閑話『紫と紅と修行僧 後編』
「初めまして〜僕はラグラテール・ラインシュバツと申します」
中に居たのは女性だった。
切りそろえられた髪が特徴で騎士だろうか、部屋の端には女性物の鎧と剣が見えた。
中々の美人で笑うと花のようだった。
――さて……。
横でピクピク震えてらっしゃるフリョー娘がそろそろ爆発する頃だ。
恐らく彼の隣に座る彼女の笑顔が激しく自分の隣の彼女の導火線を燃やしているのだろう。
彼女を体現する真っ赤なリボンがその揺れを受けて事細かに揺れていた。
分かる……分かるぞ。
カウントダウン――10、9、
更にラグラテールと名乗った彼女はクレナイを挑発するように笑った。
あっゼロ。
「この……浮気者ォーーーーーーーーーー!!!」
ほら痴話喧嘩だ。
「ぬ、違うぞク」
「煩い! 知らん!! そうやっていっつもフラフラして心配かけおって!
挙句やっと会えたと思ったら女連れか浮気者!!」
言い切る前に罵倒するクレナイ。
更に最悪なのは――
「うぅ……ハギノスケ様……アタシ達はお遊びだったんじゃね……」
逆隣でシクシクやってるムラサキだ。
収集がつかねぇ。
「ほらムラサキが泣いたじゃろ!!」
「いや、だからな……」
「ふ、ふふふ……なぁんだーハギー別に僕も大人しくしてなくてよさそうじゃん」
顔を下げてくつくつと笑う彼女の表情は前向きに垂れ下がった髪の毛のせいで見えない。
「いや、黙っておけ。悪化する」
その声も虚しく、彼女は机を叩いて身を乗り出した。
「ご生憎様。僕とハギーは切っても切れない仲でねっ? もう二人には用は無いんだよ?」
渡さない、と彼女は拳を握った。
すかさず机を叩いたのはやはりクレナイだ。
「煩いわ黙っとれ男女!!」
「なんだよ!? 僕はれっきとした女さ!」
「はっ男女風情がハギノスケと並ぼうなんて10年遅いんじゃ!」
「ガキが!! どう考えてもアンタたちのほうがつりあわないけどぉ!?」
バリバリ火花を散らしながら二人がにらみ合っている。
どうやって巻き込まれないように逃げようかと考えていると目の前の原因と目が合った。
「さて、援軍の件だが」
「いや、アンタの為の痴話喧嘩だろ!?」
「気にするな」
「無茶言うな!!」
「此処に書状がある」
「無視かよ!?」
「すまぬ。コレはどうやっても収まりきらぬようだ」
「収めろよ!? 放っておくと更に悪くなるじゃねぇか!」
「では、書状に印を戴けるなら鎮火してみせよう」
「立場分かってなくね!!?」
修羅場詐欺!?
新手か!?
頭の上で繰り広げられる止め処ない口喧嘩をよそに目の前に書状が差し出された。
落ち着きの無い空間だが仕方なくそれを開いて読み始める。
えっとなに……
「うふふ! この世界にきてから彼は僕の武器! 僕のものさ!!!」
フライト殿に……
「何いっとん!? ウチ等はちいーーーさいころから許婚じゃし! アンタの入る間なんか無いんじゃけど!?」
え、援軍を……
「ぅぅぅう……ひっぅ……」
…………
――お、おちつかねぇ……!!
