閑話『タケヒトの旅2 中編』


ふぅ。
食った食った。
風呂と夕飯を済ませて部屋に戻った。
シェイルはアレ以来見ていない。
明日また機嫌直っていればいいが。
オレは今日はもうやること――

あ、あったな。
そういえば、とメモの事を思い出す。
十時だっけか。
そういえばそろそろそんな時間か。
行ってみるか。

ベッドから起き上がるとオレは夜の街に繰り出す事にした。




夜の街ってのは一気に物騒だ。
勧誘のお姉さんは多いし。
危うく2,3件引き込まれそうになりながら広場まで歩く。

「よう。時間通りだな几帳面なヤツめ」
「たまたまだ。んで、何か用か?」

「ふむ。お主はシキガミか?」
「――……ああ」

少しだけ、ソイツから離れた。
武器は持っていない。お互いに。
「――くくくっまぁそう構えるな。己もシキガミだ」
「……」
やっぱり――。
ナナシはシキガミだった。
「……条件は黒髪なのか?」
「……さぁ。己は知らんし、どうでもいい。
 ハギノスケも……ムラサキも、だな。ああ、あとコウキと言う奴も居たか」
「……コウキに会ったのか」
「あぁ。ボインのお姉さん連れてただろ?」
「……居たよな」
アキさんだったっけ。
気立ての良いお姉さんだった。
「Eカップだったぞ」
「も、揉んだのか?」
「ぷはっモチロンだ。張りと柔らかさの比率が最高だった」
く……!
色んな意味でコイツすげぇ……!
「ぷはははっ! まぁそんな過ぎ行く乳はいい。それよりも今日だ」
ナナシはさっきまでの空気を振り払って近づいて、オレの肩をポンポンと叩いた。
「今日?」
「ふむ。良い店を知っているのでな。そっちに連れて行ってやろうと思ってな」
「店?」
酒場か?
「飲むのか?」
本当にコイツ裏が無さそうだし別に付き合うが。
だが――返ってきた答えは予想の上を行っていた。

「色街に決まっているだろう。遊女屋というのも中々多いのだぞ〜。
 この街はな夜が本番なのだぞ?」

なんだとおおおおおおおおおおおぅ!!!?

「ゆゆゆうじょ!? そ、そんな所に行くのか!?」
「当たり前だ。健全な男子たる者夜女を抱かずに何をするのだ?」
抱くぅ!?
「ばばっバカ野郎! オレは別にそんな事しなくてもだな!」
ピンク色の妄想が駆け抜ける。
はぅあ! いかん!
「ぷっはっはっは。恥ずかしがる事は無い。
 女を抱いた事が無いのならコレを機会に女に一皮剥いてもらえばいい。
 何事も経験だ。ほら行くぞタケヒト。ノルマは5人だ」
「ば、バカか! 5人は枯れる! と言うかっ問題はそこじゃねぇ!」
鼻血が吹き出るが気にせずにそいつに向かって指を差す。
「五月蝿いやつめ。何が問題だ? 己は5人ぐらいぺロリといってしまうぞ?」
「だっだからそうじゃなくて……!」
「ぷっはっはっは! ウブなヤツめ!
 何なら今日は特別にキャンちゃんを譲ってやろう!
 晴れて兄弟だ!」
「このピーめ! 兄弟は兄弟でも穴兄弟じゃねぇか!」
帽子とかパァンッって床に叩きつけてぇ!
「かっかっか! 気にするな兄弟!」
ガッとオレの肩を掴んでフラフラと歩き出すナナシ。
――すでに酔ってやがる。
「や、やめろってっつーか酔いすぎだぞナナシ!」
「ぷははは! 何のこの程度! 己が酔っているというなら迎え酒に付き合えタケヒト!」
「なんつー限界突破の好きなやつだ……」
「ぷははは。今日も回るぞははは!」
こいつオレと同い年ぐらいのくせにこんな酒癖悪いのか……。
まぁ世界が違うし酒を飲んでどうこう言う規則は無いみたいだが。
オレ自身酒には強いほうだがこれから行く店によるな……か、覚悟決めるか……!?



「いやーーんお兄さんカッコいいーっ」
「は、ははは……」
一気に飲んだあとにお姉さんがオレに引っ付く。
「ぷははは! ノリが悪いぞタケヒトー! そらもう一杯飲め!」
「ホント逞しいカ・ラ・ダ」
ツゥっと指がカラダを這う。
あひぅあ! って叫びたい。
連れ込まれた店は案の定、アレなお店だ。
若いお姉さん達がオレ達をもてなす。
酒を飲んで話して――なんだか、周りの人たちは徐々に個室に行こう的な話をして消えて行っている。
僕はここで食べられてしまうんでしょうか……!?
酒とか色気とか色んなものに当てられて頭に血が上ってる。
やべぇ……!

