第71話『遊びましょう!』



問題が起きるなんて分かり切っていたじゃないか。
そう。
城で一番快活で、遊び盛り。
度胸と行動力は人一倍あって見事なまでに人に迷惑をかけた。
だが迷惑が掛かるというのは城にいるからであって主に環境が彼女の器に入り切らないだけだった。
どうしてこうなったのか。
みんなの不注意?
職務怠慢?
違う。そういうのじゃない。
俺達は一緒に遊ぶのがシゴト。
ぶっちゃけ護衛なんてついで。
とりあえず今言わないといけない言葉が一つある。

「どこいったアイリスーーーーーー!!!」


さっきお昼を食べて庶民料理に感動していたのに。
そもそも案内を頼んでおいてはぐれるってどーゆーことだ。
気付いたら俺達旅立ちメンバーだけだもんな。
あんまり放って置かれると旅立ちするぞチクショウ。
「仕方ありません。ひとまず戻りながら捜しましょう」
ヴァンが言って周りに注意しながら歩き出した。


ヴァンツェ・クライオンはクォーターエルフを自称するエルフだ。
つか他の血の割合の方が大きいじゃないか。
今までエルフってとこだけに感動してて突っ込まなかったけど。
束ねられた銀の髪がツヤツヤ光って翻った。
ブルーの切れ目は俺の知ってる外国人のカッコいいのお手本みたいな感じ。
尖った耳が髪の間から出ていて見た目はエルフとしか言い様が無い。
今度聞いてみよう。
性格はなんだか前より捻くれた感じがするのだが……
い、いや、こう考えるだけでも恐ろしい……。


「全く……ものの数軒ではぐれてしまうとは思いもよりませんでした」
ファーナが腰に手を当てて言った。
会った当初より少し長くなった金色の髪が風に靡いた。
前は肩に触れる程度だった髪が肩の少し背中に掛かるぐらいまで伸びていた。
羽根の髪飾りは大事に使っていて、風に吹かれてフワフワ揺れる。
丁度美人と可愛いの中間を打ち抜くバランスのいい顔で、真っ赤な瞳が映える。
パッと見強気な感じで王女ということもあって威圧を感じたりもするのだが、
一緒に居てみると実はとっても恥ずかしがりやだったり、世間知らずだったりして面白いのだ。
神子としての実績というか、小箱の収集は割と順調と言ったところ。
前、四法さんとかに聞いた限り集めている数は一緒。
焦る事は無いのだが……。何もしない時間が長いのは迂闊な事だと思う。


「ほら〜しっかりしなよコウキ」
バシッと俺の背中を叩く。
すっかり逞しくなってしまったお姉さん。
赤茶の長い髪を頭の上でワッカになるように束ねてポヨポヨと揺れている。
以前はもう少し優しい目をしていたのだが今は自信に溢れたワイルドな感じだ。
身体はアキ、頭脳はシルヴィア。
その名はシルヴィア・オルナイツ。
生前、トラヴクラハ竜士団副団長の肩書きを持った竜士団のナンバー2。
実力は――凄い。
彼女自身の戦闘スタイルは似ているものがあるが実際の実力が桁違いだ。
彼女が駆けた時代はあの強さが無ければ生きられなかった。
むしろ体がついて行かないと、今の状態に不満を漏らすぐらいだ。
この人はどれだけ強かったのか……。
まぁこうやって居る分には頼りになるお姉さん。
アキが目指してたぶんの“お姉さん”は出来てると思う。


「ふぅ……ルー。とりあえずなんかモシャモシャしてやる」
「カゥゥゥウゥゥゥ?」
何で今なんです〜といいつつ気持ち良さそうに大人しくしてるルーメン。
そして我等がマスコット金色毛並みのカーバンクル。
フワフワサラサラモフモフしてるぞ。
空間を操る能力を持っててとってもいいリュック……じゃない仲間だぞっ。
「あっずるいですっわたくしも触りたいですっ」
「いいよなこの首周り」
「ですよね。お腹のところも気持ちいいです」
「クゥ」


