第70話『ハプニング!』

愛しのシキガミ様お姉様。
お元気にお過ごしでしょうか。
わたくしは今世界史の授業に身を埋め、詰まらない時間を過ごしております。
大体世界史なんて何の役に立つと言うのでしょうか。
それより外交に勤めた方がよっぽど国の為でしょう。
でもお父様はわたくしにはまだ早いと行かせてはくれないのです。
ていうか遊びたいです。
遊んで下さい。
アイリス


「っていう紙飛行機が飛んで来たんだ」
しかもこの形は滞空時間の長い紙飛行機だ。
すっげぇ綺麗だな……世界記録を狙える形をしている。
「あ、あの子は……聞いていた通りですね」
ファーナが紙飛行機を見ながら呆れたように言う。
「というと?」
「わたくしが聞いていたのは元気すぎると言う事と器用な子だ、とお父様にお聞きしました」
「なんだか並べると微妙な単語だな」
器用元気って新しい四文字熟語にならないかな。
コツン
「ん?」
頭に何かがぶつかる感覚に振り返り足元を見るとまた紙飛行機があった。
「あっまたか」
コツン
「いたっ」
また頭に同じ感触。
「っ! コウキ! 上です!」
「ん?」
俺は二つの紙飛行機を拾って空を見上げた。
今日は天気が悪い。
なんたって雨だ。
まぁ切ったお陰か雨は止んだが雲は戻って来ていた。


「今日は紙飛行機の雨かぁ」


俺は空をうめ尽くす程の紙飛行機を見上げて目を細めた。
これから起こる事態が容易に想像で来たからだ。
「ファーナ……逃げて」
「わたくしだけ逃げるなどできませんっ! コウキ貴方も!」
ノリノリだ。ファーナも大分俺のテンションに慣れて来たな。
「俺はあれを受け止めなきゃいけないんだ!
 空中で舞ってるのはフリなんだよ!」
あれがフリなら応えないといけないだろう。
コツンとまた一つ飛行機が当たる。
「で、ですがっ」
サクッサクッとファーナの頭に普通の紙飛行機が刺さる。
位置的に髪飾りの羽根みたいにイイ感じに刺さっていて笑えた。
「ぷっっは早くっ! 俺は大丈夫だから! 後で正門で落ち合おう!」
俺はファーナに背を向けて広場の中心へと駆け出した。
行っている間もコツコツと頭に紙飛行機は当たり続ける。
俺は空を見上げて…掲げた。


「よしっ! 来い!!!」

言って、ヤバイと気付いた。
なんたって――全紙飛行機の先端は、俺を指していた。

ドシャァァァァ!!!

俺は紙飛行機の山に埋もれた。












「ヒドい目にあった……」
ファーナに掘り起こされなきゃ紙飛行機の中で死んでたな。
ていうか読むのに時間が掛かったよ。
敬愛のメッセージと授業の暇さが綴られた紙飛行機が延々とあるのだ。
人気ラジオのパーソナリティってこんなんなのかと思う程だ。
「絶対ギネスだよ今の…一人で紙飛行機を作りながら滞空させた数がさ」
「ギネス?」
ファーナは首を傾げる。
頭の紙飛行機が八つに増えてたので取って開く。
「世界記録って感じの意味っまぁこっちじゃ関係無いけど」
向こうだったら是非登録申請だね。



「シキガミ様あああああっ!!!」

突然そんな声が響いた。
どこっ!?
あ、上か?


「ふみゅん!!!」


変な声が出た。
何か重いものが俺に向かって降りそそいで俺は地面へと倒れたのだ。
突然視界が消えて真っ暗になった。

「あはははっ脱出成功ですっ!
 あっお姉様っ! お姉様ですねっ!」
「あ、アイリス……コウキ? 大丈夫ですか?」
「むぁい」
なんだか返事し辛い感じで答えた。
「あぅ!? わわっまたシキガミ様に乗ってましたかっ
 申し訳ありませんっっ」
ババっと素早く飛び退くアイリス王女。
そうか。ナイスお尻でした。
「ええええええと、見ました? 見られましたっ?」
お尻を押さえながら顔を赤らめるアイリス。
やっぱりハズいのか。
「コウキっ」
ファーナがむぅっとした顔で俺を見る。
いや、俺のせいなのか今のっ!?
「検事さん今のは異議を申し立てるぞっ」
「誰が検事ですかっ」
「だって今の不可抗力! ってかいきなり降って来るってどういうことなのさっ」
アイリスに向かって理由を聞いてみることにした。
彼女は長い髪を少しだけ揺らして嬉しそうに笑うと