ええい!
酒飲んで誤魔化せばいいんだ!
「ねぇー……」
ズルズルと隣にいる噂のキャンちゃんの巨乳が腕に当てられる。
男センサーが反応しますよ!?
「う、ういっす」
「お店の部屋ぁ、いっぱいだからー別の部屋に行きましょ〜?」

!!?

「いやっ、え……!?」
「やーだー照れちゃって可愛い〜っナナちゃんこの子ホントいいの?」
「よいよい。天国まで連れて行ってやれよ」
「うふふっお姉さんが今日は色々教えてあ・げ・る」

イロイロって……なんだーーーーーーーーー!!!


いかん……!
いかんぞ弐夜武人!!
それでもお前はスポーツマンか!
日本男児か!?
お前の理想はもっと綺麗なもんだろ!?
思い出の一夜がこんな形でいいのか!?

色香に惑わされるな武人!
それは理想的な恋と合意の上に成り立ってないだろう!?

「ん――」
フワッと、彼女の唇がオレの頬に当たる。
そして、妖艶ににっこりと笑う。
「行きましょう?」
「お、おー……」

――こんな事で、タケヒトは、落ちるのか。
客観的にそんな意見を持ってしまった。




ムカつく。
こんなに長い間そんな感情を抱くのは初めてだった。
タケヒトに当たると流石に彼も怒って先に行ってしまった。
仕方ないので郊外に出て憂さ晴らしをしよう。
そう思ってフラフラと郊外に歩いた。


「――あっ!! 見つけたぞシェイル!!!」
そんな声が聞こえた。
アルフ・スティンカー。
自称我の恋敵らしい。
元々同じ村の住人で、その中ではダントツで五月蝿いやつだった。
まぁ我は挨拶以外には関わらなかったが。
彼女に続くのはミレニア・ササンワート。
最も我に近い属性で、殆ど話したことは無い。
マルテラ・ラインフォーマ。
何となく苦手な奴だ。
タケヒト曰く一番礼儀正しい奴だ。と。
喋り方も高くとまっていて腹が立つ。

あの三人は協力して我を叩きにきているらしい。
元々神子としてある我は術士として基礎能力が高い。
術にしても剣技にしても劣る事は無かった。
力で押しても勝てぬと踏んで群れてきているのだ。
まったく。浅はかだ。
それに……

「丁度良い……」
「えっ?」
憂さ晴らしにはもってこいじゃないか。
タケヒトに殺すなと言われているので手加減はするが――
半殺しは、かまわんだろう……!

「悪いが今日は手加減ができんぞ」
「いつもして無い癖に」
アフルが詰まらなさそうに言い切る。
向こうは殺す気。
こっちは不殺。
圧倒的な不利だが――負けはしない。


「収束:100 ライン:両腕の詠唱展開固定
 術式:岩石の謳<ガンチュード>」

両手が岩のように強化される。
補助魔法だ。
主に身を守る時や――硬いものを殴る時に使う。
相手が自分よりランクの高い剣を持っていない限り、斬られる事なんて無い。
技によって精度を増せばまた別の話だが――あいつらにそんなものは無い。

「――さぁ、遊ぼうか」
ガッッと拳をあわせる。
三人が臆することなく大鎌を、剣を、弓を構える。
まずは――アルフに向かって走り出す。
見えて無かったのだろう。容易く彼女は我の拳を顎に受けて宙を舞う。
――それと同時に、自分も高く飛び彼女を盾に彼女等の視線から隠れる。
だが、マルテラには見えていたのか、弓をこちらに向けて構えていた。
ヒュゥッッ!!
そんな音をさせて迷うことなく射る。
アルフを蹴り落として弓を掴み取る。
何なんだ。仲間ならもう少しは配慮しろ。
――ふむ。
「お前等は、なんで我に向かってくる」
絶対的な力の差を見せている。
実はコレが数え4度目の戦いになる。
「タケヒトの為ですわ!」
マルテラが答える。
相変わらずムカつく喋り方だ。
「……同じく、だ。
 貴女を倒す上で、お互いの命は省みない約束。
 容赦はしません」
なるほど。
たったそれだけの言葉で納得できた。
それにしても苛立つ。


