閑話『紫と紅と修行僧 前編』


高い山々に囲まれた緑の多い山地。
深緑が青々と多い茂り、蝉さえ鳴いていれば夏の気候。
だが強い日差しも木陰を歩けば多少は涼しく思える。
そう思ってないとやっていけない。
当然坂道を歩けば暑い。
暑いのだ。
唯でさえ暑い法衣服は汗で重くなり、更に自分の足音が重々しくザリザリ聞こえる。
そんな坂道を、元気に登る声がある。
顔を上げれば夏には相応しくないほどの白い肌を見せる女性が二人、和気藹々と山道を進む。
見る人が見れば見惚れるだろう。
光を返す白いふわふわとした服に目を細める。
それぞれの裾元に赤色と紫色の模様が入ってるがそれが二人を見分ける手段の一つだ。
その白い肌の見える肩が光を淡く返し黒い髪が映える。
瞳は互いにブラウンで綺麗に光の入る目をしていた。
男性なら数秒見つめられると耐えられなくなるだろう。

正直その話は聞いて居ても疲れる。
目の前で話されても右から左に通り抜ける勢いで聞かない事にした。
自分はうんざりとした顔でただ目の前にそびえる山を睨みつける。

「あんなのの何処がええんよ。最悪じゃ色々」
「あんたにゃ最悪じゃろうとアタシ達にはあの人しかおらんのよ!?」
同じ顔が向き合った。
髪を括る方向は左右対称、黒い髪が揺れる。
「わからんそんな顔してそんな事言うな。色々最悪じゃ」
同じ顔だから腹が立つ、と彼女は眉と目を吊り上げて不快な顔をして舌をだした。
「クレナイの天邪鬼っ! アタシらは許婚なんよ!?」
同じように不快な顔で噛み付くように彼女は言い放つ。
「ふぅん。ウチはキライじゃもん。ムラサキの物好きっ」
「嘘じゃぁっ! いっつも後でクレナイが取っていくんじゃけぇ! ずるい!」
「ずるくないっ欲しいもんを貰ってるだけじゃ何が悪いんじゃっ」
「それをずるいって言うんじゃ!」
「ふーんっどうあってもあんな奴にムラサキはやらん!」
「はぁ!? 何言っとん!?」
「ウチは五条の名にかけて! あんの外道潰すんじゃ!!
 大体正妻やら側室やら面倒なんじゃ! 男なら堂々と女全部幸せにしてみんかぃ!」

五条紫と五条紅は双子だ。
紫が姉で紅が妹なのだが上下的な隔たりがあまり無く育ったのだろう、二人は気にすることなく触れ合う。
肩の出る可愛いと言える格好で袖にはそれぞれ名前と同じ色になる模様がついている。
その服になるべく合うように膝元で膨れている黒いズボンと丸っこく見えるブーツを履いていた。
この世界に来た時は二人とも真っ黒な洋服に靴底の厚い靴を履いていたのだが旅の為に違う服を選ばせたのだ。
背中の中ほどまである長めの髪は頭の横の部分になる髪だけをそれぞれ左右対称に括っている。
左側を括っているのがムラサキ、右側を括っているのがクレナイだ。
その髪を括るリボンも彼女等を見分ける一つで紫と赤のものだった。
だまって立っていれば映える二人だが言葉遣いは激しく荒い。
男性を目の前に隠すつもりも無い様で、蝉のような喧嘩を繰り返していた。

「なんでもいーけどさ……とっととあがるぞシキガミ様方。あっちぃんだよ」
僧侶服の裾をパタパタと揺らしていかにも気だるげにそう言った。
とても修行僧とは思えない言葉遣いだ。
「はーいはい。いくよムラサキ〜」
「も〜」
仲がいいのか悪いのかわからん、と二人を引き連れる神子が言った。
恰幅のいい僧侶は彼女等二人とは頭2つ分身長の差がある。
ジャラジャラと鳴る杖は法術の術印が掘り込まれており
二歩ごとに杖を鳴らして目的の場所へと歩いていた。
「ねぇ。フリョー僧侶」
「どしたフリョー娘」
クレナイは自分の神子をフリョー僧侶と称する。




神子の名前はフライト・グライン。
クァトグケイト僧院の僧侶だ。
自覚しているその言葉に反論する事は無いがその呼称に対して等価の呼び名で返している。
僧侶のやる事か、とも思うだろうか自分は紛れもないフリョー僧侶だった。
頭は肩ほどまである長い蒼い髪の毛で覆われており、耳にもピアスをしている。
目つきが悪くて子供と眼が合うと全力で逃げられる。
座禅を組めば寝るし念仏は文字を読みきる前に眠くなって止まる。
院で課された罰はサボるは喧嘩するわ正直フリョー以外の何者でもなかった。
それがどうやって居場所がばれるのか知らないが彼の元に院からの手紙が届いた。
そしてその命によりこのように帰ることを余儀なくされるのだ。