書状は召集があれば応じて欲しいという簡易なものだった。
確かにこの国の国王は忙しいようでこの山に住む認可はすぐにくれた。
つまりこの書状に印をすれば……戦争に出なければならない。
「……ちなみに断ると出て行かされるのか?」
「場合によっては考えると申されていた」
まずいな……多分此処を出ると自分達には行き場所がない。
「お考え頂きたい……僧兵総長殿。
恐らく防戦になりましょう……ですが、シキガミが二人……いや三人いるなら攻め入る事も可能だろうが」
「めんどくせぇ。攻め入るなんてしたかないね」
つぅか自分はもう総長から外れたと思っていたんだが。
クソジジイめ……帰って来させる口実に使う気か。
確かに辞めたつもりも無いので構わないのだが。
自分がこの院に居る事のできた理由の一つがそれだ。
僧兵総長としての役割を果たし良い評価を貰っていた。
まぁそれも、僧兵が起こした反乱までの話だが。
「――断る。自分達はもう戦えない」
それは罪を償うために。
罪を犯さないためにこの山に篭った自分達の為。
あの罪を犯す時に犠牲になった人たちの為。
ある日、街を守るヒーローが街を脅かす悪に変わった。
僧兵は“テング”の一族。
長っ鼻なの親はクソジジイだけで全員が彼の血縁者だ。
いつまで生きてるのかは知らないが子孫が1500人に増えるまで生きている。
ちなみに鼻は遺伝していない。
嘘をつくと伸びると言われているがどうでもいい。
テングの血は素晴らしい能力を持っており、大いに役に立っていた。
その能力とは――『空が走れる』事だ。
テングと名高いジジイに生まれた時から軽業を仕込まれ続け、空を駆けることができるようになる。
空は軽くなら10歩程度、水の上ならまず沈む事は無い。
それは遺伝する能力であり自分達を最高峰の僧兵軍と成した血だ。
文字通り数百人で一斉に飛び掛るような奇襲も出来る。
肉体的にも大分優れておりそういった多少の無茶も利く。
自分が考えた奇襲策を使って負け無しの防衛僧兵軍と呼ばれた。
総長になって得た信用は計り知れないと思う。
それ以外は信用されてないがな。
戦争には良く借り出された。
とはいえ殆どが国の防衛の為で、侵攻には参加しなかった。
自分達の役目は国を守る事。
ただそれだけだった。
ある日新しい派閥が出来た。
どうやら自分より年齢の高い僧兵の集まりのようで、自分の指示に従うのが嫌だったらしい。
説得を試みたが自分のような直系だからといってチヤホヤされている奴の言う事など聞かないと独自で活動を始めたようだ。
ジジイは道場で自分達を教え、決して戦争に参加しなかった。
そして、事件は起きた。
どうやら新しく出来た派閥がセインについたらしい。
かつての同胞――親や友を殺し、全滅させなければならなかった。
色々な策をめぐらしなんとか退けたものの――かなりの痛手を負うことになった。
痛手を負って帰った自分達を待っていたのはその町の人たち。
皆が石を投げて、自分達の帰りを拒んだ。
この街を守ったのも壊したのも自分達だ……仕方の無い事だ――。
涙を呑んで、自分達は彷徨い――この山に住み着いた。
今だってジジイの修行は続いている。
当然衰えてなど居ないだろう。
この2年で戦えるようになった者だっている。
兵力としては順調に回復している。
ただ――またそんな事が起きたら自分達は何処へ行けばいい?
やっと見つけた静かに暮らせる場所。
ここに居られる事で皆生きる事に希望を持った。
「貴方は、そんな眼をしているのに戦わないと?」
「眼つきは元々わるいんでね」
見透かしたように軽く笑われるのが癪だ。
とにかくこれをもってもう一度検討しに帰ってもらおう。
「ここの兵力は全盛期の半分以下だ。
もう砦を守るような力はねぇんだよ」
「いや、拙者は貴方に聞いているのだが?」
こいつ……何処までも人を読んできやがる。
「自分が良くても皆はついて来ねぇさ」
「ふむ、そこらじゅうに張り付いてる僧兵もか?」
「……失礼。聞こえるものに忠告だが耳を塞いでおけ」
少し声の量を下げてそういった。
自分には一つ得意な事がある。
たとえ金切り声で罵倒しあう声があろうともさめざめ泣く子が居ようとも黙らせる――。
「喝!!!」
一喝。
ドザッッ!!!
バタンッッ!!!
ガシャンッッ!!!
天井から3人
ドアから2人
窓から1人が正体を現す。
聞き耳立ててやがったか……。
もともと声はでかくて良く通るのでコレだけは得意だ。
ついでに驚いて女二人の喧嘩が止まってもう一人も泣くのを忘れて自分を見た。
「続けるぞ? オイお前等はそこの廊下に座ってろ。ガラスは片付けろよ?」
良く見れば見知った顔もある。
帰ってきてまだ間もないのにもう皆に知れたのか。
とっとと片付けていなくなるはずだったのに……。
自分は僧兵総長として軍の指揮を執っていた事がある。
負け無しでジジイみたいに鼻高々としてたからだろう、一気に内部分裂してしまった。
結局――昨日まで同じ釜の飯食ってた奴等を殺す羽目になった。
山に篭る事を提案したのは自分だ。
しかし自分には山の生活は合わない。
脳みそが腐る。
いつしか、もう一度戦いに出たいと思うようになった。
自分が神子だと知ったのは、その時だった。
ラッキーだ。
外に出る理由が出来た。
自分はわき目も振らず二人を抱えて山を降りた――!
