第72話『恋しましょう!』
――次の日も爽快な雨だった。
……昨日コウキがやってしまった影響か、今日はとても清々しい程に土砂降りだった。
こうなれば意地でも家から出たくないと言える絶好の天気。
でもあるのだが……それは本当の理由ではない。
今日の朝食で少し話したのだが、ヴァンツェが今日少しだけ用事があるようで
もう一日わたくしたちはグラネダに留まる事になった。
コウキの腕も少し筋肉痛が残っているようで今日が調整に使えると安心していた。
ヴァンツェに言われている法術の知識の本を何冊か溜めているのでそれを大人しく読んで過そう。
思えば落ち着かない日々を過していた。
それは日常になっていて気付かなかったけれど。
特にアキが居なくなってから――
隙間を埋めるように。
わたくしに空いた心の穴はコウキにも……。
泣いてる暇が無い様に――。
わたくし達は逃げてきたのだろうか。
現実から。真実から。
彼女は、死んだのだと……認めたく、無かった。
自分達の無力は承知の上だった。
人の命を軽んじているわけではなかった。
ただ、奇跡を信じた。
自分の危機が来るぐらいなら乗り越える気だった。
それでも――。
『貴女達は、彼女を超える覚悟で彼女を生き返らせる事が出来ませんでした』
メービィから聞いた一言。
考えてみれば当然。
不幸程度で人の命を貰おうなど浅はかな事だったと気付かされた。
命の代償は命。
しかし、わたくし達は死ぬわけには行かない。
自分達が生きている事が前提に、彼女を生き返らせるしかなかった。
今更考えても後悔しかできないのに……。
ふぅっと息を吐いた。
気を取り直して本を読もう。
私は自分の目の前にある分厚い本の一ページ目をめくった。
ザァザァと降りそそぐ雨。
風も吹いているのかカタカタと窓が音を立てた。
その音が気になってきたのはもう数十ページを読み終えたときだった。
集中力が切れてきたのだろう。
少し休憩をしようと本に栞を挟んで身体を伸ばした。
お茶を淹れよう。
そう思って立ち上がると扉の前まで歩いた。
今日は雨だ。
雨の日はどうしても自分で淹れたお茶を美味しく感じない。
今日は淹れてもらいましょう……。
自分でも分かっているが私は使用人を使わない王女だった。
神殿の住居としてのスペースがあまり広くないという事も有るが侍女があまり入れられない。
私付きの侍女はたった一人。
私はスゥと呼んでいるヒューマンとオークのハーフだ。
何でも出来るスペシャルなメイドと言われているが……私に付けてもらう必要は無いのではといつも思っていた。
それを口にするといつも強気な人なのですが頼られていたいのだと口を尖らせていた事がある。
今は楽しそうに客人のお世話をしているのだろう。無表情に。
……それでしたら邪魔するのは失礼ですね。
自分で淹れに行きましょう。
思ってドアを開けた。
「あ、ファーネリア様」
噂をすれば影。
彼女は私の部屋の扉の横についているランプをつけていた。
雨のせいだろう廊下は少し薄暗くなっていた。
だが、彼女がランプをつけてきた道は明るく照らされている。
「ファーネリア様、どうかなされましたか??」
スカーレット。
名前同じ赤く長い髪が特徴のヴァンツェ同様年齢不詳の女性。
肌は少し浅黒い、ハーフのオークだそうだ。
そのせいか感情の起伏が薄いのだが今は気にならなくなった。
眼鏡をかけたキリリとした美人で気の利く働き者だ。
チョット頑固者で仕事を取られると拗ねる。
とても可愛らしい人なのだ。
「ご苦労様ですスゥ。少しお茶を――」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
彼女は言うとすぐにランプのつけられた道を戻っていった。
……どうやら淹れに行かせてはくれないようだ。
言葉を遮るほど焦らなくてもいいのに。
そう思って彼女の背中に微笑むと部屋に入った。
初めはそういう態度が本当に感情の無いような人に思えて怖かった。
でも違う。それは彼女の真面目さが際立っているだけに過ぎない。
今日のような――土砂降りの、雷が鳴るような日。
昔の話。それは私が神子と分かって、この神殿に来て間もない頃。
思えば彼女はそのときから私と一緒に此処に居た。
毎日、お花の世話と私のお世話。それにヴァンツェの助手として働いても居た。
私はまだ雷が怖くて眠る事ができなかった。
ヴァンツェは遅くまで仕事をしているのを知っていたので邪魔は出来なくて彼女を訪ねた。
「どうかなされましたか?」
はっきりと聞こえる言葉が怖くて口を噤んだ。
丁度雷が鳴って私はビクビクと肩を震わせた。
彼女は私の近くに来て私に目線を合わせた。
「……雷、怖い?」
私は黙って頷く。
「では……今日は此処で一緒に寝ますか?」
優しく私に語り掛ける彼女。
そんな彼女を見たことが無くて唖然としたが私は頷いて彼女のベッドに潜った。
それから、わたくしは彼女について回るようになった。
お茶の淹れ方は彼女に習ったし侍女としてのお仕事は全部教えてもらった。
もし、自分が見当たらない時は、と言う条件で自分で淹れる事を許された。