「はいっ! 窓の外にシキガミ様が見えたので飛び込みましたっ!」

……
…………
………………
「……えっ……それだけ……ですか?」
口に手を当てて次の言葉がないことを確認するファーナ。
アイリスは大きく頷くとえっへんと得意げに胸を張った。
「ふふっっ、ちゃんと先ほどぶつかったことで衝撃緩衝が働く事は確認してますからっ!
 あとはちょっとした勇気があれば飛べますっ!
 5階から!」
「それは無謀というのですよ!?」
俺の脳内で彼女が爽快なまでの全力疾走から思いっきり外に飛び出すシーンが思い浮かんだ。
もしかしたら時間でも駆け抜ける力を持っているのかもしれない。
何と言う決定の早さ。
頭が良いのか悪いのか分からない。
過去にこういう人を一人見たことがあるがかなり特殊なタイプだ。
「それでそれでっお二人はコレからお出かけですかっ!?」
とっても期待していますと言う目が俺たちを見ている。
「そそ。これから城下町に出るんだ」
「わたくしも行きたいですっ!」
はいはーいっと元気にブンブン手を振るお姫様。
「ダメです。というか先ほどお父様にダメだと言われたばかりではありませんか」
「お父様などこの際関係有りません!!」
かわいそうなおっちゃん……。
グッと拳を握って叫ぶ彼女を見て俺はそう思ってしまった。
「規律で縛り付けられるのは今日までなのです!
 どうせ破ってしまった規律はもう破れっぱなしなのです!
 危険問題はシキガミ様がいれば問題ないのです!
 わたくしはお姉様と姉妹として遊びたいのです!
 というか遊んでください!」
一気にそうまくし立てて頭を下げた。
「……そっかー。じゃぁいいんじゃない?
 いこうぜ?」
「コウキっ!? 本気ですかっ?」
ファーナが俺の手を掴んで見上げる。
そんなに大事なのかなぁ……。
「だって行きたいんだろ? ファーナだって行くじゃん?」
「それは――……そうですが」
ファーナも一応王女の身だ。
それでも彼女は城下に降りたし歩き回っていた。
まぁ仕方無い理由が有るにしても、町を自由に歩いてみたいという願望はあっただろう。
「行きたいです! わたくしはまだ城下に私用で降りた事がありませんしっ」
両手を合わせて眩しいほどの笑みを見せる。
どうする〜とファーナに視線を向けた。
するとアイリスもファーナを見て笑う。
「あっ、えっその判断はわたくしがするのですかっ」
「だって渋ってるのはファーナだけだもん」
「うぅ……わたくしはコウキがアイリスを連れ出した罪でまた牢獄に入れられると今度は助けようが無いのですが」
「げっそれがあったか」
あそこは嫌だ。
血反吐臭いしなんか番人の人もやる気無いし。
新入りかとか言ってゲヘゲヘ笑うおっさんいるし。
「シキガミ様……」
そこでなんでこううるうるした目で俺を見るかな。
掴まるの覚悟で出るか……?
いや、でも掴まると色々ややこしいし……。
旅に出る度に仮釈放とか嫌だぞ俺。
ファーナとアイリスを交互に見て考える。
むぅ。
「コウキっ」
「シキガミ様〜」
むぅぅ。
どーすっかなーと視線をさらに泳がせた。
「あっ」
ヴァンと目が合った。
さらにシルヴィアも覗いているようだ。
「あっはっはっはっはっはっ!」

俺は思わず笑ってスキップしながら二人のところへと向かった。
逃げても無駄だ。
俺は鬼ごっこだけは負けたことが無いんだぜ?

























「――ほぅ。珍しいなシン原石とは……。
 どうしたんだこれは?」
バラム爺さんはゴツゴツとした逞しい手で少し大きめの原石を持ってグルグルと見回していた。
「拾ったの〜……よね?」
シルヴィアが改めて俺を見て聞いた。
「そそ。ファーナが滝の裏で拾ってきたんだってさ」
「拾った? ……普通こんなもんその辺に落ちてる訳が無いじゃろ……まぁ拾ったんなら運のよさに感謝だな」
「ま、そゆこと。どっか加工してくれるとこ紹介してよー」
シルヴィアが親しげにそう話す。
爺さんはふむ、と一言言って、何か紙を一枚取り出すとサラサラと書き始めた。
「――ほれ、こいつを2番街のストレイの店まで持って行け」
「二番街?」
シルヴィアが首を傾げた。
頭の上で纏められてワッカになっている髪が揺れた。
アレ見てるとなんだか平和な気分になれるのはなんでだろうな。
「そう。ワシが最も信じる武器屋じゃのぅ」
「そっかっ! なら大丈夫だっ」
「アンタもお人好しねー。まぁいいか。アリガトねバラム爺っ。また寄るわー」
シルヴィアは足早に店を出る。
「……アキ殿はあんな性格だったか?」
首を傾げながらボソッと俺にそう聞いてくるバラム爺さん。
まぁ気持ちは分かる。
「いや、あの人はシルヴィアだよ」
「シルヴィア!? 死んだんじゃなかったのかっ!?」
エルフ系の竜人じゃったかっとか言って色々と思考をめぐらせているようだ。
「ま、まぁアレがシルヴィアというなら納得できるが……」
「いや、訳あってアキの性格だけシルヴィアなんだよ」
「訳とは?」
「……アキは死んだんだよ。剣聖と戦って」
「何っ剣聖――!?」
「そう。それで頑張って蘇生させようとしたんだけど……無理だった」
「――……そう、か。すまんな」
「いいよ。それじゃ、またよろしくっ」
「あぁ……こっちこそじゃな」
俺は振り返らずに店を出た。

