第66話『変化』





コウキは何処に……!!?

強い感情を感じて胸を押さえる。
苦しい。
こんなにも――悲しい。
「ルーメン!」
「カゥ!」
こうなったらコウキの通った道を辿った方が早そうだ。
ルーメンにコウキの匂いを追ってもらう。


気付けば街の外だった。
門番の人に危ないからと呼び止められて知り合いが出た事を言った。
聞けば今日は3人、外に出たと。
青い髪の女性が一人、大柄な男性が一人、真っ赤な服を着た男性が一人。
二人目が誰かは分からないが後の二人はアキとコウキだと分かった。
だから、門番を振り切って走り出した――。





――そして、真夜中の月を背負って、走る彼に出会った。






その腕には――寝ているアキ。

安らかだった。
呼べばいつだって起きそうないつもの寝顔。
ただ――そう、いつもより血の気がない。
コウキの顔についた血の手形も気になる。
涙で滲んでいるが確かに手形だろう。

「ファーナぁ――!」
わたしを見つけて更にコウキが泣く。
お気に入りのオモチャが壊れてしまった子供のように。

私は駆け寄ってアキに触れた。

ひやっとした感触。
「あ――」

――いつもは、とても暖かいのに。
「アキ……?」
私に抱きついてきたり、撫でてきたり。
「起きて下さい……」
それは、彼女の愛情表現だ。
「アキ……っ?」
悪い気はしなかったし、一緒に居るうちに私も自然と彼女には同じことをするようになった。
「っあ、アキっっ……」
他愛も無い毎日のスキンシップ。
「あ、うああっ」
私の――初めての親友だった。

「アキッッ!!!」

呼吸はなくて、胸には沢山の血の跡があって、固まり始めていた。
眼は閉じられていて、安らかで、頬にコウキの涙の後がついていた。



「――お願いです起きてください……!
 わたくしはまだ貴女に何もっっ返せていないのですっ。
 初めからずっとわたくしの傍に居てくれて、初めて友人と言える存在で……
 強くて、優しくて、賢くて……とても料理が美味しくて……
 わたくし達の旅には貴女が必要なのです……!
 ひぅっっ
 お願い、
 お願いします。
 アキ、
 アキっ
 アキ!
 ……あ、き……っっ!!
 ぅ……っっあ――ぅ」

声にならない。
貴女は私の理想だったのに――。
辿りつけない場所まで、行かないでアキ――!
















血に染まったコウキの腕がパリッと音を立てた。
乾いてひび割れたらしい。
ゆっくりとアキを地面の上に横たえた。
――薄く、アキの身体が光っている。

この世界からアキの全てが消えようとしている。

神性の高い人の肉体は、この世界に取り込まれ世界のマナとなる。
土ではなく世界に帰るのだ。
珍しくも無い事だ。
竜人なら世界に帰るのが当たり前だろう。

「ファーナ……」
重く、小さく。
コウキが声を出した。
掠れて聞き取りづらかったが確かに私の名を呼んだ。
「…………はい…………」
「頼みがある……」
「……なんでしょう……」
私は顔を上げた。
同時にコウキも顔を上げて向きあう。
私は絶望に暮れた顔をしているだろうか。
きっと涙で酷い顔をしているに違いない。
コウキもそうだ。
心折れそうな顔をして――

いない……?

その希望に満ちた目を見た。
戦う時のように真剣で炎月輪を手に持った時もそんな顔をしたかなと思った。
何故を問う前に感心した。
――貴方は、こんな時でも考えて、前を見ているのかと。
そして、その言葉を聞く。

「……運命無視<フォーチュンキラー>を使わせてくれ…………」

――運命無視。
私達に許された反則。
「――!? ですがまだ4度目には――」
「……これ以上の不幸って、あんのかよ……!!
 おかしいだろ、なにがなんだか全然わかんないまま、アキが死んじゃうなんて!!
 俺が不幸になるなんて構わない!!
 頼む………………」
私はポケットからカードを取り出した。
月明かりに透けて幻想的にコウキの名前を映し出す。

「――後悔はしませんか」

時間が無い。
アキの身体からどんどんマナが抜けていく光が放たれている。
あと数分放っておけば――世界に消える。

「しない!! むしろ今やんないと後で後悔の雨嵐!!!」
「ですよね!!」

時間が無い。
コウキと並んでカードを掲げた。
意味が有るか無いか言えば無い。
こういうのは雰囲気だ。
私の手にコウキの手が重なった。
目を合わせて、後悔がないことをお互いに頷く。
――そして、
コウキと心を合わせる。

どんな不幸でも、コウキとアキがいるなら――乗り越えてみせる。
カードにマナを通す。
移動の時とは違う色で真っ赤に輝き始めた。
私達の心の色であるかのように――。


『アキの……!!!』

声が合わさる。


『死に逝く運命を……無視!!!