お茶を淹れるのは楽しかったので彼女が見当たらないのを見計らってお茶を淹れるようになった。
ああ、このあたりにアイリスとの血の繋がりを感じるかもしれない。
そんなことをするようになって、少しした頃ヴァンツェと話している彼女を見つけた。
頼ってくれないのが不安なのだとそんな内容を話していた。
わたくしはすぐに出て行ってそんな必要な無いのだと話した。
自分でできる事をしたいだけ。
彼女にはいつも感謝しているのだと。
ヴァンはわたくしに言った。
彼女等は頼られる事が仕事で、それを信頼の証としているのだと。
頼って欲しいのだと彼女はそう頭を下げた。
私はとても無粋な事をしていたのだろう。
彼女は間違いなく私の一番信頼するメイドである。
本の続きを少しだけ読んでいると、ノックが部屋に響いた。
「失礼致します。ファーネリア様、アイリス様がお見えになっています」
「――? アイリスが? 通してください」
「はい。かしこまりました。お飲み物はご一緒に用意させていただきます」
「はい。構いません」
「ではアイリス様をお通しします。失礼致します」
ゆっくりと頭を下げて彼女は音を立てずドアを開け去っていった。
元々はお父様の下で働いていたのだそうだ。
彼女ほどメイドらしいメイドはそうそう居ないと思っている。
程なくして、また部屋にノックが響いた。
「はい」
「失礼致します。お姉様……今、お時間よろしいですか?」
昨日とは違って大人しく彼女は頭を下げた。
こうしていればとてもお母様に似て美人なのだけれど。
とても昨日のようなお転婆娘には見えない。
……まず私のほうが身長が無いし……うう。
遺伝って間違ってる……。
「どうぞ。丁度お茶にしようと思っていましたから」
なんて顔には出さずに彼女を部屋に招く。
「はいっ失礼します」
嬉しそうに部屋に入ってくるアイリス。
「わっお姉様のお部屋ってとても凄いですっ」
「そうですか?」
何も自分で装飾したような所は無いのだけれど。
「いえっなんというか。お姉様らしいというか神子らしいというのか……赤で満ちてるというか……」
確かに赤で満ちてはいる。
ベッドの外装もカーテンも絨毯も赤。
持っている服も赤が多いし赤い装飾品を多く飾っている。
「単に赤が好きなのですよ」
焔の色。情熱の色。暖かい色。
私はこの赤が好きだった。
他意はない。
スカーレットも喜んで装飾をしてくれたし。
後から考えてみれば焔の神子という立場のせいなのかもしれない。
「ではこちらの椅子にどうぞ」
「あ、はいっ失礼します」
アイリスに椅子を勧めて自分も向かい側に座った。
コンコンコンッ
再びノック。恐らくスカーレットがお茶を持ってきてくれたのだろう。
「失礼致します。お飲み物をお持ちいたしました」
「あ、ご苦労様ですスゥ」
「いえ……」
手際よくお茶をその場で淹れて振る舞ってくれる。
「お茶菓子ですが先ほど丁度作ってみていたクッキーをお持ちしました。
お口に合えばいいのですが……」
「そうなのですかっ? アイリス、スゥの作るお菓子はとても美味しいのですよ」
「いえ、それほどでは……」
恐縮して困ったように彼女は笑った。
「ふふっお姉様が言うならきっとそうですっ。
ありがたく頂きますね」
「恐れ入りますアイリス様……そ、それでは私はこれで失礼致します。
感想などありましたら後ほどお聞かせください。
それではファーネリア様、アイリス様……ごゆっくりどうぞ」
そそくさと下がってスゥは部屋を出て行った。
「……恥ずかしがって出て行ってしまいましたねっ」
アイリスが彼女の反応をみて小さく笑った。
いやな感じのする笑いではなく極自然に。
「そうですね」
「なんだか、お姉様に似ていますねっ」
……確かにそうかもしれないと思った自分が居た。
多感な時期の半分を育ててくれた人なのだから似ても仕方の無いことなのだけれど。
「いいのです。わたくしの育ての親なのですから。
それで今日は何かありましたか?」
まだお昼前にそう聞いても仕方ないような気もするが一応聞いてみた。
「はい。朝一番でお父様に呼び出されて、皆で寝ながら説教を聞きました」
「それは聞いていないというのですよ?」
「はいっお父様も寝ながら説教していましたから」
「どんな状態ですかそれはっ」
「うふふっですけど、お父様から正式にこちらとの行き来を許されました。
これからはお姉様ともこうやってお茶したりしたいのです」
「……ええ。このような事で良ければいつでも。
ですが授業は平気なのですか?」
「はいっ! 抜け出してきましたっ」
グッと拳を握って大丈夫を表現するアイリス。
「全然大丈夫じゃないではありませんか……」
「大丈夫ですっ色々時間を稼ぐ仕掛けを残してきました。
だから見つかるまでお相手お願いしますっ」
「はぁ……貴女と言う人は……」
苦笑いする。
どうしてわたくしの周りにはこうも規格外の人が集まるのだろうかと考えるが、
規格外の人相手に考えても仕方ないのだとたどり着く。
やりたいからやってる。
きっとそれが彼女等の答えだろうと思う。
初めて会ったのが昨日。
……昨日?
