閑話『タケヒトの旅2 後編』



名前を呼ばれて、振り返った。
冷や汗が流れる。
いや、事前だぜ?
バッと、キャンさんを庇った。
「ち、違うんだこの人は」
「……タケ……ヒト」
逆上して殴られたら一般人じゃマジで死ぬ……!
「乱暴な事はするなよ!? 普通のひとなんだから――」
オレが殴られる分にはまだ大丈夫だ。
そう思って覚悟して彼女の庇っておく。

――でも、シェイルは動かなかった。

酷く、
悲しそうに視線を落として、
足をもつらせ、
他の人にぶつかりながら、

走ってオレの前から居なくなる。

――あ、あれ?
「あれぇ? 彼女さん?」
「ち、違うけどさ……」
違う。シェイルはそんな存在じゃない……はずだ。
「泣いて逃げてったよ?」
「……追っていいですか」
「ヤボだねー。好きな子が居るなら、言えばいいのに」
「いや、そんなっ」
「やだねぇアタシもずっとこんな商売してるからわかるの。
 恋か、そうじゃないかぐらいはね。

 彼女は――キミに恋してるよ?」


――そうだ。
彼女は自分のものだと豪語する。
それが気に食わなくて認めなかった。
何だよ物扱いって。
でも――

あんな姿見たら追わないわけに行かないじゃないか。


「あざっす」
運動部だな、と思う自分の言葉。
頭を下げて謝る。
「うん。やっぱ良い子だねキミは」
やっぱりオレはまだそんな風な事に関わるような大人じゃない。
彼女に言われてほんとそう思う。
彼女に背を向けてオレはシェイルを追うことにした。



「シェイル!」
彼女はすぐに見つかった。
盛大に人にぶつかりまくって罵声を浴びながら進んでいた。
掴みかかってきた誰かを二、三人吹き飛ばして誰も寄り付かなくなった。
「シェイルっ!」
そんな彼女に寄って行く。
「――っ寄るな!」
殴られそうになるのを避けて腕を掴む。
以前は太刀打ちできなかったが今は腕力で勝てている。
この力をありがたいと真に思った。
「シェイル!」
「呼ぶな! 貴様――!」
「聞けって!」
「何を!?」
「オレは何にもしてねぇ!」
「だから、何をだ! もう放っておけ! 咎めてはいないだろう!?」
「咎めりゃいいだろ? 何でそんな荒れてるんだ?」
「五月蝿い……!
 ……貴様はヒューマンと一緒の方がいいんだろう?
 我のような鬼に構うな。
 アレと一晩過して、良い思いででも作ればいいのではないのか?」
正直、こんなに腹が立つのは初めてだ。
「あのな……! だから何もやってないって言ってんだろ?」
「事前だからだろ? 好きな事してくるといい……!」
「泣きながら逃げる奴放っておけるかよ」
「五月蝿い……! 気にするな酒のせいだ!」
「酒せいで泣くような奴じゃないだろ……」
「五月蝿い……五月蝿い……! ……! うぷ……」
「うお! 吐くのか!? お、おいっそこ退いてくれ!」




……
……
……
「……落ち着いたか?」
頭が微かに左右に揺れる。
こんなコイツははじめて見た……。
今日はホント、初めて見るコイツばっかりだ。
「とりあえず宿行こうぜ。寝なきゃ話になんねぇし」
「……」
黙って動かない。
……分からんでもない。
限界まで酔った事ある人は分かるだろう。
酔っている間は幸せだ。
視界が通常の15分の1ぐらいで、認識できるのは1歩にワンシーンのみ。
強くなればその状態から数時間すれば回復するようになる。
強くなければその後に訪れる悪魔の声が聞こえない奴から次の日に地獄を見る。
まず常に頭が酔った状態が続く。俗に言う二日酔いだ。
思考が正常なくせに纏まらないし、常に吐きたいし。
吐いたら幸せなんだと思うぐらい吐きたい。
まぁ、経験しろと言われるのが世の中のしきたりだ。頑張れよ。

