第68話『会いたい』


ガチン……

剣を抜いてだらん、と腕を垂れた。
構えて無いような格好でただその剣を振る事が許される敵を睨んだ。



「――ほう。今日は君から剣を抜いてくれるのか」

戦女神が薄く目を開いた。
――今までそうだった。
必ず先に剣を抜くのはラジュエラ。
俺は戦いを強要されて戦っていた。
そのために来ていたのだから良いのだが。
「ちょっとだけ……何も考えたくないんだ。
 自己嫌悪で死にそう……ラジュエラと戦えば――うん。
 戦ってる間は、この事しか考えない約束だし」
「口上でした約束など守りきった人間は少ない」
「単純だから。俺」
まぁそれが必ず約束を守るという意味合いで使われるわけではないが。
でも……守りたい物があったのに。
ずっと――……
意思だけを評価されない。
いつも見られるのは結果。
だから何時だって俺は嘘吐きだ。

結局一番大事な約束が守れてないじゃないか……っ!!


自己嫌悪が加速する。
何故あそこに居たのが俺じゃないのかと愚かな思考が巡る。
今どれだけそれを考えても、俺があの場所に居る事はできなかったのに。
もう流す涙も枯れた。
虚しさを埋めるために何が出来るだろうか。
「そうか。君はその空いた部分を剣で埋めてしまおうと?」
「――できるならそうしてくれ」
「なんだ。他人任せだな」
「……言ったってどうせ、最後には自分で解決するしかないのは知ってるし。
 弱音吐いてる俺は此処に来れば……

 必ず殺されるから」

「……なるほど。だが――」
「でも」
言葉の続きが分かった。
そう、戦女神に負けに来たなど。

「俺がラジュエラに勝って……剣聖<グラディウス>を倒すんだ……。
 それまでっ絶対付き合ってもらうからなラジュエラ!!!」

初めて誰かを倒すために強くなると言った。
だけど……っ初めて、許せないと思った。
何れ俺にも訪れる一つの試練。
だったら……!

フォンッッ!!
剣をラジュエラに向けた。
「……うむ。君も我等の好みがわかってきた様だな」

白刃を抜き放ち俺と同じ形でラジュエラが対峙する。
俺は覚悟を決め全力で大地を蹴った。

――その願いが叶うまで、後どれだけの嘘を吐けばいいのだろう。





















キラキラ、キラキラ。
光を見た。
世界が終わってまた始まる。
俺は両手を開いた。
両手の先からじわりと血が通う感触が生まれてくる。

世界が、構築された。
決められた領域が確保され、四角く部屋を構築する。
祭壇を作り奉納物を並べ、紅く彩る。
王座を置き、金色の光を帯びる。
最後に俺はその場所に位置づけられられて目を開く。
焔の加護神メービィの祭壇に俺は招かれた。

『――ようこそ神々の祭壇へ。わたくし加護神メービィがもてなさせていただきます』

一字一句間違わない最初の言葉。
俺はまたこの空間に呼ばれた。

「おっす! メービィ!」
『お久しぶりです』
「好き嫌いせずにちゃんと食べてる?
 欲しい物があったら送るから言いなよ?」
『今日はどのような質問があるのでしょう?』
「わお軽くスルーだよ!」
『ですが意味は無いのでしょう?』
ぷぅっと頬を膨らませるファーナの姿を思い出した。
丁度そんな感じの顔をしているのだろう。
「うははっんなことないって〜っあ……」
俺は重大な事実に気付いて思わず唖然とする。
『どうかしましたか?』

「あ、ああ。うん。もうちょっとでメービィ見えるかも」

前から見えるような見えないような光だけが見えていたが今はなんだか人の形が見える。
『そうなのですか?』
「うん。みえそう。今座ってるだろ」
こう、何となくの外形だけどファーナが椅子に座ってるときと同じぐらいのサイズだ。
『はい。仰るとおりです……いよいよ見えてしまうのですか……』
「もしかして見えるとダメ?」
見えると病気指定とかだと嫌だな……。
そう思って聞いてみる。
『ダメではないのですが……その、私が恥ずかしいです』
形だけ頬に手を当てるのが見えた。
「もう色んな角度から見まくってやるからな」
『な、なんだかそのような言い方をされるととても恥ずかしいのですが』
俺も言った後に凄くエロイ言葉なんじゃないかと気付いた。
べ、別にしたから覗こうとかそういった意味で使ったんじゃないからな?