まぁそんな3人と、変わらない俺。
4人と1匹で挑む――
…………
えと、箱の数?
嫌だなぁ忘れてないよ?
今…………
…………
に…………
ご…………な……いや。
…………ろ、6個目だろ?
冷や汗じゃねぇよ。
熱いんだって。
マジマジ。
そんな――思い返せばあっという間の四分の一。
壱神幸輝の珍道中。
今日は王女とお出かけなんだが――。

早速王女が失踪しました。

「アイリスー?」
ファーナが呼んでも出てこない。
「アイリス様?」
ヴァンが呼んでも効果はない。
「アリスー!? 出てこないとしばくよー?」
ビクッと揺れたのが俺の目の端に映る樽。
アリスって言うのはシルヴィアがつけた愛称。
割とハマってていいと思うね。迷子になる辺りもう。

「シキガミ様っ」
不意に呼ばれた。
空き樽の中からひょっこり顔を出しているアイリス王女。
正王女と呼ばれるファーネリアの妹だ。
――将来、この国を担う立場にある。

彼女が正王女の理由は……ファーネリアに命の保障が無いからである。

そう言われた。

冒険する上で。

……ファーナが神子と分かったときに、


王女である資格を失ったのだ。


それでも彼女はこの国を守っていく決心をした。
王様や王妃様を呪うことなく――この国を想い続けている。
意味が無いかもしれない努力を続ける。
発展を喜ぶ。交流を深める。
彼女がどんな世界を見ているのか良く分からないが――。

その想いだけは確かに俺達の脳に焼き付いている。



……
「……何やってるの」
俺はアイリスに呼びかけた。

「はいっ! この樽に隠れてみたかったのですっ」

揚々と答える彼女。
ニコニコと笑顔で俺を見る数秒が経過した。
「……それだけ?」
「樽に入るのにそれ以上の理由が必要でしょうか?」
蓋を頭に乗せた状態で上目遣いに俺を見る。
「いや……要らないかな……うん」
確かに理由は無くたって行動してしまえばその結果が理由になってしまう。
「こんなに大きな樽初めて入りましたっ」
「もう樽に入る経験はしてるんだね……」
「はいっ! 勢い余ってミランの町まで搬送されましたっ!」
「何やってたのっ! っていうか出ようよっ」
「シキガミ様も入りませんか? この樽の中は涼しいですよ」
「えっマジで?」
「あ、でも二人で入るには少し狭いかもしれません」
――この樽は後に王女ホイホイと呼ばれる樽になる――……ごめん、嘘だ。




「――で、コウキ」
……分かっていたとは言え、この体たらくはどうなんだ。
ニヤニヤしている後ろの二人は置いといて樽の前に仁王立ちするファーナが仁王立ちしている。
どうやら理由を求められているようだ。

「シキガミ様と一緒に入ってみたかったのですっ」
「ほぅ……?」
で、コウキは? とファーナが目を光らせて俺を見ている。

「なんかー……夫婦喧嘩ねこれ?」
「浮気が見つかるとこうなるという体現ですね」
シルヴィアとヴァンがクスクスと小声で何か言っているが俺は今それどころじゃない。

「えと、ほらっなんかデジャヴュだけど
 二人だったし時間が立つのを忘れてつい話してて……」
「暗くて、いつ人が来るのか分からなくて凄くドキドキしましたっ」
「ごめんなさいっ」
「なさいっ!」
二人で頭を下げるとパコンッと樽の蓋が閉まる。
「シキガミ様がお姉様を呼んでしまうから怒られてしまうのですよ」
「ええい。誘ったのはそっちだろっ上に乗ってきたりするしっ」
「それはシキガミ様が了承を下さらないので強行手段に訴えてみただけです」
樽の中でまだ俺とアイリスのやり取りが続く。

「あの……な、何もしてないのですよね?」
「言葉おかしいけど何もして無いのですよ?」


「――確かに一度こんな事があった気がしますね……
 頭を上げてくださいお二人とも」
パコンッと再び俺達は樽の蓋を頭に立ち上がった。
「ほんッッとに何もしてません……よね?」
「だから隠れてただけだって〜」
「毎度の事なのですが……あまり勢いに任せた行動は慎んでください。
 …………不安になるわたくしの身にもなってください……」
半分くらい声が小さくて聞き取れなかった。
「ん?」
「と、とにかくっ早くそんな所から出てきてください」
俺達はその言葉に返事をしてもそもそ樽を出た。

「素直になれぬ恋心ってかっ〜恋してる!」
「ええ。まだこの関係が残っていてくれて私は感無量ですね」

少し遠くで空に拳を振るうシルヴィアと胸に手を当てて目を閉じるヴァンが見えた。
何やってるんだあの二人は……?