「ホントにあいつがおるん?」
その顔は微妙に期待に満ちていて、どう思っているのかすぐにわかる。
「あぁ。院からの伝書はそう書いてあった」
「よーし! 上がってぶん殴るんじゃ! フリョー僧侶! 急ぐんじゃ!!」
「行って来いフリョー娘。自分はゆっくり歩いて」
上がる――と、言い切る前に彼女は走って階段を上っていった。
あいつはどういう神経で神子を置いていくのか。
いや良いんだがな?
と暑い中の思考を止める。
「あ、クレナイ! フライトさん置いてくなぁ! アタシ等の神子じゃろー!?」
「あー問題ない。いいからとっとと行って来いムラサキ」
「でも……」
「いいから。まごまごしてっからクレナイに先越されんだよ」
シッシッと手をふってムラサキを上においやる。
彼女はじゃぁ、と少しだけ俺に目をやると、一目散に長い階段を駆け上がり始めた。
それを元気な奴等だ、と見送って溜息を付いた。

この双子は面倒くさい。
片方と一緒に居る時なんかが最悪だ。
もう片方があーしたこーした。
あーしてたこーしてたどーしてたで煩い。
蝉なら石でも投げつければ静かになる。
だが石を投げつけてもとばっちりが待っているだけなので当然何も言わない。
言うのは主にクレナイなのだが。
情報交換はもっと静かにやってもらいたいものだがあの二人相手に叶うわけも無い願いだった。
それにあのクレナイ。
言ってる事とやってることがかみ合わない。
ビックリするぐらい天邪鬼ってやつだ。
活発で好き嫌いがはっきりしているのだがあまり素直な性格じゃない。
逆にムラサキはクレナイと違って人を気遣うし実際素直だったら可愛いとおもえるクレナイの実証版だ。
彼女は素直で優しい性格だが活発なのは共通している。
つまり終わらない口げんかが出来る元気な双子なのだ。困った物だ。
違いすぎる二人は見分けやすくて大変結構なのだが何故彼女等が二人で現れたのか自分にはさっぱりだ。
実際に二人ともシキガミの歌に反応するし武器も出る。
双子で呼べるならまぁお得だよなと考える思考を持つ自分にはあまり関係ないことだが。



やっとこさ階段を上りきった。
誰だよ千か二千か忘れたがクソなげぇ階段作りやがって。
つかなんでこんな山奥にあるんだ。
 スマン全部自分が選んだわ。
ったく自分の阿呆が。
麓に穴掘って直進の方が後々楽だったじゃねぇか。

残念だが自分は僧侶の癖に雑念が多い。
自分を僧侶だと思っていないのもあるだろうしあんなものはできるやつに任せて俺は世界を歩く方が性に合う。
熱でもうもうと陽炎の立つ石の敷き詰められた広い空間をみた。
舌打ちをしたくなる気持ちを抑えてまたジャラジャラと杖を鳴らして歩き出す。
ここで舌打ちでもしようもんなら地獄耳のジジイに聞こえてきっと大目玉だ。
なんせ滝の轟音が轟く修行中に水に打たれながら文句を言ったのを一字一句間違えずに聞いてやがった。
少し本堂から距離が離れているからといって油断すれば長い鼻が火を噴くだろう。
あのジジイ絶対いつか首に対して横向きに木刀で叩いてやる。


「やれるものならやってみろ小僧!!」
「げ……」


音も無く目の前にそいつは立っていた。
いつの間にか愚痴愚痴と小言がもれていたらしい。
テカテカしたデコと異様に長い鼻。
偉そうに伸びた眉毛と髭が自分には癪に障る。

顔には深いしわの刻み込まれたこの山の“テング”と呼ばれる存在だった。

「げ……ではない! 何をしておる! 先に女子二人が院に駆けて来たではないか!」
「別に関係ねぇだろ。ちゃんと帰ってきてるじゃねぇか」
「女子に負けるような軟弱者ではなかろう!」
「そんな勝ち負け関係ねぇだろ!」
「女子を危険な山道に放り出すなと言っておるのだ!
 フライトがつかねばならぬだろうこの戯け!!」
「戯けはテメェだ!!
 あの二人自分なんぞよりよっぽど強いってのについてく意味なんてねぇんだよ!
 どけっ自分は客人に会う!」
いい加減暑さと相まって切れそうになるがここで切れても面倒くさいだけだと
自分に言い聞かして歯を食いしばると本堂に向かう。
「まてぃ! 話は終わっておらぬぞ!」
「終わってんだよクソジジイ! とっとと用事済ませてこんなとこ出てくんだよ!!」
――この台詞を吐く度に思うのはなんで幼い家出文句だろうということ。
とても20を数える歳の奴の言葉じゃない。

