第69話『正王女』



世間では正王女という呼ばれ方をしていた。
初めは大した意味を感じなかったが――後になってとても気になった。
何故、『正王女』と呼ばれるのか。
王位継承が私の役割なのは分かる。
お父様とお母様の血族として後に王家として繁栄を続けるために私が継ぐのだ。
でも、聞いてしまった。
『王女』と呼ばれる人が他にいることを。

お父様は側室を持たない。
ゆえに権力的な内部争いが起こることもなかった。
難を言えば王子が居ない事だが、見合い相手から好きに選べと言われるほど私を見込んでくれているらしい。
将来私は国と民を幸せにするために働かなくてはならない。
お母様だって政治や貿易の勉強をして色々動き回っている。
私も例外ではなく文学の基礎知識、政治、貿易、世界史、社交、音楽、舞踊など色々を日々学ぶ。
それにもしもの為、と言うのでお母様から法術を、お父様から体術を学ぶ。
決して楽しいと言える日々ではない。
でも私がやらなければならないことは理解しているつもりだ。

とはいえ。
そんな詰まらない日々に身を埋めるような気は毛頭無い。
お母様とする法術はとても楽しいのだけれど、それ以外は頭の固い教師の一方的な論議とかで詰まらない。
日々、どう工夫して脱走するか。
それを考えている。

お父様に見つかった日には、こう言われた。
「全く……お前は私の娘だな」
咎める気は無いらしく、脱走していた私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて歩き去って行った。
お父様も昔は良くやったんだって。
結果的には全部覚える事になるから余計時間が掛かるんだけど、必要な事なんだって。
調子に乗って政治の時間に毎回抜け出すようになると、さすがに怒られたけど。

脱走して、何をするか。
それを考えていた。
別にやりたい事があるわけじゃない。
逃げ出したいだけ。
それだけだった日々。
でも、いつの日か。
『王女』の存在を知った時。

あの人だと、思い至った。

私と歳の変わらない真っ赤な印象のあの人。
『神子』と崇められ、いつか『シキガミ』と共に世界を旅する人。

だからあの日のお父様とお母様は一度も目を逸らす事無くあの人を見ていたんだ。
あの目は自分の娘を見守る優しい物だった。
そうか。
そうか……!
あの人が、私の姉妹なのだ。


会いたい。
あの人にも。あの方にも。
話がしたい。
それをお父様に言ってみた。

頭を掻いてバツが悪そうな顔をした後、その事実を認めた。
お前には、姉がいるのだと。

生まれて15年。
初めて姉の存在に気付いた私。
でもそれだけ環境が綺麗に分けられていた。
ある意味感心だ。
よし……!
今度抜け出してあの人たちに会いに行こう。
会いたい。

会いたい……!












「というわけで強行突破です!!」
誰に言うでもなく階段を走った。
今日の日の為に一番走りやすいドレスを試した。
チョットはしたないですが、目的達成の為には走らなければ意味が無い。
どうやら私は肉体的に少し優れているらしく運動はそんなにしないが足は速かった。
「どういう訳でもダメな物はダメです!! アイリス様とまってください!!」
「嫌です!!」
「礼節のアフラ先生に言いつけますよ!?」
「ふ……ふん!! アフラ先生が怖くて規律が破れますかっっ!!」
アフラ先生は厳しい礼儀礼節のを教える少し歳のいった先生だ。
古くから厳しく生きていたらしくとっても厳しい。
適切なタイミングと音量でノックを続ける千本ノックなどがバツの手段になる。
とっても手が痛くなる。
でもでも!
今日の私は違う!
今までは少し手加減して突撃していましたが!!
今日は全力!!
後でどんなバツが待っていようと構わない。

待っていてくださいお姉様!! そしてシキガミ様ぁ!!

「うおっ!? なんであんなに階段下りるの速いんだあの人は!!」
「急げ……!! 扉を出たら手遅れだ……!!」
























昼過ぎからいきなり降り始めた大雨。
ちょっくら試し切りに使わせてもらった。
まぁ試し切りはついでなんだけど。
右手はやっぱりビリビリきててまた筋肉痛になった。
ふふ、また2日ぐらい大変なんだろうなぁ……。