そっから先は言わずもがな。
いきなり空から落っこちるわ翼人に高速で突撃されるわ
隻眼のニィちゃんがこいつ等の知り合いだわホント勘弁して欲しかった。
まぁそれはそれだ。
ジジイには自分が総長となり僧兵を治める者になれ、と言われてきていた。
総長になった自分はまだ十八の若造で実際に自分の言う事を聞いて動いたのは数人だった。
少しずつ、戦場を重ねて。
少しずつ、自分を信用する人間が増えて。
やっと、総長らしく振る舞えたかと思っていた。
だが人の感情の裏側がそのときの自分には見えていなくて――。
自分の手で、同胞を殺す事になった。
「まぁ正直――自分はいい。だが此処にもうこの軍を束ねる奴がいねぇんだよ」
ジジイは戦争をしない。
それがテングと言う役割を負う約束なんだそうだ。
「――左様ですか」
流石にそれでは無理だと分かってくれたのだろう彼は静かに目を瞑って引く意思を表せた。
――コレでいい。
こいつ等は此処で暮らし育ち、死ぬ。
戦場などを死場にするものではない。
「……フライト!!」
なのに、何故。
「俺達は戦える!!!」
自分にそう言って来るのは1番隊の隊長で自分の友人だ。
最初から最後まで一緒だった一番の戦友。
それに、それぞれ今居る顔ぶれは隊長だ。
僧の癖に盗み聞きかよ。
とはいえ皆若い。
自分も良くやった。
まぁそんな奴等が居てくれたお陰で自分の信用は広がったし、少しの間だけだがうまく回ってた。
「……んじゃぁ……まぁ……試してみっか」
兵法を行う上で一番大事なのは全ての策が将から隊に伝わる事だ。
その動きによって戦況は大きく変わる。
「集!!!」
山に吸い込まれるように消える自分の声をやけに懐かしく感じた。
本堂の正面の誰も居ない広場に向かい自分は立っていた。
ほんの数秒眼を瞑って少しだけ考えをめぐらせる。
ザンッッ……
そんなかすかな音が聞こえて眼を開いた。
目の前の何も無い空間が人の隊列で埋まっていた。
悪くない。
大体近くの隊を集めたりする時に便利なのがこの方法。
散と言えば散るし、列と言えば一列に並ぶ。
「スゴッ……!」
「み、みんな空から降ってきたんじゃけど……」
クレナイとムラサキが僧兵達の行動に唖然としている。
カラス軍と呼ばれた我等が一族。
黒装束に頭に独特の小さな帽子を被っている。
主力は槍部隊で様々な武芸に通じている僧兵だ。
槍が折れようが剣を奪って戦い続ける兵達だ。
「すでに聞いたものも居よう!
我等にもう一度砦を守る機会を与えてくれる書状が届いた!!」
自分が話している間にどよめくような事はない。
心頭滅却、雑念を消し聞くに集中する。
「今一度皆に聞きたい!!」
更に自分の無駄にデカイ声を使って喋っていれば隅々まで聞こえる。
そんな役割も持って自分は総長だった。
「砦を守る意志はあるか!!!」
自分が求めるのはコレだけ。
守ることとは、戦う事。
槍を持ち、砦を背に空を駆ける兵士となれるか。
『応!!!』
淀みなく、その声は響いた。
「――ほう……流石に圧巻。僧兵の鋭気にあてられそうだ。
して、御返事は良い様に解釈しても?」
歓喜に震えた。
また此処に立てるとは思ってなかった。
「……かまわねぇよ」
「あ、フライトさん凄い嬉しそーじゃねぇ?」
ムラサキがクレナイの服の裾をちょいちょいと引きながら言った。
「ふぅホント。戦争オタクじゃもんね〜? しかもフリョーの」
溜息混じりに言ってクレナイはその背中を見上げる。
二人に気付いて自分も振り返って抑えきれない笑顔で言った。
「うるせぇよ」
やっと守る物を得た。
それでこそ、自分達の意味。
親父を見れば頷き返してくる。
――今度こそ、守る。自分の国を……!
やっと、自分達は後悔から次へと進みだした。
/ メール