「何を抜かす!! 私が寂しいではないか!!」

――構って欲しいようだ。
そう――自分がぐれた理由はそんな理由で自分を叱る父親が嫌いだったからだ。
ウザくてウザくてウザくてウザくてウザくてウザくてウザくてウザッッくて仕方が無い。
だから、とにかく此処を出るために悪事を働き続けたのだ。
結果的に、その行為はこのクソテングを甘やかしていただけだと気付いたのはシキガミの二人が気付かせてくれた。
「心底どうでもいい。じゃぁな」
プラプラと後ろでに手を振って本堂に向かって歩き出す。
自分に客が来るとは思ってもみなかったが待てくれているのならさすがに蔑ろには出来ない。
少しだけ歩調を速めて客室の方に向かった。

「遅いぞフライト!! 本堂まで何秒かけている!!」
「ウゼェ!! 何で自分より速く本堂に立ってんだよ!! 後ろに居ただろクソジジイ!!」

実家は、疲れる。






「何してんだ?」
あまりの暑さに本堂の影になる道を進み、道場と寝殿を歩いて客間の前にたどり着いた時だった。
双子が大人しく扉の横の壁に背をかけて座っていた。
先に着たくせに大人しく待っていたのか。珍しい。
「……なんでもない」
「……クレナイが意気地無しじゃけぇ入れんのじゃ」
「違うっムラサキが入りたくないってゆーからじゃっ」
そうか、と二人の前を通り過ぎると早々にコンコン、と戸を叩いた。

「失礼。ハギノスケ殿の部屋で間違い無いだろうか?」

『きゃああああっっ!!』

返事を聞く前に双子に思いっきり引き連れられて廊下を滑ってゆく。
反応が返ってきたかの確認も出来ず連れ去られた。
「ぬおおおおお!? 放せ! 客人が待っている!!」
「ちょっとフリョー僧侶! 空気読めぇ!」
「フライトさん! アタシ等にも心の準備とかいるんよ!? わかる!?」
「分かった! ていうか、なら別に自分だけ用事済ますから!!」

ダンッッ!!!

二人が自分を引き連れたまま階段を飛ぶ。
本堂と裏の客間のある建物は5段程度の段差がある。
それをこいつ等はあろうことか自分を引き摺った状態で飛び降りやがった。
当然自分も飛ぶことになる。

ダンッッ!!! ドスッッ!!

「ってぇええ!!」
「自分だけ会おうって言うん!? ウチ等置いて!?」
「無理無理絶対無理!! お願いじゃけぇもう少し待ってぇ!」
思いっきりケツを打ったがそんなのお構い無しに引き摺られていく。
「わかった! 引き摺るのやめろおおぉぉぉぉ……!!」
ケツの皮がむけるーーーーッッ!!




結局本堂まで引き摺られて戻ってきた。
このクソ暑いのによくそんな運動する……。
立ち上がってケツをさすりながら二人に聞いてみた。

「んで、心の準備とやらはいつ終わるんだ?」
「もうちょっとまって!」
「早くしろよ? とっとと終わらせて早くこの院から出たい」
「待ってって言っとるじゃろっっ!」

クレナイがガァっと噛み付く勢いで言うので仕方なく溜息を付いて縁側に腰をかけた。
ムラサキも何も言わずただ俯いている。
何があったなかったはあまり聞きたくないので聞かない。
しばらく時間を置いた後、二人は目を合わせて頷くと自分に目をやる。
シキガミと神子とは不思議な関係でなんとなく相手の考える気持ちを理解する事ができる。
何かでつながっている事は確かだ。
やっと決心がついたのでその決心が揺るがないうちにとっとと用件を済ましてしまおうと思い俺も立ち上がった。



「失礼する。貴殿がフライト殿で間違いないだろうか?」




歩いていこうとした先にはすでに人が立っていた。
青空を背負う黒髪の男。
妙な威圧感を漂わせる人物で緑色の服が印象的だった。
癖のある長めの髪は後ろで纏められており礼儀正しさが目立つ。
自分に名前を聞いてくるとしたら彼がハギノスケという人物だろうか。
「そうだ。先ほどは済まなかった」
「いや結構。立ち話もなんでしょう、客間に戻りませぬか」
丁度後ろに隠れる形になってしまっていた二人が前に出た。
「ハギノスケ様……!」
「は、ハギノスケ……!」
「む? ――主等……」
彼は目を見開いて驚いていた。
彼女等がここに居る事は知らされてなかったのだろう。
「五条の紫に御座います……!」
「紅じゃハギノスケ……!」