さて、何で俺が裂空虎砲をそのまま裂空の為に使ったかと言うと。
ファーナが「雨で気分が乗らない」という台詞を言った来た為だ。

つぅわけで、ちょっくらぶった切ってきた。

我ながら訳のわからん事をしているような気がしなくも無い。
でもたまにはやりたいんだよ。裂空虎砲。
アレは威力がでかすぎて打つ場面が無い。

ファーナの部屋に着いたのでノックをしてみる。
「……はい」
小さく返事が返ってきた。
開いてるかな?
ガチャ……
ドアに手をかけようとするとドアが開いた。
俺は数歩下がって開けた主を見る。
「……」
「む? 何で拗ねてるんだ?」
何故か俯き気味に頬を膨らませている。
「……凄いと素直に思ってしまったわたくしが恨めしいだけです」
それはそれでうれしいけど。
「よしよしっ」
「う〜」
俺は笑って正直な彼女をぐりぐりと撫でた。

「あ、んでねファーナ」
「はい。なんでしょう?」
この答え方はメービィに似てる。
っていうかもう殆ど同じだ。
「そろそろ忘れ物の整理とかしない?」
「忘れ物?」
「うん。城下のバラム爺さんの所に行きたいんだ」
「――シン原石ですか」
「そそ。ヴァンにも聞いてみたんだけど、やっぱり爺さんに聞いた方がいいって」
「そうですか。ですが、雨ですよ?」
「思い立ったが吉日生活!
 何事も後回しにすると次のモーションに入れない!
 ならば雨だろうが槍だろうが避けて聞きに行くが道理だと思いませんか!!」
キランッとルーメンを掲げながらポーズをとる。
「キャウッ」
丁度肺に手が当たっているため圧迫されて苦しいのか甲高い声を上げるルーメン。
両手で持ち直してファーナにつぶらな瞳を向ける。
別にルーは行きたいとは言っていないけどね。
「もう……それでは雨が緩やかなうちに出ましょう」
「うっしゃ! んじゃおっちゃんに報告だけ行こうぜっ」
神殿の部屋を降りて渡り廊下を渡った塔から直接城に入れる。
俺はルーを頭に載せて上機嫌に歩き出した。

















「たああああああああああああああああああああああああっっ!!!」

バターーーーーーーーーーーーンッッッ!!!


飛び出した。
ほんとビックリ箱からオモチャが飛び出すみたいに彼女は全身を弾丸のようにして扉から出てきた。
「うわあ――」
「あ、コ――」

それにあった瞬間の俺達二人の台詞。
次の言葉なんて想像が容易。

「ああああああああああ!!!」
「ウキ危な――――!!!」

そして、俺。
俺が避けるとこの人えらいことになるし、ああどうしよ――
でも、右手が動かないんだこれが。

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」

ドサッッズザザザザザザザガンッッガサ!!!
……
……

何が起こったかなんて、当然分かるわけも無く、何かに巻き込まれて視界は消えた。






















「っつつつ……ああ! 初めましてお姉様ッッ!!」
「初めまして……いえ……大きくなりましたねアイリス」

「あの……すんませんけど人の上で感動の再会は無いと思うんだ」
二人を上に乗せて魚の如くびっちんびっちん動くぞチクショウ。
「あれ? シキガミ様は何処に……?」
「貴女の大きなスカートの中ですよ」
「きゃあっっ!!?」
視界が晴れた。
ああ、真っ暗だったぜ。
「えほっ! ふぁー……何がなんだ?」
起き上がりながら頭をさする。
間違いなく全身打撲。
「シキガミ様!」
「んっと……。アイリスちゃん?」
「ちゃん!? あ、あああの、それは恐れ多いのでアイリスで構いませんっシキガミ様!」
わたわたと慌てたり頬に手を当てたり忙しそうだ。
それにしてもいい蹴りだった。
あの形は中国4千年の歴史を一身に詰め込んだ拳法の一蹴りに似ていた。
「アイリス俺と世界を……獲ら……な……ぐふ。
 俺もう全身が……」
「まぁ! お怪我がありますか!?」
「敏感になってる」
「び、敏感ですか!?」
コレは表現的に間違ってないぞ。
だって、打ち身だらけで何処触っても痛い。
キュア班行って治して貰おう。
「うっし」
何とか立ち上がって改めて彼女を見た。


金色の髪、と言うよりはレモン色ってかんじだ。
フワフワとした髪に緋色の目。
ファーナより色素が薄い。
それでも元気な笑顔があって健康的に見える。
外見的に王妃様に良く似ている。
身長もファーナより高くて、アキぐらいあるだろうか。
ファーナをお姉様と呼ぶんだから王女様だろう。
ふふふ、もう俺は地位なんて恐れない!
なんたって巨大国の国王様直々に賜った……!
こんな時の為の礼儀特訓の成果を見せる!