とりあえず街を歩いてみる。
一応アイリスのしたいことを聞いてみたが何が出来るのかを聞かれてしまった。
つまり、できる事を探している状態だ。
基本は食べ歩くかこうやって話しながら散歩。
ボーリングとかカラオケとか無いもんなぁ。
乗馬や釣りも遊びになるんだろうけど、乗馬なんて俺ができねぇし釣りは今からじゃちょっとなぁ。
俺は適当にあたりを見回しながらそんなことを考えていた。
何故か俺が先頭で王女二人が後ろをトコトコ付いてきている。
ヴァンとシルヴィアは更にその後ろで昔話に花咲かせているようだ。
「所で、樽の中で何か話していたと聞きましたが一体何を話していたのでしょう?」
ファーナが首を傾げる。
「旅に付いて来たいって言うからダメって言ってた」
つか、あたりまえだ。
王女様なんて連れて歩けるかっ。
はっ! 連れて歩いてたっ!
「是非行きたいですっ! お姉様っ」
「……ダメです。というか、貴女は王女の身でしょう。
 観光とは違うのです。護衛も付きませんし……理不尽も多いです」
「それを言えばお姉様だって王女の身ではありませんかっ。
 確かに戦う力としては不足しているかもしれませんが……
 それにお城だと理不尽は毎日ですっ」
姉妹が向き合って対峙した。
外見で言えば背の小さいファーナが妹のように見える。
しかし喋ってみればしっかりと姉妹として上下が別れていてアイリスは姉を敬っている。
「戦う力として不足しているだけで十分足手まといなのです。
 ……その事はわたくしが身をもって体験いたしました。
 死が常に身近にあるのです」
真面目だなぁと俺はその答えを聞いて思った。
でも外が危険なのは良く分かる。
俺だってなんとか生きていたに過ぎないんだから。
どんなに強くたって、結局自分より強い者の標的になってしまえば死んでしまうのは同じ。
俺達はただ、運が良かっただけ。

「――そだなぁ。じゃぁ服買いに行く? 動きやすい奴」
俺は提案して皆を振り返った。
「本当ですかっ」
アイリスが嬉しそうに小さく跳ねた。
「えっ……ですがコウキっアイリスを旅に連れて行くわけにはいきませんっ」
それは確かにそうだ。
彼女を守りきる自身なんて全く無いのだ。
「でもさ――。シルヴィアの服を着てるよりは、気兼ねなく遊べると思うよ?」
俺が考えた理由はただそれだけ。そんな先じゃない、今の事。
ここいらで姉妹睦ましく買い物ってのも楽しいだろうし。
ショッピングも遊びの一つだと思うんだ。
「――んと……それも……そう、ですね」
優しい微笑を湛えてファーナが言った。
そんなファーナを早速掴んでアイリスが歩き出す。
「え? そんな服ぐらっむぐ……!?」
「それは名案ですね。では三番街に行きましょう。その方が種類が豊富です」
ヴァンがシルヴィアの言葉を遮って言う。
すぐに「放せクソエルフ!」と罵声を放って服でゴシゴシとやっていたが。
モチロン、喧嘩に発展した事は言うまでも無い。




「でも、何で女の子ってこんなに長い事買い物できるんだろ?」
俺ならそこにあるバーゲン品でいい。ほら半額だぜ?
それに女の人の服って高いよな。
姉ちゃんに延々と愚痴られたよ。
まぁでもいい格好しとけばモテるらしいからしとけって俺が言ったんだけど。
「それぞれの拘りがあるのと他人から見た自分を確認できる機会だからでしょう。
 そうする事で自分の選択肢を増やし、美感を養うのです」
そうやって迷う幅を広めるのか……。
強ち間違って無さそうだ。
「一番意外なのはあの二人に溶け込んでるシルヴィアなんだけど」
「彼女も女性ですし、年頃の娘のはずですよ」
アキなら納得できるんだけど……。
「シキガミ様っヴァン先生っ!」
「ん〜?」
「おや」