ひとしきり話して、俺は一度溜息をついた。
一区切りつけて次に話を進めるために。
「メービィ」
『……はい』

「……フォーチュンキラーじゃ人は生き返らないのか?」

――、一番の謎。
俺達は彼女が生きる事を願った。
でもその願いが実現される事が無かった。
『……いいえ。生き返りますよ。
 出来ればああいうことに使って欲しくは無かったのですが……。
 二人には仕方の無いことですね』
「だって友達なんだぞ! ずっと一緒に居た!」
『ええ。分かっています。
 ですから……これから言わなければいけない事がわたくしには辛いのです……。

 ……彼女の運命無視は失敗しました』

――血の気が引いた。
「……なんでさ!!!
 俺達は願ったじゃんか!!!」
『はい。願いました。彼女の「死に逝く運命を無視」と』
「じゃあなんで!!!」

――俺の声が空間に響いた。
感情を乗せると、人の声は破壊力を持つ。
今の声もビリビリと空間を揺らした。
失敗でメービィを怒るのは筋違いだろうけど、押さえる事はできなかった。

『……貴方の為に……
 貴方の為に彼女は死にました』

『彼女を生き返らせる代償は「彼女が死ぬ」代りに「貴方が死ぬ」事です』

覚悟はしていたつもりだった。
命の代償は命。
願いを叶える力だけ必要だった。
俺達に偶然もたらされたフォーチュンキラー――……それだけが頼りだった。
『全ての命は等価なのです。代償もまた等価……』
一度息をついて少しだけ声を大きくした。
『覚えておいてください。貴方は誰からも死ぬ事を許されていません』
真剣に伝えたい一言だけはこうやって強く言うのはファーナにもある癖のようなものだった。
凛とした声が響いて記憶に留まる。
彼女をらしいな、と思うことの一つ。
『フォーチュンキラーは運命を無視します。
 ただし貴方は自分の不幸を望みましたが死ぬ事までは望みませんでした。
 ファーネリアも同じです。
 覚悟不足だとは言いません。ですが、
 貴方達を守り抜く意志で彼女はフォーチュンキラーに乗せた意志を上回っています』


彼女は死んだ。
いなくなったんだ。
俺達の世界から。
意志だけを遺して、尚も――
「……っ……なぁ……っ!」
悔しい。
俺達は……俺は。
『……何でしょう』
「アキは……今も俺達を助けてくれているのか……」

『……ええ。彼女の意志が望んだ貴方達の生です。
 たくさん笑ってください。
 たくさん泣いて、たくさん怒って
 たくさん、生きてください。
 それが、彼女の願いです――』

俺は、生かされた。
生きなければならない責任を負った。
守られる事が悪い事じゃない。
誰かに思われることが悪い事じゃないみたいに。
でもやっぱり一番悔しいのは――俺が彼女を守る事が出来なかった事に尽きる。
だから――彼女の言葉を生きなきゃいけない。





「ちくしょおおおおおおおおおおおおおああああ!!!

 カッコいい事しやがってアキ!!
 俺は絶対ゆるさねーーーーー!!
 ワザワザ戦わなくても逃げりゃいいのに!!
 無様でも生きててくれれば叱れたのに!!
 今なら俺キツキの説教越えれる!! 自信あるぞこらぁ!!
 キライキライ大っキライ!!
 でも好き!!

 って、伝えといてよメービィ?」

一瞬考えるような間を置いて彼女は頷く。
『はい。善処します』
「あれ? もしかして会えたりする?」
そ、それはヤバイ。
ああ、そうか神様なんだ。
何できたっておかしくないじゃないか。
だけどそんな俺の考えを覆す答えがすぐに返ってきた。
『多分もう不可能でしょうけれど。
 元々世界と輪廻と転生を司る力がクラス1位の存在には許されているのです。
 ですがわたくしは世界を管理する能力が制限されていますから……
 今は恐らく貴方達の方が有能ですよ』
「そっか……うん。よろしく……て、あっ!
 う、後ろの方の台詞は別にいいからな?」
『はい。ありのままに伝えます。ええ。ありのまま』
「なんで繰り返すんだよぅ!」
『わたくしは嘘をつけませんからっ』
手が口元に動いたようだ。

あの行動は面白い時に爆笑を耐える時にファーナが取る行動だ。

「嬉しそう!!! 笑ってんな!? チクショウ!!」
『お返事もしっかり受け取ってきますねっ』
「なんで何かしらの不安を煽るんだよぅ!!」
なんだか頬が熱いぞちくしょう!