「初めましてファーネリアのシキガミでコウキ・イチガミと申します」

紳士でポーーーーズ!!
左手を軽く後ろに右手で胸あたりを軽く押さえて一礼!
素早く顔を上げて笑顔でキラリ!
俺の歯が今光ったはずだ。
「ああ、申し訳ありません。申し遅れました。
 私はアイリス・フォーメル・マグナスと申します」
ああ、そうだ。
どれだけ歯が光ろうとスルーなんだよな。
チクショウ。
俺の態度を見てわたわたと彼女も綺麗に礼をする。
さすがに俺とは年季が違う。
淑女の礼節を見せ付けられたぜ。
ああ、でも――
ファーナがワナワナと怖い物を見る目で俺を見ているのはなんでだろうな?

「ちゃんと覚えて実行しているのですね……」
「あたりまえだろ〜?」
俺にも成長ってものがあることを理解していただきたい。







「そんな感じでお父様。規律は全て破ってしまいました♪」
「少しは悪びれろ! ったく……」
国王様は机に座って書類にサインをする手を止めないまま溜息をついた。
どうやらこの子には3つ約束があったらしいのだが全て破ったんだそうだ。
中々豪快なご息女だ。
とりあえず後からやってきた兵士二人が俺達を見て落胆していたので理由を聞くとそういう約束があったことを知った。
兄弟なのになんでだろうな? と思う間もなく
「それじゃバツゲームな」
「バツゲーム!?」
「コウキ君とマルバツ飛込みゲームな」
「しかも俺も!?」
「正解はマット。不正解は壁」
「ああダイレクトに痛い!」
飛び込んだ瞬間に壁にぶち当たるという悲痛さ。
というか王女様のバツゲームがそれかよ。
芸人張りになってるぞ。
「おっちゃん、正確には2つだぞ。神殿には行ってないから」
「はぁ……そんなもん破ったも同然だろうよ」
「なんでさ。こう、一個破るのが少なけりゃマルバツ飛込みゲームの壁も天ぷら粉に変わるかもしれないだろ?」
「じゃぁパン粉にするか」
「ちょっと荒い!」
パン粉をつけるとフライになるんだぞ。
ていうか何の話だ。

国王は手をとめてやっと視線をこちらにやった。
謁見の間で見るときより疲れて見えるのは風景がそうさせるからだろうか。
王室は豪華だ。
まず空間が広いし落ち着いている。
集中できそうな部屋だなぁという印象。
国王も眼鏡をかけていて頭よさそうに見える。
詰まらなさそうな顔をしていると言う事はやっぱりこの空間にいるのはあんまり好きじゃないんだろう。
普段の勢いも内容で何となく真剣な雰囲気が流れている。
「いや、正直な話そこまで綺麗に全部破られると怒る気もしなくてな。
 ……くぁ〜……どう思うコウキ君?」
眼鏡を外して首を鳴らしている。
本当にどうでもよさそうだ。
「俺は……いや、うん。おっちゃんが怒る気無いならそれでラッキーって思うけど。
 つか、なんで会っちゃダメだったんだ?」
「友達ができると、遊びたいだろう?」
「まぁそりゃ」
友達が出来たのに遊ばないってあんま意味無いよな……。
「今まで勉強漬けだったんだ。まぁそっちを疎かにしなきゃ別に会って遊ぶのは構わん」
「本当ですかぁ!?」
アイリスが少し遠い所でモジモジしていたのだがその言葉を聞いた途端一気に前に出てきた。
「ちゃんと勉強すればな」
「します!!」
「運動もやれよ」
「いけます!!」
「ちゃんと遊べよ」

「お父様あああああああ!!!」

がばっと飛びつくアイリス。
彼女はとってもアクティブだ。
ぺちんっとチョップで叩き落とされていた。
「さ、じゃぁお前はさっそく世界史だな」
「ええええええええええ!!!」
ガチャ!!
合図を決めていたのだろうか、兵士が入ってきてアイリスを運び出していく。
「お父様ー!! 酷いですぅ!! あんまりですー!!
 会ったばかりの私たちを引き離して楽しいですか!?
 私を猫の如くかって楽しむのは最低です!
 目の前に美味しい餌を差し出して素早く引くのはやめてくださいぃぃ!
 うにゃあぁあぁあ! シキガミ様ぁお姉様ぁ……!」

パタン……。
連れ去られながら叫ぶ声が聞こえる。
「……」
「姉妹だよね?」
「……恐らく」
ファーナとはなんだか違いすぎる……。
「ふぅ……会ってしまったか……」
「なんか問題あるの?」
おっちゃんは軽く頭を振って笑った。

「あぁ、相手、よろしくな」


ああ……大変なのは俺達だ……。



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