ちなみにヴァンはアイリスに地理や文学を教えているらしい。
だから先生って呼ばれてる。
役割的にはピッタリだし全然違和感無いなぁと思った。

「見てくだっ……! あっやっぱり恥ずかしいですっ!」
「何? どんな服さ?」
俺とヴァンは女性用服売り場を突っ切って試着室前に来る。
まぁ俺たちがあんまり近づける雰囲気でもなかったので少しはなれて男物を見ていた。
カッコいいやつって高いんだよなぁ。
「わ、笑わないで下さいね?」
カーテンから顔を出してモジモジとそう言った。
「笑う時は笑うけど、どうなのさ?」
「うぅ……いえ、その、服は可愛いのですが今恥ずかしさに気付きました……」
なんか妙に恥ずかしそうに顔を赤くしている。
別に無理に見せなくていいんだぞーと言おうとした時、先に
「いけアリス! 女は度胸っ!」
グッと拳を握ってゴーサインを出すお姉さん。

「は、はいっ! こんなのですっっ」

シャァッと勢い良くカーテンが滑る。

肌出すぎッ!
ビキニに腰布、更にその上からヒラヒラと透けた生地が煽情的だ。
俺とヴァンが反射的に上から下まできっちり確認する。
室内生活が主なため、彼女は白い肌をしている。
でも彼女は活発に動くらしいしスタイルも良いので適度に引き締められた身体が際立つ。
あんまり堂々と立っていられないのかモジモジするのが逆に頭に血を上らせる。
「お、踊り子さんの服らしいですよ?」
マジ踊り子を名乗ってもばれないだろう……。
なんか横でクスクス笑ってる声が聞こえるが目が離せやしない。
「い、いぃ……いててててててて」
「何にそんなに鼻の下を伸ばしていらっしゃるのですか?」
ニコニコニコと笑顔だけは絶やさずに俺とヴァンの耳を引っ張るファーナ。
「ふ、ふふふ……一度爆廉恥まで行った俺の廉恥度はぃててててすみませんすみません」
言っているのは俺だけでヴァンは無表情に目を瞑った。
口は災いの元とはよく言うよ……。
「……コウキ情けないな〜」
シルヴィアが呆れながら俺を見る。
こんな俺でもシキガミ。
世の中間違ってるよな。
「あ、あのっやっぱり着替えますっ」
ワタワタと試着室に戻り、カーテンをシャーっとひいた。
「アイリス。よろしければこちらも試着してみませんか?」
「あっはいっわかりましたっ」
カーテンの隙間から手が伸びてきてその手に服を手渡す。
「それはファーナが選んだやつ?」
聞くとファーナがコクリと頷く。
「はい。似合えばいいのですが……」
「お、お姉様が直々にっ!? コレは着こなさないわけにはいきません……っ」
カーテンの向こうで何やら気合の入った着替えの声が聞こえる。
「……別に似合わなくても選びなおせば良いのですが……」
「いいえッお姉様の手をそう何度も煩わせる訳にはいきませんッ

 ってコレメイド服じゃないですかぁッ!?」

シャァッとカーテンが開かれたその室内には意外とノリノリで着こなしたメイド服姿のアイリス。
藍色の布を地にして白いフリル付きのエプロンのワンピース。
カチューシャまできっちりつけている。
「えっ? あ、あれ? オカシイですね」
「えっ!? 着こなせていませんかッ!!? ショックですっ」
頬に手をあててふにゃふにゃと座り込むアイリス。
「いえ、おかしいのはそこではなくて……
 わたくしが渡したのはそのような服ではないのですが……」
んん? と真剣に首を捻るファーナ。
それにあわせてアイリスも座ったまま同じ方向に首を傾けた。
「ただお姉様に渡された物をそのまま着ただけなのですが……?」
「何故一瞬にしてすり替わったのでしょう?」
「もしかしてお姉様の手の上で進化したのかもしれません」
「いえ、取る服を間違えただけでしょう」
「ですがもしかしたらコレが噂のモンスター化という……!」
「いえ。モンスター化するのは人の手に触れられない物ですから。
 というか、別の服になってますから」
「うぅ〜折角モンスターさんに会えると思いましたのに……」
妄想論と一般論が交錯する。
飽きないな……。
俺は一番外側から見ていた部外者なのですぐに気付いたけど。