可笑しい話だ。
昨日だけでこんなにも距離が無い。
他人同然に育ったわたくし達が、だ。
まぁでもそれは、コウキがアイリスを連れて出る口実を作って慣れるのに十分な時間と機会を作ってくれたからだ。
そんなことを考えていると、アイリスがジィッと私の顔を見ていた。
「お姉様……は、お姉様ですね」
「何でしょう……?」
他の誰でもないのですが。
「いえ、ワタクシ実は鏡に映った自分をお母様だと思って手を振っていたことがあるのです。
極最近……誰にも見られて無かったようですがとても恥ずかしかったです……っ」
「そういえばそっくりですね。若い頃の肖像そのままではないですか」
お城の一階に飾ってある肖像画。
その絵のままに彼女は存在した。
「そうですか〜? でもお姉様みたいに可愛い所が無いです。全然」
「可愛い?」
「何といいますかこう……見ているだけで抱きしめたい衝動に駆られる愛らしさですかっ
堪りませんお姉様っ抱きしめていいですかっ」
「遠慮しておきます」
そういえばよくアキも無条件で抱きついてきた事がある。
自分より小さい子を見ると起こる衝動だと聞いた。
……それだとわたくしが抱きしめる対象は少なそうです……。
ですが、わたくしが思うに自分より大きい人に抱きつきたくなる衝動があるのですっ。
アイリスやアキがそう。
やっぱり抱きつきたがる人に抱きつけばいいのだと思う所もあるのでしょうか。謎ですね。
「ん……とっても美味しいですこのクッキー。マーマレードのほのかな味がとても爽やかです。
紅茶に良く合いますねっ」
アイリスがクッキーを一つ取って食べていた。
本当にスゥの作るお茶菓子で美味しいといえないものを食べた事は無い。
「このピンクの物はハールトローの木の実を使っているのでしょうか?」
「ふふ。食べてみれば分かりますよ」
ハールトローは薄いピンク色をした果実で楕円形の実を実らせる木だ。
透き通ったゼリーのような食感でとても甘くて美味しい果物だ。
果物酒にも使われるとても一般的な果実である。
あまりにもおいしそうに食べるアイリスにあてられて、私も一つクッキーを手に取る。
コレはチョコレートとのマーブルだろうか。
シンプルだがとても美味しい。
「ん〜〜っ美味しいですっ私、こんなに美味しいクッキーを食べたの初めてかもしれませんっ」
「ほんのり暖かいですし作りたてなのでしょうね。
雨が降っているのにこんなにサクサクしてて美味しいです」
「あっそういえば雨が降っていましたっ」
今気付いたと言わんばかりに驚いてアイリスが窓と私の間で視線を行き交わせた。
「忘れたままでも構いませんけどね」
「ふふっふふふっこんなにお茶が楽しいのは初めてですっ
お姉様、授業を抜け出す意味が出来ましたっ」
「意味も無く授業を抜け出していたのですか」
「はいっ」
屈託無い笑顔でこちらを見ている。
何故か怒る気はしなかった。正直呆れたというのもあるのだろう。
「全く悪びれないのですね……授業はちゃんと受けないとダメですよ?」
「だってつまらないんですっ。
歴史を学んで国同士の関係を知るとか、地理を学んで貿易を考えるとか。
確かに考えるのは楽しいんですが、私には何も実行する事が出来ません。
それよりも、今しかできない事がやりたいです。
あっ! そうだっお姉様の旅のお話が聞きたいですっ」
「わたくしの?」
「はいっシキガミ様とお姉様の旅のお話を!
