

わたしの視界に声の主を認める前に平衡が保てなくてふら付いた。

地面に膝と手をついて自分の異常に気付いた。

ポタタッ

その、音の正体にも気付いた。


ゆっくり、ゆっくり――自分の心臓に手を当てて、放した手が真っ赤に染まっている事を確認した。


ああ、わたし――負けてた。



それに気付いた瞬間、ボタボタと滴り落ちる血の量が増した。
手の力が抜けて、地面に完全に倒れる前にコウキさんに抱きとめられる。
「アキ!!! 血、がっっっ!!」
「コウキさん……」
「止血しないとっ! キュア班まで行かないと……ああもうじれったいっ」
わたしを抱く手が震えていた。
悲しそうな顔で、必死にできる事を考えてた。

「――……逃げて、下さい」

「何言ってんだよっ! アキが死に掛けてるのに……!」


「――いやいや。案外その子の忠告も満更じゃねぇよ」
――そして、彼が現れた。
あれだけの攻撃を浴びて無傷。
しかも、わたしは彼に技の一つも使わせる事が出来なかった。
圧倒的な力量――技術。
「その子に免じて今は君を追わない……だから逃げろ」
死ぬって言う実感が無かった。
覚悟はしてた。
「――ッッ!!! わかった!!! 逃げる!!」
そう言ってコウキさんはわたしを抱き上げた。
そして、一目散に走り出す。

「――わたしを、置いていけば、もっと速く……」
「うるさいっ!! 喋らないっ!!」
「――う、ん」
「……ッッ!!」
「こうき、さん。泣か、ないで」
「泣いてないッッ!!!」
「泣い、てる……ほら……」
「ッッ!」
「変、な、顔」
「ヒドイッ!」
「あは、ねぇ――こう、きさん」
「何さっ」
「――笑って」
「……ッッ」

キュア班までの道のりなんて絶望的な距離を残していて、
わたしの胸からは止め処ない血が流れ続けていた。
コウキさんはわたしの体をいたわりながら自分の出せる最大の速度で走っていた。
その、コウキさんの大きな目から、ポツリ、涙が零れる。

「――っあ、アキぃッッ――」
「笑って――」
その方が貴方らしい。
 今日までの陽だまりの中の貴方のように。
  あの暖かな笑顔を見たいと思った。
   コレが最後、だと思うから。
「笑えば、っ! 死なないか?」
「こう、もっと、逆、の、発想、です」
「へんな主張するなぁっっ!
 俺の前で死ぬような人に見せる笑顔なんて持ってねぇんだよ!

 生きればッッ明日でも明後日でも俺は笑うから!!!」

「――残念、だなぁ――」
「ああああもうぉおおおお!! 今日はおっちゃん大奉仕!
 すんごい笑うから生きろよ!! なぁ!!!」
「コウキさん」
「まだありますかっ!! なんでもこい!! チクショウ目の男汁がとまんねぇ!!!」

「……キス、して、い……?」

――なんだか……もう、何かがなくなりかけている。
手が重くて動かせない。
瞼ですら、重い。



「――っく、ああっ……っっうアキ……!!」

コウキさんの足が止まって、涙していた。
わたしを抱える両腕に力が強く入っているのが分かる。
泣いているコウキさんはあんまりみない。
でも、泣くたびに彼は強くなっていった。
それを羨ましいと思った。
彼の決意の力は毎日の血の滲む様な努力から見ても良く分かる。
わたしは知っている。
それが――わたし達を守るためにやってたことだってことも。
そんな貴方だから――。

飛びそうな意識を頑張って留めて眼を閉じる。
最後の力って奴を使ってコウキさんの顔に手を回した
頭を上げると、こん、と額がコウキさんの頬にあたった。

そこから、ゆっくりと――彼の口に自分の口を当ててみた。
暖かくて、涙でしょっぱかった。
――結局この感情が何なのか決着をつけないままわたしは終わるようだ。

保つ力なんて残ってないから、すぐに離れる。
手の力を抜いた瞬間に――

もう、全てを動かす力が無くなった。


「アキ……!
 アキッッ!!
 アキっ!!!
 返事しろって!!!
 なぁ!!!」

聞こえてた。
でも、もう――




「アキーーーーーーーー!!!」





さようなら――って、笑えたかなぁ――

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