あの子が居ないのは、異常。
あの人が居るのも、異常――。





「遅いぞーコウキ」
そう言いながら店の外に立っていたシルヴィアは手の上で何かをサラサラと書いている。
さっきの紙ではなく今度は封筒のようだが。
「何やってんの?」
「んーコレは予防線かな〜。
 逃げられると嫌だもんねー」
「それ何か効果があるの?」
俺はその封筒を見たが何の変哲も無いただの封筒だ。
もう封筒すぎる。
「んっふっふ。コレはねコウキ、竜士団封書というのだよ〜」
できたーと封筒に先ほどの紹介状を入れて掲げる。
「竜士団封書ってなんすか」
「コレはねっ竜士団がバックについてるから逃げんなクソ野郎っていう封書なんだよーっ!」
「うわっそいつぁすげぇや!」
とっても分かりやすいけど笑顔で言われると更に怖いね!

シルヴィアさんの性格については笑い話程度にチョットだけ聞いたことがあるが――。
別に普通に会話が成り立たないわけでもない。
喋り方もアキに似ているような気もする。
だが、彼女はどんな汚い言葉でも容赦なく使う。
特に戦闘前や戦闘後等の興奮状態になると更に激しく人を罵倒する。
同じ女性に対してはそこまで使わないものの、男性の場合は容赦ない。

容姿はアキと変わりない。
今だって赤茶の長い髪を頭のてっぺんでワッカ状に束ねて括っている休日スタイル。
ただしそれは本人がやったんじゃなくてファーナがやったんだけど。
本人は不器用なんでできないだってさ。
パステルレッドの服に腰にコルセットを、肩に白い羽織をつけている。
指が出る法護印の入った黒い手袋をはめ、銀色の縁のある白いブーツを履いていた。
マントのようなヒラヒラする物は邪魔なのでキライ。
色物は良くわからないがあまり好きじゃない。
と、言うのが今の俺の知りうる情報だ。

「まぁ要するに約束破りやがったら竜士団権限で店を潰せばいいんだ」
「野蛮だなぁ」
「うっさい。これがアタシ流! 殆ど逆らう奴も居ないしっ!
 要は真面目に仕事すりゃアタシらだって怒ることないんだしさっ!」
「まぁ……ある種ヤクザが店にやってきた的な脅迫だよな」
真面目にやってりゃ彼らも怒る事は無いんだよ……。
まぁ世界随一の戦争屋が武器屋に来ればみんな必死にやるだろうな。
その封筒は竜士団副団長シルヴィア・オルナイツと書かれたサインに、判子? のような印が淡く光っている。
「その光ってるのは?」
「コレが証拠印なのよ。竜士団にしか教えられない秘密の印っ凄いでしょー」
「いいなぁ……」
判子忘れるっていう概念が無さそうで。
持ち歩くの面倒そうだよね判子って。
落としたら大変だし。

「あっっ! シキガミ様! 終わりましたかっ!」
少し離れたカフェからそんな声が聞こえた。
見るとアイリスが元気に手を振っている。
「あの子ホントアリーにそっくりね〜外見だけ。
 中身がウィンドに汚染されてるけど」
汚染って何か病気みたいでかわいそうだ。
「せめて遺伝と言ってあげてよ」
「アホ遺伝子が組み込まれてるのねぇ」
「歯に衣着せようよ!」
確かにそうなんだけどね!
もう今日は何度もハプニングを起こしてるし。
城中を騒がせわ、飛び降りるわ。
すでにハプニング大賞は彼女の物だ。
掴んで放さない絶対の地位って感じだ。