そんな状態の奴でも肩を貸してやれば歩ける。
「……なんて……情け無い……」
「酒なんてそんなもんだ。気にするな」
途中何度か休憩を挟みつつ宿に戻る。
その間ポツポツと彼女は言葉を漏らす。
「……気分が悪い……」
「ああ。だろうな。明日に残したくなかったら風呂に入れ。
 二時間ぐらい半身浴してアルコールをだせ」
ふ、無茶してきたからなオレも。
次の日に残さない手段はいくつか知っている。
迎え酒も危険だが効果もある。
「……そんな持つか……」
「大人しく二日酔いになるか?」
キュア班は二日酔いは治してくれるんだろうか。
「……それも嫌だ……」
「なら、迎え酒という手もあるぞ」
「……我が鈍いのを知っていていっておるのか……?」
なら効くのも遅いだろうからなぁ……。
「そうだったな……」
そんなことをポツポツと喋りながら宿に着いた。
大人しく寝かせるか……?
「おい、もう寝るか?」
「……いや、風呂に入ろう……」
「そうか」
「……お前もだ……」
「は……?」
「……溺れて死ぬぞ……」
「だ、だけどよ……」
「……心配するな……どうせこの時間に客など……いない……」
「いるだろ……風変わりな奴ぐらい」
「……どうせ……混浴だ……気にするな……」
「……ああなるほどな。だから渋ってたのかここ」
裸を見られただけでなんとやら。
彼女等は気難しい。
「……お前が居るなら……構わん……」
「そうかよ……」



――真っ白い湯気が立ち込める。
結構大きな温泉で、他の宿とも共有しているようだ。
「……」
「……」
オレ達は岩の陰のほうで二人、ひっそりと湯に浸かる。
ああ目のやり場に困る。
しっかりとタオルを巻いてはきているものの……
コイツホントに白い綺麗な肌してるし見入ってしまう。
……足長くて綺麗だったな……いや、趣味があるわけじゃないが……。
触ってみたいとか色んな欲望を押さえ込んで肩まで湯に浸かった。
相手もオレも酔っ払いだ。なんつーか逆にしっかりしようと思うな。
ほんといい湯だ。寝ちまいそうだ。
若い子も居ないし目のやり場も少ない。
それはシェイルの方も同じなのかうつら思いっきり舟こいでいる。
「くく……っ」
「……ん?」
「いや? 珍しく眠そうだなって」
なんだか可愛いぞこいつ。
「……ねむい……」
コテッとオレの肩に頭を乗せる。
今までが今までだけにホント新鮮だな……。
「何か話すか」
「……ふむ?……何をだ?……」
何を話そうか。
日頃一緒に居るしあまり話すような事は無い。
まぁ、だからこそ。
日頃一緒に居るからこそ、沢山の思い出話が出来る。
「何か聞いてみたい事は?
 今なら酔った勢いってことで何でもいけるぜ?」
彼女は船をこぐのをやめて一度空を仰いだ。
「……男は何で胸が好きなんだ……?」
ほほう。そいつをオレに聞くのか。
「ロマンだ。男には付いていないしどんな感触なのか気になるだろ。
 オレとかナナシの場合はただの物好きなだけだ」
ふ。全く奥深い趣向だ。
エロ少年魂を忘れずに育てばこうなるんだぜ。
「……趣味……?」
「ま、それに近いな。要は好みだからな」
「……納得いかんな……」
「気にしてるのか?
 デカイだけじゃなくてバランスも大事だぞ」
彼女が考えている。
だからゆっくり待とうと思った。
――星空が結構綺麗に見えている。
露天風呂ってやっぱきもちいいな。

「……ふむ……タケヒト……恋愛とは、なんだ?」

もっともらしくない質問だ。
ああ、酔った勢いでしか言えないなこれは。
なんであそこからこう会話が繋がるのか良くわからないが
「難しいな……」
オレに答えを求める事じゃないだろ……。
「……別に、完全な答えが欲しいわけではない……
 タケヒトはどう思っている……?」
オレの考え……ね。
「……さぁ。オレは真っ直ぐ誰かを好きになって、関係を深めるというかなんつーか」
表現力が足りない。
オレにはそれ以上の言葉は出ない。
「……好きとは何だ? どういう状態になれば、好きなんだ?」
……えっと……。
それも難しい。
オレが知ってるのは簡単な所だけ。
「……知ってる言葉使えば、一緒に居たい相手とかじゃないのか?」
「一緒に居たい……それだけなのか?」
「それだけじゃないんだろうな。
 だって想いってのは色んな形があるだろ」
オレの想いほど単純な物は無いだろうが――。
彼女はそうか、と小さく息を吐いて再びオレに頭を預ける。

「……聞き流して聞け……。
 ……我は、タケヒトの事になると、我を失う……。
 ……お前が他の女と一緒に居るのが嫌だ……。
 ……一緒に居ると安心する……
 ……こうやって触れているのも落ち着く……
 ……絶対に居なくなるな……
 ……ねむい……」