でも伝わるのなら伝えて欲しい。
彼女に対する俺達の怒り。
彼女に生きて欲しかった俺達の願い。
彼女に感謝する俺達の叫び。
全部ひっくるめて、伝わってくれるなら俺も嬉しい。
「……頼んだ。メービィ」
『はい。分かりました……
 そろそろ、ファーナの元へと行ってあげてください。』
「ん、わかった」


世界が崩れ始める。
砂のように溶け始めてサラサラと消えていく。
足場が無くなって落ちるように世界が遠のき始めた。
フェードアウトするように視界が消えて――
気付けば、いつものように聖堂の奥の部屋に立っていた。






――はぁ。
どーすっかなー。
多分、この事はファーナに伝えた方がいい。
その方があとくされも無いだろうし。
でも……なぁ……。
彼女が泣くのがとても辛い。

「カゥ!」
「……お?」
フワフワの金色の毛を揺らしながら走ってくる動物。
大きな目と額の赤い石が特徴で王妃様に気に入られてまた震えながら撫で回されていたルーメンじゃないか。
この城に慣れてるわけじゃないから匂いでも辿ってきたのだろうか。
教会の真ん中でルーメンを拾い上げるとそのフワフワの毛を撫で回す。
「どうしたよルー」
「キューキュゥ」
「ファーナが部屋に閉じこもった? 出てこないの?」
「カゥー」
「ほーそっか。みんなで苛めてたんじゃないの〜?」
「キュッ?」
「そうじゃないのか?」
ひきこもりってそうやって出来ていくもんだと習ったけど。
あ、そうじゃないのか。
まだ出てこないだけだ。寝てるかもしれないし。
俺も行って確かめるか。
そう決めて俺はルーを抱いたまま歩き出した――。
















「此処から先には行ってはいけません!!」
兵士の鎧がガチャガチャと音を立てた。
どうやらもめているらしく二人の兵士はそのアイリスという女性を扉の前で抑えている。
兵士二人の間に半分からだが隠れていると言う状態でついに強行突破に入ったのだろうか。

「放してください!!
 私は王子様に会いに行くのです!!」

二人の間からなおも前に手を伸ばして彼女は言った。
「それは妄想です!!
 アイリス様!!
 あのお方はシキガミ様で――っあ!?」
しまった、と兵士は口を覆った。
もう一人の兵士はやれやれと頭を振る。
「シキガミ様!?
 そんな高貴なお方でしたか!!
 でしたら尚私がご挨拶に!!
 待っていてくださいシキガミ様〜〜!!」
何故か彼女をヒートアップさせてしまったようでさらに二人を振り払おうとぐいぐい進む。
「ダメです!! あのお方とは会ってはいけないお約束でしょう!!」
「ですが私の心が行けと申すのです!
 あのお方にあって!
 お話がしたいのです!」
「ですからそれがダメなんです!!」
兵士二人は腕でアイリスを押し戻すと扉の前に某を斜めに掲げた。
「いかに王女のアイリス様でも国王様の命令により此処を通すわけにはいきません」
「ふぅ…………わかりました……」

彼女はようやく諦めたのか前へ行く足を緩めた。
かと、思った瞬間にキラリと目が光る。
おそらく兵士二人が油断したのだってほんの一瞬。

「太陽の残光<マルバクス>!」

「ぐあっ……!?」
「くっ……!?」

スタタタタッ!
軽快な足音が扉の向こうへと走りさる。
「規律を破るならトコトンまで……!!
 私はあの方達に会いに行きます追わないで下さい……!!」
螺旋階段に響く彼女の声。
ようやく閃光の目の眩みから解放された二人が開いた扉を見て頭を抱える。
「しまった……!」
「追うぞ」
「おう!」