 フォーチュンキラァァァァァアアア!!!』






ィン――――――!!!






――魔法陣が広がった。
真っ赤な色でアキの真下から空にいくつもいくつも。
急激にマナを失う感覚。
それでも、耐える。

バヂィッッ!!!

雷のような何かが身体からどんどんマナを吸い上げる。
コウキも同じようで歯を食いしばっていた。
「く……!」
「ああ……!」

ヂヂヂヂッッッ!!!

「……!! 絶対……! 許さない……!!」
コウキがカードと私の手を強く握りながら叫ぶ。
「俺を守るために死ぬなんて絶対許さないからな……!!
 そんなカッコいい事しようたってそうはいかねぇ!!
 どんなカッコ悪い事したって生き返らせてやる……!!
 ここはプラングルなんだ……!!!
 やって出来ないことは無いだろ……!!!」

それは意志のように聞こえた。
彼にこんなにも想われる事に嫉妬を感じた。
でも――

「わたくしだって同じです……!!
 親友だって言ったではないですか……!!
 一緒に居てくれるって言ったではないですか……!!
 どうせ、わたくし達を思っての行動でしょう……!!
 でしたらわたくし達も……!!
 その思いに応えるのが――親友でしょう……!!!」

想う気持ちに変わりは無い……!!
掲げたカードを胸の前辺りまで下げて叫んだ。

『運命を打ち砕け……!!!
 フォーチュンキラーーーーー!!!』





バヂヂヂヂ!!! ガキィン!!!

世界に亀裂が走ったかのように甲高く響いた。
底をつきかけているマナをいまだに吸い取るカード。
限界が――っっ!!
「あ――っ」
ふら付いた私をコウキが支えてくれる。
シキガミと言うことだけあってまだ余裕があるようだ。
こうなったら底を尽きるまで頑張ろう。
きっと気を失うけど――朝起きてアキが居るなら幸せだろう。
「――コウキ、わたくしは、先にマナがつきそうです」
「――そっか、ゆっくり休んでくれ」
「――はい、あ、とは……頼みま……す……」
赤い魔法陣から心臓へと紅い気流がいくつも流れ込んでいる。
あれが流れていった血になるのだろう。
血の気が戻っていくアキをみて、少しだけ安心した。
――きっと、起きる頃には。
アキが居る。
コウキの暖かい胸を借りて――目を閉じた。



























夢を見た。
遠い遠い昔のような気がする。

私達と同じ姿をしていて、私達じゃない。
そんな感じだった。

試練を超えて絆を深めた仲間達。

沢山の人を助けて、沢山の人に怨まれて。
4人は世界を回った。

戦争が起きて、悲しみにくれて。
それでも歩いて。

世界にたどり着いて、そこでも戦争で。

涙しながら――約束をした。


――?
何なんだろう。
いつもの夢とは違う。
いつもは――私は私に会うのに。


あれは、……まるで、ヴァンツェに聞いた御伽噺だ。
作り話かもしれない。
いつも真実は教えてくれなくて自分で考えるように言われた。
――ヴァンツェも……帰って来るといいのですが――。






















「朝です。起きてくださいリージェ様」
「ん――」

清々しい朝だった。
瞼が重くて開けづらい。
ああ、でもこの目覚め方は酷く懐かしい――
バサッッ!!
布団を押さえつけてバネがついているように起き上がった。

「おや。おはよう御座います。今日もお元気ですね」

銀色の髪がサラサラと目の前に下りた。
久しぶりに見るヴァンツェ。
身支度を簡単に整えて私を起こしに来るのだ。
だから髪はいつも縛ってなくて私を覗き込むと前にサラサラと動く。
「どうかなさいましたか?」
「ヴァンツェ……? ヴァンツェなのですか……っ?」
「はい。ヴァンツェ・クライオンで御座います。
 お久しぶりですね」
「――あ、――っ」
ぱくぱくと口だけ動いて言葉が出ない。
そんな私に薄っすらと笑っていつものように言葉を続けた。

「着替えの方が此処に出しておきます。
 朝食はコウキから下の酒場ではなく外で食べようと言われていますので少しだけ出かけましょう。
 入り口で待ち合わせです」
「あ……は、はい。分かりました……あの……ヴァンツェ……?」
「はい?」
「……おはよう御座います」
「はい。おはよう御座います。では後ほど」

――凄く、自然に。
彼は部屋を出た。
なんだかとってもいつも通り。
少しだけ私も笑って、着替える事にした。
ああ、彼におかえり、と言うのを忘れていた。
後で言わないと。
それに……