「……なんでそんな端っこで含み笑いを堪えてるんだシルヴィア?」
「ぷはっ! バレたっ!」
「バレたじゃないよ。ていうか俺には見えたよ」
なんていか無駄すぎるよ自分の能力の使い方が。
俺も人のことは言えないけどね。
「く……!」
「その後ろに隠してるのがファーナの渡した服だなっ」
「ちぇ〜アリーの時は誰にもばれなかったのに……」
そう言って後ろからファーナが持ってきた服を出す。
「アリーの時は着替える時にTバックとすり替えたりっ
 ピチピチの服とか着せて遊べたのに〜っ」
ファーナとアイリスが心なしかシルヴィアから距離を取った。
身の危険を感じたらしい。
アイリスに服を着せて遊んでいたのは主にこの人だしな……。
どうやら服探しはまだ難航するようだった。








「シキガミ様っ次はあそこに行って見たいですっ!
 噂の2番街に美味しいカフェがああっ! あれやってみたいです!」
「アレって?」
俺はクルクルキャーキャー動き回るアイリスに振り回されながら二番街にやってきていた。
大通りは一貫していて屋台で賑わっており食品も生活用品も全て此処で売られている。
今そこで買ったアイスを食べ歩きしつつ、休憩できるカフェに向かっていた。
食べ歩きは行儀が悪いとファーナは頑なに拒むがアイリスは俺を見真似てこの常識を受け入れた。
「ダーツですね」
ヴァンが珍しいとその屋台を見た。
確かにこの商人の群れの中に的屋は珍しい。
「だーつってなんですかっ!?」
「ダーツと言うのは小さな矢のことです。
 ゲームとしては手の平程度の矢を的に当てるゲームです。
 ルールは様々ですが、的に得点がついているのでその得点を利用する場合が多いです」
ヴァンの説明にコクコクと頷いているアイリス。
というか大通りから外れる横道一杯にその的屋っぽい屋台は広がっている。
「ってかなんで的屋が今あるんだろ?」
「武術大会が近いからでしょうね」
ああ、武術大会。
そういえばそんなのも聞いたことがある。
アキが優勝したと噂の。
「武術大会? そんなのやってるの?」
当の本人の形をしている別人が首を傾げた。
「ああ、そういえば前回の優勝者でした」
「……ああああっっ!」
今思い出したのかアイリスがシルヴィアを指差して大声を上げる。
「アキ・リーテライヌさんですねっ! 本物です!
 お父様に近衛兵へと誘われたのに断ったといわれる伝説の人ですっ」
アイリスが目を輝かせてシルヴィアを見ている。
違うんだけどその大会なら優勝できてしまいそうだ。
「ウィンドに? そりゃ断るわね。戦争するなら来るけど」
ハンッと鼻息をついて両手の平を上にして見せた。
全っっ力で王様を嘗めてかかっているようだ。
「アイリス様かリージェ様が主な護衛対象だったのですがね」
ヴァンが後ろから聞こえる小声で呟く。
「……こ、断ったっ!」
一瞬悩んで腰に手を当てて言い放つ。
「今なら、お母様とルーちゃんもつけますっ!」
「カゥ!」
何か安売りしている通販番組みたいな売り文句だ。
ていうか王妃様とルーを一緒にオマケ扱いするのか。やるなアイリス。

「……く……!」

シルヴィア迷ってるし……。
「……持ち帰りで!」
「それは無理でしょう……」
ヴァンが眼鏡を上げながら溜息を付く。
「アタシは戦争屋だから宮仕えなんて無理だってクソーッ!」
ヴァンを掴んでバサバサ振っているが彼は顔色を変えず、
「その性格じゃ絶対に無理ですね」
なんて言う。
「アンタはァ! 自分は官職もらって揚々と生きてたからって調子乗ってんじゃないっつの!」
それに対してはヤレヤレと言って不敵に笑うだけで大人しく揺さぶられていた。
確かに退屈がキライそうだし……元々移動系の人だし。
留まってるのは性に会わないんだろうなぁ。

