閑話『タケヒトの旅2 前編』
ぬぅ……
――今オレはハンターだ。
鋭い目つきで見回す街。
視線は常に最高の獲物を探して動いている。
割と多いなこの街も……。
今回も収穫は多そうだ。
ベンチに腰掛けてそう思った。
あっちの世界には少なかった。
こういう機会が少なかった事は確かだが獲物自体がいなかった。
だがこっちの世界はどうだ。
パラダイスじゃないか。
あの獲物の大きさも見え方も段違いだ。
ああそうだ。
オレの求めていた世界はそれだ。
オレは大剣オルドヴァイユを担いで作戦を開始する。
日の高々と上がる午後。
オレを戒める鬼も居ない。
――さて、ハンティングの時間だ。
神経を研ぎ澄ませ。
考えるな。感じるんだ。
この視覚に入る全てを読み解き、一番ラインの素晴らしいものを――。
――まずは、あそこの1おっぱい。
シェイルは隣には居なかった。
まぁ街に着いたのが昼過ぎ。
予定よりずっと早くついてしまった。
そのままシェイルと今日の宿探し。
割と人の多い街で客が多かったらしく、3件目でやっと決まった。
妙にシェイルの歯切れが悪かったような気がしたが他に開いている所も無いだろうとそこに決まった。
そして後は適当に過せと自由時間になった。
まぁオレがすることと言ったら練習ぐらい。
ただ時間的にももうちょっと余裕があるのでたまには昼間何かしてみるか、と街に繰り出してみた。
そして驚いたことにこの街には見事に美人でスタイルの良い人が多い。
気付いてしまったオレはハンターになるしかなかった。
――ハンティング数が二桁に達した頃妙な奴を見つけた。
……黒髪を後ろで大きくまとめてボサボサとなびかせている。
眼帯なんてのをしていて服は緩く纏めた着物だった。
カラカラと下駄を鳴らして場違いな街道を歩いていた。
――侍?
一見してそうだ。
だらっと胸元を開けて着た着物に手を突っ込んで楊枝を咥えて飄々と歩く。
不意にオレの後ろから女性が立ち止まったオレを抜き去った。
さっきハンティングした女性だった。
その男の向かってくる道の方へと歩く。
――そして、その事件は起きた。
「Fカップッ!!!
張りッ! この感触ッ!! 合格だ!!!」
その眼帯の男は道のど真ん中――昼間の天下の往来で、
揉みやがった。
もちろん、その男は女性にワンツーから肘打ちと回し蹴りを食らったあと
掴んで空中に放られるとサマーソルトから筋肉バスターまで繋がれて半分死んでいた。
「すまん助かったぞ。己か? 名は無い! どうしても呼びたければナナシと呼べ」
「そっか。別に聞いてないけどな」
こういうのには関わらないのが吉だろうがとりあえず見殺しはできないのでキュア班まで引っ張ってきた。
意外と饒舌な人間らしく、起き上がった瞬間コレだ。
「して、あそこのこチチをどう思う」
「あ?」
オレはつい釣られてその指先へと視線をやる。
たわわな実が実っていると見えるそこには
白衣のような看護班衣服を身に纏った班員さんがカルテらしきものをもって色々と作業をしていた。
歩くごとに揺れるその胸の戦闘力を測る。
60……70……80――ま、まだ上がってやがる!
92!? 馬鹿な!
「……イイな……」
「だろう!」
「ああ。特に身体のラインとのバランスが最高だ。
ピチピチとした肉感があの胸は本物だと主張してる」
「……ほう! 話が分かるなっ」
「オレもハンターだからな」
初見の手合いにオレは何てことを言っているんだ。
だがこいつもこいつだし大丈夫だろうという確信もある。
――オレ達は固い握手を交わした。
物の数分でオレ達はガチで仲が良くなっていた。
全く、出会いってのは恐ろしいもんだぜ。
――そして、ハンティングは再会された。
「だろ! 今のは最高だよな!」
「全くだっ己の知っている中でも最高級のものだ!」
仲間が居ればこんなにも視野が広がる。
街角で鼻の下を伸ばす漢二人。
傍から見れば変態だろう。
違う。オレ達はハンター。
誇り高きハンターだ!
ゴンッ!!!
「何をやっているタケヒト」
オレの頭にシェイルの鉄拳。
バキャッッ!!!
「ナナシ何やってるデスーーーー!!」
ナナシには素晴らしい真横のニードルキックが顔面に刺さっていた。
「本当に申し訳ないデス! ウチのナナシがご迷惑をかけますデス!」
「いや、こちらも馬鹿をしていたようだ。タケヒト。謝れ」
ガッッと頭を下げさせられる。
「わ、悪かった……」
何か悪い事したかオレ……?