きっとどんな物語より素敵ですっドキュメントですっ」
嬉々として彼女は手を合わせる。
素敵――?
素敵なのだろうか。確かに出会いは劇的。
世界はあんなにも広く、感動を与えてくれた。
「……素敵か、どうかは良く分かりません。
ですが、私達の旅はとても波乱万丈に満ちていました。
わたくしはあまり上手な語り手ではありません。
……それでよろしければ」
ヴァンツェのように経験が豊富で引き出しがあればもっと楽しく出来る。
コウキのように話し上手であればもっと笑えるだろう。
「はいっ是非っっ」
そんな私にでも屈託無い笑顔で期待を寄せてくれるアイリス。
チョット嬉しくて、照れ隠しに咳払いをしてゆっくり、物語を辿る。
「最初は――コウキとの出会いでしょうか」
風景が見えるように鮮明に思い出せる。
屈強なライオンを背に立ち上がり希望を語る少年。
初めて、わたくしの歌を……彼をアルマとして使った。
これまでの道程は長い。
とても彼女がいる間に語りきれる物ではないだろう。
それでも目を輝かせている彼女を見ると話さずにはいられない。
きっと途中で話が中途半端になってしまえばまた聞きに来るだろう。
そう思って私はまだ半分も終わっていないだろうこの物語を話し出した――。
コンコンコン
「はい?」
「あ、私が出ますっ」
丁度、話の切れ目だった。
わたくしの部屋だからわたくしが出るべきなのだが
アイリスのほう素早く立ち上がって扉を開けた。
そしてその先に立っていたのはスゥだった。
「失礼します。アイリス様……お城の方から……」
「そうですかっ来てしまったのですね……」
アイリスが残念そうな声を出す。
お城の方から呼ばれたのだろう。
「すぐに戻ると伝えていただきますか? お姉様わたくし――」
振り返って帰りを告げようとした。
――まぁ一時間も逃げれていれば大したものだと思う。
でもやっぱり残念だなと思う。
姉妹二人で過す初めての時間が立ったこれだけで終わってしまうのはとても惜しい。
そして別れの言葉を遮る声が入った。
それはアイリスの後ろから。
「そうですか……。
私から教育係に話をして、今日はファーネリア様に呼ばれていることにしてきたのですが余計でしたね。
すぐにお話を撤回してきます」
アイリスは一瞬何事分からずにゆっくりと彼女を振り返った。
そしてスゥと完全に向き合ってしっかりと目を合わせた。
グレーの眼がアイリスを見下ろしている。
スゥは身長がコウキと同じぐらいだ。
よって普通に立っていればわたくしやアイリスは見下ろされる事になる。
だが私達が話をする時は体を少し折って私達に目線をあわせる。
やがてアイリスが両手をパタパタ動かし始めた。
アレは何の動作だろう。
「スゥゥゥ!!! わたくしスゥが大好きになりましたあああっっ」
ガバッとスゥに抱きつくアイリス。
そうかアレは抱きつく前の予備動作だったのですか。
「光栄です」
彼女は表情を崩さずにその突然の行動を受け入れて平然としている。
さすがスゥだ。
「早速ですが今後の予定です。
アイリス様の授業は全てキャンセルになりました。
ファーネリア様も明日出発と言う事で今日は休息日です。
昼食は皆様とご一緒でよろしかったですか?」
「ええ。お願いします」
「はいっ喜んでっ!」
手を上げて全力でその喜びを表現している。
そんな彼女をみてスゥは微笑む。
「かしこまりました。
それでは昼食の用意が出来ましたらお呼び致します」
「お願いしますね」
「はい。それではファーネリア様アイリス様……ごゆっくり」
深く頭を下げて彼女は扉を閉めた。
上機嫌にアイリスが椅子に戻ってくる。
私は飲み干された二つのカップにもう一度紅茶をそそいだ。
まだまだ話は続けないといけないようだ。
「はぅぅぅ〜〜」
「そんな、泣かないで下さいアイリス」
ハンカチを差し出すとペタペタと涙を拭いていた。
「だって〜っ悲しいです〜」
話し終わると言えばラストは――……アキが死んでしまうところに終わる。
一応生きてはいるのだけど。
「アキちゃん、とってもいい人だったじゃないですかっ」
「……ええ。とても」
掛け替えの無い親友だったのに。
「――お姉様はっ何でそんなに平気な顔していられるんですかっっ
友達が――っ死んだのにっ」
その言葉は酷く心に響いた。
わたくしは彼女の死に際にすら居てあげられなかった。
たったあれだけの涙と努力で許してもらおうなどとも思っては居ないけれど――。