「ではシキガミ様っこの辺りを少し巡ってみましょうっ」
「わかった、お?」
アイリスに腕を引かれて連れて行かれる。
そういえば的屋には良くお世話になった。
祭りのバイトで。
ああ、こうやって引っ張りまわされると無料券持って引っ張りまわす姉ちゃんを思い出す。
一番良い景品のあるお店で全部使うのだ。
……当たった事無いけどな。




「……」
『ジェ・ラ・シ・ィ・ビ・ィ・ム♪』
「っっ!?」
真後ろから声が聞こえて振り返る。
シルヴィアとヴァンツェが口元を押さえて背中合わせに立っていた。
「コウキ取られて寂しそうね〜っていうかジェラシィ?」
「いえいえ。コウキを取られて不機嫌なのですよジェラシィ?」
「じぇ、ジェラシィジェラシィ言わないで下さいっっ。
 別に機嫌を取り乱してなど居ませんっっ」
そう、別に取り乱してなんか居ない。
あの二人を見るたびに強く握られている手とか、胸が締め付けられる感覚とか、
何となく今ならそこら辺の主婦の浮気話でも聞いてしまえば泣けてしまうぐらい緩い涙腺とか、
それは異常ではない変動。
よくあることだ。
なんだか胸が熱い。
良く分からないけど、それをどう発散していいのか迷ってしまう。
きっと吐き出す方法も自分は分かっているのだろうけどそれはできないことだった。
「……今日だけでも、辛いですか」
ヴァンツェが小声でそう聞いてきたけれど、応える事は出来ずに視線を漂わせた。
二人に視線を戻すと、もっと迷いが広がる。
今日だけなのだ。
アイリスが王女ではなく一般人としてここにいられるのも、
妹として此処にいられるのも、女の子としてここにいられるのもたった一日。
同じ狭い世界で生きてきたわたくしには分かる。
それがどういう大切な意味を持っているのか。

どれだけ尊い時間なのか。

城での勉強や稽古はその世界で必要な物。
疎かにするようではいけない。
でも私達はまだ子供なのに。
何故こんなにも準備に追われてしまうのだろう。
人の上に立つと決められた者の辛さ。
私には分かってしまうから――。





考えていても仕方無い。
ヤキモチなんか焼いても結局今日はアイリスに付かなきゃいけないのだ。
出来るだけ私も二人に付いている努力をしよう。

「なんでしょうあの揚げ物はっあっポテトですっ手が汚れるのであまり食べた事ありませんっ
 あっハンバーグもありますけど小さなクジもついてますっあれっラシカージュもありますっ
 あの食べ応えのある食感がとってもいいですっえっ違うんですかっもっと柔らかいんですね
 そんなたべたかもあるのですかとっても素敵ですっあ何でしょうあの……」
「息継ぎ! アイリス息継ぎ!!」
「すぅぅぅぅぅっっ
 あの! 面白そうな物はっ! 浮いてる光球を斬るのですかっ! アクティブですっシキガ
 ミ様ならすぐにできるのでしょうねっあっちは何をしているのでしょうか、アレは何かカー
 ドですかっ占い? 相性占いとか楽しそうですね! 胡散臭いですか? そうなのですか?
 あっ失礼しましたっ営業妨害ですねっあ、あそこでシルヴィアさんが跳んでますよっ凄い高
 さですっというかなんであんなに高く飛べるんでしょう……ぁっ」
「アイリス。アイリス〜?
 ファーナ〜酸欠起こしたよ」
どうしよう? と苦笑いで彼女を抱えて首を傾げるコウキ。
「……暫く寝かせておきましょう……」
本当に忙しい子ですね……。
「で、シルヴィアは何を?」
「ああ、ダーツやってるよ。飛びながら投げてる。意外と的は外れるみたい」
「……目だってどうする気なのでしょうね?」
「さぁ。というか、シルヴィアなら飛びながらでも当てれそうだなって言ってみただけなんだけどなぁ」
「……もしかしてけしかけたのはコウキですか」
「やっちゃったっ! てへっ」
「至急止めさせてください」
コウキは歯を見せて笑うとシルヴィアに振り返って叫ぶ。
「シルヴィア〜! もう無理だからやめろってっ」
――だからそういう言い方をしてしまうと……
「うっさい! できるっ!! ア〜ウ〜フェ〜ロ〜ォォ――!」
やっぱり……!
腕を大きく振りかぶって狙いを定めている。
「それは最早ダーツではないですっヴァンツェ彼女を止めてくださいっ」
「承知しました。ですがこの件は私よりルーメンの方が優秀ですね。いけますか?」
「カゥッ!」
ルーメンの額に赤い光が迸る。
民衆の目は上に釘付けで見えていない。