長い間が広がった。

何か思うところがあるのだろう両者何も語らない。

このままでは埒が明かない。
と、いうより何気にあまりよろしくない気がしてきた。
痴話喧嘩に巻き込まれるような倦怠感。
爽やかだった山の空気が妙にドロドロしてる気がする。

「ふぅ……自分は席を外すぞ」

そうか、逃げるが勝ちだ。
逃げ足には自信がある。
ある意味一番空気が読める瞬間だ。
恐らくジジイから逃げる時と同じ速度で足が動いた。
一歩目で身体を回転させ、二歩目で大きく踏み出す。三歩めからはダッシュだ。
これで逃げられなかった事は無い……完璧だった。
だが三歩目は――彼女等に阻まれた。
ビンッッ! と二人にそれぞれ袖を掴まれて服が張る。
顔面は廊下スレスレ、今全力でバネを溜めた足を蹴り放てば空だって翔れる。
だがこのムラサキとクレナイの二人はそれぞれの力を余すことなく使って超絶的な角度でこの身体を留めさせていた。
犬のように踏ん張ってみたがびくともしない。
逃げる事は許されないようだ。
「なんだ! 自分は関係無さそうじゃねぇか!!」
「煩い! この空気のままウチらを放りだす気か!?」
「そんなものテメェ等が作ったんだろうが! 痴話喧嘩に巻き込まれるなんざゴメンだ!」
「……フライト殿。ご迷惑をおかけする……貴殿が神子だろうか?」
「そうだっ。なんだ!? なんかあるのか!?」
先ほどとは更に雰囲気を変えたその男は睨むように自分を見ていた。
喧嘩なら買わなくも無いがもっと違うものだ。

「――ならば貴殿も立ち会わなければなるまい。拙者が二人を亡き者にしてしまうかも知れぬぞ」
『!!?』

反射的に二人を抱えて距離を取った。
二歩空を蹴り廊下の端まで飛び差がったにもかかわらず相変わらず刺さるような視線が自分達を捕らえて離さない。
冷や汗を掻くほどの殺気と視線。
正直、逃げ切れる気はしなかった。
「――噂に違わぬ軽業……敬服いたす。
 申し訳ない不快だったな、いずれ戦う身とはいえ使者のやる事ではなかった。
 深くお詫び申し上げる」
彼は打って変わって深く頭を下げた。
両隣に抱えている二人も驚いている。
「……頼みに……?」
「此処ルアン・ノ・クラネカイン領がセインに狙われている事はご存知だろうか?」
「いや……そもそも自分はここしばらくルアンには帰ってきてなかったからな……」
あぁ……だが、そろそろ分かってきた。
何故自分がまた此処に呼び返されたのかを。
「そうだったか。ならなおさら聞いていただきたい。
 セインがこちらに攻めて来るとの情報を得ている。
 その際の軍事力では到底クラネカインは守りきれない」
――なるほど。
「それで……? ここの僧侶に兵隊になれって言うのか?」

「過去、ルアン・ナ・マクトリーシャを守るため腕利きの僧兵隊が居たと聞く」

「残念だ。マクトリーシャはルアンに落ちた」
「そのようだが――その理由を聞けば、僧兵隊が山へと篭ってしまったからだと聞く」
「……」
何も言わずに相手の出方を見る。
少し目を合わせてその力強い目で自分と目を合わせた。
こいつも戦場を駆けるものの目をしている。
絶対的に回したくないタイプだ。
味方にも居て欲しくないが。

「放してよフライト」
「しっっ今シリアスでしょっ」
なんか聞こえたので両手をパッと放した。
不意のことで二人とも廊下で尻餅をついていた。

「それで是非、王城から支援を願いたいと書状は持っている。客間にあるのでしばらくお待ちいただけるか」
「別に……と言うか、行きゃぁいい。行くぞ二人とも」
何か言いたげに視線を送られるが無視する事にしてハギノスケの後を歩き出した。




ハギノスケが戸の前に立ちスッと開けた。
入るのかと思いきや、何も言わずにスッと閉めた。
「…………」
コメカミに指を当てて非常にもどかしそうに悩んでいる。
「……何かあったんですか?」
そう聞いたのはムラサキだった。
一瞬視線を上げてまた扉に戻して溜息をついた。
何か部屋にあるのだろうか……?
「……いや申し訳ない、少々時間を頂きたい」
「……? 部屋が汚いぐらいは構わないが……?」
「いや、それ以上の問題が転がっていた」
どうやら深刻なようで深くしわが眉間に寄っていた。
「……?? まぁ……構わんが」
皆で首を傾げてとりあえず待つ事になった。
素早く戸をくぐるとなにやら中で小さく声が聞こえる。
誰か他にも使者は居るのか。
暫くするとその声も無くなって部屋が静かになった。
程なくしてハギノスケが戸をあけて中へと招いてくれた。

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