『神殿へ行ってはいけない』
『法術を身を守る以外に使ってはいけない』
『神子とシキガミには会ってはならない』

たった三つの約束以外私には何も言われなかった。
王城は広いし、召使は多いし、兵士は強いし、何も不便は無かった。
不満を言えば授業を強要され、私の一日が勉強で終わってしまうような日が多いことだ。
街の子だって遊ぶ時間があるというのに私は勉強付けでつまらない日々を送る。
それがとても嫌だった。

神子様は以前から知っていた。
遠くから眺めていただけだけど、私と歳の変わらない凛とした人だったのを覚えている。
真っ赤な衣装、金色の髪。
人々の歓声の中に堂々と立って偉大な人なんだと感じた。

神殿は大きいがそこについている部屋は私の部屋の半分ぐらい。
私の部屋は端から端までが20歩。
少し狭いかなとも思ったが使用人の部屋はもっと狭かった。
――あの人は神殿に住んでいる。

シキガミ様が降臨なさるそうだ。
黒髪の少年だと言うことだ。
どんな人なのか気になってしまう。
きっときっと、かっこよくて強い王子様に違いない。

ちょっとだけ騒ぎが起こった。
神子様が神殿を抜け出して城下におりて行ったらしい。
いいな……今度私もやってみようかな。
あの人が降りたのは――シキガミ様が現れたと、言う事だった。

神子様たちは旅立ってしまった。
結局私は授業に追われて会うことなんて無かった。
お父様とお母様は見送ったらしいけど……。
もう私が会うことなんて無いんだなと、思った。




そして、彼が現れた。

今日はお昼から曇り始めて昼過ぎには雨だった。
急な天気。
浮かない私が授業の休憩を使ってボーっと窓から空を見上げていた。
曇り空を見上げて私の心も同じように曇ってしまった。
何となくつまらない気分になってしまう。
自然と雨に視線を移し、窓を流れるように視線を落とす。
城の3階から見下ろす中央の広場は小さく見えた。
でも、その小さな広場の中に更に小さな人をが見えた。

真っ赤な服を着た、黒髪の少年だった。

誰だろう。
知らない人。
このお城ではあんなに赤い服を着る人は神子様しか知らない。
お父様にはあまりみだりに知らない人に会うなと注意されている。
……でも、見るだけなら、大丈夫。
そう思って少しだけ近くに行ってみることにした。

私は足早に階段を下る。
1階の端の窓からそっと外を覗く。
――まだいる。
後姿だから良く分からないが若い男性のようだ。
そういえばお父様以外に黒髪の人は初めて見る。
彼は雨の中何をしているのだろう空を見上げて口をつぐんでいた。
濡れる事は関係無い様だ。
私はドレスが濡れると怒られるのでテラスに出て居てもすぐに部屋に入ってしまう。

彼の手元に光る双剣を見た。

私は剣を見て物騒だとしか思ったことが無い。
それは、彼を見て初めて変わった。それは――綺麗だった。

彼はそれを掲げて、叫ぶ。
咆哮のようだった。
全てを吐き出すような声。
私は目が離せずに彼の姿を見ていた。



ィィィイイイインッッッ!!!



剣が真っ赤に光った。
彼を象徴するように、あの人を象徴するように。
でも次の瞬間閃光のような真っ白な光を帯びて――彼は剣を振り下ろした。

私は目を瞑った。
眩しい。
ガタガタと窓が揺れて、強い風が吹いている事がわかった。
でもすぐに気になって薄く目を開けて彼のいる場所を見る。


太陽の光の当たる、彼。

――何が起きたのだろう。
空は彼が斬ったかのように雲が別れてその間から青空と太陽が二つ覗いている。

――思わず見惚れた。

なんて、神々しいのだろう。
彼はその剣一つで空を割った。
人間には到底たどり着くような事が無い次元。

ああ、でも、私が惹かれたのはそんなところじゃない。

そのあとに走り寄る動物に彼が見せた――

とても人懐っこい、少年の笑顔に。


恍惚としていた。
少年がいなくなってもずっとその光景は目に焼きついていた。
割れた空が再び雲に覆われてまた雨が降り始めた。
雨を遮る窓に手を当てて思ったのだ。

彼に『会いたい』と。

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