――力では、絶対的な差がある。
彼女等にあって我に無いものは――
……

胸か。

いや無いと言うほど無いわけじゃない。
ただ目を引くほどあるわけじゃない。
成長の差?
どうしろと言うのだ。
必要無いし気にもしなかった。
「――? どうした? もう向かってこないのか?」
ミレニアが今日は饒舌に喋る。
剣を持つ手が震えている。
足元のコレのせいだろうか。
そう思ってアルフを蹴って奴等の方に飛ばす。
「――ガハッ」
宙で舞っている間、勝手に目が彼女の胸と比較する。
……
……
……劣る。
……
……

イラッ

そもそも、そもそもっっ!
何故男はあんな肉の塊に執着する。
無駄以外の何者でもないじゃないか。
「聞きたいことがある」
「……?」
二人は揃って首を傾げる。
先頭の最中にまさかこんな事を聞かれるとは思っていないだろう。
自分でもバカなことだと分かっている。

「そんな胸してて、困らないか?」

傾げた首をさらにもう一段階彼女等は傾げた。
そしてマルテラが自分の胸に視線を落としてもう一度こちらを見た。
「……走っても揺れて痛いし、肩が凝るし、下着のサイズも中々無いし、
 下衆な視線しか集まらないし散々ですわ」
ほら、女には不都合だらけだ。
「男は何故そんなものを好むんだ?」
「……それは男に聞けば分かるのでは?」
呆れた風にミレニアが言う。
「聞けるかっ」
気にしているのがバレるのがどれだけ嫌な事だと思っているんだ。
「……ふぅん? タケヒトはコレがお好きなのですね?」
自分の胸をプニプニ触るマルテラ。
「あんの……馬鹿は……! 大体節操無く視線を移しすぎる!」
イライラする!
ああわかった。
コレはタケヒトのせいだ。
こいつらなんか殴ったって解決されない。

「オイ」
「なんだ」
「今日はもういい。消えろ」
「……は? 私らの用事はまだ――」

「消えろ。出なければ今! この場で! 本気で消すぞ!!」

バチッっと電流が走る。
今でなければ生かしてやる。
今だけは理不尽にも怒りが溢れている。
手加減が無理だ。
だから退けと警告を出す。
ミレニアが剣を収める。
「ミレニア……退くんですか」
「――……弁えろ。再戦も出来なくなるぞ」
「……っ」
そして彼女はアルフを担いで道を歩き出した。
そうだ。
引き際がいい奴が強くなる。
生きれば生きるほど強くなる世界だ。
逃げるのではない。
また向かってくるのであればもっと強くなれるように遊んでやろう。

奴等が見えなくなってすぐ、目の前の岩を殴り壊した。


――……酒でも飲めば、忘れれるか……。

拳を一度強く握って、街に戻る事にした。



フラフラと宿に戻ってくる。
初めてこんなにも飲んだ気がする。
酔ったと言う状態をあまり体験することが無かったから何となく新鮮だ。
だが感情は一向に治まる様子を見せないので返って寝ることにした。
気付けば時間も結構きていた。
「……ん?」
机に何か置いてある。
ぺラッとそれを開くと、タケヒトからのようだ。
練習に出てくるわ……タケヒト……か。
読み上げて、溜息をつく。
……らしくないな。
何なんだこの気分は……。
全く。
仕方の無い奴だ。
――顔がニヤついている。
なんだ、さっきまでどうしようもなくイライラしていたというのに。
こんな一言で片付いたというのか?
どうしようもない馬鹿だな我も――。

そう思って、紙をとじようとして気付く。
何か最初に書いてあって消しているようだ。
なんだこれは?
フラーっとランプ光に透かしてみる。
文字が見える。
十の時、広場にて……か?
明らかに女の字じゃないが……
何があるのか気になるじゃないか。
起き上がって世界が揺れている感覚に揺られながらまた歩き出す。

気持ち悪い……。

タケヒトは何処だ。

夜の街に出ると夜風が少しだけ酔いを醒ましてくれた。

「お姉さん美人だねーウチ寄ってかない?」

「五月蝿い」

歩く。

酔いがかなり回ってきた。鈍い種族だと知ってはいるがここまでとは。

覚えれる景色が少なくなってきた。

建物にぶつかりながらタケヒトの心のある場所を目指す。

それだけは見失ってなるものか。

人にぶつかりながら、探す。


見つけた。


――視界だけが妙にクリアだった。
酔っているのに冷たい気分だった。
「――タケヒト」


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