そう口にしようとも思ったが鉄拳が怖いので止めた。
「申し訳ありませんデスー! うちのナナシもこの通りですので許して下さいデス!」
さぐりぐりと地面に顔を埋められているナナシがとても哀れに見えた。
「ふんぬーーー!!」
「わぁっ!?」
いきなり力づくで起き上がって隣の子がひっくり返る。
なんとか生きていたようだ。
「おお。大丈夫か?」
「ふん。この程度で――ん?」
シェイルに気付いて視線を止めた。
「タケヒト、おぬしの連れか?」
「まぁそうだな」
「チチが足りん。揉んでやれガッッ!!?」
思いっきり口当たりを手で掴まれるナナシ。
心無しかミシミシ言っている。
「んぼはっろんぶはふへほ!」
「…………」
何を言っているのか分からないナナシが結構必死に暴れている。
シェイルの力は異常だ。
細い腕の何処にそんな力が詰まっているのかは分からないが、
キレると岩をも砕く力が出る。
というか、最初村から逃げる時に岩とか家とか色々砕けているのを見た気がする。
まぁ人の骨とか余裕で砕けるって事だ。
「お、おいっシェイル手加減しろって!」
「…………チッ」
「ぐぐっ……! とう!」
ナナシは無理矢理抜け出すとザザッと距離を取る。
「おーいてぇ……。なんだなんだ? トコトン乳成分の足りぬヤツだな」
「ふざけた奴だ……では、与えられたストレスの為に犠牲になってもらおうか」
「ぷははは! そうもカリカリしておると、愛想も尽かされる。
分からんか? そうもそいつがフラフラするのはチチが足りぬせい――」
ガゴォォ!!!
――多分、一瞬遅ければ、アイツはミンチだっただろう。
それを止めたのは、彼よりずっとしっかりした少女だった。
素晴らしいほど爽快な音とともにナナシの顎を拳で貫いて言葉を失わせた。
「ホントに本当っっにすみませんデス!!!」
彼女はペコペコと頭を下げて目に涙すら浮かべている。
シェイルは黙って俯いて動かない。
怒りを堪えているのだろうか。
「……ああ、もういいからとっととそいつ連れて行っちまいなよ」
「はいデスっ」
その小さい子は彼を担いで去っていく。
あの体の何処にあんな力があるんだろう……。
「……あーあ。災難だったな。シェイル行こうぜ?」
「……」
「シェイル?」
「……っ――ば……っ」
「このっ――!!!」
ゴッ!
何故かオレが鉄鎚を食らう。
「ってぇーー! 何すんだ!」
「五月蝿い! 他に怒りを何処にぶつけろというのだ!」
牙っぽい歯をむき出しにしてキレている。
オークは俺的に言わせれば“鬼”だ。
力が強く、冷酷で逆上すると暴力的になる。
倫理観を備えているから無闇に人を襲う事は無いが、売られた喧嘩は買わずには居られないらしい。
だが今のは明らかに……
「オレのせいじゃねぇ!」
「黙れ! 何故我が――っっ! くそっ!」
怒っている。
その矛先はオレに向いている。
「理不尽なのはオレの方だっ! ったく!
もういい! オレは先に宿行っとくから適当に頭冷やして来い!」
宿の場所は聞いている。
彼女の理不尽すぎる怒りを体で受け止めるなんざゴメンだ。
たとえ怒りでも、あんなに表情に出して怒る彼女は初めてみた、今頃そう思った。
「バカ! 起きるデスバカ!」
角を曲がって、またそいつ等と鉢合わせた。
しまった……!
「おい!」
「うわぁ! ごめんなさいデス!」
「違う! シェイルがこっちに来る! 鉢合わせたらそいつがミンチだ! 早くもっと遠くにいけっ!」
「は、はいデス!」
また担いでズルズルとそいつを引き摺っていく女の子。
なんだか見てて可哀想になった。
「はぁ。オレが担ぐわ。なぁ、宿とか取ってないのか?」
「あっいえっキアリは大丈夫デスっそんなバカ引き摺るぐらいでいいデスっ!」
「いや、目立つんだよ。それに、手を貸さないとオレが気持ち悪いだけだ。気にすんな。
で、何処まで運べば良い?」
正直そんなにこいつは重くないし。
今日はこの町で一夜を過す。
この後にやることなんて練習ぐらいだから別に構わないのだ。
「あっありがとう御座いますデス! 本当に申し訳ないデス!
えっとこっちデスっ」
その子は足早にオレに道案内をしてくれる。
本当にいい子だな。苦労しているだろう……。
オレは湧き出てくる憐憫の感情を押し殺しながら彼女の後を歩いた。
「おっと、一眠りしてたみたいだな」
「泡噴いて倒れてたくせに良く言うな」
そいつを宿に届けてベッドに放るとすぐ目を覚ました。
「ぷははは! 昼寝よ昼寝!」
豪快な強がりだ。
もしかして……
「ドMなのか……?」
「違うわ!! SやMなどでは己は表現できぬ!!」
「じゃぁ何なんだよ」
「そうだな……己は死んでも返り咲く不死鳥のように誇り高い。
つまりはフェニックス! Fだ!」
表現しちまってるじゃねぇか。
「おバカデスね。フェニックスの頭文字はPデス」
「何っ!?」
「もう頭の中がピーだよな」
「ぐおおおっ屈辱だ……!」
頭を抱えて悶えるナナシ。
「じゃぁなピー」
「お前まで己をバカにするのか!」
「何? フェニックスともあろうものがそんな細かい事をきにすんのか?」
「達者でな!」
「おう」
ピーでよかったぜ。
オレはその部屋を出ることにした。
「タケヒト」
出る前にそいつにもう一度呼び止められた。
「あ?」
「コイツをやる」
ピィンと、何かが弾かれて飛んできた。
コインのようだが、何か紙で包んである。
「それで最後だ。達者でな」
「ああ」
オレはそれを受け取ってその部屋を後にした。
“十の時、広場にて”
何する気なんだ……?