――キィィィィンッッ!!!

「うわぁぁああっ!? 浮いたっ!? なんじゃこりゃ! 出せーーーー!!」
「ほう。素晴らしい。さすがですねルーメン」
ルーメンの術に感心して、ヴァンツェが一度手を叩いた。
術に関して初めから褒めているのを見るのは稀だ。
「テメェかヴァンツェーーー! 下ろせーーーー! クソジジィーーーーー!」
「……貴女には一度本気で礼儀を叩き込まないといけないみたいですね。ルーメン降ろして下さい」
シルヴィアがヴァンツェに食って掛かる。
ヴァンツェも額に青筋を浮かばせて迎撃体勢。
「ク、クゥ……?」
ルーメンが首を傾げつつどうしようか迷っている。
人々の目は私達を中心にざわざわと集まってくる。
「お祭りですかっっ!」
「あ、おはよアイリス」
アイリスが目覚め、観衆に混じるようにコウキと二人で間の抜けた会話を繰り広げている。
何故そのような暢気な――

「――……あああっっもう!!!」

「い い 加 減 に し て く だ さ い !!!

 全員そこに直りなさい!!!」















「ぷあーーーーーはっはっはっはっは!! 死ぬ! 笑い死ねる!」
「お父様っ笑い事ではありませんっ」
「くひひひっだって公道のど真ん中に全員座らせてそのまま説教してたんだろう?
 間抜けすぎるっ! さすがアリーの娘だっははははっ」
机をバンバン叩いて爆笑するお父様。
一通り騒動は治めて城に帰るとすぐにこの事をお父様に報告に来た。
怒られるのだろうと思っていたが、思いっきり笑われて拍子抜けした。
「酷いですっわたくしだってやりたくてやったわけではありませんっ」
説教が終わって、全員が頭を下げて私に謝ったとき、観衆からものすごい拍手を貰った。
とても恥ずかしい事をしていたのだとそのとき気付いて小さく頭を下げながらそそくさとその場を去った。
「いやいやっファーネリア。お前はいいんだ。正しい事をした。
 あの不良共は明日朝一番で呼び出して私からも言っておこう」
「……はい。お願いします」
何故か納得いかなくてむくれる。
「くくっそう膨れるな。私は嬉しいよ。私ではなくアリーに似てるファーネリアが」
「お母様ですか……?」
「ああ。私も良く道中で叱られた」
「それはご苦労様でした」
「痛み入るな」
お父様がニィっと歯を見せて不敵に笑った。
「何を得意げに仰るのですっ不名誉ですっ」
「ふははっ!
 まぁ予想通りだ。
 なんらかの騒動は起こすだろうと思っていた。
 その歯止め役として大いに貢献したファーネリアが恥ずべき事は無い」
お父様はそう言ってコーヒーを一口飲んだ。
「はい……」
頷いて顔を上げる。
何であんな苦い物が砂糖もミルクも無く飲めるのだろう……。

苦いのか少しだけ顔を顰めたがお父様はすぐに私に向かって笑顔を見せた。
懐かしむように――それは大人の言い分。

「なぁに。いい経験したんだ。
 今しかない時間だ。大いに楽しんでおけばいい。
 私はそう思っているよ――」

――この時間は。もう、戻ってこないのだから。
額面通りの言葉しか解らなくてただコクリと一度頷いた。

こうして私達の長い一日が幕を閉じた。

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