盗み見っていうか、たまたま俺達を遠巻きに見ていた二人を捕まえて俺達は城を出た。
ていうか、シルヴィアが王様脅して王女を連れ出した。
そんな感じ。
護衛として俺とヴァンとシルヴィアさんがついている。
まぁ変装というか代りにシルヴィアさんの服を着ているので一応街に溶け込んではいる。
……と思えば大丈夫だ。
実際は浮きまくっている。
だって今ファーナとヴァンとアイリスの3人でお茶をしてて何処の貴族様だといわんばかりに視線が当てられている。
近付き難いのかやっぱり周りのテーブルには誰も居ない。
麗人3人が座るとカフェも綺麗に見えるな。
「コウキ、何故柱の影から半分だけこちらを見ているのですか」
「いやぁ。俺的にはもうなんか盗み見るぐらいでいいんじゃないかと」
「何がですか?」
ファーナがはてなと首を傾げる。
それに習ってかアイリスも同じく笑顔で首を傾げた。
ああ、この姉妹絶対面白いよ。
「お姉様っ大変ですっ! ケーキです!」
「ケーキは大変ではありませんがどうしましたか」
彼女には大変な事態らしい。
メニューを片手にそのメニューとファーナの間で視線を忙しなく動かしている。
「ケーキが! 沢山あります! どうしましょう!?」
「頼めば良いではありませんか……」
「すみません! ここから此処まで!!」
豪快だ。
「そういう注文はどうかと……」
「平気です! わたくし、どれだけ食べても太りませんっ!
 むしろ成長しますっ」
「何故でしょう貴女がとても羨ましいような憎らしいようなっ」
姉妹なのにっ噛み殺すような声が聞こえた……。
ファーナは、アイリスより身長とかが無い。
真面目に悔しがっているファーナをシルヴィアがよしよしと撫でている。
「シルヴィア……というかっ慰めになってないですぅっ」
椅子に座った状態で見上げて、胸しか見えない事態に彼女は神経を逆撫でされたようだった。
そういえば牛乳飲むと身長伸びるよーと言った次の日から毎日牛乳飲んでるみたいだけど。
目に見える成長は見えないなぁ……。

そういえばウチの姉ちゃんも牛乳をよく飲んでいた。
毎朝と風呂上りにコップ一杯。
彼女のこだわりだからどうこうも言わないし小さな心がけは大事にしたい。
俺も牛乳は切らさないように買ってきていた。
まぁしかしあの牛乳は彼女に身長をもたらさなかったな。
低脂肪だったのがだめだったのか?
いや、でもちゃんと胸にはついてたぞ。
胸にしか行ってないって言ったら半べそで襲い掛かってきたが。

ふむ、ファーナの胸を見ても何ていうかドンマイの一言に尽きる。
あっやべっ。目が合った。
「……人間、体型が全てじゃないぞ?」
「――っち、違うのですっわわ、わたくしはただ――っ」
わたわたと弁解を始めるファーナ。
可愛くていいなぁ。
と俺は思うんだけど。
そんな真面目な見解を言っても俺が恥ずかしい子になるだけなので言わないで置こう。

「お姉様っ!」
「アイリス……」
「大丈夫ですっわたくしより身長も胸もありませんがお姉様は可愛いですっ!」
「い、妹に……慰め……いえ、貶されてませんか…………」
ファーナが真剣に落ち込んだ。
フォローすべきか……っ!?
あっヴァンがフォローのカンペ持ってるし。

「『大丈夫だファーナ! 俺はむしろそれがいい!!』って何いわせてんだチクショー!!!」

「そうですかコウキはリージェ様にはそのままで居てもらいたいらしいですよ」
素早くカンペを隠してくいっと眼鏡を上げる。
ヴァンの嫌がらせがグレードアップしてるぅぅっ!
「えっあっうっあの、はいっそれなら、頑張りますっっ」
顔を真っ赤にしてコクコクと頷くファーナ。
「えーコウキって幼児体型趣味?」
シルヴィアがニヤニヤ笑いながら数歩引いた。
誰か俺に弁解の余地を――!!
「なるほど! シキガミ様は控えめな体型がお好きなのですねっ!
 ああ、でもわたくしはもう体型を小さくする事ができませんっ残念ですっ」
アイリスは自分の胸に手をあてて残念がっている。
「だから違うぅぅ! ルー! 俺を空間圧縮で殺してえええええ!!」
「カ、カゥゥゥっ」
プルプルと長い耳を振ってルーメンは拒否する。

カフェの端でブルブル震えながら誤解が解けるのを待つことにした。
ルーメンの鼻をプニプニ押しながら。


程なくして、ファーナにテーブルに連れ戻された。


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