オレは紙を小さくたたんでポケットにしまった。
自分の泊まっている宿に戻り、自室にとりあえず剣を置いた。
やっぱり肩こるな大剣は。
荷物を置いてグルグルと肩を回す。
シェイルは戻ってきたんだろうか?
とりあえず行ってみるか。
オレは剣を背負いなおして自分の部屋を出てシェイルの部屋に向かう。
ここは個室しかないからな。
ビジネスホテルって感じだ。
安っぽいベッド一つにテーブルが一つに椅子が二つ並んでいるそれだけの部屋だ。
ただ泊まって寝るだけだしな。全然いいんだが。
「シェイルいるかー?」
ノックして開けてみる。
――まだ戻ってきては居ないようだ。
どうすっかな……。
ポケットに手を突っ込むと紙が一枚。
あ、紙に書いて出るか。
机に置いてある羽ペンとインクを使ってぐりぐりとヤツの書いた部分は適当に塗りつぶす。
練習に出てくるわ。タケヒト
と書いて机の上に折っておいて置く。
別に言う必要は無いんだが、帰りが遅くなると探しに来たりするので心配するな的な意味で置いとく。
さて、練習に出るか。
オレは宿を出た。
オルドの剣は重心が居様に遠い。
下手すると振り回されるのはオレだ。
基礎練は素振り。
ま、当たり前だよな。
とりあえず1000回は振るようにしている。
あとは走ってみたり何通りか型のような形を振り回す。
聖域があればオルドヴァイユ本人と試合なんだが……この街には無いしな。
ホントアイツは化け物みたいに動き回る。
まぁ神様っていうんだから当然なんだろうが。
とりあえずちっと郊外に出てみるか。
そいやこの剣を持つようになってから、居様にモンスターに会う。
上級モンスターってヤツに、だ。
元々神性の高いものに集まるらしいんだがコレのせいでさらに箔が付いた感じなんだろうか。
ほら、だって今
「おうおう兄さん達襲う相手まちがっちゃいねぇかい?」
剣を持って構える。
――3匹。
この程度ならどうとでもなる、か。
グルグルと喉を鳴らす熊はオレの間合いを見ているのか近寄ってこない。
「どした? オレから行くぞ?」
剣をグッと握って姿勢を低くする。
キングニードがその後ろに見えた。
ツノを持った狐って感じだ。素早いし厄介だ。
……アレに腹を刺された苦い思い出もある。
マジで死んだかと思った。
あんな風にデカイヤツの影に隠れて隙を突いて突進してくる。
――要注意はアイツだな……!
オレは一気に駆け出す。
――ヴンッッ!!
一匹目。
真ん中に居た熊のほうを先に倒す。
後の二匹は左右へと散った。
そして、案の定熊に隠れて突っ込んできた狐を避ける。
「――うらぁぁっ!」
そして熊に突き刺したままの剣を振り回す。
――が、やっぱり突き刺したままだと遅かったようで右側の熊の後ろに走っていく。
ちっまたか……。
オレがそっちに突っ込もうと思った瞬間に左側の熊が走り出す。
「――……一式!」
「逆風の――」
相手には予想外の追い風。引力に近いこの風は相手をオレへと引き寄せる。
オレに向かって来た熊もそれに反発しようと足を止めるが――遅い。
「太刀!!」
気付けば、オレの間合いだ。
オルドの剣は馬鹿デカイ。
一撃で、熊を真っ二つに切り裂いた。
当然今逆からも二匹が突っ込んできているのがわかる。
「二式!」
オレは叫び、切り裂いた勢いのまま姿勢を反転させ、相手へと切っ先を向ける。
距離は二歩。
十分だ。
「突風の閃き!!」
真正面から雷みたいに敵を貫く。
――ラスト……!!
風のようにそいつは飛び掛ってきた。
以前までのオレじゃない。
「三式ィ……!!!」
筋肉が軋む。
「暴風の――」
片手を剣から離して翳す。
「突針!!」
――コォォッドォッッッ!!!
突き刺さっていた熊が目の前から吹き飛ぶ。
飛び掛ってきていた狐も、壁にぶち当たったように吹き飛ぶ。
オレを中心に、前方に暴風が吹き荒れる。
まぁ爆発しているに近い。
至近距離で受けると、大量の針で引き裂かれるみたいな痛みに襲われる。
オルドにやられ時はコレで死んだな。
痛いどころの話じゃなかった。
剣をブンッと振って払うと、背中に収める。
さて、何か出てねぇかな、っと。
冒険者稼業にも慣れて来た今日この頃だ。
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