……な、なんつー……

告白の嵐。
正直温泉がぬるい。
今のオレならマグマが丁度いい風呂だ。
最後の最後に私欲に変わったが――……
力ずくでオレの隣に居続ける彼女。
オレは、どう思ってるんだろうな。

「……なんつー強引な奴だ」
「……嫌いか……?」
――……。
「……初めはな、正直ダメだった」
「……」
「周りにそういう奴が多くてさ。
 強引に好きだって言われて、ケンカとか始めて。
 恋愛とかめんどくせーって思ってた」

――でも恋愛っていうのには憧れていたと思う。
オレの理想はなんだったか。
――ああ、そうか。

もっと純粋な恋愛だ。
きっと、そこらへんの少女みたいに変な理想を持っている。
すぐに仲良くなれて、オレの事を好きで居てくれて、可愛くて、スタイル良くて。
多分そんな望みを叶える事がオレの理想だった。

面倒くさいといいながら、もしかしたら怖いだけのかもしれない。
その好きになった人間に、嫌いだと言われること。
愛想を尽かされる事。
オレには狡猾に相手を操る事はできない。
一途に愛される事を幸せとする。
きっと、そう。
恋愛なんてしたことがないから、誰かを好きになるのが怖い。


「……でも、さ。シェイルみたいな奴は一緒に居るのは楽しい。
 竹割ったみたいなハッキリしたとことか。
 真っ直ぐで張り合いがいあるし」

誰かに重なる。
同じ言葉で褒めれる奴がもう一人いたはずだ。
――遠い記憶のように思える。
……藤沢か……女子陸上部の部長で――最後の記憶もアイツだったか。
アイツが元々男っぽいというのもあって一緒に居るのは楽だった。
結構一緒に遊びに行った事もあるし。
考えれば考えるほど似てる気がしてきた。
「……なんでそんなニヤけている……」
「ああ、久しぶりに死ぬ前を思い出して」
「……死ぬ前……か。タケヒト……それを聞いてもいいか……」
そういえば今までそんな事は聞かれなかった。
興味が無いんだと思ってたんだが遠慮してたのか。
「向こうの話か? わかんないこと多いかもしれないぞ?」
「……いいさ……タケヒトの事なら聞きたい……」
「うお。何かフラフラしてね? のぼせたらいけねぇからちっと体冷ますか」
風呂の縁石に座って、オレも熱っぽい息を吐き出す。
思い返せばまだ色々でてくるもんだ。
殆どはコウキやキツキと遊んでたけどな。
さて……どこから話そうか――。

月を見上げる。
やたらでかくてしかも半分に割れている月。
見慣れれば風情か、と思う。
別に感動するほどの身の上話も無いし、色のある人生じゃなかった。
――それでも数多に残る楽しい記憶を語ろう。







――次の日から、異様にシェイルが優しくなった。
「タケヒト行くぞ。早くしろ」
いや、表面上は全く変わらないんだが。
「妙に機嫌がいいな……」
「ん? そうか……?」
いつもと変わらない――いや。
「ああ。そうか。なんかいつもと違う」
「何がだ?」

「――笑ってる」

無表情だった彼女に薄い笑顔が見える。
言うと、ムッとした顔になって小さくペチペチと頬を叩いて無表情に戻った。
「そんなことはない」
「……なくなったな」
「そうだろう。ほら、早くしろタケヒト」
「あ、笑った」
ペチッ
「いや、悪いわけじゃないんだぞ?」
その姿が可笑しくて笑う。
変な奴。
シェイルはなんだか変な顔をして呆れた風に溜息を吐いた。
「……もういい。先に出ている」
「へいへい。あ。そうだ」
「ん?」
「ナナシってシキガミだったぞ」
「……戦ったのか?」
「いや、飲みに行ったけど」
「……馬鹿だろうお前……そうか……アレのせいでお前があんな所に居たのか」
「まぁそうだな」
一人で行く大人な知識も無かったしな。
あのピーに連れて行かれなければ行かなかった。
「今度は遠慮なく殴ろう。ああ、そうしよう」
一人で言って納得すると彼女は部屋から出て行った。
妙に黒い笑みをしていたがまぁ……ナナシに乾杯だ。

――ちょっとだけ、彼女が変わった。
表情にヴァリエーションが増えただけなんだけど、それでも――
これからは、もうチョットだけ楽しい旅が出来そうだ。


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