「……」
「あ、あのっごめんなさい、別にそんな――」
「いえ……悲しいのです。
わたくしは全力を尽くしました。
生き返らせようなどと自分達の力を驕って、行使しました。
……でも……結果はこの通り逆に混乱を招くような事になりました……」
責任はどうやって取ればいいのだろう。
彼女は私達を責めないし、アキに問う事も出来ない。
「……恐らく、清算の出来ない事をわたくし達はやってしまいました」
この――罪は。消えない。
旅には希望ばかりではなかった。
心折れそうなことが多かった。
正直今だって立ち直れては居ないのだ。
「わたくしは……どうすればいいのでしょう……」
暗闇に取り残されたように絶望している。
光なんて見えない。
コウキも同じような空虚な感情を背負って――無理矢理笑ってる。
自分もそうじゃないといけないと思って真似ては見るけど……
結局、彼女を蔑ろにしているだけではないですか。
「――お姉様」
「はい……?」
「すみませんでした……少しでもお姉様の事を疑ってしまって」
小さく首を傾げた。
「やっぱりお姉様はとても純粋で、清廉な方です」
「……いえ……そんなことはありません……」
ただの弱い、人の子だったのだと――無力さを実感する。
「今までの話を聞いて、私でも分かるようなことがあるんですっ」
「……それは?」
「はい。お姉様は――愛されています」
「……よくそんな言葉を恥ずかしげもなく言い切れますね……」
感心した。
言われた私のほうが恥ずかしくてきっと耳が赤い。
「ふふふっよく言われますっ!
でも、私思うんですっアキさんは、二人に後悔して欲しくて戦ったんじゃないんです。
シキガミ様と一緒に進んでる希望の道を邪魔して欲しくなかったんです。
お二人そのものが――アキさんの希望だったんですっ」
一緒に歩んできて。
背中を押してくれて。
「だから、お姉様とシキガミ様の姿は正しいのかもしれません。
うん! 納得ですっ!」
この子は考えているのかいないのか……。
ああ、でも――
ちょっとだけ長いトンネルの先の光が見えた気がした。
「あとは大人しくお二人の挙式を待つばかりですねっ」
――……何も言えず、俯いた。
顔が赤いとかそういうレベルじゃない。
何がどうなって話がそこに行ったんでしょう……!?
「お、お姉様っ?」
挙式……?
け、結婚?
グルグルと思考が回る。
「お姉様っ!? もしかしてそんなにピュアに育ったのですか!?
純粋すぎますよっ!?」
そんなことを言われても。
恥ずかしいものは恥ずかしい。
「……だって……、わ、わからないですよ、そんな先はっ?
そもそも、まだ、片思いなだけで――」
「か、片思い……伝えないのですか?
らぶ! って」
わーっと両手を挙げてその想いを表現する。
「な、なんでそういう意味のわからない伝え方を……!? しないですっ」
「しないんですか?」
極不思議そうに首を傾げるアイリス。
「しませんっ」
「待つのですか?」
「〜〜……」
「…………なるほど。とってもピュアですピュアすぎます。真っ白です」
アイリスはニコーっと眩い笑顔を浮かべた。
「……恥ずかしくて顔から火をふいてしまいそうです……」
恥ずかしくて逆に顔を隠す。
きっと顔はトマトみたいに赤いんじゃないかと思う。
「では、こうしましょう。
次に此処にお帰りになるまでに想いは伝えてきてください」
ピッと指を立てて自分の案を言ってくるアイリス。
「な、何故!?」
何でそんなことをしなくてはならないのかっ。
唯でさえ怖い不安定な感情なのに伝えてダメだったら爆発してしまうのではないかと思う。
そして、彼女は簡単にその理由を言った。
「でないと、私が取っちゃいますよ?」
「だ、ダメですっ!!」
「何故です? 私、シキガミ様好きですよ」
「わ、わたくしのシキガミですっ」
「私が取ると言ったのはシキガミとしてではなく、男性としてですよっ?」
アイリスの眼は真剣だった。
初めて。
危ないと思った。
この想いを――焦った。
アキと一緒に居るときも、たまにそう思うことがあったけれど、
結果的に彼女はわたくしとコウキを応援してくれていた。
目の前にいるわたくしと仲の良い妹。
彼女は――
堂々とライバル宣言をしてきた。
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