まだ、昨日の結果を聞いていない。













「おっはよぅ! ファーナ!」
「おはよう御座いますリージェ様」
「おはよう御座います二人とも。
 それに、ヴァンツェ。よく帰ってくれました。おかえりなさい」
「――はい。ありがとう御座います」
少しだけ照れくさそうにヴァンツェが笑った。
「……それで……」
私はコウキを見上げる。
コウキは急に真剣な顔になって気まずそうに顔をそらした。
ヴァンも眼を閉じて俯く。

「……アキ……は……?」

聞いてはいけないのだろうか。
でも、聞かないと。
カードまで使ったのに。
なのに――……。




「おまたせー」

その声に振り返る。
赤い髪がフワフワと風に揺れて手を後ろで組んでニコニコと笑っていた。

「――アキっ!」

私は人目も憚らずアキに抱きつく。
「あははは! アリー朝から元気〜」
「……え?」
アリー?
その愛称は聞き覚えがあるが私のものではない。
「シルヴィア、その人はアリーではありませんよ」
「うっそ!!」
手を頬にやって驚いている。
――何となく古いリアクションだと思ってしまった。
普段のアキなら絶対にやらない。
「ウィンド様とアルフィリア様のご息女、ファーネリア・リージェ・マグナス様です」
「あっは! でもやっぱお姫様なんだ〜かわゆいかわゆいっ」
そういいながらアキ……っぽい人が私の顔をぷにぷにとつつく。
もしかしたら違う人にいきなり抱きついてしまったのだろうか……。
慌ててコウキの後ろに隠れてみたがコウキもクスクスと笑っている。
「逃げられたー。
 コウキ君も笑ってないで説明してあげてよー」
「はははっっ! 面白いしもうチョット放っておいてもいい?」
むぅ。この状況に私は放置されるのだろうか。
なんだか寝起きだからだろうか頭がついていかない。
「それじゃわたし嫌われたままじゃん!
 怖くないよ〜? チッチッチ」
「わたくしは猫か何かの扱いですかっ!?」
「こう……久しぶりにギュってしたいなー。アリーも抱き心地良かったもん」
「うう〜……見れば見るほど良く分からないです。コウキ説明してくださいっ」
不思議だ。
どう見てもアキ。
だが明らかに何かがおかしい。

コウキはうーんとチョットだけ唸った後私に顔だけを向けて言った。
「中の人が変わったんだ」
「中の人!?」
中の人なんて居たのですか!?
「そうそう。今日からアキの中の人担当はシルヴィアさん」
「シルヴィアで〜すっ」
うふふ〜と笑いながら両手を私に振って見せた。
……というか、シルヴィアというのは……

「確かアキのお母様では……?」

「そうなの?」
そう首を傾げる彼女。
「そうです。アキと言うのは貴女とクラハの娘ですよ」
ヴァンツェがメガネをくいっと上げながら事も無げに言い切った。
「はっは〜ん。わたしとトラ様の娘…………えええええええ!!!」
その言葉に過剰反応を示すシルヴィアさん。
開いた口が塞がらないのかパクパクと口を動かしながらヴァンツェを指差した。

「うん……まぁこんな感じでシルヴィアさんなんだ」
コウキは微妙な顔でそういった。
「…………コウキ、つまり……身体だけアキなのですか?」
まぁ確かに結果がコレでは表情も微妙になる。
「うーん。多少アキの記憶が入り混じってシルヴィアさんなんだ」
「どんなですか……結局……蘇生は失敗していると?」
「うーんどうなんだろ……」
そういってヴァンツェにからかわれているシルヴィアに目をやる。

「わあ! ヴァンツェ! 急に色んなレシピが頭に浮かんできたー!」
「そうですか。アキさんは料理がお上手でしたし、その身体なら貴女も料理できるかもしれませんよ」
ヴァンツェは腕を組んで感心するようにそういった。
生前の彼女は凄く不器用で料理下手と言うのを聞いたことがある。
「マジ!?」
「マジです。まぁ中の人がアレなので無理かもしれません」
「むがー! アンタは中の人って言うな!」
溜息を付くヴァンツェにぷんすか怒る――シルヴィアさん。

コウキに目をやると言いづらそうに頭を掻いて言葉を紡ぎだした。
「そんな感じでアキの根本は残ってる感じ。
 えと、詳しく言うと……身体がアキ、魂がシルヴィアさん。
 アキの記憶は多少引き出せるみたい。
 シルヴィアさんの記憶はアキと同い年ぐらいまでのものしかないってさ」

とりあえず視線をシルヴィアさんにやってその行動を見守る。

「このクサレエルフ! 褒める時はちゃんと褒めろ!!」
「貴女は死んでもその言葉遣いは直らないのですか? 致命的を通り越して呆れますよ?」
「うるさいチ○カス野郎!!」
酷い言葉が行き交う。
「あ、アキが酷い事になってますよ……!?」
「うん……まぁ……」
コウキは先ほどから微妙な表情しかしない。
それほどに微妙なんだろうこの結果――……。

――……大変なことになったみたいだ。




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